閑話 白雪姫のできるまで①
◇◇◇
――高校一年の入学式、その子を初めて見た感想は『すっげぇ美人がいる』だった。
「いいんちょ、見て見て。すっげぇ美人がいる」
「あのさ、こずえ。まだ入学式も始まってないのに委員長呼びはどうかと思うよ」
伊吹こずえと委員長は同じ中学の出身だ。入学式の時点でこずえの身長は百七十を超えているので、他の女子よりは視線が高い。『すっげぇ美人』とは、隣のクラスの列に並ぶ白田桐香だ。
「どうせまた学級委員に立候補するんだろうからいいじゃん。それより美人美人。見てみなってば」
「……わたしの身長じゃ見えないんだっての」
長身のこずえとは対照的に委員長の身長は平均よりやや低い。委員長の言葉を受けてこずえは彼女をひょいと抱き上げる。
「わっ、ちょっとこずえ」
「C組の真ん中の方ね。背の高い黒髪の子。すげぇ美人」
「わかったって。後で見るから。下ろしなよ、ねぇ」
急に抱き上げられた彼女は周囲の視線を一身に集めることになり、慌てながらも小声でこずえに苦言を呈する。だがその位で下ろす伊吹こずえでは無い。本当にやめさせたければ腹に一蹴りも食らわさなければならない。
苦言を呈した直後に委員長の瞳は白田桐香を見つける。こずえの言う通り『すげぇ美人』な黒髪長髪の少女だ。
「あ~、本当だね。確かにすごい美人。芸能人って言われても納得しちゃうかも」
「あはは、でしょう?」
「なんでこずえが自慢げなのよ」
◇◇◇
偏見かもしれないけれど、顔のいい子は自信家が多い気がする。顔が良ければ子供の頃から可愛がられる事も多いだろうから、まぁそうなるのも納得は出来る。どんなに謙虚に見える芸能人も彼女たちの殆どは自らの意思で芸能界の門戸を叩いている。極端な話、自信が無ければ芸能人になろうとなど思わない。『歌手になりたい』『アイドルになりたい』と思いながらも、『どうせ無理だから』と思うのが普通では無いかと思う。
で、入学から一週間程経ってみて例の美人の彼女……一年C組出席番号十二番白田桐香ちゃんを見ていて違和感を覚える訳です。入学から一週間経っても誰と仲良くするでもなく、話しかけられても引きつった愛想笑いで返す始末。おどおどと自信無さげな様子から、既に一部の男子からは人気が集まっているが、それと比例して女子からの反感も買い始めている様子。
「高校デビューとかかな?」
「別に誰がデビューしようが引退しようがいいじゃない。何でそんなに気にするの」
お昼時、購買に行きがてら素朴な疑問をぶつけてみると委員長は呆れた様子で一刀両断してくる。彼女はやはり学級委員に立候補をして委員長になった。呼び名が変わると非常に困るのでわたしも助かる。
「気になるじゃん。あれかな?隙のある美人はモテるって言うから、それを演出してる感じかな?昨日もチャラ目のやつにお昼誘われてたし」
「へぇ。よく見てるねぇ。じゃあお昼でも誘ってみてモテの秘訣でも伝授してもらえばいいんじゃない?」
「お。いいんちょ、名案。伊達に眼鏡はかけてないね」
「お?馬鹿にしてる?」
善は急げ。早速隣の教室に向かうと既に彼女の姿は無かった。
「白田さん?さぁ?鞄持ってどっか行ったけど」
手近な見知らぬ女子に聞いてみると、素っ気ない答えが返って来た。
「あの人どんな人なの?すごい美人だよね」
「まぁー、顔は確かにいいんだろうけど」
と、彼女はそこで言葉を止めた。多分次に続くのは悪口に分類される類の言葉だったのだろう。面識の無いわたし相手にそれを飲み込むだけまともと言えるんじゃないかと思う。
「さて、いいんちょの推理は?どこにいると思う?真実はいつも~?」
「うざいフリ止めてよ。鞄持って行ったって事は購買とか食堂じゃ無いと思うんだよね」
「へぇ。それっぽい事言うじゃん。他には?」
「わかんないよ、そんなの。情報が少なすぎるでしょ」
「……ったく。その眼鏡は飾りかぁ?」
やれやれとわざとらしく大きくため息を吐くと、それは彼女のプライドを刺激したようだ。
「あ、ちょっとカチンときたよ。後で謝らせてやるから」
◇◇◇
「あ、白田さん?もうご飯食べた?」
職員室前、やってきた白田さんに声を掛けると彼女はきょとんとした顔をした。真っ黒で艶やかな髪に白い肌。整った顔に長い手足。紛うことなき美少女だ。
「え……、あ」
「あははは、何食べたの?やっぱり美少女はおしゃれにビーグルとか?」
「ばか。ビーグルって犬よ。ベーグルでしょ。白田さん、急に呼び出しちゃってごめんね。もしよかったら、その子があなたと一緒にお昼食べたいんだって」
委員長の言葉通り、白田さんは校内放送の呼び出しを経てここ職員室前にいる。
わたしの挑発を受けた委員長は、職員室に赴き校内放送で白田さんを呼び出すと言う暴挙に出たのだ。校内のどこかにいれば聞こえるだろうし、来ないのなら校内にはいないとの判断が出来るとの事だったが、近くにいたのか呼び出したらすぐに白田さんはやって来たと言う訳だ。
委員長の言葉に白田さんは困惑した様子を見せる。
「……なんでですか?」
「なんで」
思わぬ返答に思わず復唱してしまう。
「なんでって……、白田さんに興味があるじゃダメな感じ?」
白田さんの表情は増々困惑の色を深める。余談ではあるけど、美少女は困っていても美少女だ。新発見。
「でもわたし、そんなに大層な人間じゃありませんし」
謙遜なのかと一瞬思ったけれど、どうやらそんな風でも無い。多分本心。この子はなんでこんなにかわいいのにこんなに卑屈なのだろう。――と失礼ながら思った。
「いやいや、それを言うならわたしだってかなり大層な人間じゃないんだけど。彼氏だっていないし、部屋だって汚いし」
「それは本当に。いい加減片づけなよ」
「うるさいな。謙遜して数少ない欠点を挙げたつもりなんですけど」
「いや、純然たる事実でしょ」
委員長とのやり取りを見て白田さんはクスリと笑う。やっぱり美少女は笑った顔が一番だと確信する。
「とにかくさ、一緒にご飯食べようよ。で、友達になろう!わたし伊吹こずえ。こっちは委員長」
「委員……長?」
再び白田さんの表情は困惑の色に染まる。
「中途半端な紹介ならしないでよ。ごめんね、白田さん。私は伊豆井美弥子。別に委員長でも構わないよ?実際そうだから」
「あぁー、そう言えばそんな名前だったねぇ、いいんちょ」
わたしの茶々にまたクスリと笑って、白田さんはペコリと頭を下げる。
「白田……桐香です」
「うん、よし。まず敬語をやめよっか」
「あっ、……はいっ!」
「……いいんちょ、『はい』は敬語?」
「ううん、分けるなら丁寧語かな」
「よし、オッケー!お昼にしよ!お腹空いた~、あはは」
――もしかしなくても、その瞬間からわたし達は友達になった。彼女が昔『白ブタ』と呼ばれていたと話してくれたり、王子様の話をする様になるのはもう少し先の話だけど。




