きっとこれからもっと
◇◇◇
「はい、これ。お土産」
月曜日、修学旅行生の様な格好をした鳩が描かれている紙バッグをどこか得意げに差し出す白田桐香。
「あっ、なにこれ。かわいいじゃん。開けていい?いいよね?よし、開けよう」
白田の返事を待たずに伊吹こずえは丁寧にシールを剥がして箱を開ける。箱の中には鳩の形を模したサブレが入っている。
「鎌倉のお土産だね。もしかして~?」
委員長がニヤニヤと含み有り気な視線を白田に送る傍らで、伊吹こずえはさっそくサブレを一つ頭からかじる。
「……うん。昨日五月くんと行ったんだ。あっ!違うよ!?デートとかじゃなくて遠足だからね、遠足!」
自分で答えて自分で慌てて否定するお忙しい白雪姫。
「遠足?何だそりゃ。普通にデートでしょ、デート。いいんちょの見解は?」
「わかってないなぁ~、こずえ」
委員長はこれ見よがしに大きくため息を吐くと、訳知り顔でやれやれと言った風に首を横に振る。
「かつて想い合いながらも離れ離れになった二人が前に進むためには、必要な儀式なんだよ。ねっ、桐ちゃん」
キラキラとした瞳で白田に同意を求める。
「えっ……、そんな事……、あっ、でも……どう……かな?や、想い合っては……いないかもだけど」
赤い顔で俯く白田、サクサクと小気味よいサブレの音を出しつつ伊吹は首を傾げる。
「んぇ?それって少女漫画では一般的な行為なの?」
「こずえうるさい。い~いなぁ~。何か幸せエピソードおすそ分けしてよ」
「幸せエピソードなんて言っても……、さっきも言ったけどただの遠足だから」
と言いながらも何かを思いついた様子で言葉を止める。それを見逃す委員長でも無い。
「あっ、ほら。やっぱりあるでしょ?ほらほらぁ~」
「や、本当に何でもないちょっとした事だから!」
「そのちょっとが聞きたいんだよ~。お姉さんに言ってみな~?」
言葉を濁しながらも本当は誰かに話したい白田と、聞きたくてしょうがない委員長。サブレを一枚食べ終えた伊吹は呆れ顔で呟く。
「四月生まれだからってお姉さんぶるよなぁ」
伊吹こずえの呟きなど耳に入っていないといった様子で、もじもじと照れながらも白田桐香は口を開く。
「……えっとね。……良い匂いだって、言われた」
「ええっ!?」
「や、わかるよ?わかるけどさ」
こずえは白田の長い髪を手に取り顔に近づける。
「ほら、良い匂いするんだけどさ。それってさ……」
こずえの心配をよそに、委員長は小さく手を挙げて小声で質問をする。
「……どんなシチュエーションで言われたの?」
「それはちょっと……、ここでは」
目を逸らして口籠る白田桐香を見て委員長は大盛り上がり。
「いいなぁ~。わたしも幼馴染欲しい~。ねぇ、こずえ。どうやったらこれから幼馴染の彼氏つくれるかなぁ?
「生まれ変わるしか手はないんじゃない?転生だよ、転生」
「……転生かぁ」
◇◇◇
月曜日は週に二回のアルバイトの日。早目にバイト先に着くと、裏口の喫煙所に須藤さんがいた。
「あ、須藤さん。先日はあざっす。これお礼代わりと言う事で」
そう言いながら白田が買っていたのと同じ鳩型サブレが入った紙バッグを手渡す。
「こりゃご丁寧にどうも。意外に世渡り上手だな、お前。鎌倉行ったのか?いいよな~、鎌倉。文豪の街だよなぁ。俺もいつか住みてぇなぁ」
そう言えばこの人小説家志望だったな、と思い出す。
そして須藤さんは鳩型サブレの入った袋を見て眉を顰める。
「ん……?」
須藤さんが凝視するそこにはマジックで書かれた文字。そう、白田のサイン入り鎌倉土産だ。激レアだ。『須藤さんへ、白田桐香』と書かれている筈。
「おまっ……、もしかしてこれアレか?」
俺は得意げにニヤリと笑う。
「えぇ。お礼って言ったじゃないっすか。白田のサインっす」
望んだ答えだった様で、須藤さんは上機嫌に笑いながら俺の背中をバシバシと叩く。
「わはは、覚えてたのか。サンキューサンキュー。お前いいやつだな、雨野」
「つーかファンなんすか?」
「いや?別にそういうわけじゃないが。でも身近に有名人いたらサイン欲しくないか?」
「そういうもんすかね」
「そういうもんだよ。お前も大人になればわかる」
今日は少し早くバイト先に着いたので、いつもより少しだけ須藤さんと話す時間がある。俺は普段夕方五時から夜十時までなので、休憩時間というものがない。
チラリと時計を見つつ、交代までの間須藤さんと雑談に勤しむことにする。
「お前たちは……あれか?もう付き合ってんのか?」
一本煙草を消すと、続けてもう一本咥えて火を点ける。
「いや、付き合ってはいないっす」
「あ、そう。早いうちに捕まえといた方が良いと思うけどな」
「捕まえるとかそんな虫じゃないんだから」
パタパタと煙草の煙を手で扇ぐ。須藤さんは構わず煙草を吸う。
「雑誌見たけどな。あれ間違いなくこれから来るだろ、須藤桐香」
「勝手に苗字変えないで下さいよ。気持ち悪い」
「わはは。バイトリーダーに向かってキモイとか言うな。時給下げるぞ」
「最低賃金だから下がりようが無いっすよ。そもそも須藤さんにそんな権限無いし」
白い目を向けると、話を変える様に一度長く煙草を吸い同じ時間を掛けて白い煙を吐き出す。
「俺の十年を超えるコンビニバイト生活。数限りない無数の女性たちが俺の目の前を通り過ぎて行った……。ま、雑誌の表紙とかでだけど」
「その話まだ続きます?」
「いや、聞けよ。その俺が言うんだから間違いない。白田桐香は売れるぞ」
冗談で言っている様子でも無い。
「……本人に言っときますよ。多分喜ぶと思うんで」
「雨野、俺はお前に言ってるんだが。白田桐香がこれからもっと売れて有名になったとして、お前は今のままでいるのか?いられるのか?って話だぞ」
軽く普通に『いや、いられますけど?』とでも答えたかったが、不思議と返答に詰まってしまう。そんな俺を見てか、須藤さんはヘラっと笑い左手で俺の肩をポンポンと叩く。
「まぁつまるところ、しがないアラサーのただの僻みだ。陰ながら応援してるとでも伝えておいてくれよ、わはは。さて、そろそろ着替えるか」
そして、今日もバイトが始まり、五時間後にはバイトが終わる――。
「お疲れ様」
午後十時。今日は店には来なかったのに裏口にいて不意を突かれた形となる。
「あ、お疲れ」
恐らくだけど、前回須藤さんに気を遣わせたことを気にしているのではないかと想像される。
「お土産、須藤さん喜んでたぞ」
「本当?ふふっ、よかった」
バイト先を離れ、徒歩十一分の我が家へと帰路に就く。
「んで、須藤さん曰く、『白田桐香は間違いなく売れる』ってさ」
『ありがとう!』とかすぐに喜びの声を上げるかと思ったけれど、白田はワンテンポ間を置いてニコリと微笑んだ。
「頑張るね」
知り合いの欲目かもしれないけれど、須藤さんの言う通り白田はきっとこれからもっと売れて有名になるだろうって実は俺も思っている。
その時俺達はどうなるんだろうな?って、正直な話少しだけ思っている。




