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ずっと覚えてる

◇◇◇


「はい、もんだーい。白田足す『ぶ』はなーんだ?正解は~、白ブタでしたー!」


「はぁ?馬鹿じゃ無いの?意味わかんない」

「ちょっと止めなよ男子!先生に言うよ?」


 小学三年に上がって何ヶ月か経った頃、クラスのお調子者がそう言って白田桐香を『イジり』出した。クラスの女子たちからは非難轟々な訳であるが、それが狙いと言わんばかりに彼は言葉を続ける。今でいうところの『炎上系何某(なにがし)』と同じ感覚なんだろうか?どんな形であれ人に構って欲しいからそう言う行為に至るのだろうか?


「白~ブタ~の『ブ』~はブ~スの~『ブ』~」


 ドレミの歌に乗せてリズミカルに歌って楽しそうにクラスメイトの男子は笑っていたが、当時の俺はどうにも理解が出来ずに首を傾げて隣の女子に話しかける。


「……白田は別にブスじゃ無くねぇ?」


 ぽっちゃりとして、肌は白くて、割といつも人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。美人とか可愛いとかでは無いけれど、愛嬌もあるし話していても楽しいし、ブス……って言うのは違うんじゃないかな?って言う素朴な疑問。


 結果、その言葉が拾われて囃し立てられるきっかけとなる。


「あーっ!今五月が白田の事かわいいって言ったぞー!」


「はぁ!?言ってねぇだろ!ブスじゃ無くて太ってるだけだって言ってんだよ」

「ははは、五月ひっで~」


 今にして思えば馬鹿みたいだと思うけど、クラスの男子と言う狭い輪は俺の世界の殆どだった。


◇◇◇


 小学校の頃に『白ブタ』と揶揄されていた女子が、スラリとした長身の美少女へと成長を遂げ、何と愛読する漫画雑誌の巻頭グラビアを飾っていた。それはそれとして、普段から愛読している雑誌なので仕事終わりに取り合えず三冊買って帰る事にする。別に他意は無い。知り合いが雑誌に載るのなんて初めてなのだからやむを得ないだろう。


「お疲れ様」


 定時にバイトを終え、店を出ると横から声がした。白田(しろた)桐香(きりか)だ。


「……何でいんの?」


 白田が店を訪れたのは午後八時頃で、今は午後十時。


「何でって。待ってたんじゃん。十時まででしょ?」

 コンビニの裏手でしゃがみ込んでいた白田は立ち上がり、背伸びをしながら答える。

「そんな事言ったっけ?」

「ん?そこのアルバイト募集の貼り紙に書いてあるじゃん。このシフトでしょ?十七時から二十二時っていうやつ」


 壁に貼ってあるバイト募集ポスターを指さして得意げに微笑む白田に俺は白い目を向ける。


「何で待ってんの?って聞いてるんだけど。さっき『またね』とかって言ってただろ」

「うん、だから『また』でしょ?さっきと、今。あははちょっと強引?」


 俺と白田の話声を聞いてか従業員口の扉が軽く開き、そこからバイトリーダーが恨みがましそうな目で様子を窺う。

「……雨野か、そんな所でいちゃつくなよなぁ」

「や、いちゃついてねーっす。お疲れっしたー」


 こんな所で話しているとどんな噂を立てられるか分からないので早々に立ち去る事にする。

「……おい、とにかく帰ろうぜ」

 小声で急かすと白田はニコニコしながらコクリと頷く。

「うん。勿論送ってくれるんだよね?」


 従業員口の隙間からはまだバイトリーダーの視線を感じるが、とにかくこの場を離れて帰路に就く。送るも何も俺と白田の家は通り一ひとつ程度の距離なのだから殆ど同じと言える。


 俺は歩きで白田は自転車を押している。

「乗って帰れよ。その方が早いだろ」

 

「ん?後ろに乗るって言う事?」

「……ちげぇよ」

「じゃあ後ろに乗せてくれるって事?」

「何でだよ」


 そんなやり取りをしながら白田桐香はクスクスと笑う。

「不思議だね。久し振りに話すのにね」


「あー、……そうかな?」

 小学校の卒業式の日まで、俺達はきっちりと白ブタ呼ばわりをして小学校を締めくくった。それは会話にカウントしない訳だから、俺が白田と『本当に』最後に話したのは一体いつなのだろう?と思った。小学校三年のどこかだとは思うのだけど。


 俺の煮え切らない返答すら面白いらしく、白田は笑いながら『そうだよ』と答える。


 それから家まで暫くの間何て事の無い話をする。中学はどこだったとか、高校はどこだとか、テレビや配信チャンネルの話題とか、スポーツの話。相手を知っていても知らなくても出来る様な、明日忘れても差し支えない様な取り止めのない話。


バイト先のコンビニから家まで歩いて十一分。


 辺りは暗いけれど、小二の頃を思い出さないと言えば嘘になる。


「真面目にバイトして偉いね」

 

 白田の言葉に首を傾げる。

「偉いってのは違くねぇ?無償でやってればまぁ偉いんだろうけど、ちゃんと最低賃金のバイト代貰ってるし。最低賃金のな」

「ふふ、そこ強調するんだ」


 クスクスと白田は笑う。


「でさ。帰り何買ってたの?」


「ん?普通に弁当とかだよ」

 君が表紙の雑誌を三冊買った――などと言えるはずも無いが、そんな不意の攻撃も何食わぬ顔でさらりと受け流す。だが白田はニヤニヤと含みのある笑みを浮かべながら追撃を繰り出してくる。

「へぇ。あのお店雑誌コーナーにお弁当売ってるんだ?あっ、それともヤギみたいに紙を食べるとか?」


 詰みが近いので投了する。


「あぁ、そっちもね。お前が買ってたのと同じ雑誌だよ。と言っても元々毎週買ってるんだからな?余計な勘ぐりされると面倒くさいから黙ってただけだよ」


「ふーん、そっか」

「そうだよ」

「三冊も?」


 しばしの沈黙が辺りを包む。


 あー、なんだろうこの感じ。あ、政治家とか芸能人とかのスキャンダルが出た時と一緒だ。『事実無根です』とか言いながら週刊誌で続報が出るとコロリと発言を変えるんだよな。で、また別の事実が出て嘘がバレる、と。


「んー……、まぁ、その、さ。……知り合いが載ってるなんて、すげぇな、ってさ」


 知り合い、って言っていいんだよな?って一瞬躊躇してしまうが、そんな事はお構いなしとばかりに白田は嬉しそうに笑う。


「あははっ、それで三冊も買ってくれたんだ?ありがと」


「どういたしまして」


 声だけ聴いていると褒められているのか馬鹿にされているのか微妙なラインだったけれど、顔を見ると馬鹿にしている訳で無い事は一目でわかった。



 詳しい事はよくわからないけれど、全国どこのコンビニでも売っている雑誌の巻頭グラビアを飾るって事はきっとすごい事なんだと思う。


 いつからやってるんだ?とか、給料いくらなんだ?とか、聞きたい事は沢山あったけど、白ブタ呼ばわりしていた俺が聞くのもひどい掌返しだよなぁと思っている内に白田の家近くに着く。


「それじゃ、この辺で。今日は三冊もお買い上げありがとうございました」


 自転車のスタンドを立てて白田はペコリとお辞儀をする。


「別に白田の為に買った訳じゃ無いから。まぁ、今後のご活躍を陰ながら応援してるよ。じゃあな」


 ヒラヒラと手を振りながらそのまま踵を返して帰路に着く。道一本先辺りが俺の家。

「うん、また……。あっ!五月くん!」


 振り返ると、意を決したと言うかどことなく神妙な面持ちで白田は言葉を続ける。


「……昔言われた事、ずっと覚えてるから」


 一言そう言うと、足早に玄関の向こうへと白田は消えて行く。


「わかってるよ、そんなの」


 街灯の下、ため息交じりに一人呟いて帰路に着く。




 

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