遠足リベンジャーズ
◇◇◇
「柊と例の城の話してたらさ、『差し出がましいんだけど、もしよかったら車で一緒にどう?』って」
次の週末。俺と白田の四年越しの遠足が幕を開ける。家に帰るまでが遠足だと言うのなら、家を出た瞬間から遠足は始まっている。つまり、玄関を開ける事も遠足であり、最寄のコンビニに立ち寄る事も遠足だ。
「柊くん免許持ってるの?だって車の免許って十八――」
そこまで言って白田は隠された世の真理に気付いてしまったと言う様な表情でハッと口を隠す。
「いやいや、留年とかしてないから。あいつの彼女コスプレイヤーらしくて、城の話をしたら興味もったんだってさ」
「……あれ?前に看護師さんって言ってなかった?」
「そう。俺も気になって聞いてみたらなんと……」
無駄に言葉を濁してみると、白田は困った顔で眉を寄せる。
「え、まさか」
「看護師でコスプレイヤーなんだって。何なんだよそれって感じだよな。盛り過ぎだろ」
「あぁ、……あはは。そうだよね、うん」
恐らく二股でも想像したのだろう。俺もそうだったからわかる。
「電車で四時間ってのも現実的じゃ無いし、車七人乗りだからお友達もどうぞってさ」
白田は首を傾げて指折り数える。
電車の外はいい天気。順調に乗り換えを経て一時間半の旅は半ばを過ぎる。
「……社交辞令とかだよね?」
指を六本数えて白田は俺を見る。
「もしそうなら柊は俺に言わないと思う。多分普通のお誘い」
「本当!?……じゃあお誘いに甘えちゃってもいいのかな?」
「良いと思うぞ。今度柊に伝えとくわ」
「うん!……どころで、和久井くんの彼女さんってどんな人?看護師でコスプレって」
「俺も見た事無いんだけど、多分すっげぇヤンキーじゃないかって勝手に想像してる。看護学校時代から付き合ってるって話だろ?あの頃のあいつって完全にヤンキー漫画の登場人物だから」
「あっ、ひどい。言ってやろ」
「あぁ、無し無し。不適切な発言として撤回させていただきます」
◇◇◇
そして、電車で揺られて一時間半。目的地へと到り着く。
「着いた~」
「来てみてわかった事は、やっぱり電車で四時間は無理ゲーって事だよな。ここからあと二時間半も乗るんだろ?」
「お尻痛くなりそう~」
俺と白田はケラケラと笑いながら各々背を伸ばして空を仰ぐ。空は青く、雲は白い。
小学十一年生の遠足は鎌倉。おやつは一人三千円までで、バナナもマンゴーもおやつに入るがドリアンやアボカドは入らない。ガムは原則不可ではあるが、包み紙がある場合はその限りでは無い。
「詳しい事はこのしおりに書いてあるからね。勿論目を通して来てくれたと思うけど」
白田が得意げにバッグから取り出したプリントがこの遠足のしおりらしい。この数日、俺と白田でやり取りしたくだらない内容がまとめられている他、今日の予定も記されている。
最寄り駅出発が八時三十五分で、到着は十時丁度の予定。今は十時二十五分。既に押している。
「じゃあ八幡宮から行こっか」
ワクワクした様子で白田は微笑む。因みに、今日のルートは白田が保管していた当時のしおりを参照している。全く同じルートを行くわけではないが、何となく。
鶴岡八幡宮をスタートにいくつもの寺社仏閣を巡る。小学校の足なんて今より歩幅も小さいし、体力だってもっともっと少ないにも関わらず、よくもまぁこんなに歩いたなぁと思う位よく歩く。
「……こんな歩いたっけな?」
息を切らせながら歩くが、白田は涼しい顔をしていて息も絶え絶えな俺を見てクスクスと笑う。
「ね。小学生ってすごいね」
「かくいう白田さんも全然平気そうっすけど、実質小学生って認識でいいっすかね?」
白い目を向けて軽く嫌味を言ってみると、白田は得意げに右足を軽く上げて前に出す。
「わたし今日スニーカーだもん。一杯歩くのわかってたし」
俺はサンダル。正直な話、見込みが甘かったと言わざるを得ない。
「それに毎日走ってるしね」
「あー、言ってたな」
日陰にて休憩。ペットボトルの水をゴクリと飲みつつ英気を養う。持参した携帯型扇風機を俺に向けながら白田は首を傾げる。
「……確かにこのままずっと歩くと疲れちゃうかもね。じゃあ――」
白田は日陰の外を指差す。
「……あれ、乗らない?」
白田の指差す方向を見る。黒い二輪の車とその前に立つ屈強な男性。所謂人力車だ。
「正直な話」
一旦そこで言葉を止めると、白田は不安そうに俺を見る。首からタオルを下げ、燃え尽きたボクサーの様に段差に座る俺は視線を地面に落として言葉を続ける。
「興味はある」
「本当っ!?じゃあ乗ろう!折角だからね!行こ行こっ!」
◇◇◇
小学生の遠足では考えられない人力車での鎌倉遊覧。だが、勿論タダでは無い。一番安い一区間コースは二人で四千円。白田が選んだのは三十分貸し切りコース。なんと二人で九千円だ。
「つーか半分出すよ」
「ううん、平気。わたしが乗ろうって言ったんだもん」
とは言っても、そう言われて『はい、そうですか。ありがとう』となる金額ではない。高校生の五千円なんて大金も大金だ。大体俺のバイト一日分だ。
「……まぁ、じゃあ、あとでなんか奢るわ」
返事をしながら隣に座る白田との距離に気が付いて、少し反対側に身をよじる。
それを見て白田はちょっと大げさなくらい俺と離れて座り直す。
「あっ、……ごめん!臭いとか……、平気かな……」
嫌みでなく本当に申し訳無さそうな顔をして引きつった笑顔を浮かべる。
俺は小さく溜め息をついて、腕を組み胸を張る。
「まぁ臭いなら負ける気しねーけどな」
得意気にドヤる俺に白田は目を丸くしたかと思うと、ひきつった笑顔はいつもの微笑みに上書きされる。
「……勝負なの?」
「まぁな。そもそも字からして違うから。お前のは良い匂いの方の『匂い』。カタカナのヒが入ってる方だろ?俺のはガチの『臭い』だから。くさいとも読む方。……って、何言ってんだ俺」
「ふふ、確かに」
「え、まじ!?多少謙遜入ってたんだけど」
「えっ……?あっ、違うよ!?『何言ってんだ俺』に対しての『確かに』だからね!?五月くんは全然臭くなんて無いからね!?」
と、言って白田はズイッと距離を詰めてくる。元々座っていた距離よりもさらに近い。もう肩と肩が触れる様な距離。様な、と言うか実際に触れている。
「……ほら、平気だから」
プイッとそっぽを向きながらも顔が赤い事がわかる。
「あ、そうっすか」
隣に座る白田桐香からは、やっぱり良い匂いがした。って言うとちょっとキモいか?