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近くて遠い

◇◇◇


 車で二時間半と言う響きを甘く見ていたのは事実だ。あと、関東地方と言う響きも甘く見ていた。


 よく考えると、生まれてこの方二時間半も続けて車に乗った事は無い。そういえば田舎の爺ちゃんち迄は電車で二時間半だ。そして、その二時間半と言うのはあくまでも『片道』の時間なのであって、帰りも二時間半掛かる。当たり前だけれど。


 で、それは車の場合。電車の場合は更にエグイ事になる。検索例をあげてみると、群馬県に位置する例の西洋の古城にお昼の十二時に着こうとした場合、六時五十四分に最寄り駅から電車に乗る必要があり、乗り換え四回で五千円の運賃が掛かる。


 そして夜七時頃に帰ってこようとすると、お城を午後三時十七分に出て乗り換え五回で五千円となる。


 滞在時間三時間、移動時間八時間。費用一万円超。


 正直な話、ちょっときつくない?


 群馬県を、関東地方を少し舐めていた。試しに日光東照宮とか犬吠埼とかを検索してみたら大体同じ様な結果になった。日光東照宮には小学校の時に移動教室で行った事がある。日帰りで東照宮に行く?って聞かれたら答えはノーだろう。つまりそう言う事だ。


「やっぱり無理かなぁ」


 放課後、先日も訪れた俺のバイト先から近い喫茶店で白田は困り顔で首を捻る。


「無理とまでは言わないけどさ。行くとして一泊の距離だと思うぞ」


「いっ……一泊」


 言葉を詰まらせて手でストローをクルクルとかき混ぜる。


「それはさすがに……許可……貰えるかな?」


「いやいやいやいや、ちょっと待て。何で泊まる前提なんだよ。一泊だから無理だよね?って流れだろ」


 慌てて補足説明を行うと、白田桐香は胸を押さえながらフーッと安心した様に一度息を吐く。


「あっ……あはは、そっか。そうだよね。あっ!じゃあお父さんに車出してもらうっていうのはどう!?」

「どうもこうもねーよ。俺もそこに乗れって?二時間半?小二の頃ならともかく今は流石に気まず過ぎんだろ。大体百歩譲って現地に着いたとして、親父さんも一緒に観光するつもりか?」


 白田は首を振りニコリと微笑む。

「ううん、お父さんは車で待機」

「ひでぇ娘」


「ふふっ、冗談だよ」

「……どの辺から?」


 それはそれとしてネットで群馬と調べると何故かとんでもない秘境扱いをされているので、逆に興味をそそられる。でも往復八時間は流石に無理だろう。


「鎌倉は電車で一時間半だけど」


「へぇ、そうなんだ」


 小学校の時に遠足で行った様な気がするけど、小坊に寺社仏閣に興味を示せと言っても難しいところだろう。御多分に漏れず俺も興味は無かったので、大仏くらいしか印象に無い。


 それもあってつい生返事を返した後でチラリと白田を見ると、ムッと口を一文字に閉じて不満げな様子。


「なにか?」


「ううん、何でもない。別に」


 そこで一旦会話は途切れる。


 白田のアイスティーはすでに氷だけになっていて、俺は今日はバナナオレを飲んでいる。喫茶店で飲むバナナオレは格別にうまい。

 

 一口飲むと一口減る。当たり前の事だ。惜しみながら飲んでいる間も、白田はムッとした様子で俺を見ている。


「やっぱりなにか?」


 再度聞いてみる。白田は両掌をグラスで冷やしながら言い辛そうに呟く。


「……小学校の時、遠足で行ったの覚えてる?」


「鎌倉の話か?四年か五年かどっちかは忘れたけど、大仏見た記憶はあるよ」


「六年生だよ」


「ありゃ、そうだっけ」


「電車で一時間半なんだって」


 と、再度言われて漸く気が付く。白田は鎌倉に行こうと言っているのだと。


「そうだなぁ。遠足のリベンジも悪くないかもな」


 一人納得して頷く俺を見て白田はクスリと笑う。

「何にリベンジするの?」


「あー……、何だろな。ははは」


「じゃあ決まり!今度鎌倉に遠足ね!」


 喫茶店内にも関わらず、白田はパンと手を叩くと嬉しそうに声を上げる。



◇◇◇


 その夜、小学校の卒業アルバムを開いてみる。


 六年一組出席番号一番、俺。雨野五月。


 同じクラスに白田も紙谷もいる。


 集合写真や個別写真の後に、一年から六年までの様々な行事のスナップ写真が載っている。


 残念ながら鎌倉の遠足で撮った写真には俺達は写っていなかったけれど、一年の時……近所の大きな公園に行った写真には写っていた。


 お昼時、生意気そうな顔をした俺と、今よりぽっちゃりしている白田が楽しそうにニッコリと笑いピースをしている。反対の手にはサンドイッチ。


 思わず口元が緩んでしまうが、その直後にふつふつと怒りが湧いてくる。


 もう少しアルバムを捲る。二年時は運動会の写真で一緒に写っている。あとは学芸会。白田はキジの役で俺は鬼B。鬼が六人、桃太郎も六人もいる無茶な配役の劇だった。この頃はまだ一緒に笑っていた。


 三年生。もう俺と白田は一緒には笑っていない。


 四年、五年、六年も勿論同様だ。


 俺と白田は子供の時に仲が良かった。その時分は男子も女子も関係なく仲が良かった中で、白田とは特別仲が良かった。


 もしかしなくても、白田もあの時を楽しかったと思ってくれているからまた俺に話しかけてくれたんだろうと思う。



 ―― 一つ、仮定をしてみる。


 白田は俺の事を好きなのだろうか?


 考えてみてすぐに心の中で首を横に振る。


 その仮定よりも先にしなければいけない事があるだろ、と。


 そして、改めて一つ仮定をしてみる。



 俺は、白田の事を好きなのだろうか?と。


 多分まだ答えは出ない。


『どら焼きはおやつに入りますか?』


 何となく無意味な質問を投げかけてみると、そう間を置かずにピロンと返信が来る。


『逆に何で入らないと思うの?』


 カワウソかビーバーか分からない生き物が首を傾げるスタンプが添えられてくる。


『パンケーキはパンですか?ケーキですか?」

『意味わかんない。好きなもの持ってきなよ』


 友人の和久井柊は言った。『()()を二人で確かめるのが楽しいんだよ』、と。


 ほんの少しだけ、わかるようなわからないような。


 とにかく、今わかる事は白田が撮影で使った城に行く計画が、いつの間にか鎌倉遠足にすり替わっていると言う事だ――。






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