はじめの一歩のその次に
◇◇◇
「あー、柊さん。後でちょーっとお時間いただいていいっすかね?」
「ん?勿論いいよ。外行く?」
引きつった笑顔で相談を持ち掛ける五月を見て、おおよその用件は察しが付く。五月と柊が席を立つと、それを見たもう一人の同中・紙谷庵司が寄ってくる。
「お?今日は学食か?俺も俺も」
「あぁ、庵司。さっき渡貫さんが探してたけど。体育館裏に来て欲しいとかって」
「マジ!?」
和久井柊は爽やかな微笑みを浮かべながらコクリと頷く。
「マジか。マジかぁ……」
紙谷庵司はぶつぶつ言いながら照れ臭そうに教室を出ていく。
「サンキュー」
「礼には及ばないよ。後でジュースの一本でも渡貫さんに買ってあげて」
「おう、そうだな」
二人は場所を移して屋上へと続く階段へと向かう。屋上の扉は閉鎖されているが、お踊り場を一つ経たその扉前は人目に付き辛く中々の穴場スポットだ。もっとも、それは学校側も把握していて、『監視カメラ作動中!』の張り紙と共に、それと思われるドーム状の物体が天井に付いている。
別に悪い事をするわけでも無いので、柊は笑顔でカメラに手を振った後で話を切り出す。
「さて、白田さんの事かな?」
図星を突かれてムッと眉を寄せる。
「……何でわかるんだよ」
「そりゃあ君が僕に相談する事なんて今までに例が無いからね。最近起こった変化と言ったらその位だからわかるさ。それにしても無駄なごまかしをしなかったのは偉いね」
うんうん、と一人納得したように頷いて見せる。
「んー」
首を傾げ、言い辛そうに頭を何度か掻いて言葉を選ぶ。
「何を聞きたいのか、何がわからないのかもよくわかってないんだけどさ」
「うん。口に出す事で整理できることもあるから少しずつでも出してみたらいいよ。部屋の掃除とかと同じでさ、少しずつでも進めないと終わらないだろ?」
わかる様なわからない様な例えを受けて、五月は口を開く。
「白田と伊吹って女子が前うちの学校に来ただろ?」
「うん、来たね。君こずえちゃんともう何回か……、あーそっか。よく考えると一度もまともに話してない気がするね。それで?」
「……あの時さ、最初に渡貫は俺を呼んだだろ?んで、結局あんな感じになったから、俺をダシにして柊と知り合いに来たんだと思ったんだ」
「『思ったんだ』って事は、今は違うって言う風に聞こえるね」
五月の考えがまとまるように、言葉を引き出すように適度に相槌を挟む。
「俺に会いに来た、……って白田が言ったんだ」
自分で言っていて恥ずかしくなってくる。だが、本人に向かってそれを伝えた白田はもっと恥ずかしかった筈だろうと思い至る。
柊は少し嬉しそうに驚いた顔をする。
「へぇ。随分頑張ったね、あの子」
五月は困った顔で柊を見る。
「それって……どういう意味だと思う?」
「じゃあ一つだけアドバイスを」
長い人差し指をピッと立てて柊は言う。
「それを二人で確かめるのが楽しいんだよ」
言い終えて柊はニコニコと五月を眺める。五月は苦い顔で柊を見る。
「……それ、アドバイスか?」
「もちろん。それとも『五月の事好きなんじゃない?』って言えば満足?」
「いや……。そういう訳じゃない」
「だろ?答えは二人の中にしか無いんだから。って感じでどう?」
既に内容は完全に恋愛相談なのだが、五月は照れもせずにまじめな顔で柊の言葉に頷いた。
――答えは二人の中にしかない。
その言葉が何となく腑に落ちた。
◇◇◇
「家に行ったの!?」
誤解を解いて早々の進展に伊吹こずえは驚きの声を上げる。
「うん。ちょっとだけだけどね。一時間二十三分」
「……分単位で覚えてるのは流石のこずえちゃんでも引いちゃうなぁ」
言葉通り椅子を少し後ろに引いて白い目を向けると、白田桐香は慌てて弁明する。
「えっ!?違うよ!五月くんがアラーム掛けたから覚えてるだけだよ!すぐ人をストーカー扱いするのやめてよね!」
「何アラームなの、それ」
隣に座る委員長がこずえの服を引き、小声で忠告する。
「こずえ、それ以上詮索すると危険だよ」
「ん?何で?」
「いや、桐ちゃんの前では流石にちょっと……」
「えー?何だよー、じゃあヒントヒント」
白田桐香は二人のやりとりをきょとんとした顔で眺める。その表情を見て委員長は自身の邪推が見当違いな事を悟る。
数年振りに想い人の部屋に行く→何故かアラームを掛ける→どんな時にアラームを掛ける?→起きる必要がある時。
……起きる必要があるということは、眠っているということ。つまり――。
「寝たの!?」
「退場!」
「えっ、何で?お昼寝だめ?」
首を傾げるこずえ。委員長は痛恨の勇み足を誤魔化す様に苦笑いを浮かべる。
「あー……、そっちね。うん、あるね。あるある」
雨野母が帰ってくるまでの間、と言う事でアラームを掛けた旨説明をしてようやく誤解は解ける。
「ていうかさ、もう告白しちゃったようなもんじゃん。『……本当は、五月くんに会いに行ったんだ』なんてさ」
思い出し赤面をしながらも、自身の口振りを真似るこずえを咎める様に白い目で見る。
「だってしょうがないじゃない。他にどう言えばいいかわからなかったんだから」
「そのくらいハッキリ言って正解だと思うよ?そうすれば嫌でも意識してくれるでしょ。例え何とも思っていない相手だとしても、気になり始めて次第に……って事もあるしね」
「また少女漫画?」
「……うっさい。ねぇ、桐ちゃん。わたしも王子くん見てみたいな~。写真とかないの?」
委員長の申し出に嬉々としてスマホを取り出す。
「うんっ、あるよ。見る?」
画面の端に映る五月をすいっと指二本でピンチアウトする。
「やっぱり隠し撮り風味なんだよなぁ」
「……うるさいな、いいでしょ別に」