赤い糸であやとり
◇◇◇
『今日放課後少し時間貰ってもいい?』
昼休みに五月のスマホに白田からのメッセージが入る。意図はよく分からないけれど、今日はバイトも無い。五月には特別断る理由も無い。
『何かの勧誘とかでなければ』
『勧誘なんかしないよ。じゃあ放課後五月くんの学校の方に行くね』
『へい。了解』
メッセージを打ち終えて顔を上げると、柊がニコニコと眺めていた。
「何か?」
「ん?楽しんでおいで、とだけ」
「……だからそういうのじゃないって前も言いませんでしたっけね?」
白い目を向けると柊はケラケラと笑う。
「あ、そうだっけ?ところで庵司、あの後こずえちゃんとどうだった?」
「は?普通にすぐ帰ったけど。シレっと置いてくなよ。泣くぞ?」
「まぁ自業自得だよね、君」
「つーか五月。お前白田の事知ってたのか?超変わったってレベルじゃねーだろ。整形レベルだろ、あれ」
「なにが整形だよ、アホか。目とか鼻とか全然元のままだろうが」
五月の言葉に和久井柊とと紙谷庵司はきょとんとした顔をする。
「……何だよ」
「お前それって――」
何かを言いかけた紙谷を柊は笑顔で遮る。
「あはは、褒め言葉としての整形レベルって事だよね?整いすぎてるってね。わかるわかる。僕もたまに言われるからさ~」
「何だそりゃ。そんな事言われることあんの?」
「五月、お前――」
呆れ顔の五月が見えない角度で柊は紙谷の横腹を肘で突いて視線で言葉を制する。
「まぁ美男美女限定の悪口って事だよ。僻み半分ってやつだね、気にしないでオッケーオッケー」
◇◇◇
放課後。正門付近で待っていると先日の様なトラブルを招きかねない為、待ち合わせ場所は駅前の書店内にした。
「お待たせ。本屋さんで待ち合わせって珍しいね」
雑誌を立ち読みしていた五月はチラリと白田に視線を送り本を閉じる。
「本屋だったら無限に時間潰せるから待ってても苦にならないだろ?」
「なるほど。わたしも今度からそうしよっかな。あっ、ねぇねぇ。次号予告っていうの見たい。ある?」
「本屋さんではお静かに」
「……次号予告見せて」
五月の言葉通り、声を潜めて繰り返す。立ち読みをしていた総合スポーツ雑誌を棚に戻して漫画雑誌のコーナーに向かう。
「あ、かわいい」
雑誌を手に取り、表紙で笑う少女を見て白田は呟く。少女と言っても年齢は白田達より少し上だろうか?チラリと隣の五月を見るが『そうだな』など同意が返って来る筈も無い。
水着グラビアをパラパラと読み飛ばし、裏表紙を捲り巻末付近にある次号予告のページを開く。昨晩も見た白黒印刷の白田の笑顔の横に『反響に応えて再登場!白雪姫は今夜も眠らない』の煽り文に白田も思わずクスリとする。
「本当だ」
「な?眠らないだろ?」
「眠るけどね」
「じゃあ眠り姫か」
「なにそれ?」
「あぁ。眠れる森の美女の方が一般的か」
「それなら知ってる。見た事あるよ」
答えてから少し考えて白田はチラリと五月を見る。
「今わたしの事美女って言った?」
「や、言ってない言ってない。眠れる森の美女の話をしただけだから。どんだけ自信家なんだよ」
書店内なのでヒソヒソ声に近い小さな声でのやり取り。白田桐香はクスリと自嘲気味に笑い呟く。
「自信なんて無いよ」
目の前で五月が開く紙面に載る自信に満ちた柔らかな微笑みとは全く対照的な、弱く消えそうで自信無さげな笑顔で白田桐香は言葉を続ける。
今日は雨野五月の誤解を解きに来た。どうやって話を持っていこうかとずっと考えていた。だがきれいな流れで自然に会話を運ぶ事なんて出来やしない。それならば、せめて真っ直ぐに伝えようと覚悟を決める。
「あのね、五月くん。わたし今日は謝りに来たの」
「謝るって……何かしたっけ?」
コクリと頷く。
「うん。嘘ついちゃったから。……前にこずえと五月くんの学校に行ったでしょ?あれね、和久井くんに会いに行ったんじゃなくって……』
気が付けば心臓の音がどんどんと大きくなっていて、左手で押さえると手のひらに鼓動を感じる。顔は熱く、もしかしなくてもきっと真っ赤だ。
嘘をついたまま何食わぬ顔で話し、遊んでいた方が楽だろう。でも、きっとその先には何も無い。友人たちが背中を押してくれなければ、足を踏み出す勇気が出なかっただろう。
息苦しい呼吸を一呼吸。胸に当てた手をギュッと握り、言葉と勇気を絞り出す。
「……五月くんに会いに行ったんだよ」
「え……」
思わず五月は白田を見る。白田桐香は真っ赤な顔で、今にも泣きそうに眉を寄せて五月を見つめていた。
「えっと、白田。その言葉は流石に額面通り受け取っちゃダメなやつだよな?……はは、あらぬ誤解を招くから言葉は正確に選んだ方がいいぞ?」
困惑した様子で苦笑いを浮かべる五月に対し、白田は何度か首を横に振りまた五月をジッと見る。
「ううん、五月くんに会いに行ったの。……わたし、もう白ブタじゃないから、また昔みたいに……一緒に遊べたらなぁって思って。白ブタじゃなくなったら、会いに行ってもいいのかなぁって」
声は途中から涙声になり、大きな目からはそれに比例するかの様な大粒の涙がポロポロと流れ落ちる。
何の免罪符にもならないが、五月自身は一度も白ブタとは呼ばなかった。それでも、友人やクラスメイトが『白ブタ』と呼び、五月が『あっちいけ』とか『ついてくんな』と邪険に扱ったのは事実だ。
呼んだ方はきっと覚えてもいないだろう。事実、紙谷庵司も『白田』と聞いて数秒考えていた。それでも言われた側の心にはずっと深く刻まれる事もある。
「ごめん」
漫画誌を閉じて五月は頭を下げる。
「……もっと軽く考えてた」
「えっ!?あっ、ごごごめん!重かったよね!?あの、そういうのじゃなくって……、ただ本当に……小学生の時みたいに一緒に遊びたくって……」
「白田が謝る事なんか何も無いだろ。何が悪かった?悪いのは俺達で……卑怯なのは俺だ。白田は何っ……にも悪くなんか無い!」
己の体裁ばかり気にして、結局再会してから今の今まで謝る事すらしていなかった。今にしても白田が本心を吐露した事を受けての謝罪だ。己の卑怯さと臆病さに本当に嫌になる。だが、今はそんな場合ではない。自省も後悔も自己嫌悪も後でゆっくりやればいい。
「一度だけ正直に言うぞ?」
五月の前置きを受けて白田はコクリと頷く。
「今更だけどさ、会ったら謝ろうと思ってたんだ。でも白田があんまりかわいくなってるから謝るに謝れなくなっちゃってたんだよ!今や白雪姫と呼ばれる白田に向かって『白ブタって呼んでごめんな』なんてさ、虫が良いどころじゃないだろ!?まぁ実際にそう言って謝ったやつもいたけどさ!俺はそれすらもできなかった卑怯者なわけだけどさ!」
「ね……ねぇねぇ、五月くん」
「なんだよ、今大事な話をしてるところなんだけど」
「……今、わたしの事かわいいって言っちゃってたけど……平気?」
真っ赤な顔の白田の指摘を受けて、五月の顔も真っ赤に染まる。
「あ、あぁ。それね。大丈夫、問題ない。主観の話でなく一般論の話だから。とにかく!」
五月は右手を白田に伸ばす。
「また昔みたいに仲良くして欲しい。菓子食べたり、ゲームしたりしてさ」
白田はクスリと笑い手を伸ばす。
「虫捕りしたり?」
五月はコクリと頷く。そしてようやく今この場所が書店内という事を思い出す。
「あ、あー。……一旦出ようぜ」
「……そうだね」
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