家と家
◇◇◇
「それじゃあそれぞれ知ってる人もいるだろうけど、僕以外一応自己紹介しておこうか。じゃあ五月から」
東京都下の私鉄急行停車駅。俺と白田が少しずらして待ち合わせ場所に着いた時には既に全員揃っていた。
「何で俺からなんだよ」
「そうだそうだ。ここはレディファーストだろ」
俺の漏らす不満の声に便乗して紙谷は女子の紹介を促すと、ひそひそと俺に小声で何やら呟いてくる。
「結局白田来なかったんだな。つーか代わりの子めちゃくちゃかわいくね?」
言い終えて紙谷はチラリと白田を見る。目が合うと白田はニコリと微笑む。
「白田いるだろ」
「いや、怖い事言うなよ。いないだろ」
神谷は眉を寄せながら辺りをキョロキョロと見渡すので再度念を押してみる。
「いや、いるだろ」
「ちょ……、五月お前マジで止めろ。あれか?みんなの心の中にいる的なあれか?あぁ、話は変わるけどあの漫画の財宝って、実はみんなの心の中にあるってオチだと思うんだけど五月はどう思う?」
「知らねーよ、今言う事かそれ。じゃあお望み通り自己紹介してやってくれよ、白田」
呆れ顔で白田を見ると、白田桐香はコクリと頷く。
「うん。紙谷くん、久し振り。小学校同じだった白田桐香です」
目の前で微笑む美少女に紙谷庵司はきょとんと豆鉄砲を食らった様な顔をする。
「白田って、あの白田?」
「あのかどうかは分からないけど白田ってうちの小学校ではわたししかいなかったと記憶してるけど」
「え?えぇ……えー」
「さて。旧交を温めた所で行先決めよっか?海でも見に行く?」
フリーズする紙谷はさておき和久井柊が話を進めると、伊吹こずえが勢いよく手を挙げる。
「あっ、はいっ!丁度六人だから3ON3とかどう!?」
中高共にバレー部の体育会系伊吹の提案に中学同窓の渡貫茉莉花は大きくため息を吐く。
「何でいきなりバスケ?大体わたしも桐香ちゃんもスカートじゃん」
「ジャージ穿けばいいじゃん」
「持ってないに決まってんでしょが」
「そっかぁ。残念」
「まぁじゃあそれはまた今度にしよっか。僕こう見えて中学の時バスケ部だから意外に上手いよ?」
「嘘っ……!?しゃ……写真とか無いですかね!?」
「あれ、そんなに見えない?証拠的な?」
「や、目の保養的にデス」
三人が行く先議論をする傍らに、俺と白田はまだいまいち現実を受け止め切れていない紙谷庵司を見守る。別に放っておいてもいいのだけれど。
「本当にあの白田なのか……?」
猜疑心に満ちた瞳で魔女の変身を見破らんとばかりに白田を凝視し、白田は引きつった笑顔で半歩こっちへと近付く。
「変わりすぎだろ……」
愕然とか唖然とか呆然とか。あとどんな然が当てはまるかよく分からない表情で紙谷は漸く言葉を絞り出す。
「そうかな?どう変わ――」
「すっげぇかわいくなったな!」
白田が言い終わる前に紙谷は興奮気味に声を上げたので思わず身じろぐが、紙谷は構わずにグイグイと迫る。
「かわいいっつーか、美人っつーかさ。痩せただけでそんなに変わるもんじゃないもんな。てことはやっぱり元が良かったって事か。ごめんな、昔白ブタなんて呼んで」
嫌味を言っている風でも無く、申し訳なさそうに紙谷は手を合わせて笑う。
次の瞬間。俺や柊が何かを言おうとするよりも早く、ドンと言う音と共に紙谷の身体は前に倒れつんのめる。不機嫌を通り越して完全に怒り顔の伊吹こずえが片足を上げていたので、紙谷の背中を蹴ったのだろうと想像がつく。
「……てめぇうちの姫に何言ってんだ?そも呼んでねぇのに来たおまけがしゃしゃんな」
凡そ女子とは思えない啖呵……と言ったら失礼だろうか?腕を組み、膝を付く紙谷を睥睨して彼女は言い放ち、その気迫に紙谷は気圧された風だった。
「すっ……すんませんっした」
伊吹さんの怒りに遅れて、俺と柊はそれぞれに紙谷の頭をスパンと叩く。悪いやつでは無いのだが、空気が読めないにも程があると言う物だ。
「あのさ」
待ち合わせの駅構内から少し離れた場所で伊吹こずえから紙谷への説教は続く。
「悪いけど姫にはもう好きな人がいるんだよね。余計なちょっかいは止めてくれない?」
思わぬ発言に白田は慌てて伊吹の肩を掴み揺さぶる。
「ちょっとこずえ!?何言ってんの、わたし一言もそんな事言ってないじゃん!」
伊吹こずえは全く動じずに、赤い顔で自身の肩を揺する白田を指差して説諭を続ける。
「ほら、この反応を見ればわかるだろ。いるの。恋してるの」
「あー、もう!黙ってよ」
「だから桐香に横恋慕しても無駄って訳。君に出来る事と言えば桐香の載ってる雑誌を眺める事くらいだよ」
期せずして増える情報。紙谷はおずおずと小さく挙手して話を掘り下げる。
「載ってる雑誌と言うのは読モ的なやつっすか?」
「違う。グラビアだ」
腕を組み何故か得意げに伊吹は笑う。
「マジっすか!今売ってますか?水着っすか?水着の色は何色っすか!?」
二人のやり取りを苦笑いで眺めつつ、柊は駅の外を指差す。
「楽しそうだから邪魔せず行こうか」
「さんせーい」
◇◇◇
出足を挫かれた形になったからか、結局その日はカラオケに行って軽く食事をしてお開きとなる。柊と渡貫さんは結構本気で怒っていた様子で、置いて行った二人から何度連絡が来ても『反省しろ』の一言以降返信を行わず、ガチで置いて行ったのだった。
「結局一曲も歌わなかったじゃん」
二人と別れて帰り道、どこか不満げに白田は言う。
「いや、そりゃまぁ。逆に聞くけどさ、俺が歌うと思った?」
「んー、そんなには。歌うかなぁ?位」
「だろ?俺の如き隠者は一見さんお断りだからさ。何度か通って漸く……な訳だよ」
「ふーん、と言う事は何度も通ってくれるって事でいいのかな?」
「それは柊に言えよ。俺に言ってもしょうがないだろ」
「別にしょうがなくは……」
ごにょごにょ口籠ったかと思うと、『あっ』と思い出したかのように話題を変えて来る。
「そう言えば。紙谷くんすっごいびっくりしてたね」
クスクスと思い出し笑いをする白田にコクリと頷いて同意を示す。
「そりゃあするだろうな」
「五月くんはあそこまでびっくりしてなかったと思うけど」
「隠者とリアクション芸人を同じくくりで見るなよ」
「リアクション芸人って」
今までも何度か白田と歩いた帰り道、いつもはバイト帰りで夜十時過ぎだが今日はまだ夕方の六時。
「それじゃ、また」
「うん。今日は楽しかったね」
いつも通り白田の家の少し手前で別れの挨拶をして、白田もそれに応える。
うちに向かって何歩か歩いて違和感に気が付き、チラリと振り返るとすぐ後ろに白田の姿。振り返るとは思っていなかったようでビクッと身じろぐ。
「わっ、びっくりした!」
「……こっちのセリフだよ。何してんの?」
「えっ?んー、いつもは夜だけど今日は夕方じゃない?うち門限は基本八時で、まだ時間あるから……こっそりついて行ってみようかなぁって思って」
「で、三歩でバレた、と」
「うん。……えへへへ」
照れ隠しに照れ笑いを浮かべ、右手で帽子を脱ぐとパタパタと顔を仰ぎ始める。思いの外恥ずかしい様で、白雪姫の白い頬は紅く染まる。
結局、三歩でバレる尾行下手な白雪姫はうちの前までついてくる。
「それじゃ」
軽く手をあげて別れの挨拶をする俺を白田はニコニコとただ見つめる。
「なんだよ」
「ん?今日は送ってくれないのかなって」
予想外の言葉にガクッと肩の力が抜ける。
「……どうした?ボケちゃったのか?」
「や、送ってくれないならいいの。それじゃ、またね」
寂しそうな顔で白田は手を振る。自分で言うのもなんだけれど、ここで『おう』と背を向けられるほど図太くも強くも無い。
「わかったよ。何だか分からないけど乗ってやる。行くぞ」
「ふふ。ありがと」
茶色い外壁の賃貸マンションに背を向けて再び白田の家へ。徒歩三分と言った所か。少し話ながら歩くとすぐに到着する。
「今日は楽しかったね。またね」
ニコニコと上機嫌に手を振る白田桐香。
「あぁ、そうだな。ではまた」
一度二度軽く手を振りすぐに背を向けて家路に着く。
七、八歩程歩いた所で再び何となくの違和感を感じ、今度は勢いよくバッと振り返る。すると、七、八歩離れた所に立っていた白田は本当に楽しそうにニッコリと笑い、跳ねる様に近づいてくる。
「あれ?あれあれ?どうしたの、五月くん?もしかしてまたわたしがついていってると思っちゃった?」
「や、違うし。じゃあな。急ぐんで」
「も~、しょうがないなぁ。送ってあげるよ。ふふふっ」
今度は少し早歩きで自宅を目指し、白田も隣をトコトコと歩く。身長は俺の方が少し高いが足はどう見ても白田の方が長い。因って白田の方が歩くのが速い。
白田の家から俺の家への謎の往復は、結局もう一往復続いた。満足した白田は『今日は楽しかったね』と笑顔で手を振り帰って行ったのだった。