『白ブタ』と呼ばれた幼馴染
よろしくお願いします。
感想・評価など、大変励みになります。
◇◇◇
「おい、ついてくんなよ」
丸三年使った平べったいランドセルを背負う俺が眉を顰めて振り返ると、白田桐香は少し息を切らせつつ困惑の表情を浮かべて反論を口にする。
「別についていってないよ。私の家も同じ方向じゃん」
「そんな事言って白ブタ本当は雨野の事好きなんじゃねーの~?」
「ち……違うってば!じゃあ遠回りして帰るからいいよ!バカ!」
一緒に帰る友達が囃し立てる。雨野とは俺の事だ。雨野五月当時小学四年生の生意気盛り。白ブタこと白田桐香の言う様に俺とこいつの家は近い。具体的に言うと、うちのマンションから道一つ行った所にあるでかい一軒家が白田の家。家が近い事もあり、小二の頃までは結構家に行き来したり一緒に虫を捕ったりして遊んでいた。小学校低学年の頃なんて男女一緒に遊ぶのがわりに当たり前だから。
――で、この当時は小学四年生。
低学年を過ぎて中学年と呼ばれる年齢、来年からは高学年。この頃にはいつの間にか男女分かれて遊ぶのが当たり前になって来るんだよな。で、男子的には女子と遊んでいると茶化し囃される訳で、基本女子との間には溝が出来ていくって寸法だ。そして中学になる頃と今度は急に恋愛対象としてああだこうだ言い出すのだ。
そして時は過ぎて、現在俺は高校二年生となる。その後、中学高校と白田とは同じ学校では無いがたまに思い出す。
色白で背はあまり高く無く、デブと言うよりも今考えればぽっちゃり程度だったかも知れない。体型から体育はあまり得意では無かったが、勉強はそこそこ得意で、女子と話す時はいつもにこにこしていた印象がある。小学一・二年と同じクラスで、仲良くなったきっかけはあまり覚えていないが、冒頭に述べた様に家に行き来する程度には仲が良かった。
女子の家に行ったのなんか、高二の今に至るまであれっきりだ。うちと違って綺麗に整頓された家で、毎度出されるおやつも洒落たものが多く、とてもおいしかった記憶がある。
話は変わって、元々部活動って言うのは無軌道でエネルギーの有り余ってる青少年の体力を奪い、時間を拘束する為に生まれたと言う説を聞いた事がある。有り体に言えば、時間も体力も有り余っているとガキどもは何をするか分からないから疲れさせておくかと言う事だろう。
で、時間も体力もありお金が無い俺はと言うと、放課後はコンビニでバイトをしている。毎週月・水の夕方五時から十時迄。十七時から二十二時迄。週に十時間、月に四十時間。時間はお金では買えないと言うけれど、今のところ特にやりたい事も何もないのだから、無駄に過ごす位なら時間をお金に換えておこうと言う訳だ。
コンビニバイトをしていると吸いもしないのに無駄に煙草に詳しくなって困る。番号で言ってくれればいいのに、とも思うけれど壁一面に並ぶ銘柄の中から番号を探すのも一手間だからまぁ理解もする。と言うか、こんなに数要るのか?ジュースよりもおにぎりよりも数が多いけど、こんなに需要あるのか?まぁあるから存在しているのか。ニコチン何グラムとか、グラム単位で分かれているけど、本当の本当にそんなに必要なのか?
心を無にして『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』を繰り返し、『有料ですがレジ袋お付けしますか?』も付け加える。本当に余計な事をしてくれたと思うが、政治批判になるのでその一言に留める。
時計の針は『だるまさんが転んだ』がお好きな様で、チラチラ見ていても一向に進まない。極力時計を見ない事が時間を進めるコツだ。
何時かは分からないが、恐らく足の疲労感から察すると二十時位だろうか?一冊の雑誌を出されてピッとレジを通す。
「三百十円です」
三百十円に『なります』でも無いし、レシートは『お返し』でも無い。細かい事だがそう言う事だ。
「ここで働いてるんだ?」
自分に話しかけられているものとは思わずに、チラリと隣のレジを見てしまう。すると声の主は俺の行動を諫める様に言葉を継ぐ。
「五月くんでしょ?」
俺?と思い視線を向けると、目の前には同年代の女子が立っていた。背は高めで長い黒髪、制服姿で肌は白い。うちの学校の制服では無いので勘違いかとも思ったが、『五月くん』と言うからには俺の事なのだろうと思う。雨野五月。俺のフルネーム。
「え、あぁ。そうっすけど」
仕事中に私語をするのは望ましく無いとは思いながらも、レジ列も無かった為一言だけ返しておく。声の主もチラリと自身の後ろを気にして、誰も並んでいない事を確認した後でニコリと微笑みながら小声で呟く。
「あ、もしかしてわたしの事覚えてない?」
そう言ってそいつは何故か買ったばかりの雑誌を顔の下辺りに移動して、指で表紙を指し示す。
『そろそろ面倒くせぇなぁ』と思い始めていた気持ちは一瞬で吹き飛んだ。帰りに買って帰ろうと思っていたその漫画雑誌の表紙には、『白田桐香』と言う文字が踊り、その隣には黒髪白肌の少女の笑顔が飾っていた。
「白……田?」
表紙と本人の顔を交互に見比べると、白田はふふんと勝ち誇った様な得意げな笑みを浮かべてコクリと頷いた。
「ふふ、正解」
「マジか」
記憶の中の……小六の頃の『白ブタ』こと白田桐香とは似ても似つかぬ美少女がそこにはいた。だが改めてまじまじと見直してみるとたしかに面影はある。大きくぱっちりとした目には茶色の瞳。人懐っこい笑顔。白ブタと呼ばれる一因ともなった白い肌。
白田は気恥ずかしそうに口元を雑誌で隠す。その雑誌には前述の通り白田が表紙に載っている。国民的マンガの巻頭カラーに先駆けての巻頭グラビア。
「あー……」
白田の後ろにサラリーマン風の男性が並びそうだったので、手でレジから離れる様に促す。
「お次のお客様がお待ちですので」
「えっ!?あっ、ごめんなさい!」
白田は慌てて振り返るとお次のお客様にぺこりとお辞儀をする。そして気恥ずかしそうに俺に小さく手を振り『またね』と呟いた。
時計を見ると時刻は午後八時を少し過ぎていた。昔『白ブタ』とイジメられていた同級生が愛読している漫画誌の巻頭グラビアを飾っていた訳だが、それはそれとして仕事を終えたら取り合えず三冊買って帰ろうと思う。