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退魔列伝…神の血を引く少女  作者: 久住岳
第1章 神の血

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第6話 月読命の流れ

   六、月読命の流れ

 

 莉緒『流川さん、薫たちが海に行こうって誘ってくれているの?行ってもいい。』

 

 流川『女の子四人で行くの?高校生四人だけでは、皆さんの親御さん達も心配じゃないかな。』

 

 莉緒『うん、そうなんだけど。尚子のお姉さん夫婦が一緒なの。いいでしょう?』

 

 流川『いいよ。莉緒ちゃん、海から帰ったら山形に付き合ってくれるかい。僕の育ったところだよ。調べたい事もあるんだよ。』

 

 莉緒『流川さんの故郷!楽しみ~。流川さんも、海に行こうよ。』

 

 流川『僕は調べ物があるから、楽しんできなさい。』

 

 莉緒が千葉の海に友達三人と出かけていった。私は各方面から届いた古文書を読み、それぞれの流派が持っている情報を重ね合わせて、時系列で整合性を取る作業に没していた。二千年前の女帝の存在を示す記録は日本には残っていない。海を隔てた中国の文献に邪馬台国と卑弥呼の記述があるくらいだ。しかし中国の文献に残っている記述が、日本の歴史書に全く残っていないのも不思議な事だ。隠さなければならない事情があったのかもしれない。

 

 邪仙が言った巫女や姫とは卑弥呼なのか?現時点で決めつけるのは道を誤る結果になりそうだ。もう少し情報が欲しい。仮に姫の存在が卑弥呼だとすると…違和感が残った。卑弥呼には弟がいて政務の殆どは弟が行っていたらしい。卑弥呼は院の奥に籠り占術を行っていたという話だ。卑弥呼の周辺に邪仙の二人のような存在は確認できない。卑弥呼の記述は約千八百年~千九百年前になる。皇室の系図だと十三代、十四代の天皇の時代だ。邪仙の様子ではこの国に根深い恨みを持っていた。神話の時代にヤマトの民と対立した者達に間違いないだろう。

 

 私が一人東京に残り調べ物をしている時、莉緒は千葉の砂浜で海水浴を楽しんでいた。莉緒の行った砂浜は御宿から少し離れた、比較的人の少ない空いている砂浜だった。小さな湾に囲まれた砂浜があり、少し沖合には小さな岩の島があった。島には鳥居が立っていて砂浜から泳いでいくものを多かった。

 

 尚子『この浜はね、昔、親戚が住んでいてよく来ていたのよ。有名な場所じゃないから空いているし、海も綺麗だし地元の穴場なのよ。』

 

 尚子は砂浜から海を眺めながら懐かしそうな顔で言った。幼い頃から夏になるとよく来ている場所のようだった。好天の海水浴日和、砂浜には熱い日差しが降り注いでいる。地元の穴場とはいえ砂浜には幾つかのパラソルが並んでいる。海の家や出店の類は全くなくお弁当を持ち寄ってきている家族が多かった。

 

 尚子『莉緒の肌って白いね。日焼け止め塗りなよ~、後で大変な事になるよ。』

 

 莉緒『うん、前にも日焼けで苦しんだから、たっぷりと塗っておくわ。』

 

 尚子の姉夫婦が砂浜に大きなシートを敷き寝そべっている。莉緒と尚子、薫、君子の四人はシートで寝たり、砂浜を走ったり海で泳いだりして遊んでいた。莉緒は少し疲れてきたので三人から離れてシートに寝そべって海を眺めていた。尚子の姉夫婦は海沿いにある店に何かを買いに行ったようだ。暫くすると薫が砂浜のシートに向かって歩いてくるのが見えた。

 

 温羅『人は不思議な生き物よのう…砂浜で寝ていて何が楽しいのかの?わしにはわからんわ。』

 

 莉緒の頭の中に温羅の声が小さく聞こえてきている。温羅は常に莉緒と行動を共にしていた。人の眼には見えないが莉緒の発するオーラの中に潜み、莉緒を守るように一体化している。莉緒が千葉に海に行くと言った時に流川が安心して莉緒を一人で送り出したのは温羅の存在があったからだ。鬼神温羅に勝てる妖魔は殆どいないだろう。

 

 莉緒『温羅さんの時代は人が海で遊ぶ事はなかったの?』

 

 温羅『うむ、おらんかったな。海は人が生きる為に漁に出た場所じゃ。それこそ生死をかけてな。昔は海にはもっと沢山の生き物がおって人も襲われておった。あやかしの類も数多くおったからな。まあ、全てが人に仇なすものではないがな。』

 

 温羅は懐かし気に波間を眺めているようだった。薫がシートに戻った時に独り言のように呟く莉緒の姿が眼に入った。海をみつめながら話す莉緒の様子をみて不思議な感じがしていた。シートの脇に立ったまま莉緒の独り言を聞く薫…莉緒は薫の姿に気づく事もなく温羅を話をしていた。小首をかしげながら薫がシートに座り莉緒に話しかけた。

 

 薫 『莉緒、誰と話していたの?誰もいないのに』

 

 莉緒『うん、ちょっとね…そうね…そのうち紹介するわね。私の相棒よ(笑)。』

 

 薫 『なあに、怖~い。でも莉緒が相棒って言うのなら、私達の相棒でもあるわね。早く紹介してよね。』

 

 君子『何の話をしていたの(笑)』

 

 薫と莉緒が話していると君子もシートに戻ってきた。不可思議な話をする二人の会話を聞き、興味津々といった笑顔で話に加わってきた。薫と君子は莉緒がもつ霊的な力を知っている…きっと自分達の眼には見えない《何か》と話していると信じ切っていた。莉緒の同級生の二人の姿を温羅は父親のような眼で優しく眺めていた。買い物から尚子の姉夫婦が砂浜に戻ってきた。

 

 姉 『あら?尚子はまだ遊んでいるの?』

 

 薫 『そういえば…もうニ十分くらい見てないですね。探してきます、みんな探しにいこう。』

 

 薫と莉緒と君子の三人は、砂浜を歩き回って尚子を探した。莉緒が砂浜に戻った後、尚子と一緒にいたのは君子と薫だった。薫がそこから離れ最後に君子がシートに戻る時、尚子は水際で海を眺めていたそうだ。君子が声を掛けたが聞こえない感じだった。君子はすぐに尚子も戻ると思い声を掛けて歩き出していた。尚子がいたという場所には誰もいなかった。君子は泣きそうな顔で必死に大きな声で尚子を呼び続けていた。

 

 君子『私のせいだわ…』

 

 泣きじゃくる君子を薫と莉緒はなだめながら、小さな砂浜を歩いて尚子を探した。この浜は地元のものくらいしか来ない小さな湾だ。砂浜に立って左右を見れば湾の中にいる人の姿は全て確認できる…しかし尚子の存在は全く見えなかった。

 

 君子『いない…まさか…溺れたんじゃないよね。』

 

 莉緒『尚子の気をたどってみるわ。』

 

 泣きじゃくる君子をなだめながら莉緒は海に向かって姿勢を正した。莉緒は手を身体の前で組むと呪符を唱え始めた…精神を統一しながら呪符を唱え、周辺に気を拡散し尚子の気配をたどっていった。最初は砂浜から水際…そして海の中にまで莉緒の気は拡散しながら尚子の気を辿っていった。砂浜に僅かに尚子の気が残っており、莉緒は気が移動していく道筋を心眼で追っていった。尚子の気は海中にはない…そして命の息吹も感じられた。

 

 莉緒『君子、大丈夫よ、尚子は生きているわ…あそこから尚子の気を感じるわ。』

 

 海をみつめながら莉緒は小さな湾の中にある、赤い鳥居の立つ小さな岩を指さした。その岩は干潮時には海水がひいて歩いて行ける場所だが、満潮時の今は潮も満ちて歩いてはいけない。砂浜からは50メートルも離れていない小さな岩の中から、尚子の存在する気を莉緒は感じとった。波は高く泳いでいくのは難しい。

 

 薫 『浮き輪を借りてくるわ。掴まって岩まで行こう。』

 

 薫が尚子の姉夫婦の待つ浜に戻り事情を説明して、近くにいた人から浮き輪ボートを借りて戻ってきた。姉夫婦は尚子が戻ってくるかもしれないと、そのまま砂浜のシートの上で待つ事にした。薫が持ってきたボート上の浮き輪に掴まり、三人は岩の所まで必死に泳いで渡った。鳥居の立つ岩は周囲五メートルもない小さなもので、真ん中に赤い鳥居が立っている。岩の上には尚子の姿は見えなかった。

 

 温羅『莉緒、結界が張られておるぞ。ヌシの友は結界の中のようじゃの。悪しき気配は感じぬ…中に入ってみるか。』

 

 莉緒の頭の中に温羅の声が低く響いた…莉緒から離れた温羅が岩の結界を破ると、岩の中に吸い込まれるように三人の姿が消えていった。結界の中は大きな洞窟の中のような感じだった。温羅は莉緒と二人の少女を守るように身構えている。莉緒にも自分が何処にいるのかはわからなかった。急に眼の前が暗くなったと思ったら洞窟の中にいる…薫と君子は怯えたように莉緒にしがみついていた。

 

 薫 『どうなったの?さっきまで海にいたのに…なんで洞窟の中なの?莉緒、大丈夫なの。』

 

 莉緒『安心して、悪意は感じないって温羅さんが言っているから。尚子、どこなの?』

 

 温羅『莉緒、どうやら月の神の使徒のようじゃの。わしが話そう』

 

 温羅が莉緒の背後から三人の前に移動して、気配を断つ事をやめ実態をあらわした。薫と君子の目の前に大きな鬼が立っていた。二人はその大きさと鬼の形相を見て驚き、悲鳴をあげる事も出来ないほどに怯えていた。温羅に戦闘の意思はないように莉緒には思われた…悪意はない…温羅の言葉が何を意味するのか莉緒は理解していたようだ。

 

 莉緒『薫、君子。大丈夫よ。温羅さんは私の味方だから。』

 

 莉緒の言葉が二人に届いたが薫も君子も身体の震えが止まらなかった。莉緒は二人を抱き寄せながら温羅がみる方向に精神を集中させていた。悪意がないとはいえ親友の身に何かあっては困る…尚子だけでなく二人も莉緒は守るつもりだ。

 

 温羅『月読の気を継ぐ者よ、わしらに何か用があったのではないか。姿を現すがよい。』

 

 温羅の言葉が洞窟内に響くとその声に呼応するように穏やかな風が吹き抜けた。やがて洞窟の奥がぼんやりと輝き始め空間がゆがみ始めた。ゆがんだ空間から何かがうっすらと浮かび上がってきている…尚子を抱えた老人だ。老人は尚子を抱えたまま温羅の前に現れ、尚子を温羅の前に降ろすと少し後ろに下がって止まった。老人は真っすぐな瞳で莉緒と温羅をみつめていた。降ろされた尚子を見て薫と君子が駆け寄っていった。

 

 薫 『尚子、大丈夫。しっかりして。』

 

 老人『その子は岩の側で溺れかかっておったんじゃ。本来なら人の生き死に関与せぬのだが、その子から清浄な霊気を感じたのでな。助け出しここに連れてきた。私は太古より月読様に海の守りを託された海妖じゃ。霊気の主に会ってみたくなってのう。霊気の主はそちのようじゃな。鬼神を連れているとは驚いたわ。』

 

 老人は温羅と莉緒を優しい眼でみつめながら、時折尚子にも視線を送り語り出した。老人は海を滑る妖魔の一族で遥か昔、夜を滑る神、月読命つくよみのみことによって討伐されたが改心し、月読の配下となったそうだ。それ以降は海洋を守る海妖として存在してきた。人の化学が進むにつれ人間が海に進出し始め、その役割も徐々に薄らいでいた。

 

 莉緒『私は荻原莉緒と申します、陰陽師の血を引く者です。こちらの鬼神は温羅さんです、吉備の国でよこしまなる者を封じておりました。今は訳あって私と行動を共にしております。友人をお助け頂き、有難う御座いました。』

 

 老人『陰陽師か、懐かしい響きじゃ。しかしお主からは月読様と同じ霊気を感じるのよ。懐かしい霊気じゃ…月読様と?がりがあるやもしれんな。ここでそなたに会ったのも何かの意味があるのであろう、わしに聞きたい事があれば聞くがよい。知っている事は答えよう。』

 

 莉緒は今まで視に起きた事を時系列で話し、老人の姿をした海妖に説明した。その過程で岡山吉備の国で温羅と出会い、奈良の奥深い地で役小角の配下、前鬼と後鬼に出会った事を話した。そして温羅や役小角が封じていた邪仙の事も話した。邪仙を滅した際に言い残した言葉で、邪仙の背後に巫女という存在がいるらしい事も伝えた。

 

 老人『なるほど…よこしまなる者たちの祀る巫女か…太古の昔、西の国に邪神を祀る一族がおったという話は聞いた事がある。邪神は太古の神々の子らに孤島に封じられたと聞いておる。』

 

 莉緒『恐らくはその邪神が巫女と呼ばれる者だと思います。封じられた地はわかりませんか?邪神についても教えて戴けませんか。』

 

 老人『わしも良く知らんのだ。我が一族は月読様より海洋を見張る役を仰せつかった。異変があれば抑えるようにと命じられたそうだ…わしはまだ存在していない時代の話じゃ…西の国の邪神と関係があるやもしれんが…出羽や月山に行けばわかるやもしれんぞ。あの血は月読様が祀られている聖域でもあるからの。邪神の事は心に留めて調べてみよう…海の妖魔達にも邪神の事は聞いておこう。邪神を倒すのであればわしも手を貸そうぞ。』

 

 温羅『海を管理する海妖の力は助かるな。』

 

 老人『そなたが温羅殿であったか。異国より飛来し我が日乃本に益をもたらした鬼神と聞いておる。邪を封じておられたのか。感謝いたします。』

 

 温羅『この地に飛来し楽しい日々を過ごせたからのう。恩返しのようなものじゃよ。海妖よ…邪神の事で何かわかればわしに念波で伝えてくれ。頼むぞ。』

 

 海を統べる海妖に伝えると温羅は消え、莉緒の身体に戻っていった。海妖は莉緒たち四人を結界の外に運び出した。薫の視界には洞窟ではなく海が広がっていた。岩のすぐ近くには監視員がボートで待機していた。砂浜から岩に向かう莉緒達の姿をみた姉夫婦が、浜を管理する漁協に要請したものだった。監視員は岩の上に突然あらわれた四人の少女の姿に驚きを隠せなかった。声を掛ける事も出来ずにボートの上で立ち尽くす感じだ。

 

 莉緒『すみません。この子をボートで運んでください。私達は浮き輪ボートに捕まって戻れますから。』

 

 突然岩島に姿を現れた四人に驚いていたが、監視員はすぐに気を取り直し尚子をボートに乗せて浜に向かった。莉緒と薫、君子の三人は浮き輪ボートにつかまってボートの後を追いかけた。ボートが浜に着くと姉夫婦が駆け寄り、尚子を抱きかかえてシートの上に寝かせた。莉緒達がシートに戻った時、尚子が意識を取り戻して目を開いた。尚子の姉は泣きじゃくりながら尚子を抱きしめていた。

 

 姉 『尚子、わかる、お姉ちゃんよ。』

 

 尚子『お姉ちゃん…私…波で溺れて…その後の事は憶えてない。』

 

 薫 『良かった、尚子、一人で行っちゃダメだよ。心配したんだよ。』

 

 薫が尚子に抱きつき涙を流していた。君子も同じように抱きついていた。薫と君子は尚子を一人残して海を離れた事を後悔していた。尚子の身に何かあったら…込み上げる想いが眼から溢れていた。姉は尚子の頭を優しく撫でてほっとした安堵の表情を浮かべている。莉緒はその様子を暫く見ながら尚子を救ってくれた海妖の老人に感謝していた。姉と二人の親友に抱き着かれている尚子を、後ろから莉緒も優しく抱きしめていた。

 

 莉緒『良かった…海妖さんの言葉…戻ったら流川さんに伝えなくちゃ』

 

 尚子を抱きしめながら莉緒は海洋の言った『出羽の国に行くとよい』という言葉を想い出していた。海妖は莉緒に月読命の霊気を感じると言った。そして出羽の国に行けば何かわかるかもしれないとも言った。世に偶然はなく全てが必然だ…出羽の国は流川の故郷でもある…きっと何かがあるはずだと確信を持った。尚子の意識が戻り起きあがれるようになり、姉夫婦と莉緒達は後片付けをして車に乗り込んだ。

 車の後部座席で尚子に何が起こったのかを、君子と薫が話し始めた。浜辺から姿を消した尚子の気配を莉緒が不思議な力で追って、湾に浮かぶ岩島に上陸した後の不可思議な事を説明していた。岩の上にいたと思ったらいきなり洞窟になり、不思議な老人が現れた事、そして守るように現れた温羅の話を真剣な顔で話していた。

 

 君子『いきなり洞窟の中に入っていたのも驚いたけど…ねえ薫…やっぱりあの鬼よね。』

 

 薫 『うん…凄い大きな躰で角が生えていて…貌は凄く怖かった…本当にビックリしたんだから。でも尚子を助けてくれたんだよ。』

 

 薫と君子は洞窟の中で老人が話した言葉は憶えていないようだ…温羅の存在に圧倒され耳に入らなかったのかもしれない。尚子に話す殆どが温羅の事ばかりだった。尚子は不思議な老人にも興味がある感じだが…二人からは聞けそうもなかった。

 

 尚子『薫たちが言っている鬼の人は莉緒の友達なの?御礼が言いたいわ。今もここにいるの?』

 

 莉緒『うん、いるよ。温羅さんはいつも私と一緒に居るから。温羅さん、顔だけだせる?』

 

 莉緒の肩の上に温羅の全身が小さくなって現れた。顔だけ出すのは嫌だったらしい…尚子は驚いて莉緒の方の上にいる鬼神をじっと見ていた。君子と薫も小さくなって現れた温羅の姿に戸惑ったようで驚いて息を呑んでいた。尚子は不思議なものを見るかのような目でみて、薫と君子をみて話しかけた。

 

 尚子『薫、君子…大きくないよ…小さくて可愛いわ。温羅さんですか、助けて戴いて有難うございました。』

 

 君子『大きかったんだよ、本当だよ。』

 

 温羅『わしは小さくもなれるのじゃ。こんな狭い中で実態のまま出たら…車というのか…この箱が壊れてしまうわ。』

 

 尚子『温羅さん助けて戴いて有難うございました。』

 

 温羅『莉緒とは約で結ばれておるからの。莉緒が救う者はわしも救わねばならん。それだけの事じゃ。莉緒に憑いておる故、これからも会う事があろう。宜しくな。』

 

 尚子達は小さな鬼神が気にったようで、親し気に温羅との会話を楽しんでいた。運転席と助手席にいる姉夫婦には温羅の姿は見えていない。姉夫婦は後ろではしゃいでいる妹たちを、不思議そうな顔で覗いていた。しかし妹の元気な姿に安堵しているようだった。帰りの車中はずっと賑やかな会話が続いた、車が立川駅のロータリーに着くと、莉緒と薫、君子の三人は車を降りて尚子達と別れた。君子と薫も駅で莉緒と別れ家に帰っていった。

 

 莉緒『ただいま』

 

 莉緒が帰宅した。流川は自分の部屋で古史の解読を行っていて、莉緒が帰宅した声に気付く事はなかった。玄関を閉めて静まり返った家の中に入った莉緒は、流川の部屋まで行きドアをノックして入っていった。流川はドアのノックの音でやっと莉緒が帰った事に気づいた。邪仙の話した姫?巫女の存在を史実で確認できないか、莉緒の声に気づかないほど集中して解読していたようだ。

 

 流川『莉緒ちゃん、お帰り。気付かなくてごめん。』

 

 莉緒は流川の部屋の机の上に散らばっている古文書を見て…『こんなに調べてたんだ、凄い書物の量だわ』と真顔で驚いていた。流川は規律を重んじる性格だ…自身の立ち振る舞いは勿論だが整理整頓も怠る事はない。神事の家系に産まれ厳しく躾けられた事もあるだろうが、流川自身が整然とした環境が好きな性格だ。莉緒はこんなに散らかった流川の部屋を見た事が無かった。

 

 莉緒『流川さん、今日、海でね…』

 

 莉緒は今日、海で起きた事を私に話してくれた。岩島の結界を温羅が破り入った洞窟で出会った、月読命の流れをくむ海妖の話した言葉を伝えた。月読命の霊気を莉緒に感じたという言葉に、何故か私の中で納得感があった。莉緒の家系は確かに陰陽師の末裔だ…しかしそれだけでは説明できない神気が莉緒から感じる。そして海妖が示した出羽の国、月山…その言葉を聞いて胸が高鳴った。私が莉緒と出会ったのは必然だったという事か…。

 

 流川『莉緒ちゃん、山形に行こうって話したよね。僕の住んでいたところは出羽三山の麓なんだよ。月読というと月山神社かもしれない。』

 

 莉緒『はい。流川さんが話していた出羽という地名が、海妖のお爺さんから出た時は驚きました。繋がっているんだって思いました。何かわかるかもしれませんね。すぐに行きましょうよ。』

 

 流川『そうだね、もう少しこっちも調べたいから、来週あたり行く事にしよう。』

 

 その後も多くの古文書を解読してみたが邪神や卑弥呼の記述はない。卑弥呼は一説によれば神功皇后ではないかとも言われている。神功皇后は夫である仲哀天皇崩御から、応神天皇即位までの七十年間、摂政として朝廷を統治していたと言われている。魏志倭人伝に書かれた卑弥呼の年譜と整合性はあるかもしれない。しかし大和朝廷の統治者が邪仙のいう姫とは考えにくい。邪神の姫と大和朝廷は敵対していたはずだ。卑弥呼ではないとすれば鬼道を操る巫女は一体?

 謎が深まるばかりだった。現時点でわかる事だけ資料として纏めた。纏めた資料は土御門家にも送り、土御門家からもその後の調査報告が届いた。しかし巫女の正体に繋がる情報は皆無だった。二それだけ二千年という時の流れが人にとっては大きいという事だろう。資料の整理が一先ずは終わり私は莉緒を連れて出羽に向かう事にした。祖母の社に行き莉緒が海妖に言われた、月読を祀る神社も訪れる予定だ。出羽では新たな史実と驚くべき出会いが待っていた。


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