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退魔列伝…神の血を引く少女  作者: 久住岳
第1章 神の血
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第5話 役小角…前鬼と後鬼

五、役行者…前鬼と後鬼

 

 鬼ノ城を後にして土御門家の高弟達と車で岡山駅に向かった。駅に着き新幹線に乗り晴明神社には夜半に着いた。当主、範正にはすでに高弟から一報が入っており、事の概要を範正も把握していた。晴明神社の結界の中に入り、土御門家の本院に高弟達と入っていった。本院の祈?場でもある大広間には、土御門家の門弟達と範正が鎮座して待っていた。流川と莉緒が範正と対坐し鬼ノ城での事を説明した。

 

 範正『鬼道を使う者ですか。千数百年の長きに渡って封じられながら生きていたとは…不老不死の法を会得している者かもしれませんな。』

 

 莉緒『不老不死の法があるのですか?』

 

 範正『我らも見た事はありませんが伝承によれば、鬼道を使うもので不老不死という話は残っております。そして姫という存在…おそらくは巫女と呼ばれていたかもしれませぬ。』

 

 流川『当主殿、何か心当たりがおありですか。』

 

 範正『考えられるのは卑弥呼ですな。卑弥呼は一説によると鬼道を操り人々を支配し、ヤマトに滅ぼされたという説もあります。姫様というのが卑弥呼だとすれば…卑弥呼も何処かにいるという事か。吉備の国を立ち去ったという邪仙の話も気になりますな。心して探索してみましょう。陰陽師だけではなく密教の術師にも申し渡しておきます。いずれ密教の者達にもお二人を引き合わせましょう。土御門家の弟子は関東にもおります故、必要があればいつでもお力をお貸し致します。』

 

 晴明神社の結界内にある土御門家の本院で、土御門憲正は流川と莉緒に伝承で伝わる卑弥呼の話を聞かせた。卑弥呼…日本に大和朝廷が出来上がる以前に、古代日本にいたとされる女帝だ。魏志倭人伝で広く知られる事になった。卑弥呼の伝承は各地に残っており、九州地方という説や近畿という説がある。日本史の中に卑弥呼の確たる記述はなく、日本史の中の謎の一つと言っていいだろう。範正は卑弥呼の存在を善ではなく悪と感じているようだった。

 

 莉緒と流川は晴明神社を出た。既に日は暮れ夜中近くになっていた。二人はそのまま京都のホテルに入っていった。土御門範正は陰陽師だけではなく密教の術者達にも、声を掛けると約束してくれた。鬼ノ城で闘った邪仙の力は強大だった。その仲間がまだ残っていて姫と呼ばれる者までいる…邪仙が仕える姫の正体はわからないが、邪仙以上の悪しき力の持ち主だと考えておく必要がある。もし邪仙の残りと姫と闘う事になった時は、陰陽師だけでなく密教の術者の協力は絶対的に必要だろう。

 

 莉緒『盛りだくさんの一日でした…疲れました。お風呂に入って頭の中を整理してきます。』

 

 莉緒が疲れた様子でバスルームに入っていった。朝早くに参拝した晴明神社から始まり、岡山県総社市の吉備の鬼神・温羅との出会い。そして邪なる者の存在が明らかになりつつある。力を使っただけではなく降り注ぐ事実と使命…高校生の少女でなくとも目いっぱいになるはずだ。荻原莉緒はそれでも冷静に対処する術を備えているように思えた。莉緒がバスルームに消えると流川は今日の一件を整理し始めた。

 

 流川は人と人であらざる者との関係性を考えていた。本来、人と妖魔、妖怪の類は対立軸にある存在だ…古い史書や伝説、伝承でもそう語り継がれている。しかし流川の術の根底にあたる修験道の開祖、役小角にも前鬼と後鬼という鬼の伝説がある。役行者は前鬼、後鬼を従えていたと伝えられている。この先の邪仙、邪神との闘いで鬼神の力は強大な助力になる。莉緒は晴明ゆかりの地でその力を覚醒させた。流川の血統は役小角に由来する…役行者のゆかりの地に行けば自分にもなにか変化があるかも知れないと考えていた。

 

 莉緒『まったく、鬼なんて嫌い。』

 

 流川『どうしたの?何を怒っているの』

 

 ホテルの備え付けのパジャマに着替え、莉緒がバスルームから出てきた。莉緒にしては珍しく頬を膨らませて怒っている感じだ。タオルで髪を拭きながら天井を見上げて、ぶつぶつと文句を言っている。流川は少女のような莉緒の仕草に、少し心が和んだ気がした。莉緒が視る天井から温羅の声が聞こえてきた。

 

 莉緒『お風呂入ってたら、温羅さんが出てきたの。信じられない…鬼のくせにエッチなんて。』

 

 温羅『何やら湿っておるから…何かと思って出てみたら風呂だったのだ。他意はない…許せ、莉緒』

 

 鬼と人、普通に話して心を通わせられる。鬼が悪という概念は間違っているのかもしれない。悪しき心が悪であり、それは人も鬼も一緒だ。正邪の見定めをしっかりしないと、道を誤る事もあるだろう。莉緒と温羅の繋がりは流川に本質を教えている様な気がした。莉緒と温羅のやり取りをひとしきり聞いた後、流川も風呂に入った。退魔業で妖魔と対峙する事は何度もあったが、今日のような強大な邪仙は初めてだった。流石に心身ともに疲れ切っていた。

 

 バスルームから出ると莉緒はもう寝ていた。朝早くから神社に行き昼には吉備の国。そして夜、神社に戻りすでに日を跨ぐ時間になっている。高校三年生の少女にはきつい旅となったかもしれない。明日はゆっくり起きて奈良の山中に向かう事に決めていた。役小角…役行者が修業し達として知られ、鬼の伝説の残る大峰山麗の地だ。

 

 莉緒『おはようございます。よく眠ったかも。』

 

 翌朝、流川は早めに起きて精神統一を行っていた。流川の日課でもある精神修養だが、今朝はいつも以上に入念に行っていた。役行者の聖地に行く前に心身の穢れや、煩悩的な考えを無くしておきたかったようだ。精神統一が終わりかけた時に莉緒が起きてきた。

 

 流川『おはよう、ぐっすり眠ったようだね。温羅さんとは仲直りしたの?』

 

 莉緒『う~ん、したかな~。流川さん、今日はどうするんですか?』

 

 流川『今日は僕の用事に付き合って貰おうと思う。役行者のゆかりの地に行ってみたい。』

 

 莉緒『役行者というと修験道の方ですね。流川さんの流れの…。楽しみです。』

 

 車で奈良県の奥地、大峰山麗の下北山に向かった。この地域は前鬼の名が地名に残る村だ。今日は移動だけにして下北山の宿坊に泊まる予定だ。明日、小角が修業したと言われる山々を散策してみようと思っていた。下北沢の住む者たちは鬼の子孫と言われており、村人たちも自分達が前鬼、後鬼の子孫であると信じている。鬼神信仰に近い宗教観の残る地域だ。

 

 役小角は七世紀…いまから千三百年前にいたと言われる人物である。傑出した法力の持ち主として各地に様々な伝説を残している。そして修験道の開祖としても広く知られている。各地の山岳宗教にも役行者の名前はしばしば出てくる。祖母から流川家はその血を引いていると言われて、流川は育ったが定かではない。光格天皇から《神変大菩薩》の称号を贈られた実在した人物と言われている。車中、莉緒が鬱陶しそうな顔をしていた。

 

 流川『どうしたの?車に酔ったのかい?』

 

 莉緒『いえ違います。温羅さんがうるさいんですよ。車とか道路とか初めて見る物が多いみたい…頭の中で騒いでいるんです。全く…何千年も生きているのに子供なんだから。』

 

 流川にはみえないし聞こえないが、温羅が初めて見る景色に浮かれ、莉緒にあれこれと聞いてきているようだ。何千年も生きているとはいえ吉備の山中で千七百年、邪仙を封じていた鬼神だ。温羅が当時みていた景色と現代では全く違うだろう。莉緒と温羅のそんなやり取りを聞いているうちに目的の宿坊に着いた。この地は代々、前鬼の子孫達が修験道の為に訪れる、山岳修行者をもてなす為に宿坊を何軒も営んでいた。

 

 しかし明治維新後すぐに発令された修験道禁止令により、衰退がはじまり開祖の地を訪れる修行者は少なくなった。宿坊も今ではこの一軒を残すだけになっていた。前鬼、後鬼には五人の子がいたと言われている。その五人の子がこの地で修験道の宿坊を続けていたとされている。子孫たちは五鬼の名を苗字に残していた。たった一軒になったが宿坊の店主は、前鬼、後鬼…役行者の伝説の地を守ろうと思っている。

 

 宿主『いらっしゃい。若い女性がこんな所に泊まりに来るなんて珍しいね。ゆっくりしていきなさい。』

 

 莉緒『お世話になります。おじさんは鬼の子孫なんですか?』

 

 宿主『ははは、いきなり面白い事を聞くお嬢さんだね。そうだよ。私達は前鬼様と後鬼様の子孫と言われて育ったからね。役小角様の伝承の聖地の守り人として暮らしているのさ。』

 

 流川『私は代々、修験道を学ぶ家系の者です。修験道の開祖と言われる役小角様の伝承の地に立って…身体の震えが止まらない感じです。御主人、役小角様に関する伝承とか、修業した場所とか知ってらっしゃいますか?』

 

 宿主『そうかい修験道の…私の代になってから山岳信仰の修験者が来るのは初めてだね。昔は沢山の人が来たそうだが…何か事情があるようだね。役小角様が修行したと言われる地を示した、山中の古い地図の写しがあるよ。それを持って行きなさい。』

 

 宿の主人が奥の和室の引き出しから、古い地図の写しを持ってきて流川に手渡した。和紙に描かれた墨で書かれた古い地図…地図は宿坊の前に聳える山中のものだった。地図には役行者、小角や前鬼、後鬼がいたとされる場所や、役小角が修行したとされる場所が記されてあった。和紙の地図を手に取った時に、流川の身体に何か感じるものがあった。渡された地図を大事に受け取り、目を閉じて役行者が生きた時代に思いを馳せているようだった。

 

 流川『…この山中で…。どちらにしても明日だね。今日はゆっくり過ごそう。』

 

 一昔前の宿坊と言うと修行僧が泊まるイメージだが今は違う。宿坊と言う名のちゃんとした旅館になっている。旅館業としての登録もされており、二食付きのちゃんとした宿だ。夜食を取っていると莉緒の様子が少しおかしい感じがする。そわそわと落ち着かない様子で何か違和感を覚えているようだった。

 

 流川『莉緒ちゃん、どうしたの?何か変だよ。』

 

 莉緒『温羅さんが何か変な感じなんです。温羅さん、どうしたの?』

 

 狭い和室の座卓の上に大きな鬼の頭部が浮かび上がってきた。鬼神温羅が姿を現した。流川が温羅の姿を見るのは鬼ノ城の結界内以来だった。邪仙との激しい闘いの際の鬼神の形相は険しく、まさに鬼の形相だったが今は穏やかな表情だった。温羅は懐かしい様な、それでいて緊張しているような面持ちだった。

 

 温羅『人には感じられぬか。近くに鬼の気配がする。懐かしい気配だ…ただ…動かんのだ。気配だけで全く微動だにせぬ。それが気になってのう。』

 

 流川『方角とか場所はわかりますか?』

 

 温羅『ああ、わかる、明日、案内してやろう。』

 

 温羅は穏やかな表情だったが何か…違和感を覚えているように首をひねっていた。莉緒と流川は温羅の様子を視て山中に何かある事を察して、その日は早めに寝て次の日に備えた。翌朝、朝食を頂いた後、宿を朝早くに出発した。大峰山麓の朝の空気は清々しいものだった。禍々しい妖気もなくこの地が役行者の鬼神たちに守られている地である事を、流川と莉緒はあらためて感じていた。宿を出てすぐに目の前にある山の入口から入っていった。

 

 山に入って人の眼が無くなると、莉緒の中から温羅が出てきて先頭を歩き始めた。温羅は辺りを見回しながら気配を探っていた。温羅の案内で登山道を登り枯れた沢に渡ると、森の奥の神秘的な木々の中に出た。静寂な中に強い霊気を感じる場所だ。

 

 温羅『ここじゃ、ここにおるはずじゃ。』

 

 温羅は立ち止まり周囲の気配を探る様な素振りをみせていた。やがて温羅の身は霧のようにかき消えていった。身を隠し鬼神の念で周囲を探り始めた。莉緒も周囲に溢れる霊気は感じていた。流川は祖母から受け継いだ修験道で培った心に、周辺のどこからか感じる霊気に懐かしさを感じていた。修験の祖、役小角にまつわる霊気である事を確信していた。その時、木々の中から突然声が響いた。

 

 声の主『強い気を放つ者たちよ。何者かは知らぬが立ち去るがよい。この地は聖地じゃ…人が入る場所ではない。』

 

 流川『あなたは役小角様のゆかりの鬼神ですか。私は小角様の血をひくものです。姿をお見せいただけませんか。』

 

 声の主『小角様じゃと…立ち去るがよい、この地に留まってはならぬ。…鬼の気配がするな、何者だ。』

 

 声に呼応するように温羅が再び姿を現した。温羅はあたりを見回した後、声のする方向を定めてまっすぐにみて応えた。

 

 温羅『鬼の気を纏う声よ。我が名は吉備の国の温羅、わしの名は聞いた事があろう。』

 

 声の主『なんと温羅様ですか…真に温羅様でございますか。…温羅様であれば…これ以上、温羅様とお話している力はありません。使いの者を遣わせます。その者から話を聞いてください。』

 

 周辺から鬼の気が去り、聞こえていた声と気配が消えていた。温羅は声の主が語った《話をしている力がない》という言葉を聞き、自分が鬼ノ城の結界内にいた時の事を想い出していた。温羅の力をもってしても邪仙を封じるには渾身の力が必要だった。同じような事がこの山中で起きているのか…そんな胸騒ぎを覚えていた。声が消えて十数秒後に、枯れ沢から一匹の亀が姿を現した。亀はこちらにゆっくりと歩いてくる。

 

 亀 『師の命によりそなたたちに話をしに来た。沢に降りてくれるか。』

 

 莉緒が亀を抱いて流川と温羅も枯れた沢に降りた。この場所から立っていた木々の辺りを見ると、土が盛り上がっている感じがある。古墳なのかもしれない。莉緒が優しく亀を地面に下ろして話を聞いた。

 

 亀 『温羅様は吉備の国で邪仙を一人を封じていると聞いておりました。如何にしてこの地にいらっしゃったのか。』

 

 温羅『邪仙の事を知っておるのか…うむ、封じていた邪仙はこの人間二人と滅した。封じる必要もなくなり自由になったのでな、この女人に付き従っておるのだ。』

 

 亀 『なんと!あの太古の邪仙を滅したと言われるのか?役小角様でも封じるのがやっとの邪仙を。先ほどの地中には吉備から都に来た邪仙が封じられている。小角様が一身を投じ法力で封じ、前鬼様と後鬼様が封印を守っておられるのです。』

 

 温羅『そうか。あの時のもう一人の邪仙か。吉備から逃げて都に来ていたのか。』

 

 亀 『温羅様、邪仙は逃げたのではありません、一人で吉備は滅ぼせると判断して、一人が吉備の国を離れたようです。都にやって来た邪仙との闘いは熾烈なものになりました。四百年の長きに渡り時の行者や術者が邪仙を結界で包囲し、懸命に守ってきましたが力が及ばず疫災は収まりませんでした。千三百年前、役小角様が現れ邪仙と対峙しこの地に封じました。その後は疫病や災害も収まりました。邪仙は強大な力を持っております。小角様は前鬼、後鬼とその子孫たちに、この地の封印を守り続ける様に使命を下しました。人の信仰や記憶が薄らぐ事を知っておられた小角様は、不老長寿の鬼神二人に守らせる事にしたのです。前鬼様と後鬼様は今でも地の深き場所で邪仙を封じておられます。』

 

 温羅『そうじゃったのか…あの折いなくなった邪仙がここで、我が友柄に封じられておったか。これも縁かのう。莉緒、滅するか?前鬼、後鬼の助力も得られよう。吉備の時よりも優位に闘えるはずじゃ』

 

 莉緒『巫女の存在がある以上、その手下は滅しておくのが良いでしょう。流川さん、やりましょう。』

 

 流川『わかった。吉備の国では縛の術が効かなかった。多分、ここでも私の霊力の縛では効かないだろう。温羅さん、結界を二重に張って莉緒ちゃんの神光に委ねましょう。身体を封じる手は人形ひとかたを数十枚使ってみるよ。少しの間は止められると思う。』

 

 温羅『うむ、では行くとするか。亀よ、結界の入口に案内せい。』

 

 亀 『しかし、前鬼様の承諾なしには出来ません。一度結界の入口を解けば、封印が解ける恐れがあります。』

 

 温羅『わかっておるわ、わしもこの二人にかけて、入口の封印を解いたのだからな。前鬼、聞こえるか。わしはこの二人の助力で邪仙を滅したのじゃ。二人の法力を信じ入口の封印を解け。』

 

 前鬼『温羅様、わかりました。どちらにしても、あと二百年程で結界は破られるでしょう。亀よ、結界の扉を開けよ。』

 

 亀は小高い地をみつめながら、呪文のような声を吐き出し始めた。恐らく…邪仙を封じた役小角が邪仙の仲間が来る事を察し、外からは結界内に入れないようにしたのだろう。そして結界の扉の守りを森に棲む神霊の使いに頼んだ。それが代々扉を守る亀の一族なのかもしれない。亀の呪文が途切れると森の中に結界に入る扉が現れた。温羅と流川が先頭を歩き莉緒を守るように、扉を潜り結界の中に入っていった。

 

 結界の中は鬼ノ城にあった温羅の結界に似ていた。役小角が邪仙を封じた後に前鬼と後鬼が、その周囲に結界を張り邪仙を封じる場所を構築したのだろう。結界の中に入ると大きな鬼が二匹、大きな岩を挟むように立っていた。役行者の使い魔として名高い前鬼と後鬼だ。二匹の鬼は大きな岩を囲うように立っていた。この岩を封印の礎として役行者が邪仙を封じていた。

 

 流川『温羅さん、結界を張ります。私の張る結界に合わせて、鬼神の結界を張ってください。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』

 

 流川は九字を切り大岩の周囲に九字結界を張った。流川が結界を張るのを確認した温羅が、流川の結界に沿うように張り二重結界が完成した。強い結界で封じの岩が囲われた事で、前鬼と後鬼は封印の役目から離れることが出来た。

 

 前鬼『温羅様、我らも闘いまする。』

 

 流川『前鬼様、後鬼様。岩が割れ邪仙が現れたら、動きを封じてください。この少女が邪仙を滅する光を放ちます。』

 

 前鬼、後鬼『承知した。』

 

 温羅と流川が張った結界の中で、礎となっている封印の岩が大きく揺れ始めた。封じられていた邪仙が小角の封印の術を打ち破ろうとしていた。結界内の空気が波動で大きく揺れ、封印の岩が砕けて飛び散っていった。役小角の封印が解かれ、大岩が真ん中から割れた。岩の下の地の底から干からた老人の姿が浮かび上がってきた。吉備の国、鬼ノ城で見た邪仙に似た老人があらわれた。

 

 邪仙『小角め、わしを長きに渡って封じよって。世に出たら姫様を探し出し、世に災厄を振り撒こうぞ。鬼どもの他にもおるのか。何者じゃ。』

 

 流川『悪しき邪仙よ。縁あってお主たちを滅する為にここにきた。お前の云う姫とは何者か?』

 

 邪仙『おかしなことを言う人間じゃ。我は姫様より不死の肉体と魂を与えられし者。お前らごときが滅するだと(笑)。姫様の事は知らぬのか…まあ良い。お前達を屠るのが先じゃ。』

 

 邪仙は吉備の者と同じように、鬼道の呪詛を用いた。温羅と私の二重結界で何とか凌いでいるが、邪仙の動きを止める事は難しい。私は人形ひとかたを空に投げ、邪仙の腕や足に纏わりつかせた。前鬼と後鬼が鬼神の霊力で邪仙の動きを止めにかかった。莉緒は点をみつめ一心に呪文のような言葉を口にしていた。陰陽道でも神仙術でもない…鬼ノ城の時と同じ神楽の言葉に似た神の言葉だった。

 

 邪仙の力は強大だったが温羅と流川の結界と、前鬼後鬼の湖心の霊力によって地に抑え込む事に成功した。動きを封じられながらも黒玉を操り、結界を破ろうとする邪仙。温羅と流川は渾身の力を込め結界を収縮させていった。邪仙の身体を結界が抑え込み前鬼後鬼の霊力で動きを封じた時、呪文を唱え終わった莉緒の身体が、神光を帯びて輝き始めた。神光は結界内を包みこみ、邪仙の身体を覆っていった。

 

 邪仙『この光は…アマテラスの…。女、貴様は何者だ。むむ、わしの存在が揺らぐ、わしが滅するのか…』

 

 莉緒の閃光が邪仙を包み光が収束していくと、光と共に邪仙の存在が無に帰った。結界の中に静寂が戻り邪仙の悪しき波動は消え清浄な空気が漂っていた。前鬼と後鬼は抑え込んでいた邪仙が消えると、そのまま地面に倒れ込むように膝をついていた。温羅と流川ももう出せる力がないほどに消耗している。そして莉緒も同じような感じだった。

 

 温羅『終わった様じゃの、莉緒、御苦労であった。』

 

 前鬼『温羅様、この少女は?一体』

 

 温羅『わしにもまだわからん。吉備の国でこの二人の助力で、邪仙を滅することが出来たのじゃ。莉緒が何者なのかを知る事が邪仙のいう姫とやらを、探る手立てになるやもしれぬな。』

 

 後鬼『法力を持つ人間よ感謝する。小角様から封印を言い渡され千三百年。あと数百年で解かれておったろう。』

 

 莉緒『まだ、終わりではありません。吉備で滅した邪仙も今の邪仙も、巫女様とか姫とか言ってました。あの強大な力を持つ邪仙が祭るものがいるという事です。私達はその巫女を滅するまで、気を許すわけにはいきません。温羅さんは巫女を倒す為に私と約を結んでくれました。』

 

 前鬼『そうであったか…我らは小角様から任された者。共に闘おうぞ。小角様の血を引くと言っておられたな。小角様の墓に案内しよう。小角様はこの地で眠っておられる。小角様の法力はまだ消えてはおらぬ。話すがよかろう。』

 

 前鬼は役小角の作った封印の結界を解き、流川と莉緒と扉の外に出ていった。温羅は疲れたのだろうか…莉緒の中に身を潜ませた。前鬼と後鬼、二人の鬼の後を追い、流川と莉緒は山中に分け入っていった。深い森を抜けると大きな木が立っている場所に着いた。霊力をともなう巨木…この木が稀代の術師、役小角の墓だと流川は悟った。前鬼と後鬼が流川を木の前に立たせ、莉緒と鬼たちは少し離れた場所まで下がった。流川は精神統一をして心を整えた。

 

 流川の身体の中に穏やかな空気が流れ始めると、流川の身を包むような優しい波動が周囲に溢れ出した。役小角の墓と言われた巨木の絵だが風になびき、枝が揺れる音が声となって流川の中に流れ込んできた。心の中に小角の声が聞こえてきた。

 

 役行者『我が血と術を継ぐ者よ、よくぞこの地に参った。身はとうの昔に朽ち果てたが、此処から従者の結界を見守っておった。あの邪仙を滅した事、感謝する。』

 

 流川『私は祖母から修験の術を学びました。そして世に偶然は無く全てが必然であるとも教えられました。この地に来た事も邪仙と対峙した事も、偶然ではなく必然であると思っております。修験の開祖、役小角様に会う事が出来た事、感謝しか御座いません。』

 

 役行者『我が学びし術と知見、知識を受け継ぐがよい。そして我が従者の鬼神と共に邪なる者を打ち倒す事を祈念する。』

 

 流川の身体が半透明になり木と一体化したような感じになった。流川の心は木の中に取り込まれ、小角の体験と術の根幹を身体に収めた。流川の身体が元に戻ると小角の声が周囲にも響き渡った。

 

 役行者『前鬼、後鬼。長らくの務め御苦労であった。任を解きゆっくりさせてやりたいが、まだ大元がおるようだ。この者と共に鬼道の愚者を打ち取れ。頼んだぞ。』

 

 前鬼・後鬼『小角様、承知いたしました。小角様、ゆっくりとお休みくださいませ。』

 

 前鬼と後鬼の眼には涙が流れていた。小角の魂は天界に帰っていったようだった。

 

 前鬼『小角様の命により、そこもとと行動を共にする事に致す。そこもともそれで良いか。我と約を交わすか?』

 

 流川『願ってもない事です。鬼神の力は強大です、邪を滅する為に力をお貸しください。』

 

 前鬼『では我らと我と約を交わそう』

 

 莉緒『温羅さんと前鬼さん、後鬼さん。三人も鬼神が味方になるなんて心強いわ。宜しくお願いします。』

 

 夏休みの小旅行は奈良で終わった。京都に来て吉備の国に行き、ここ大峰山麗に来たのは必然の事だったのだろう。莉緒の本来の力は陰陽師の法ではないようだ。安倍晴明も式神を使役していたと伝えられているが、温羅との関係は少し違うように思える。

 

 流川は今回分かった事を詳しく調べてみる事にした。二千年近く前に何が起こったのか?それが歴史な中でどんな変遷を繰り返し現代に繋がるのか。幸いにも土御門家が各方面の退魔道の系統に連絡をしてくれた。神道や密教の古文書を手繰って真相を見極めなければならない。莉緒と流川の度はいま始まったに過ぎない。旅の終着に何が待っているのか…流川は身を引き締めて覚悟を決めた。

 

 

  次章 六、邪神 に続く


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