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退魔列伝…神の血を引く少女  作者: 久住岳
第1章 神の血
3/3

第3話 陰陽道の始祖 安倍晴明

三、陰陽道の始祖 安倍晴明

 

 上越市で知った荻原莉緒の系譜は、陰陽師の始祖と言ってもいい安倍晴明だった。しかし流川は学校で覚醒した莉緒の力が、陰陽師とは異質のものだった感じがした。まだ何もわからないが…莉緒の系譜である陰陽師の始祖、安倍晴明を調べる必要があると流川の直感が叫んでいた。京都に行こうと誘ったのはそういう意味だった。莉緒は現代まで引き継がれている陰陽師に、自分が預けられるのかと思ったようだ。

 

 莉緒『私は流川さんと一緒でいいです。他にはいきません。』

 

 流川『莉緒ちゃんを預ける事なんかしませんよ。君の系譜の祖を辿って陰陽師の法を教えて貰うだけだよ。安倍晴明ゆかりの地で何かに触れるだけでも、君の力は更に覚醒するような気がするんだ。』

 

 夜、莉緒が寝た後、流川は一人で部屋で考えていた。祖母から父と母の血を受け継ぐ流川聡は、役小角の血を引く中でも稀有の存在だと言われた。そういった存在が世に現れるのには、必ず理由があるとも聞かされた。…莉緒はどうだろう…彼女の力はひょっとすると晴明に近いか、或いは越えるのかも知れない。そういった存在が生まれるには、やはり何か理由があるのかもしれない。そして流川と莉緒が出会い行動を共にしている。これにも必ず意味があるはずだ。

 

 この世に偶然は無い、全てが必然である…流川の祖母はこの言葉をよく口にした。何をすれば生まれた意義を探れるのかはわからないが、ゆかりの地に行けば何かヒントが隠されているかもしれない。流川は莉緒を説得して、夏休みに京都の晴明神社に連れていく事にした。翌日、学校に行くと仲良し三人娘が莉緒を囲んでいた。

 

 薫 『莉緒、昨日はびっくりだよ。何が起きたかもわからないしさ。教えてよ。』

 

 莉緒『薫、慌てないで、ちゃんと話すからさ。』

 

 莉緒は新潟県上越市で一家3人での暮らした事、両親の事故とその後に起こった事、そして東京に来てからの事を三人の親友全て話した。自分が安倍晴明の家系である事、長らく力を持つものは生まれてなかったが、突然、自分に宿っていた事などを話した。莉緒の話を薫と君子は目を丸くして聞いていたが、尚子だけは驚きもせずに普通の事のように聞いていいた。

 

 莉緒『両親を亡くして流川さんが後見人になってくれて、一緒に退魔業をしようって言ってくれて修業しているんだよ。実際にあんな場面に出会うのは初めてだったんだけど、流川さんが側にいるから安心して出来たのかも知れないわ。』

 

 薫 『オジサンもそういった人なの?』

 

 莉緒『オジサンはやめてあげて(笑)。流川さんもそうなのよ。』

 

 薫も君子も尚子も莉緒の力をみた後でも、遠ざかる事なく普通に接してくれていた。莉緒はそんな三人が有難かった。

 

 君子『凄いね~、莉緒は。私達じゃ何の助けにもならないけどさ、莉緒とはずっと友達だから。困った事があったら言ってよね。夏休みさ、海行かない?千葉か神奈川の?莉緒も行けるでしょう?』

 

 莉緒『うん、ありがとう。夏休みは流川さんと京都に行く事になっているの。それが済まないと予定がたてられないのよ』

 

 薫 『そっか。じゃあ莉緒が戻ってきてから相談しよう。』

 

 一学期が終わり夏休みに入るとすぐに京都に出発した。古き都、京都…京都の地に行けば…安倍晴明ゆかりの晴明神社に行けば、なにか出会う物があるような気がしていた。夕方、京都に着きその日はそのままホテルに泊まった。流川は晴明神社には明日の早朝に行くつもりだ。神社を参る時は早朝…祖母の教えが抜けないのか神社仏閣に参る時は早朝と決めていた。朝の冷たい冷気が心身を浄化し、神聖なるものに触れる事が出来る…祖母が流川に教えた事だ。

 

 ホテルを出る時にフロント係が、早朝に出立する二人を、首をかしげて見送っていた。京都観光で来る日本人や外国人は多いが殆どが、観光地の施設や土産物店が空く時間を目指してホテルを出ていく。まだ真っ暗な時間に出ていく30代の男性と、10代の女性のカップルが不思議だったのだろう。たりはぼんやりと明るくなりつつある4時半、晴明神社に莉緒と流川が到着した。京都の神社仏閣賭しては大きな建造物ではないが、かの安倍晴明ゆかりの神社は日中には多くの観光客が集まってくる。しかし省庁の神社前には人の気配は無く、冷気の中に神々しさだけが漂っていた。

 

 二人は神社の中に入り一の鳥居、二の鳥居をくぐり晴明像の前に立った。この像は神社に所蔵されている、晴明の肖像画を基に造られた像だった。流川と莉緒は安倍晴明像の前で精神を統一して、晴明に対して畏敬の念を伝え礼拝した。人為的に造られた安倍晴明像だが、やはり何か特別な力を莉緒は感じているようだった。

 

 莉緒『この方が安倍晴明様ですか。』

 

 莉緒は像を見あげて感慨深げに言った。その様子を晴明神社の本殿の奥から監視するように窺う気があった。晴明神社には陰陽師の名家、土御門家つちみかどけの本院が隠されていた。結界で外界とは遮断されており、一般の参拝客にはわからない。陰陽師の力を今の時代に伝える一派だ。流川聡は各地で退魔業をしているが、土御門家の高弟とも会った事が何度か会った。まさか京都の晴明神社内に結界で遮断した場所に、土御門家の本院がある事は知らなかったが…。本院には当主と配下の陰陽師が数人住んでいた。

 

 当主『神社の境内に入って来た者達は何者だ…尋常の気の者ではない…注視せよ。』

 

 土御門家当主の指令を受け境内の聡と莉緒の行動を、結界の中から土御門家の門弟が窺がっていた。当主は30歳代の男性と10代の女性が二人連れで、こんな朝早くに神社に参拝に来た事よりも、この二人が放つ覇気の大きさに警戒を強めていた。

 

 当主『よいか…時が時だけに気を引き締めよ。妖魔の類は神社には入れぬはずだが…仮にこの二人が我々と対峙する者ならば、土御門家の存亡をかけた闘いになろう。』

 

 門弟『兄弟子たちが留守の折にこんな事になるとは…これも吉備の一件と関りがあるやもしれません…』

 

 土御門家本院を守る門弟たちは、悔し気に唇をかんでいた。本院には当主を補佐する高弟が数名いて、晴明神社の守護や各地の退魔業に対応していた。しかし本院に強い力を持つ高弟の姿が一人も無かった。唯一、高位な波動を帯びるものは当主だけかもしれない。門弟たちは手に護符や呪符を持ち、不測の事態に備えて身を構えていた。当主は静かに晴明像の前の流川と莉緒をみつめ、二人が何者なのかを見極めようとしていた。その当主の波動を莉緒は感じていた。

 

 莉緒『流川さん、奥に強烈な違和感を覚えます。強い波動が私達を視ている感じです。』

 

 流川『結界が張られているのか…そうか…土御門家の本拠は神社内にあるのかもしれない。これは土御門家の本院を守る結界だろう。こちらに気付いて警戒しているのかも知れない…敵意がない事を伝えないといけないな。』

 

 流川も万一の事態に備えて守護の体制を取った。陰陽師の名家、土御門家の力を流川は知っている。闘う事なく莉緒と自分を守らねばならない。攻撃の布陣ではなく守護の陣をひき、相手の出方を待つ事にした。その時、莉緒が晴明像に手を触れた。莉緒の手は晴明像に反応して眩しく光り、その光に呼応するように晴明像も輝きだした。土御門家当主、範正のりまさは晴明像が輝きだした時、莉緒が何者なのかを察した。結界の中から当主、範正が私達の前に姿を現した。

 

 範正『お二方、こんな早朝よりの御参拝、痛み入ります。土御門家当主の範正と申します。』

 

 流川『私は流川聡、修験道の流れをくむ者です。土御門家の門弟の方とは退魔業で何度かお会いしています。今日は御相談があり参上しました。隣にいる者は荻原莉緒、御当主と同じ陰陽道の流れをくむ者です。』

 

 範正『なに荻原家ですと…荻原家の末裔か!荻原家は三百年程前に秀でた術者が出現しましたが、それ以降は力を受け継ぐものが無く途絶えたと聞いていたが…そうか…やはり…どうぞ、こちらへ』

 

 当主が晴明像の背後に消えていき、流川と莉緒も当主の後を追っていった。結界の中に入った時には夜が明けていて、明るい太陽が結界内を照らしていた。外界から遮断された結界…外界とは異世界になっているわけではなく、人や妖魔の類が感知できなくなっている…それが本院を覆う結界だ。当主は流川と莉緒を結界の中の本院に招いた。本院は古い造りの日本家屋で退魔行として陰陽道を引き継ぐ、本来の土御門家の本部的な役割のようだった。

 

 範正『安倍晴明様の像がそなたの力に反応した様だのう。御幾つになられるのか。』

 

 莉緒『御挨拶が遅れてすみません。荻原莉緒と申します。十七歳になりました。私が晴明様の血筋と知ったのは半年前です。それまでは何も知らずに普通に暮らしてきました。陰陽道の修業も先祖から受け継いだ書物を基に、こちらの流川さんの指導を受けながらやっております。』

 

 莉緒は自分の両親の事や残された幾つかの、陰陽道に関する物や系譜を当主・範正に説明した。土御門家当主、範正は莉緒をみつめたまま黙って話を聞いていた。莉緒の体内に流れる荻原家の血脈を探るように、そしてその力を測るように静かに聞いていた。流川も莉緒について補足的な説明を当主に行った。

 

 流川『御当主。莉緒ちゃんの力は私の想像を遥かに超えていました。私は修験道や道教の流れを組む神仙術の者です。陰陽道についての知識はあまりありません。莉緒ちゃんに教えを賜れませんか?失礼を承知で言わせて戴きますが、莉緒ちゃんの力は安倍晴明様に匹敵するのではないかと感じています。それほどの力を持つ者が顕現する…なにか意味があると感じます。』

 

 流川の言葉に反応したのは当主ではなく、当主の後ろに鎮座した門弟たちだった。ハッとした表情になり17歳の荻原莉緒に注目していた。陰陽師の名家、土御門の本院で安倍晴明に匹敵するという表現は、本来、陰陽師の一門にとっては許される言葉ではない。しかし当主も門弟たちもそこには反応せず、力を持つ者が顕現する意味という言葉に反応していた。当主・範正が静かに立ち上がった。

 

 範正『わかり申した。御本尊の御意向を聞いてみましょう。こちらにお越しください。』

 

 範正は本院の館を出ると院の裏手にある、平屋建ての道場のような建物に入っていった。建物の周囲には護符が張られ更なる結界で守られている。土御門家にとって重要な場所なのだと流川は感じた。建物の前に立つと扉が開いた…当主が開けたわけではない…まるで自動扉のように引き戸が開き、当主と流川、莉緒の三人を招き入れた。土御門家の門弟たちも後に続いたが、扉の中に入る事は出来なかった。

 

 建物の中は二十畳ほどの広さで、板間の床が広がっていた。当主・範正は下履きを脱ぎ板間に入っていった。流川と莉緒の目の前に大きな像の姿が現れた。高さが三メートルの程ある大きな像…木の一本彫りの安倍晴明像が、板間の奥に鎮座していた。

 

 範正『この晴明様の像は晴明様ご自身が、法力でお造りになったと言われている像です。像には今でも晴明様が宿ると言われており、我が土御門家だけではなく陰陽師の各家の守護像でもあります。流川殿の仰った言葉は晴明様がご判断なされるでしょう。莉緒さんといったか…像の前に座られよ。』

 

 当主の言葉を受け莉緒が像の前に鎮座した。莉緒は晴明像を見上げると毎朝唱えている呪文を唱和した。唱和を続け五分程の時が経った時、晴明像の眼が開き莉緒と目を合わせた。二人の身体からは眩しい光が溢れ一体化したかのようにみえた。範正や流川からは光に包まれた、莉緒と安倍晴明像は全く見えなくなっていた。

 

 範正『これは…晴明様が…蘇られたのか。』

 

 光の中では晴明と莉緒が向かい合い意識を一体化させていた。安倍晴明が自身で造った木彫りの像には、晴明の意思と術師としての全てを収めていた。晴明にはわかっていたのかもしれない。千年の時を超えやがてこの地を訪ねてくる者がいる事を。晴明は莉緒の意識に問いかけた。

 

 晴明『我が血をひくものよ。よくぞ参った。』

 

 莉緒『晴明様。荻原莉緒と申します。教えを請いに参りました。』

 

 晴明は静かに像から離れ、莉緒の前に座った。優しい瞳で莉緒をみつめ言った。

 

 晴明『私はこの像に私の持つ全ての知識と力を収めた。そうするようにと神の啓示があったのだよ。その時は何を意味するのかはわからなかったが…莉緒と申したか、そなたには使命があるようだ。そなたの中には私の血脈だけではなく、もっと神秘な…神聖な血が混じっておる。お主が為すべき使命に応えるがよい。我が術の根幹を伝えよう、心を開くがよい。』

 

 莉緒は眼を閉じ、晴明の気を受け入れようとした。晴明の息吹が…霊気が莉緒の中に入ってきた。霊気と共に術の根幹、発動の仕組みや呪文の意味が、莉緒の身体に染み込んでいった。両親が残した陰陽道の教本で莉緒は修行に励んできた。安倍晴明の気と触れた事で教本に書かれた呪文の意味が、莉緒の身体の奥底に積もり上がっていった。言葉ではなく《術》として莉緒は陰陽道を晴明から授かった。

 

 晴明『陰陽道は我が日乃本に伝わる術や、大陸の術を取り入れて体系を作られている。そして大陸の術師の始祖も日本の始祖も、術の発動に呪文や呪詛の言葉は使わなかったと聞く。太古の始祖は術を後世に伝える為、文字にして残されたと聞く。我らは文字を読み呪文を唱えねば術は使えん。莉緒よ…術の本意は伝えた。本意を理解すれば…そなたの身体に流れる血であれば、心で念じるだけで術を発動させる事が出来るやも知れん。励むがよい。』

 

 莉緒『安倍晴明様、御教授、有難う御座いました。謹んでお受けいたしました。』

 

 晴明は莉緒から離れ像の上にその姿を見せた。土御門家の当主・範正の眼にもはっきりと安倍晴明の姿が見えていた。範正の眼には涙が溢れひれ伏す事も忘れ、宙に浮かぶ晴明の姿を拝んでいた。安倍晴明の言葉が範正の頭の中に入ってきた。範正は晴明を見上げてその言葉に従うことを約した。やがて安倍晴明の姿が光と共に消えていった。光が消え晴明像の前に鎮座する莉緒の姿だけが残っていた。

 

 莉緒『晴明様とお話が出来ました。そして晴明様の教えを受け賜りました。御当主、有難うございます。』

 

 莉緒がこちらを見て当主に謝意を述べた。莉緒の放つ覇気、オーラは更に増していた。何が起きていたのかは範正にも流川にもわからないが。荻原莉緒から発せられる畏怖は、今までとは比較にならないほど強大になった感じだ。土御門家当主・範正は伏して莉緒を迎え入れた。

 

 範正『莉緒殿…いや…莉緒様。晴明様から土御門家だけではなく陰陽道に勤しむ全ての者に、荻原莉緒様に従い行動を共にせよとのご教示がありました。流川殿、莉緒様にどんな使命があるやはわからぬが、我が陰陽道の一派は必ず御助力いたします。』

 

 流川『御当主、有難う御座います。晴明様に引き合わせて戴かなければ、莉緒ちゃんの覚醒は無かったでしょう。』

 

 範正は莉緒に陰陽道の歴史や役割について話した。歴史の中での陰陽師の役割は天文学や、吉兆を占い国の方向性を示す事だ。しかし歴史には出て来ない妖魔、妖怪の類も陰陽師の役目だった。陰陽師は他の術者と各地の異変に対応した。それは今でも変わっていないが、神道から退魔の力と術が失われていた。魔物の類が減った事もあるが国の政治に利用され、神社に伝わる術を継承する事が疎かになった。現在では神社本庁で術師は存在しない。

 

 平安時代から現在に至るまでの、陰陽道や修験道の系譜を説明し、異なる者達の存在について教えてくれた。修験道については流川も知らない事が多かった。流石に千年の系譜を持つ、土御門家の知識は学びべき事が多かった。そして荻原家の歴史についても、当主が知っている事を莉緒に伝えていた。

 

 範正『晴明様には二人の御子息がおられた。お二方共に陰陽師として都に使えておられたようだ。晴明様直系の数代先の子孫の御息女が嫁いだ先が荻原家です。その御息女の法力は凄まじく、晴明様の生まれ変わりといわれたそうです。しかし御息女は二人のお子を産まれた後、突然、一言だけ残し姿を消し行方知れずになられた。』

 

 流川『それほどの術者が?何があったかはわからいのですか?』

 

 範正『最後に御息女に会ったお方は御息女の息子で、十歳くらいのときだったと言い伝えられておってな。跡取りになる息子に《行かねばなりません》と言って姿を消したそうじゃ。それ以来、当主をみたものはおらんという事じゃ。』

 

 莉緒『行かなければならない…ですか。』

 

 莉緒は流川から聞いた流川聡の両親の話を想い出していた。高名な退魔士として各地の妖魔に対してきた流川の両親。二人は突然、流川の祖母の元を去り以来、消息が途絶えたままになっている。祖母は『死んではおらぬ。私にはわかる』と流川に言っていたそうだ。莉緒は何か…何かを感じていた。

 

 範正『うむ、そうじゃ。その後も荻原家は陰陽師の有力家として、室町から江戸時代の退魔業を支えて来ておった。三百年ほど前に秀逸な陰陽師が荻原家から出現した。荻原家の当主になった女人の術師であったそうだ。その力は長い陰陽道の歴史の中でも秀でたものだったと聞く。そのお方もある日を境に姿を消したそうじゃ。荻原家に陰陽道を受け継ぐ者が途絶えたのは、その後からじゃと聞いている。莉緒殿が生まれた意味も、その女当主と関わりがあるやも知れんな。』

 

 莉緒『三百年前ですか。帰ったら家系図を見てみます。有難うございました。流川さん、どう思われますか?流川さんのご両親がいなくなった時と似てませんか?』

 

 流川『確かにそうだね…でも千年近く前の話と三百年前の話…僕の両親の二十年前の話が重なるとは思えないけど…気には留めておこう。』

 

 流川も土御門家当主の話を聞きながら、行方のしれない両親の事を考えていた。荻原家の初代ともいえる女当主と、秀逸した術者の二人が同じように消えている。そして流川の両親も秀逸した術者だった。初代当主は千年近く前の事であり、その後は三百年前…両親の失踪と関連があるとは思えないが、何か引っかかるものを感じた。範正も気になったようだ。

 

 範正『流川殿の御両親も姿を消されたのですか?』

 

 流川『はい。父は出羽の修験道の導師でした。母は中国系の人で道教の流れを汲む神仙術師でした。二十数年前に私を祖母に預けて…それ以来行方がわかりません。』

 

 範正『修験と道教の?名前は知らんが、修験の烈士と中国の道士の夫婦に、何度か仕事で会った事があるのう。ひょっとしたらそなたの両親かもしれんな。二人ともに凄い力の持ち主だった。莉緒殿は陰陽道最高の術者になられた、流川殿の力量も莉緒殿に匹敵しておる事は私にもわかる。お二方が一緒に居なければならない程の厄災が起こるのかもしれん。土御門家はお二人と協力して対処するつもりじゃ。宜しくお願い申し上げる。』

 

 莉緒『こちらこそ、宜しくお願い致します。』

 

 流川と莉緒はそのあとも範正から退魔業の歴史や、関わっている術師について話しを聞いた。陰陽師の家は土御門家の他にもあったが、時の権力者が変わる度に途絶える家系があった。近年では戦後、陰陽道が進駐軍に禁止され、土御門家も表向きは陰陽道をうたわず、占星術的な占いとして家系を保った。今では土御門家だけしか正統の陰陽道家は残っていないそうだ。

 

 莉緒『ご当主様、ご指導、ご教授、有難う御座いました。これからも宜しくお願いたします。』

 

 範正『こちらこそ。近くに来たらいつでも本院においでください。』

 

 莉緒は丁重に当主にお礼を言い、当主に見送られ本院を出ようとしていた。流川は本院の外の気配が慌ただしくなった事を感じていた。土御門家の門弟達が慌てた様子で、本院の中に駆け込んできた。格式のある本院に…しかも客人がいる時だ…冷静な陰陽師の門弟達が息を切らせながら駆け込んできた。

 

 範正『何事だ。客人の前で失礼であろう』

 

 門弟『も、申し訳ございません。範正様たった今、吉備に向かった兄弟子から文が届きました。対峙する魔が強大との事、応援の依頼です。』

 

 範正『なに!あの者たち十名でも抑えられんというのか…』

 

 土御門家流川と莉緒が来る数日前、土御門家では高弟達が集められていた。いにしえの頃に封じられたモノが、封印を破ろうとしているという情報だった。その地に封印されたというモノについては、津土御門家でも伝承を把握していた。伝承の通りであれば封じられたモノの力は強大で、封印を破らせれば多くの厄災が、この世に降りかかるだろうと言われていた。土御門家は法力の強い高弟を十名選出し、封印の再構築の為に派遣していた。

 

 範正『伝承通り…いや…伝承以上の鬼か。全国の陰陽師に招集をかけよ。』

 

 土御門家本院を不吉な風が舞い始めた。範正の顔に焦りの色が出ている。当主として最強の術師を十名送りながら、それをも上回る魔の存在が範正の表情を曇らせた。流川と莉緒も当主の表情から事の重大さを察した。そしてこの場に居合わせた事は偶然ではないと感じていた。

 

 流川『御当主、如何されました。私達で良ければ助力に参りますが。』

 

 範正『お二方、御助力をお願い出来ますか。お二人の御助力があれば有難い。七日程前に吉備に封じられた鬼の封印が、解けかかっているという知らせがあったのです。土御門家の高弟を十人派遣して封印を再構築するはずだったのじゃが…あの者たちが十人でも抑えきれんとは噂通りの鬼じゃったようだ。』

 

 流川『わかりました。吉備の国と言うと岡山ですね。これから向かいます。ご安心ください。莉緒ちゃん。』

 

 莉緒『はい、身体に力がみなぎっている感じです。流川さん、行きましょう。』

 

 範正『案内の門弟を一人つけましょう。岡山駅に迎えに来るように伝えて置きます。』

 

 莉緒の系譜をたどる旅の予定だったが、思わぬ事態が待ち受けていた。物事に偶然は無い、全てが必然である…流川と莉緒が晴明神社を尋ねた時期に、吉備の国で鬼の封印が解けかかっている…これも二人の何かに関係して来る事なのだ、そんな確信じみた想いが二人にはあった。京都駅まで車で向かい新幹線に乗って、吉備野国、今の岡山県に莉緒と流川は向かった。

 

 鬼が封印された山…鬼ノ城という名の地だ。伝説では温羅という悪鬼が悪行の限りを尽くしたと言われている。しかし地元には温羅を正義の鬼という言い伝えも残る。長い歴史の中で伝説や言い伝えは変わってくる…時の権力者にとって都合がよいようにネジ曲げられる事も少なくない。何が待っているかはわからないが二人は岡山に向かっていった。莉緒と流川の退魔伝説が始まろうとしていた。そして莉緒の使命になる太古の邪神の存在が、少しずつ明らかになっていく。


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