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退魔列伝…神の血を引く少女  作者: 久住岳
第1章 神の血
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第2話 覚醒

 二、覚醒

 

 従業員達『莉緒ちゃん、何か辛い事があったらいつでも戻っておいで。』

 

 同級生達『莉緒、そっちに行く時は連絡するからね。』

 

 高田駅の改札に従業員達や同級生、近隣の知り合いが莉緒の見送りに集まってくれた。眼に涙を浮かべる人も少なくなく、莉緒や莉緒の両親の人柄がうかがえる。長野に向かう電車に乗り上越妙高で新幹線に乗り換えて、東京駅経由で立川のマンションに向かった。北陸新幹線が開通し東京までかなり時間が短縮されはしたが、上越市から都下までは三時間以上の時間を要した。

 

 莉緒『わ~広い部屋ですね。ワンフロアの家って初めてです。』

 

 流川『そうか、ずっと一軒家で育ったんだったね。こっちの部屋が莉緒ちゃんの部屋ですよ。ベッドと机だけしか用意してないから、明日は必要なものを買いに行きましょうか。室内の説明もしておこうか。』

 

 上越高田の家から送った莉緒の荷物は、明後日に届く事になっている。部屋にはベッドと勉強机しかなく、これからの生活で必要なものは一緒に買いに行こうと思っていた。羽黒山の社で祖母に育てられた流川の傍には、莉緒のような若い女性は一人もいなかった…何が必要でどんな物が好みなのか…全く流川には分らなかった。本人に選んでもらうのが最善だろう。

 

 流川は莉緒に部屋の中の説明を始めた。バスルームやキッチン、流川の部屋と畳の客間、フローリングの広めの部屋を案内した。フローリングの部屋は莉緒の修業に使うつもりでいる。その為に部屋には防音の工事を施してある。莉緒と共に歩む事を決めてから、二カ月弱の間に陰陽道の事も調べた。莉緒が祖先から託された文献の他に、陰陽道を伝承する為に必要と思われる式や呪法、経典を集めておいた。

 

 莉緒の修練としてまずは陰陽道を習得して貰うつもりだ。現時点で莉緒にその力の片鱗は見えない…彼女のポテンシャルがどの程度かわからなければ、共に行動する時に不測の事態を招く事もあるだろう。もし一緒に退魔士として出来るレベルでなければ、莉緒には普通の生活をさせるつもりでいた。しかし…莉緒は何か使命を帯びている…流川には確信的な思いがあった。次の日、莉緒と街中に買い物に出掛けた。両親と早くに別れ兄弟もいなかった流川には、荻原莉緒との買い物は新鮮だった。家具類も揃い莉緒の部屋も片付き、新しい生活が始まろうとしていた。

 

 莉緒『流川さん。何から始めたらいいのですか?』

 

 流川『まずは荻原家の秘蔵の文献から始めよう。』

 

 春休み中の三月は祖先から託された文献に沿って始める事になった。毎朝三十分呪符を唱え精神を統一する。

 

 『元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る』

 

 初めて口にした呪文だが莉緒は『私、知っている様な気がします。』と言っていた。呪文には自分を律する意味があると思っていたが、それだけではなさそうだ。食事が終わると『周易しゅうえき』『黄帝金匱こうていきんき』『新撰陰陽書しんせんおんようしょ』『五行大義ごぎょうたいぎ』の書を読み言葉でおぼえる事から始めさせた。

 

 修験道や真言密教、神道や神仙術等の呪法は、代々引き継がれる中で《言葉》呪文として確立してきた。才能のある後継者が術を継承できるように、文字におとし《言葉》として残してきたのだ。修行をして体内に力が宿れば、呪文を唱える事で術が発動する…しかし初代と言われる者たちは…役小角もそうだが…《言葉》の呪文を用いない。想い浮かべるだけで法力が呪術が作動した。

 

 術式を広く弟子に伝える為に、文字として残してきたに過ぎない。実際に妖魔の類と対峙した時に、長々と呪文を唱えている時間はない。莉緒も無詠唱で作動できる力が、将来的には必要になってくる。第一段階として術式を頭で理解し詠唱して、法力を具現化する事が目標だった。頭で理解した事が身体の中に、血流に組み入られていく事で、更に強力な法力を瞬間的に使う事が出来るはずだ。

 

 『周易しゅうえき』や『五行大義ごぎょうたいぎ』は占術の書だ。陰陽道では占星術などで吉兆を占う。相地で地相を見る事が出来れば、地や川で悪しき流れを事前に知ることも出来るだろう。式盤の使い方も覚えて貰わなければならない。荻原家には三つの式盤が残されていたが莉緒は『六壬りくじん式』を中心に学習していた。新学期が始まるまで当面はこれが莉緒の修業のスケジュールになる。

 

 東京に来て三週間弱、莉緒は毎日休まずに一日中、陰陽道と取り組んできた。式盤や周易の覚えも早いが呪文の習得は、信じられないほどの速度で覚えていった。修練を重ねるにつれ莉緒から感じるオーラが日に日に強くなっていた。毎朝の呪符の詠唱が彼女の根底に眠る力を呼び起こし、呪文や術式、式盤を使いこなす動力になっているように思えた。呪文は伝わっている文献を読まずとも、詠唱できるレベルになっていた。四月になり莉緒の初登校の日が近づいてきた。

 

 流川『明日から学校だね。勉強もあるし友達との交流も大事だから、これからの修業のスケジュールはこんな感じでどうかな。』

 

 莉緒『う~ん…少し時間が少ない感じがしますけど…』

 

 学校が始まってからの一日のスケジュールは、毎朝の呪符の唱和、帰宅後に一時間、書と式盤を隔日に分けて行う事になった。学校が休みの土日は午前中九時から十一時、午後は二時から四時までの四時間を修業の時間とした。学校行事や友人達と出かける時は、そちらを優先して時間調整をする。確かに莉緒のいう通り本来であれば短すぎるが、流川にはこれでも十分な気がしていた。元々莉緒の中には持てる力が眠らされている気配を感じていた。

 

 莉緒はまだ十七歳、高校三年生になったばかりの少女だ。将来を決めるには早すぎるし、いろいろな事を経験する事も大切だと流川は考えていた。その上で退魔行を使命にする事を良し、他の道を進むのも良しと考えた。最終的に決めるのは莉緒自身だ…決めるべき時に選択肢がいくつもあってもいいはずだ。莉緒は少し不満気な様子だったが…。

 

 教師『皆さん、おはようございます。今日から皆さんは高校三年生になりました。学校の最上級生として高校生活、最後の一年を楽しく過ごしてください。本日から一緒に勉強する仲間を紹介します。荻原莉緒さんです。荻原さんは長野県から東京に引っ越してきて、わが校へ転入されてきました。みんな、仲良くするように。』

 

 四月八日、初登校の日が来た。担任の先生に連れられて莉緒は教室に入った。男女共学の都立の名門校…教室内には男子十三名、女子十七名の三十名が座っていた。莉緒の両親は陰陽師の家系である事は知っていたが、陰陽道を習得していた訳でもなかった。しかし幼い頃から姿勢や佇まいは厳しく躾けられていた。背筋を伸ばし真っすぐに前を見る莉緒の姿は、威厳と品格を伴った美少女そのものだった。

 

 莉緒『荻原です。長野県の上越地方から来ました。都会の生活は慣れていませんので、皆さんに教えていただく事も多いかと思います。宜しくお願いします。』

 

 教師『では、荻原さんは…三枝さんの隣の席に。三枝さん、校内の事とか教えてあげて下さいね。』

 

 莉緒の隣は三枝薫という少女だった。明るくて人懐っこい感じの子だ。莉緒が席に着くとすぐに話しかけてきて、あっという間に二人は打ち解けていた。

 

 薫 『三枝です、薫って呼んでちょうだい。私も莉緒って呼んでいい?』

 

 莉緒『ええ、勿論。薫、宜しくね』

 

 三枝薫はすぐに莉緒と仲良くなった。隣に座った時にファーストネームで呼ぶようになり、屈託のない笑顔で学校の事を教えてくれた。休み時間になると莉緒の周りに女子が集まって来た。特に三枝薫の親友達は、莉緒とも仲良くなろうとしているようだった。親友の二人は白石尚子、安孫子君子という名前の少女だ。

 

 君子『もうファーストネームで呼び合ってるの?私達も莉緒って呼んでいい?』

 

 莉緒『ええ、いいわよ』

 

 君子『私は君子よ。我孫子君子、宜しくね。』

 

 尚子『私は白石尚子。尚子って呼んでね。』

 

 薫 『この学校は結構自由なのよ。勉強もちゃんと教えてくれるし、いい学校だと思うわよ。前の学校はどうだったの?』

 

 莉緒『進学校でもなかったし自由だったわよ。私は勉強が好きだったから結構、真面目に勉強してたの。ちゃんとやってて良かったわ。勉強してなかったらこの学校に転校出来なかったと思うもの。』

 

 転入した高校で同級生になった三人の少女は、とても親切にいろいろな事を教えてくれた。校内の施設の事や先生達の特徴、校則の緩い事や男子達の事などだ。莉緒の事もかの達は知りたがった。新潟県上越市の事やそこでも暮らし、中学の同級生達の事など、東京しか知らない三人には興味が湧いたようだった。莉緒も隠す必要のない事は話したが、両親の事故の事や一緒に暮らす流川の事も話したが、荻原家の系譜については話さなかった。

 

 尚子『え~、男の人と二人で暮らしてるの?素敵な人なの?』

 

 莉緒『とっても素敵な人よ。私の後見人になってくれて、家の事とか学校の事も全部やってくれたのよ。とってもいい人よ。』

 

 君子『でもな~三十三歳でしょう。オジサンじゃん(笑)。今度会わせてよ、どんな人か見てみたいわ。』

 

 莉緒『オジサンなんて言ったら傷ついちゃうと思うわ(笑)。本当にいい人なのよ。』

 

 莉緒の学校生活も順調にスタート出来たようだ。莉緒は愚直に陰陽師としての修業に励んでいた。決めたスケジュールをちゃんとこなすだけではなく、それ以外の呪文や妙法についても流川に内緒で学んでいた。修練を始めて二カ月が過ぎた頃には、見えない物の気配を感じる事も出来るようになり、陰陽師の呪法の一部は使えるほどになっていた。莉緒の成長の速さには流川も驚いていた。まるで卵の中に封じ込めてあった力が、殻にひびが入って一気に放出されている感じがした。

 

 学校の勉強もそつなくこなし成績もクラスでも上位に名を連ね、一学期が終わる頃にはクラスの人気者になっていた。莉緒の周りに来るクラスメートは増えたが、最初に仲良くなった三人と常に一緒にいる感じだった。或る日、授業が終わり帰ろうとしていると尚子が話しかけてきた。

 

 尚子『ねえ、みんなで行ってみない?』

 

 薫 『え?ダメだよ。あそこは立ち入り禁止になってるのよ。』

 

 白石尚子という女生徒は何にでも興味持ち、気になると確かめたくなる性格の子だった。たまに莉緒や他の親友達も困る事もある。三枝薫が尚子を窘める様に言った。立入禁止の場所という言葉が気になったわけではなかったが、莉緒も何か心に引っかかるものを感じた。まだ莉緒の知らない学校の事があった。

 

 莉緒『立ち入り禁止って?何かあるの?』

 

 君子『莉緒はまだ知らなかったのね。学校の七不思議の一つよ。学校が立ち入り禁止にしているくらいだから、絶対に何かあるんだってみんな言っているのよ。莉緒も場所くらい知っといた方がいいかも。知らないで入ったら危ないもん。』

 

 薫 『わかったよ…近くで見るだけだからね。あそこは何か嫌な感じがするから…』

 

 君子の一言で四人でその場所に行く事になった。薫は霊感が強いと本人も級友達も認めている。薫が駄目と言う事は尚子も君子も従う事が多かった。薫は立入禁止の地域に何かを感じているようだった。四人は教室を出て校庭に出ると、校舎の裏に通じる小道を歩いていった。尚子と君子が先を歩き薫は莉緒と一緒に、二人の後について歩いた。薫は歩きながら莉緒に立入禁止地区の事を説明していた。

 

 莉緒『こんな所があったんだね。知らなかったわ』

 

 薫 『莉緒が知らないのは、当たり前よ。ここを入るのは、校長先生と用務員さんくらいだもの。』

 

 辿り着いた校舎の裏の奥には、古い物置小屋の様な建物が見えてきた。小屋の周囲は白いしめ縄で囲われ、大幣おおぬさが数本、土の上に立てられていた。大幣とは神主が使う所謂、お祓い棒の事だ。白いしめ縄は神道の世界では清浄や神聖をしめし、悪いモノや悪しき気を寄せ付けない為に巻かれる事がある。大幣はお祓い棒と言われる通り、邪を祓うために神職が使う道具だ。

 

 莉緒は陰陽道の習得の勉強の合間に、神道や流川の使う修験道についても勉強していた。修練を重ねて陰陽の術が身につき始めて、自分が何かの使命を持っているのではないかと感じるようになった。陰陽道以外の破邪の法に興味を持ったのも、やがて自分に必要になると思ったからだった。眼の前にある白いしめ縄と大幣は、この地に何かを封じているような気がしてならなかった。

 

 尚子『この小屋に何かあるのよ。しめ縄の中には入るなって言われているの。何があったかは教えてくれないんだけど…たまに校長先生が手を合わせているらしいわ。』

 

 尚子は怯えたような口調で話していた。その声を聞きながら莉緒は小屋をじっと見ていた。そして何か違和感を憶えた時、小屋の窓ガラスの中に女性の姿が見えてきた。莉緒と同じくらいの歳の女性だ。髪型とか服装は現代の物とは違っていて、数十年の時が経っている感じがした。莉緒は小屋の中の女性の姿を見定めようと目を凝らしていた。その時、後ろから男の人の声がした。後ろを振り返ると校長先生が立っていた。

 

 校長『君達、何をしているんだい。ここは来ちゃ駄目だって言ってあるはずだよ。』

 

 薫 『すみません。莉緒は転校してきて知らなかったから、立ち入り禁止の場所があるって教えていたんです。』

 

 尚子は校長の声に驚いて尻もちをつきそうになっていた。薫が落ち着いた口調で校長先生に、この場所に来た理由を説明していた。校長は怪訝な表情で莉緒たちをみつめて、強い口調で嗜めるように言葉を続けた。普段は温厚な校長先生がこれほど強い口調で、四人の女生徒を注意するとは莉緒も思わなかった。その事がかえって莉緒に《何かがある》と確信させる事になった。

 

 校長『とにかく…ここはダメだよ。早く帰りなさい』

 

 莉緒『校長先生、なぜ立ち入り禁止なのですか?理由を教えて頂けませんか…あの小屋の中に同じ年頃の女性の姿が見えました。あの女性が関係しているんですか?』

 

 校長『え?女性が見えたのかい?…とにかく…此処は駄目ですよ、早く帰りなさい。』

 

 莉緒は校長先生に事情を聞こうと思い、小屋の中に見えた人影の事を話した。校長は莉緒の言葉に聞き一瞬、固まった感じになり、驚いて立ち尽くしていた。しかしすぐに気を取り直して四人に、校舎の裏から出ていくように促がした。薫も校長の意見と同じ意見で、早くこの場を離れるべきだと思っていた。薫が莉緒と尚子達の手を引っ張って、校舎の裏を出て四人は校門から出ていった。

 

 尚子『莉緒、女の人ってなによ?何かみえたの?』

 

 莉緒『ええ、服装とかは昔の感じだったわ。同じ年頃の女の子よ、何か訴えかけるような眼をしてたわ。』

 

 君子『莉緒ってそういう力があるの?怖いこと言わないでよ。』

 

 莉緒『あのしめ縄や大幣おおぬさは結界に近い感じがするの。何かがあの場所であったはずよ…気になるわ。帰ったら流川さんに相談してみる。』

 

 薫 『例の後見人のオジサン?私達も行っていい?』

 

 莉緒『いいよ、一応電話して聞いてみるね。』

 

 流川は莉緒からの電話で大体の事情を聴いた。莉緒が友達3人も気になっている事を伝え、このまま三人を連れて帰宅すると告げた。女子高生の嗜好品はとんとわからないが、飲み物程度の用意はしておこうとキッチンに向かった。莉緒が3人の友人を連れて帰って来た。流川はリビングに薫達を通して、紅茶を入れながら事情を聴いた。

 

 莉緒『何かね…悲しそうな表情だったんです。』

 

 流川『校長先生は何か知っていそうだね。明日、授業が終わる頃に一緒に行ってみようか。莉緒ちゃんの学校に何かあるのは気になるからね。』

 

 3人の友達は恐る恐る流川と莉緒の会話を聞いていた。30歳を過ぎた男性は女子高生にとっては大人だ。大人はこういった話は信じるわけはなく否定するのが常識だった。しかし目の前にいる男性は高校生の話を真剣に聞き、その話を信じた上に学校に一緒に行くという…薫や尚子、君子には莉緒と流川の会話が信じられなかった。

 

 尚子『あの…オジサンは私達の話を信じてくれるんですか?』

 

 流川『え…オジサンか~…ちょっとショックだな。高校生から視たら三十三歳か立派なオジサンだよね。大丈夫、安心していいよ。校長先生にも話しを通しておいた方がいいかも知れないね。』

 

 次の日、六時限目の授業の最中に、流川は学校に行き校長に面会を求めた。校長は保護者の突然の訪問に驚いた様子だったが、快く面会を受け入れてくれた。流川は莉緒から聞いた校舎の裏の立ち入り禁止区域について、学校や校長が知っている情報の開示を求めた。校長は困った様子で応対していた。

 

 校長『流川さん、この件はあまり騒がないで戴けませんか。』

 

 流川『莉緒が…荻原莉緒が在学する学校に問題があるのは心配です。何か事情があるのでしたら話してください。お力になれると思います。』

 

 校長『いや…父兄の皆さんにお話しするような事ではありません。学校に変な噂でもたつと生徒にも影響しますから、これ以上はお話する事はありませんよ。お引き取り戴けますか。』

 

 流川は丁寧に校長との面談をしていたが、校長は頑なに説明を拒否した。何かよっぽどの事情があるように思われた。莉緒が視た少女の件を話そうとも思ったが、恐らく校長は聞く耳を持たないだろう。流川自身も学校に入った時から、強い結界の存在を感じていた。このまま放置してもすぐに何かが起こる事は無いとは思ったが、遠い将来、必ず封じた物が世に出る事になるだろう。

 

 流川『事情を教えて頂けないのは残念です。しかし…このまま放置する事はできません。これから莉緒と立ち入り禁止区域を見に行きます。それだけは認めて戴きますよ。』

 

 校長との話が終わる少し前に六時限目の終業のベルが鳴った。担任が教室に入り数分間、生徒に話をして帰宅時間になった。私は莉緒が学ぶ教室の廊下で莉緒が出てくるのを待っていた。教室から出てきた同級生達は流川をみて、首を傾げながら校舎の入口に向かっていった。一分程経ち莉緒と三人の親友たちが廊下に出てきた。親友三人は不安げな表情で流川をみていた。

 

 莉緒『先生、どうでしたか?』

 

 流川『先生はやめてって言ってるでしょう。校長先生と話はしたけど…やっぱり何かを隠しているようだね。何も教えてくれなかったから、これから現地にいって確認するしかない。』

 

 莉緒はたまに流川の事を先生と呼んでしまう。最初の出会いの時から呼んでいる呼称が、緊急時や緊張している時に出てしまうようだ。先生と呼ばれる事が昨日の3人も一緒だった。薫、尚子、君子の3人はツボに入ったのか…お腹を押さえて笑い出した。3人も緊張していたがこの事で緊張が取れたようだった。

 

 薫 『先生(笑)。私達も行っていいですか?莉緒が心配だもの。』

 

 莉緒『大丈夫よ。流川さん…先生(笑)が一緒だから、薫たちは先に帰って。』

 

 尚子『ダメだよ、いつも一緒だって言ったでしょう。怖いけどさ…一緒に行くよ。いいでしょう先生(笑)。』

 

 流川『…そんなに可笑しかったのかな?まあいいけど…そんなに危険な感じはしないから、君達も一緒においで。』

 

 4人の女子高生と話す33歳のおじさん…教室から出てくる他の生徒達は、興味深げにみながら下校していった。流川と莉緒を先頭に3人が後ろを歩いて、校舎の裏の敷地に急いで向かった。物置小屋のような建物が見え始め、五人は白しめ縄の外側に立った。莉緒は薫達3人を少し下がらせて、小屋の様子をじっと覗き込むように探っていた。

 

 校長『流川さん、ここは立ち入り禁止です。困ります。』

 

 心配になって様子を見に来た校長が、薫たちの後ろから声を掛けたきた。流川と莉緒は無言で校長に軽く会釈だけをして、再び正面の小屋に視線を送った。校長もそれ以上は止める事も出来ずに、黙って事態を見守るしかなかった。流川の視線の先には莉緒の言う通り、高校生くらいの少女の姿が見えてきた。何かに引き込まれているのか、或いは少女が部屋を離れられない理由があるように感じられた。

 

 流川『莉緒ちゃん、君が見たのはあの子だね。』

 

 莉緒『はい、そうです。何か私に伝えたい事があるように感じるんです。』

 

 校長『あなた方はいったい何者なんですか?何が見えているんですか。』

 

 後ろで黙って視ていた校長は流川と莉緒の会話を聞き、慌てたように薫たちを押しのけ二人に言い寄って来た。二人は校長の言葉を聞き流して、小屋の中にいる少女に気を集中させた。そして莉緒に流川が伝えた。

 

 流川『莉緒ちゃん。小屋は封じている封印を解く前に、念のため周囲に結界を張ったほうがいいね。小屋の中にいるのが悪しき存在だと、逃げられたら面倒な事になる。僕が結界を張るからみてなさい。』

 

 莉緒『先生、私にやらせて貰えませんか?修練の成果を試させてください。』

 

 流川は少しだけ困惑した。莉緒の修業のスケジュールには、結界の張り方や退魔に関してはまだ入っていない。基礎的な呪法の文言の習得と、精神修養がおもな内容だったはずだ。莉緒が何をしたいのかわからなかったが、流川は莉緒の内なる力の存在に気づいている。莉緒が何をするのかも見てみたかった。結界がうまく張れずに封印を解いた時に、封じられたものが逃げ出さないように、流川は注意深く対応する為に身構えた。

 

 流川『わかりました。荻原莉緒先生、お任せします。頑張ってごらん』

 

 莉緒は目を閉じた。そして呪文を口にし一言唱える度に手刀を切っていた。その光景を背後から見ていた3人の親友達は、莉緒の表情や姿勢がいつもとは違う事に驚いていた。背筋を伸ばし正面を見据えながら、静かな声で呪文を唱える…呪文の声も手刀を切る動きもゆったりとしているが、静寂な空間を引き裂く様な力を感じた。

 

 『青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女』…莉緒は陰陽道の九字を切った。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前が密教や修験道の九字だが陰陽道は少し違う。呪文を唱えながら格子型に手刀を切り破邪の法を唱えた。小屋が光の帯で包まれ強い結界が張られた。

 

 莉緒『大いなる天の光をもって邪を滅せん。急急如律令…』

 

 流川が小屋を封印していた白しめ縄を切ろうとした時、莉緒の呪文で結界の中に天空から雷が大きな光と共に舞い落ちた。小屋は閃光に包まれ辺り一面が光の渦に包まれた。流川は術の大きさに驚いて封印を解くのをやめてしまった。友人達も校長も驚いて声も出せないでいた。術は術者の持っている力に相応し強大化する。莉緒の行った破邪の法は今まで見た事も無い大きな力だった。

 

 流川『確かに呪文は陰陽道だったが…この閃光は陰陽道とはちがうものだ。莉緒ちゃんは一体何者なんだ…。』

 

 流川は様々な退魔の法術を知っている。使いこなせるのは神仙術や修験術、道教の呪法も多少は使う事が出来る。使えない法術についても研究して知っていた。しかし莉緒の起こした天の閃光は、流川の知っている法術とは別格のものだった。この子は…莉緒の背中をみているとやがて閃光の中に、大きな黒い影が渦巻き苦しみながら光の中に消えていった。この地に封印されていた妖魔の類かもしれない。黒い影がかき消えると光の中から少女があらわれた。

 

 校長『…美和さん!美和さんですね。』

 

 校長先生が少女に向かって叫んでいた。少女はゆっくりと校長をみた。

 

 美和『私の名前を知っているオジサンは誰なの?』

 

 校長『僕だよ、君の同級生の佐伯春雄だよ。今は母校で校長をしている。』

 

 美和『佐伯君?そう…そんなに時が経っていたのね。』

 

 透き通るような美和の姿に、校長は膝をつき涙を流していた。美和は優しく微笑んで校長に話しかけた後、流川と莉緒の方を向き深くお辞儀をした。美和には不思議な力があり、校内に漂う妖気を感じたそうだ。美和は学校の友人達に害が及ばないように、漂う妖気の後を追って小屋に辿り着いた。美和は破邪、魔を倒す術は持っていなかった、自分の持っている力で妖気の元を押さえつける事だけは何とか出来た。

 自分の身を妖気を封じる礎として、小屋の中に悪しき妖気を封じ込めた。小屋の中に美和自身が作った異空間に、妖気を持つモノを封じ込め礎として留まるしかなかった。封印の中にいる美和の姿は、現世の普通の人間には発見できない。やがて小屋を何らかの理由で清めて、周囲に結界を張って立入禁止にしたのだろう。小屋の周囲に張られた結界は美和も知らなかった。

 

 莉緒『荻原莉緒と申します。長い間、みんなを守っておられたんですね。有難うございます。』

 

 美和『莉緒さんというのね…ありがとう。昨日、私に気付いてくれた子ね。あなたのお陰でやっとここを離れる事が出来ます。そして封じる事しか出来なかった怪しい気を、光の渦で祓ってくれてありがとう。安心してこの地を離れられます。佐伯君…会えてよかったわ。みんなにも宜しく伝えてね。さようなら。』

 

 美和と名乗る少女は空に消えていった。小屋の周りに漂っていた妖しい空気は消えていた。流川も莉緒も光の渦の中で藻掻く、妖しいモノの姿を見ていた。言い伝えられている妖怪や妖魔の類ではなく、人の怨念や怨嗟が集まり何かを媒体に発生した化け物だった。学校の敷地内に発生した事を考えると、根幹の原因は学校の何かにあり、それも祓っておく必要があるだろう。

 

 校長『流川さん、先ほどは失礼しました。校長室までお越し頂けますか?事情を説明します。みんなも来なさい。』

 

 校長室に入り応接に座ると、校長先生が過去のいきさつを話し始めた。

 

 校長『もう四十年以上前になりますかな。私がまだ高校二年生の時の事です。この学校で事故が多発した事がありました。原因不明の事故で幸い大きなけがを負う人はいなかったんですが、段々と怪我人も多くなり変な噂も広まっていました。そんな時、彼女が…美和さんが小屋に何かあるって言いだしたんです。彼女は不思議な人で悩んでいる子の相談にのったりする人でした。放課後、私と数人の友達が残っていた時に、彼女が小屋に入っていったのを見たんです。その後、学校内での事故は無くなったんですが、小屋に入ろうとするとケガをしたり、気持ちが悪くなったりするようになったんです。美和さんは行方不明になっていました。学校の中では美和さんの呪いだとかいう輩もいて、私は悔しくて仕方なかったんです。この学校に赴任してすぐに小屋を立ち入り禁止にして、お坊さんにお願いしてお祓いをしてしめ縄をかけました。美和さんはとても優しい人だったんですよ。彼女がそんな事をするとは思えませんでした。今日、久し振りに彼女を見て…やっぱり彼女が守ってくれてたんだと思って、涙が溢れました。ありがとう』

 

 流川『あれは妖怪や妖魔の類では無かったです。この土地に何か因縁があり、人の怨嗟や怨念が埋没していると思います。学校が立つ前の事かもしれませんね。学校が出来て若い少年少女が集うようになり、土地に集まっていた人の悪しき気が何かのきっかけで、依り代を求めて校内に溢れだしたのだと思います。

 

 莉緒『人の恨みなどが原因という事ですか?依り代を求めてって誰かの中に入ろうとした?』

 

 流川『そうだね。それに気付いた美和さんが身をもって、化け物かした怨嗟の塊を押さえていたのだと思います。小屋に近づく事で生徒達が化け物の影響を受けるのを恐れた美和さんが、みんなが近づかないように小屋に来ると、気分がすぐれなくなるようにしていたんだと思います。莉緒ちゃんの破邪の法で小屋に巣くっていた、怨念の塊は払われ清浄の地になりました。』

 

 薫 『じゃあもう安心ですね。』

 

 流川『…大元の原因を調べて対処する必要があると思います。あんな化け物になる程の怨嗟や怨念は、そうそう簡単には集まりませんからね。学校が出来る前にこの土地で何があったのか、それを調べて対応する必要があると思います。』

 

 校長『わかりました。土地の成り立ちについて調べて対処する事を約束します。荻原さんは美和さんのような力があるんだね。君が来てくれたお陰で美和さんが解放された。僕も美和さんのご両親や友達にやっと伝えられる。ありがとう。』

 

 莉緒『校長先生、薫たちもよ。この事は内緒にしてくださいね。私はまだまだ修業を始めたばかりだし、こんな事で相談とかされても対応できないから。お願いします。』

 

 莉緒と流川は校長室を出て、学校を後に三人の友達とも別れて帰宅した。帰宅した後、流川は今日の敷地での事を莉緒に訊ねた。まだ莉緒の訓練スケジュールに入っていないはずの術式…九字結界やそれ以外の文言について確認した。莉緒は嬉しそうな顔で答えていた。

 

 流川『あんな術式をいつのまに憶えたんだい。びっくりしたよ』

 

 莉緒『結構、身体に入ってくるんですよ。ちゃんと決められた修業もこなしてるんですけど、すんなりと身体に頭に入ってくるんです。九字を口すさんだ時も初めてじゃないような気がしました。』

 

 流川『毎朝唱えている言葉を唱えて、精神統一した姿をみせてくれないか?』

 

 莉緒は修行の為に部屋で正座して術式を唱え始めた…元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る…莉緒は呪文を唱えると精神統一状態に入った。莉緒のオーラは強く輝き周囲に拡散し始めた。流川は裏の仕事で他の霊力者と会う事が多いが、これほどの力を持つものは初めて見た。

 

 陰陽道の一派では土御門家の術者を知っているが、これほどの力は持っている者はいないだろう。そして莉緒から発するオーラの輝きが、人の術者とは異質な輝きである事に気づいた。あの物置小屋を一瞬で光の渦で覆った力、この力は陰陽道や修験道、密教の術者では辿り着けない領域のものだ。五分ほどして統一状態から莉緒が抜けて戻った。

 

 流川『凄い霊力だ、これほどの力を見るのは初めてだよ。眠っていた力が覚醒したのかもしれない。』

 

 莉緒『何か、お腹の中から湧き上がる力を感じるんです。祖先の培った法をもっと知りたいです。』

 

 その後、校長が手を尽くして学校の成り立ちを調査した。都立高校になる前にあの場所には兵舎があったそうだ。終戦が近づいた時期には兵舎から兵隊の姿は消え、残った建物は軍に反する者や戦争に反対する者達を収監する、いわば刑務所のような役割に変わっていた。収監された人々への弾圧や拷問は激しく、何十人もの命が奪われていたそうだ。戦争末期になり日本が降伏を受け入れた時、施設の管理者たちは施設内での残虐な行為が露見する事を恐れ、収監されていた人達を一カ所に集めて惨殺していた。それがあの物置小屋の辺りだった。

 

 その事は記録には一切残っていなかったが、逃げ出して生き残った人や近隣に住んでいた人が証言をしていた。しかし終戦後も政府は調査する事もせずに黙殺してきた。今回の事を受け校長が改めて聞き取り調査を行い事実が判明した。既に70年以上も時が立っていたが校長は、物置小屋を取り壊して地面を掘り起こした。物置小屋の地下からは大量の人骨が発見され、骨には殺害された痕跡があった。

 

 このニュースはテレビでも報道され暫くの間は、都立高校への取材も多く生徒達もインタビューされたりもした。校長が調査の結果を会見で報告し、戦前の行いについても報告した。人骨は近くの墓地に埋葬して祈祷を捧げた。流川も更地になった後の校舎裏に行ってみたが、土地に残っていた因縁は消え去っていた。

 

 流川『莉緒ちゃんの本来の力は陰陽道ではないかもしれない…でも荻原家は陰陽の系譜のようだし。もうすぐ夏休みになるから京都に行ってみようか。僕よりも陰陽道を詳しく教えて貰えるかもしれない。』

 

 今回の事で莉緒の力の根幹が、人の術式によるものではないという確信を流川はもった。力が覚醒しつつある莉緒、根幹の力は陰陽道では無いかもしれないが、覚醒させたのは間違いなく陰陽道の術式だ。陰陽の始祖の眠る京都…流川と莉緒はこの地に赴く事で、なすべき使命を知る事になる。

 


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