記録の底で眠るもの
写魂局が持つ公的なデータベースの影に、**“記録の闇市場”**と呼ばれる地下ネットワークが存在する。
その中心にあるのが――ネクローグ編集部。
死の記憶、未公開の記録、未来の断片さえも売買される、情報と死を織り交ぜた闇の組織。
夜羽は、あの男から渡されたカードを頼りに、都内でも最も古びた地下街に足を踏み入れていた。
かつては人が行き交った地下鉄の跡地。
今は廃墟のような空間に、わずかな明かりだけが灯る。
そして――
「ようこそ、“記録の狭間”へ」
古い書庫のような扉の先で、彼を出迎えたのは、銀髪の少女だった。
歳は夜羽と同じか、少し下だろうか。
だがその目は、長い時を記録し続けてきた者のように冷静だった。
「私は蓮華。ネクローグ編集部の“死綴師”。
死の記録を、読み、紡ぎ、時には書き換える」
夜羽はすぐに問いかけた。
「妹――澪の“死の記録”が、改ざんされていた。
それを操作したのは、写魂局なのか? それとも……お前たちか?」
蓮華は答えず、代わりに一冊の古びた冊子を差し出した。
それは“未登録”の記録、正式なデータベースでは抹消された写魂ログだった。
「その記録は、本来存在しない。
だがあなたの妹は、生前、ここに接触していた。
彼女は、死の記録に潜む“ある存在”を目撃してしまったの」
夜羽がページを開いた瞬間、脳裏に強烈な“視覚”が流れ込んでくる――
暗闇の中。
無数の手。
記録の海に沈む顔のない死者たち。
そして――
鏡のように自分の姿を映す、“もう一人の自分”。
「これは……なんだ……?」
「あなたの中に、もう一人の“書き手”が存在しているのよ、夜羽くん。
それは、澪を殺した“君の影”――」
蓮華が言葉を切ると、書庫の奥から、誰かが近づいてきた。
「紹介しよう。彼が“写し身”――
死者の代筆を行う、もう一つの君だ」
その男は、夜羽と同じ顔をしていた。
だが、目だけが違った。
完全に感情を失った、記録だけの存在のような目――