妹の記録
写魂局・第七分署は、東京の外縁にある地下ビルに存在していた。
無機質なコンクリートの壁と、脈打つような低音。
冷え切った空気の中、夜羽は白河夕凪に案内されながら、薄暗い廊下を進んでいた。
「……あんた、本当に澪の“声”を聞いたのか」
「ええ。二週間前、ある未登録の断片が内部データベースに勝手に割り込んでいた。
本来ありえない現象だったから、写魂師数人で解析したの。
その中に、澪さんの記憶があったのよ」
「……なんで、それを俺に黙ってた」
「上層部が“検閲”した。あなたには見せるな、と。
でも私は……納得できなかった」
立ち止まった白河は、鋭い目を夜羽に向ける。
「死者の記録を奪うのは、二度殺すのと同じ。私は、それが許せない」
夜羽は一瞬、白河の瞳を見返す。
そこには演技でも命令でもない、真っ直ぐな“怒り”があった。
ふっと、夜羽は微かに息を吐く。
「……いいだろ。見せてくれ。妹の記録を」
⸻
白河が案内したのは、封鎖された“個人ログ室”。
本来、閲覧許可が厳しく制限された、死者の写魂記録が保管されている場所だった。
中には多数の浮遊ディスプレイが漂っており、死者一人ひとりの“想念の断片”が格納されている。
「ログNo.9135、“イチノセ・ミオ”。これよ」
白河が手をかざすと、空中に淡い光が浮かび上がる。
澪の姿――笑顔――声――そして、最期の記録。
夜羽は静かに目を閉じた。そして、心を整えて再び目を開く。
表示された断片は、わずか30秒。
しかし、その中には異常な情報量が詰まっていた。
⸻
《……お兄ちゃん、ごめんね。私、知らなきゃいけないことに、触れちゃった》
《“死の記録”は、自然に残るんじゃない。誰かが、書いてるの》
《私、見たの。書き換えられた“未来の死”。――それを使って、殺してた》
《止めて。お願い。私を殺した“あの人”を……》
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断片は、そこで途切れた。
だが夜羽の全身に、冷たい衝撃が走る。
「……“未来の死”を、書き換えて……使ってた、だと?」
「ええ。つまりこれは、写魂現象の“自然発生説”を否定する情報よ」
白河が頷く。
「死者の記録は、ただ残るだけじゃない。“作られていた”としたら――
それは、誰かが“死を操っていた”ってこと」
夜羽の視線が鋭くなる。
「妹は、その事実を知って殺された……?」
「可能性はある。しかも――」
白河は、端末をもう一度操作した。
新たに浮かび上がったのは、別の断片。だが、発信者は不明。
ログナンバーも管理番号も存在しない“幽霊データ”だった。
《一ノ瀬 夜羽は、国家による写魂実験の“被験者第9号”である》
《記録改変能力:確定。潜在リスク:非常に高い》
《観察継続。必要に応じて、排除を》
夜羽の心臓が、鈍く鳴った。
「……これ、は……」
「写魂局は、あなたを“見張っていた”のよ。澪さんだけじゃない。
あなたも、最初からこの実験の中にいた。……死の記録を書き換える、存在として」
その言葉に、夜羽の胸の奥で何かが崩れた。
自分は、“死者の声を読む者”ではなかった。
自分こそが――“死を綴る者”だった。