第3章:異界 その1
そして、現在。
廊下の空気は冷たく、重苦しい緊張感が漂っていた。田村一真と石田明、そして明松真也の三人は次々と現れる怪物たちを前に、全力で戦闘を繰り広げていた。廊下の奥から漏れ聞こえる奇怪な音と、不気味な気配が絶えず彼らを襲う。
田村は短剣を振るい、目の前の敵に次々と攻撃を加えた。
「くそっ!いくら倒してもキリがない!」叫びながらも、その動きは正確だった。彼の式神が空中で炎を放ち、怪物たちの進行を妨げる。
「増えている……?」
石田が後方から結界を張りながら呟く。
「まるでこっちの動きに合わせて湧いているみたいだ。」
「前向きに考えましょう。敵を引き付けている証拠ですよ。」
明松が冷静に言った。彼の手には特殊な銃が握られているが、引き金を引くのをためらっている様子だ。「消耗品ですからね。できれば使いたくないんですけど……」
田村が振り返りながら叫んだ。
「だったら何か他に方法を考えろ!こっちは手一杯なんだ!」
廊下の先から現れた怪物の群れは、異様な形状をしており、身体中に何かしらの拘束具が絡みついている。何度倒しても再び立ち上がるようなその姿に、三人の表情は次第に険しくなっていった。
「田村さん、右側を頼みます!」
明松が指示を飛ばすと、田村は短剣を右手に持ち替え、指示された側へと駆け出した。その瞬間、彼の式神が怪物の一体を拘束し、その隙に田村が的確に短剣を突き立てる。
「次!」
田村が鋭く声を上げると、石田が結界の強化を試みた。しかし、怪物の数が増え続ける中、結界の範囲を維持するのが限界に近づいている。
「こっちも限界だ!」
石田が焦りを滲ませた声を出す。
「まだ持ちこたえます!」
明松が言いながら、ついに銃を構えた。精密な銃口が光を放ち、一発一発が怪物の群れを打ち抜く。引き金を引くたびに閃光が廊下を照らし、一瞬だけ怪物の影が薄れる。
「持たない……」
石田が結界の光をさらに強化しながら呟く。
「こんな状況、普通じゃない。」
「普通じゃないのは当然です!まぁ、いつものことですが」
明松が即答した。
田村がふいに振り返り、怒り混じりの声を上げた。
「神宮寺はまだ来ていないのか!?あいつがいれば、こんな状況すぐに片付くだろうに!」
「その通りですが、現時点ではこちらで何とかするしかありません。」
明松が時計をちらりと見てから冷静に言った。
「神宮寺さんが来るまで、あとどれくらいかもわかりません。」
「くそっ……!こんなところで死ぬのはごめんだぞ。」
田村は短剣を振り、迫り来る怪物を再び斬り捨てた。
石田が苛立ちを隠せない様子で口を開く。
「本当に来るのか……?」
「来るはずです。彼女がここを放置するわけがありません。」
明松はきっぱりと答えた。
怪物たちはさらに増え続け、三人の動きが徐々に封じられつつあった。田村が前線を維持しようと必死に戦う一方で、石田の結界はほとんど力を失いかけていた。
「限界だ……」
石田が弱々しい声を漏らす。
明松は歯を食いしばりながら銃を構えた。
「仕方ありません。弾薬を節約するつもりでしたが、使います!」
銃口が閃光を放ち、一発一発が正確に怪物を撃ち抜く。しかし、怪物の数は圧倒的で、押し返せたのはほんの一瞬だった。
「ダメだ、これ以上は持たない!」
田村が叫ぶ。
「このままじゃ押し切られるぞ!」
田村は前方を守りながら苛立ちを露わにした。
その瞬間、どこからともなく、静かな声が廊下に響いた。それは神宮寺遥の使者である小さな式神の声だった。
「2分で到着する。」その言葉が、三人に希望を与えた。
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「2分ですか……」
明松は式神の言葉に安堵の表情を浮かべた。
「彼女が来るまで、この場を持たせる必要がありますね。」
「2分!?そんな短い時間でも、今の状況では永遠に感じるぞ!」
田村が苛立ちながら叫ぶ。田村が叫ぶ。
「そんな時間稼ぎでどうにかなるのか?」
「今はそれしかありません!」
明松がはっきりと言い切った。
「私の退魔カードを使いますが、到着まで持たせるのが精一杯ですが。」
明松が手元のカードを宙に放つと、それは青白い光を放ちながら床に落ち、そこから強力な結界が広がった。物たちは結界の縁に押し返される形で退いていたが、その気配が完全に消えることはなかった。しばらくの間、三人は静寂の中で息を整えることができた。
「上手く行けば。これで約3分持つはずです。」
明松が冷静に言った。「神宮寺が来るまで、準備を整えましょう。」
田村は短剣を腰に戻しながら呟いた。
「2分で来るって話だったが、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です。」
明松が時計を見ながら答えた。
「彼女なら、きっと間に合いますよ。」
田村が短剣を腰に戻し、床に腰を下ろした。
「やれやれ、少しは落ち着けるな。だが、3分ってのは短すぎる。」
石田も壁に寄りかかり、息を整える。
「こんな状況で3分もあれば十分だ。むしろ、何を優先するべきか話し合わないと。」
三人は結界の中で、次の戦いに備え、神宮寺の到着を待つことにした。
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三人の間で意見が割れ、結界の中で短いが鋭い議論が交わされた。
田村は前線で戦う気概を見せながらも苛立ちを隠せず、石田は冷静に見せかけながら迷いを感じさせている。
「撤退するのも一つの手だ。」石田が低い声で言った。「このまま進めば、俺たち全員が危険にさらされる。」
田村が顔をしかめ、冷たく言い返す。
「撤退だと?俺たちは退魔師として、怪物を倒すためにここにいるんだろう?」
「生き延びることが大前提だろう!」
石田が反論する。
明松は二人の言い争いを遮るように、冷静な声で口を挟んだ。
「落ち着いてください。まずは神宮寺さんの意見を聞くのが最善です。彼女がいれば、ナベリウスに対抗する可能性が出てきます。しかし、彼女が撤退と言えば撤退するしかありません。彼女抜きで戦うのは無意味ですからね」
「神宮寺に頼るしかない、ってわけか。」田村が不満げに呟く。「俺たちだけじゃ無理だと?」
「無理です。」明松が断言した。「少なくとも、今の戦力では、ナベリウスを討伐するのは不可能です。ナベリウスはそれほどの悪魔です」
「そんなに神宮寺は強いのか」
「脳筋メスゴリラですから」
「だけど……もう2分すぎたんじゃないか?」
田村が不安そうに時計を睨む。
「さぁ。」明松が肩をすくめて答えた。「もしかしたら、トイレにでも寄ってるかもしれませんね。」
田村が怒鳴ろうとした瞬間、結界の外で怪物の呻き声が再び響き渡り、結界が軋む音が聞こえてきた。外縁の光が微かに揺れ、怪物たちが再び押し寄せてくる気配が強まった。
「こっちは3分持たなそうだな」と田村。
「結界の寿命が思ったより短いかもしれません。」明松が少しだけ眉をひそめた。「まあ、所詮予想に過ぎないので……こんなものです。」
「何だその余裕は!」石田が叫ぶ。「これが切れたら、どうするつもりだ?」
「その時は、また次の手を考えます。」明松は肩をすくめた。「神宮寺さんが到着するまでの時間を稼ぐだけです。」
「神宮寺はどうしたんだ?2分で来るって言ってたじゃないか!」
石田が苛立ちを隠せずに声を荒げる。
「トイレ説で当たりかもしれませんね。」明松が苦笑しながら銃を構えた。
田村が微かに苦笑しながらも、鋭い視線を周囲に向ける。「いや、冗談を言ってる場合じゃない。結界が切れる前に、戦闘の準備をした方がいい。」
結界がさらに軋む音を立てた瞬間、亀裂が走るように光の壁が薄れていき、外縁の光がついに完全に消えた。暗闇の中から怪物たちが再び姿を現し、三人の前に押し寄せてきた。
「来るぞ!」田村が短剣を再び構える。
「冗談言ってる場合か!」田村が叫んだ。
そして、再び激しい戦闘が始まった。怪物たちが勢いよく襲いかかり、三人はそれぞれの力を駆使して応戦する。だが、その背後には、いつ神宮寺が現れるのかという焦燥感が影を落としていた。-------------
田村は短剣を構え、怪物たちに向かって突進した。
「来やがったか!」田村が叫びながら、一体目を鋭い一撃で切り裂いた。
「後ろは私が守ります!」石田が結界の名残で怪物を押し返しながら声を張り上げる。
「さすがに多すぎますね。」
明松は特殊な銃を取り出し、一発一発を的確に怪物の中心へと撃ち込んでいった。だが、敵の数は減るどころか、増え続けるばかりだった。
「このままじゃ押し切られる!」田村が短剣を振るいながら振り返った。その声には焦りが滲んでいる。
その時、廊下の奥から鈍い衝撃音が響いた。それは怪物たちを吹き飛ばすような圧倒的な力の現れだった。次の瞬間、暗闇の中から現れたのは、一本の刀を片手に持つ、長い黒髪の女性だった。
「遅れてすまない。」
低く抑えた声でそう告げたのは神宮寺遥だった。その姿は可憐ながらも威厳に満ち、彼女の全身から発せられる圧倒的な存在感が、場の空気を一変させた。
「やっと来たか!」田村が叫ぶ。「何してたんだ!」
「まぁ、いろいろとねぇ」
神宮寺は短く答えると、刀を振り抜き、一瞬で数体の怪物を切り裂いた。
その動きはしなやかで美しく、まるで舞を踊るような剣技だった。怪物たちは反撃の隙すら与えられず、次々と黒い霧となって崩れていく。
「おお……さすが……!」石田が驚きの声を漏らした。
「進むか、引くか。どうしますか?」
明松が、銃を下ろしながら問いかける。
神宮寺は刀をゆっくりと構え直し、振り返ることなく答えた。
「先に進むに決まってるでしょ!!」
その言葉には、迷いのない強い意志が込められていた。彼女の登場で場の空気が変わり、三人もまた、前に進む覚悟を新たにするのだった。
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廊下の奥から低い足音が響き渡る。足音はゆっくりと規則正しく、まるで不気味なリズムを刻むように近づいてきた。その気配は異様で、三人の全身に緊張が走る。
「来ましたね……これは普通の怪物とは違う。」明松真也が、銃を構えながら低く呟いた。
「気をつけてください。これは手強い相手です。」神宮寺遥が落ち着いた声で告げると、廊下の奥に四つの巨大な影が姿を現した。
その影たちは一斉に歩みを進め、白い布で覆われた無表情な顔をわずかに傾けたように見えた。彼らの手には巨大な鎖が握られ、重そうに地面を引きずりながら響く金属音が耳障りにこだまする。
「なんだ、この圧迫感は……」田村一真が短剣を握りしめながら呟く。
「精神に直接来る感じですね。」石田明が険しい表情で祈祷を始める。「油断すると足元をすくわれそうだ……!」
神宮寺は鋭い目つきで状況を見定めた。四体の怪物が廊下を埋め尽くすように広がり、まるで逃げ場を塞ぐように進んできている。
「田村さん、石田さん。」神宮寺は冷静ながらも敬意を感じさせる口調で言った。「後方の二体をお二人にお願いします。前方の二体は私と明松で引き受けます。」
「大丈夫か、神宮寺?」田村が短剣を握り直しながら言う。「無理するなよ。お前一人で二体はきついだろう。」
「ありがとうございます。でも、明松がいますから。」神宮寺はちらりと明松に視線を送った。
「俺にそんな期待しないでくださいよ。」明松は軽口を叩きながらも、銃をしっかりと構えた。
前方の二体が神宮寺と明松に向かってゆっくりと鎖を振りかざした。鎖が空を切り裂く音が響き、神宮寺は瞬時にそれをかわして一気に間合いを詰めた。
「明松さん、援護をお願いします。」神宮寺が静かに言う。
「了解。」明松は銃口を怪物の方向に向け、的確に一発を撃ち込んだ。弾丸が怪物の体に当たると、黒い霧が散るように広がる。
神宮寺はその隙を逃さず、刀を振り抜いた。一撃で鎖を持つ腕を切り落とし、さらに斬撃を加える。「まだ動きを止められません。注意を!」
一方、後方では田村と石田がそれぞれの役割を果たしていた。田村は短剣を振るい、怪物の攻撃を防ぎながら接近戦を仕掛ける。一方、石田は結界を展開し、怪物の動きを封じるようにしていた。
「石田!もう少し結界を広げられないか?」田村が叫ぶ。
「無理を言うな!これ以上は……!」石田が汗を滲ませながら応戦する中、怪物たちはなおも鎖を振り回し、二人を攻め立てていた。
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「明松さん、次の弾で動きを完全に止めてください。」
神宮寺が静かに指示を出す。
「そんな簡単に言わないでくださいよ。」明松は苦笑しつつも、銃口を怪物の中心に向けた。彼がトリガーを引くと、閃光が廊下を照らし、怪物の動きが一瞬鈍った。
「完璧です。」
神宮寺遥は刀を構え、次の一撃に全身の力を集中させた。怪物が振り上げた鎖をかわし、刹那の隙を突いてその中心を切り裂く。鋭い刀身が怪物を貫くと、黒い霧が周囲に立ち上がり、異形の存在が崩れ落ちた。
「1体目、撃破しました。」
神宮寺が静かに告げた。その声には余裕が感じられるが、彼女の目はすでに次の標的を捉えていた。
「まだ終わりません。」神宮寺は冷静に言い放つと、もう一体の怪物に向かって再び刀を構えた。「明松さん、もう少し援護を。」
「了解。」明松は次の銃弾を準備しながら頷いた。
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一方、後方では田村一真と石田明が2体の怪物に押され気味の状況だった。田村が短剣を振るい、式神を駆使して敵の動きを封じようとするが、相手の鎖による攻撃が次第に激しくなってきている。
「石田!もっと式神を前に出せ!」田村が叫ぶ。
「やってる!でもこいつら、力が強すぎる!」石田が祈祷を唱えながら、精一杯の力で結界を維持しようとする。
怪物の鎖が宙を舞い、石田に向かって鋭い音を立てながら迫ってきた。石田はとっさに結界の光を増幅させ、鎖の動きを抑え込む。
「さすがにこれ以上は無理だ……!」
石田が疲弊した声を漏らす。
「まだだ、石田!」田村の声が響く。しかし、その叫びが廊下に響き渡った直後、何かが石田の背後で異様な音を立てた。
「えっ……」石田が振り返る暇もなく、背後から生き物のようにうねる巨大な鎖が襲いかかる。それは結界の光をすり抜け、まるで獲物を狙う蛇のように鋭く伸びた。
「くっ……!?なんだ、これ……!」
石田が驚きの声を上げた。鎖は彼の足首を捕らえ、鉄の爪のように深々と食い込む。冷たい金属の感触が彼の骨にまで伝わるような錯覚を覚えた。
鎖は容赦なく彼の体を絡め取り、締め上げるように動き出す。石田の悲鳴が廊下に響いた。「田村、助けて……!」彼の声は恐怖と絶望に染まっていた。
「石田!」
田村は短剣を持って駆け寄ろうとするが、もう一体の怪物がその行動を阻むように立ち塞がる。彼の式神も怪物に圧倒され、十分な援護ができない。
「やめろ、離せ!」石田が驚きの声を上げた瞬間、鎖は彼の体をしっかりと縛り付け、引きずるようにして廊下の奥へと動き始めた。
「邪魔だ……!」田村が短剣を振りかざし、式神に攻撃を指示する。しかし、怪物の巨大な鎖が彼の行動を妨げ、石田に近づくことができない。
「いやだ……いやだ!死にたくない!助けてくれ!」石田の悲鳴が廊下に響く。声には恐怖と絶望が滲み、彼の両手は床を掴もうとするが、鎖の力は容赦なく、彼を引きずり続けた。
石田の声に神宮寺が振り返ると、石田は巨大な鎖に絡め取られ、足元を引きずられるようにして廊下の奥へと引き込まれ始めていた。
神宮寺は後方の状況を把握し、即座に判断を下した。
「明松さん、少しだけ任せます」
明松の返答も聞かず、神宮寺は廊下を疾走しながら刀を握り直した。彼女の目は、廊下の奥へと引きずられる石田を捉えている。
彼女は一気に間合いを詰め、その鎖を刀で切り裂こうとする。
「石田さん、すぐ助けます!」彼女の声が廊下に響く。
だが、その瞬間、田村の側に残っていた怪物の一体が神宮寺の進路を塞ぐように前方に立ちはだかった。その怪物は鎖を大きく振り回し、廊下の壁を砕くほどの力で攻撃を繰り出す。
「田村さん、下がって!」
神宮寺は目を細めると、刀を構え直し、怪物に向かって突進した。
「邪魔だ、どけ!」
神宮寺が短く告げると、彼女は刀を振り抜いた。一撃が怪物の中心を捉え、黒い霧となって消えていった。
だが、石田が連れ去られた方向はすでに暗闇に包まれ、気配すら感じ取れなくなっていた。
残った神宮寺側の怪物は、明松が巧妙に牽制していた。銃弾が怪物の動きを鈍らせ、その隙に神宮寺が駆けつける。
「終わらせます。」
神宮寺が静かに告げると、刀を振り抜き、怪物の中心を一気に斬り裂いた。
怪物は黒い霧となって消え、ようやく廊下に静寂が戻る。しかし、戦いの余韻は三人の胸に重く残っていた。
「石田……!」
田村が拳を握りしめ、壁を叩いた。
「すみません、間に合いませんでした。」
神宮寺が静かに言う。彼女の表情には悔しさが浮かんでいるが、その目は次の行動を見据えていた。
「まだ終わったわけじゃない。石田さんを助けるチャンスは残ってます。それに、あの怪物たちがどこに向かったかも気になりますね。」と明松。
「そうですね。」神宮寺が深く息を吐き、刀を収めた。「石田さんの居場所を突き止めて、必ず助け出します。それまで油断しないでください。」
三人は改めて体勢を整え、石田が連れ去られた先を追うために奥へ進む準備を始めた。廊下にはまだ異様な気配が漂っており、さらなる危険が待ち受けていることを全員が予感していた。
「行きましょう。」神宮寺が短く言うと、三人は再び歩みを進めた。