九週日目 屋上での集結
「え……何で?」
護熾の異変に気がついたユキナは楽しみのあんパン食いを一時停止させ、後ろに振り返ってみると我が目を疑う光景がそこにあった。
この学校の制服を纏い、腕を組んで驚いている護熾を見下ろしている人物。
家にいるはずのシルナが確かにそこにいた。
「なっ……なっ……家で大人しくしろっていったのに……」
完全に呆気にとられた護熾はワナワナと肩を震えさせるが当の本人は得意そうに胸を張る。
「護熾殿は"怪我をしているから大人しくしろ"と言った。だがもう私たちは怪我など無く、大人しくしている意味はない」
「ただの屁理屈じゃねーか!」
「命令の穴を突いたと言ってほしい、それに……ほれ」
そう言いつつ、制服の裾を捲りあげる。すると柔らかそうな肌が露わになる。
鳩尾から下腹部までの腰の絶妙なラインがそこにあり、なるほど傷は跡形もなく消えている。だがそれはあくまで客観論。
この光景を目の当たりにしている少年にとってはメガトンクラスの衝撃でポカンと開いた口が塞がらないかのようにその場に固まる。
それに、彼女の腰から上の、そう、胸の辺りが少し不自然なのだ。
少しだけ、何か膨らんだ肌の部分がわずかに見える。
そう、彼女には上半身の下着を着ける習慣がないのだ。
「なっ! なっ!! なっ!?」
その光景にユキナも困惑の声しか出ず、慌てて席から立つとシルナに飛びつくように駆け寄る。
「だ、ダメだってシルナさん!」
駆け寄ったユキナはそばに着くなり両手で捲り上げられた裾を下に引っ張って戻し、露出した肌を隠す。そこでようやく顔を真っ赤にして固まっていた護熾も意識が戻り、首をぶんぶんと振って今の自分の状態を確認する。
「わっ! え~っと、ユキナ殿?」
「シルナさん! 男子にそんなやすやすと肌を見せないで! 相手が護熾だったからよかったけど……」
ほかの男子じゃなくて安心したが、逆に護熾だと自身の気持ちに少しチクッとくる。
「そうか? まあ、この服も確かに落ち着かないであるが」
シルナはそんなことを言いながら改めて自分の服装を確認するように見る。
今シルナが着ているこの制服は、サイズから見てイアルの予備の制服を拝借したのであろう。
意外と似合っているという褒め言葉は抜きにして、ユキナは問い質す。
「どうしてここにいるの!?」
「どうしてって言われると……そうだ、結界とやらの使い方を聞きに参ったのであったな」
「だ か ら、怪物の処理なら私たちがするからまだ安静にして―――」
「そうですよ姉さん、ユキナさんの言うとおりです」
ふと別の声が教室の隅から聞こえた。
その声の方向に従って顔を向けてみると少し困ったような表情の男子が引き戸のそばに立っていた。服装は間違いなくこの学校の制服であったがまたしても違和感があった。
それもそのはず、何しろ男子専用の制服を纏ったカイトがそこに立っていたからだ。
おそらくこっちは護熾の予備の制服であろう。
「な、お前も来ていたのかよ!?」
「すいません護熾さん。姉が身勝手な行動を起こしてしまって……」
そう、申し訳なさそうな表情でカイトはこちらに近づき、シルナの隣に立つ。
「……え~っと、だいたい想像着くけどおいカイト、改めて言うけど何でお前らここに来てんの?」
「はい、今朝姉さんは皆さんが家を留守にしてから半刻と少し立ってからいきなり皆さんのこの服を手に取ると『護熾殿にまだ聞いていなかったことがある』などと言って勝手に家を飛び出してしまったので僕もやむを得ずこの服を拝借して追いかけてきたんですけど……」
で、この結果だというのが語尾の弱さで分かる。
そして今度はカイトから改めてシルナに視線を移すと、
「うむ、護熾殿を探知してここまでくるのに少し手間取ったが何とかここにこれたのだ」
そう言って胸を張る。
どうやら弟同様で割と身勝手な性格の部分もあるようだ。
幸い、二人はしっかりと家を出て行くときの三人の姿を見ていたため服装の選択は誤り無く、ここのクラスの生徒達からはそう違和感なく他のクラスから遊びに来た生徒としか彼らを認識していないようだ。
だが、やはり問題だらけだ。
「~~~~~んっ、あ~! ちょっ、お前らこっち来い!」
「わっ!」
「おっ!?」
人きしりに悩んだようにした護熾は頭に浮かんだことを即実行するかのように席から立ち上がると二人の腕をつかみ、力強く引っ張る。
腕を捕まれた二人はその力強さに圧倒され、ぐいぐい引っ張られる。
やがて、教室ではユキナだけがポツンと残された。
「…………」
「たっだいま~ユキちゃん~~」
後ろ姿を見送っていたユキナの後ろからムギュッとちょうど入れ違いに入ってきた近藤が抱きしめ、うりうりとするが、いつもの嬉し声が聞こえなかったので途中でやめて顔を窺うようにしてみる。
「どしたのユキちゃん?」
「ん。ん、いや、何でもないよ近藤さん?」
「……そう? 何か困ったことがあったら言ってよね?」
ここぞとばかりに姉御肌を見せる近藤にユキナは微笑んで答える。
それを確認した近藤はうんうんと言いながら頭を軽く撫でてあげる。
ユキナは撫でられながらふと思う。
困ったことがあったとしたら、意外とシルナの胸があったことについてであろう。
それから少し経ち。
千鶴達が帰ってきて、二時間目が始まる一分前に教室の引き戸を開け、廊下から息切れを起こした護熾が帰ってきた。あの二人の姿は見えない。
「あ、海洞くんどうしたの?」
「あら海洞、何盛ってんのよ?」
「誤解を、招くような、発言はよせ、近藤」
近藤にそう言いながらふらふらと自分の席に戻り、突っ伏す形で机に頭を付ける。
次の休み時間で分かったことだが、彼はあの二人に一旦家に戻って、それから彼女にこういわれたそうだ。『もし怪物達が我々を狙って来たら、昨晩話した護熾殿の話が本当であるならば、太刀打ちができない。ならば自分たちの身を一番安全にできるのは間違いなく護熾どの達なのだ』、と。
確かに怪物達は身体の表面に異空間を広げ、それを使って人間達を狩っていくのだ。
それに、怪物達は気力の高い人間に引き寄せられる傾向がある。
それは、マールシャ戦で自身の気力を覚醒させてしまった千鶴がいい例で、最近彼女の家の周りで怪物達がよく出現するようになったのだ。今のところ彼女に直接被害が加わるようなことは起きてはいないのが幸いといったところである。
「それでなんて言ったの?」
「怪物の気配を察しったらこっちにすぐ来るように言いつけた」
そう言いつけたとき、シルナの表情が少し微笑んだことに彼は気がつかなかったが。
「ふ~ん、そうか。それならいいかもね」
「ったく、姉弟そろってじゃじゃ馬だな」
そう言いつつ護熾は買ってきたココアパックにストローを刺した。
それから三時間目、四時間目が無事終了し、お昼の時間である。
お昼では友人同士が席をくっつけあってグループを形成し、弁当をつつきながら少し長いこの時間で談笑を楽しむのがセオリーであり、午後に向けてのエネルギーチャージでもある。
護熾も例外ではなく彼の周りでは七人がわらわらと席を寄せ合って談笑を開始していた。
しかし今護熾は、そんな会話は聞こえていなかった。
その様子に沢木は不思議がり、宮崎は突いてきたり、千鶴が少し困惑し、ユキナは頭にちょっかいを出してきたので適当にあしらってお返しに軽く頬をつねられ、イアルは不思議そうにし、木村は気がついていないようでユキナと話し、近藤は『どうしたの海洞?』と聞いてきたが敢えて無視していた。
何か、こっちに近づいている気がする。
それは頭の中で薄ぼんやりと、しかし確実にこちらに向かって何か近づいてきていた。
それが何なのかを理解する前に、イアルの携帯、基い通信端末が鳴った。
そしてそれを取り出し、折りたたんでいた電子板を解放させ、その内容を見たイアルはソッと呟くように言った。
「え~っと……海洞、ユキ―――」
全部言い終わる前に、護熾はガタンと席を立つと猛ダッシュで教室から出て行く。
「え? ちょっと海洞どこ行くんだよお前!?」
沢木が呼び止めようとするが、言い終わる前に既に廊下の彼方である。
「いきなり動いたからびっくりしたわよあたし~。ねえ千鶴」
「う、うん、ってあれ? ユキちゃんも?」
千鶴がそう怪訝そうな声で先程モクモクとお弁当を食べていたユキナが忽然となっていることに気がついてポカンとする。もちろん弁当箱も消えて無くなっている。
「あれ? 木ノ宮さんいつの間に!? ってあれ黒崎さんも!?」
続いて今度は木村がイアルもいなくなっていることに気がついて呆然とする。
さっきまで三人がいたのに、ものの五秒程度でまるでこちらの意識の死角を突くかのように姿を眩ませたことにさすがにその場に残った五人は唖然とした様子で固まる。
っと、ここで千鶴は何かに気がついたかのようにハッとなると彼女らしからぬ物凄い速さで弁当を食べ終わると、席から立ち上がり、
「あ、私も行くね!」
「え、ちょっ千鶴って、って食べるのはやっ!」
近藤が呼び止めと驚きの声を最後まで聞かず、ほぼ全速力で教室を出て廊下を走る。
そして取り残された四人の内、近藤は少しだけため息を吐いてから、男子三人に目線を移し、
「最近何だか置いてけぼりを喰らうようになったけど、あんた達は?」
近藤の求めてきた同意に、沢木、木村、宮崎は激しく頷いた。
それから僅か数十秒後のことである。
今日は何と言ってもどこまでも広がりそうな、わたがし雲がちょくちょくある蒼天である。
そんな青空の下の元、異変は起きていた。
住宅街の屋根を疾走し、そして大きく跳躍する二つの影。
あまりにも速く、屋根の上ということもあって道を通る人々はまったく気がついていない。
だがそこには確かに、銀色の長髪と金色の髪というこの日本では些か異様な色の髪をした若い男女が昼間に人ん家の屋根を伝いながら何かから逃走しているのだ。
「くっ……護熾殿の言ったことは本当だったな!」
そう悪態をつきながら着地した別の屋根で疾走を再び開始する。
「本当にこちらの攻撃の類が一切通用しないとは……やはりこの世界は僕たちの知っているのとは先が進んでいる、っと、ようですね!」
そう言いつつ足に力を入れ、また大きく前方に跳躍する。
「ああ、だからこそ、今この世界にいる眼の使い手殿に、情けないが助けを請うしかないのだ」
それから前方に顔を向け、コンクリートの道路に足を付けるとヒビを作り上げるくらい力を溜め、そして先程までとは比べ物にならない跳躍力を見せる。
この飛んだ先で、彼は自分たちに来るように言った。
学校という建築物の、頂上部。
黒緑色の、小さな六角形の穴をたくさん作るかのように仕立ててある囲いの中で、確かに彼は待っていた。
昨日見た、鮮やかな緑色の髪を持って。
そして傍らには、今度は鮮やかな夕陽を思わせるオレンジの髪をした少女が肩に刀を担いで立っていた。
そしてその二人が、待ち侘びたかのように、自分たちを見つけるとすぐ様臨戦態勢に入る。
そして銀と金の二人組が、屋上に着地する瞬間、二人は"異空間"に突入した。
突入すると同時に、二人を追ってきた黒い影が視界に入る。
体長二メートルほどの虎の頭を持つ人型の怪物、それも三体。
おそらくシルナとカイトの高い気力を狙って追ってきたのであろう。
しかし二人はこれまでも何度も戦ってきたし、何しろ今の状態より一段階上の状態にも変身できるのだ。抜かりはない。
ここでまず最初にユキナが、二人の足が地に着いた瞬間、神速、ほぼ一瞬の跳躍で左の一体の懐に潜り込むと、途端、手にした『紅碧鎖状ノ太刀』の切っ先を突きだして深々と突き刺す。
怪物は断末魔の絶叫を吠え、程なくして灰となる。この間僅か四秒。
残り二体となった怪物達は仲間が一人殺され、困惑の色を見せたかと思うと、その内の一体が怒りの雄叫びを吠えたかと思うと地面に足を付け、否、まだ宙にいるユキナに向かって方向転換するとそのまま跳躍をする。
ユキナは自分に迫ってきた怪物に気がついてすぐさま臨戦態勢に入ろうとすると、途端、自分と怪物との間に人影が入り込み、
「俺がいんの忘れんじゃねえ」
そう吐き捨てるように言って飛びかかってきた怪物に力を込めた右豪腕を突き出すとまるで紙のように怪物の胴体を貫き、声も上げさせずに一気に灰へと帰させた。
「護熾……」
自分を護ろうと間に入ってきたこの少年に対し、ユキナは胸の中で心地のよい気持ちを生まれさせると自然と頬を朱に染めて上気する。
だがまだもう一体いるのでボーッとするのを止め、すぐさま冷静に戻ると鋭い視線を投げかける。
すると不思議なことに、最後の一体から断末魔の叫びが聞こえた。
「まったく、変な連中まで連れてくるなんてほんと困った二人ね」
見るとイアルがそう文句を垂れつつも二メートルもある怪物の胴体を普段、背中に飾るようにして携帯している迷彩を掛けた超振動刃ブレードで横一線に切り裂いており、見事に灰へと変えていた。
そして屋上での静かなる戦いはものの一分程度で幕を閉じた。
「す、すごい、これがこの世界の眼の使い手の強さ……!」
その一部始終を見ていたカイトは素直な感想を述べる。
シルナもそれには同意のようで軽く頷いてみせる。
頷いてから、戦いを終えた一人の少年を見つけるとすぐさま駆けつける。
「護熾殿!」
そう叫んでからこちらを振り向いた少年はそのまま歩き――まるで気がついていないかのようにそのまま歩いてきたので、
「え?」
ぶつかると思いきや、その身体がすり抜けたのでシルナは驚きの声が隠せず驚愕の表情になる。
「ご、護熾殿……?」
そう言って振り向くと自分の身体をすり抜けた少年は辺りをキョロキョロし、そして元の黒髪の状態に戻ると少しだけ彼の周りの空間が歪み、すぐ治まった。
「ふ~やれやれ、っと、おっ、そっちにいたかシルナ」
こちらに不思議顔を向けている彼女に気がついた護熾は声を掛け、それから歩み寄って数歩手前で立ち止まる。
「怪我はねえか?」
「え、あ、ああ。……さっきのが護熾殿の言った『結界』というものなのか?」
「ああ、これのおかげで周りのもん巻き込まなくて済むし……でも……悪い」
「え?」
「怖かったろ? 倒せない敵がいてさ」
「……いや、平気だった」
「そうか、それにしても本当に怪我がなくてよかった」
そうやって本当に安心したかのように少し微笑んだ彼に、彼女は少しだけ気持ちはうずくのを感じ、頬を少し朱に染めてから軽く微笑んだ。
一方、戦闘を終えたユキナも鞘に刃を収めてから開眼状態を解き、カイトの様子を見に行っていた。
そして彼の前に来てから大きな両眼で彼を見ながら訊いた。
「怪我ない?」
「あ、はい。それにしても、本当にお強いですね」
「ん、でもあのくらいだったらカイトやシルナさんでも簡単だよ。でも今回は結界がなかったから…………怖い思いさせちゃってごめんね?」
そう言ってから少し済まなそうな顔をする。
その表情を見たカイトは慌てて手振り身振りでフォローするように言う。
「い、いいえ! 僕が単に対処しきれなかったという不届きな態勢の所為です! それに謝るのはこっちです! 男たる者がおなごに護られるなど言語道断です!」
「……じゃあ私に助けられたの、嫌?」
「あ、いえ、そういうことではなく、僕の情けない姿を見せたことに対してです……」
「……ふふ、分かったよ。でもホントに、怪我が無くてよかった」
そう言ってからユキナは笑ってみせる。
その笑顔は、見た目相応というと失礼だが、とても魅力的で、可愛らしく、同時に安心させられるかのような、太陽のような笑みであった。
(ほ、本当に、か、可愛いなこの人は……)
それを見て、不意にカイトは自分の頬が赤くなっていることに気がついて首をブンブン振って冷静になる。
「と、とにかく本当にありがとうございました!」
「うんいいよ」
そう言った時だった。
不意に屋上の鉄扉が開いたかと思うと、
「海洞くん! ユキちゃん! 黒崎さん! ってあわわっ!」
後からやってきた千鶴が息を切らしながらやってきて、三人の姿を見てから、躓いて派手に転んだ。
う~ん、何だかもっと執筆が苦しくなってきたと思う今日この頃です。
何で書いててこんな苦しい思いをするんだろうか? 絶対変だ。
っと、最近何だかレギオン編がきつくなってきた私です。
護熾は好き、ユキナも好き、シルナも好き、カイトも好き、レギオンも好きで物語自体も好きなのに、何でこんなに苦しいんだゴットよ!
ってなわけで誠に勝手で誠に勝手ですがキリが良いので次回の10話で一旦停止と変更させていただきます。
そしてそのあとに本編の方でラルモ&アルティのその後みたいの何かを書き下ろしてから新作の方に力を注いでいきたいと思っております。
では次回の話のあとがきで会いましょう! では!