八週日目 至極当たり前の日常
翌朝、カーテンの隙間から差し込んだ朝日が瞼を擽り、軽く覚醒を促す。
その光を鬱陶しそうに、逃れるようにベットの上で寝転がせている小さな身体を寝返りさせる。しかし一度覚醒を促されたので、再び心地よい眠りに入る前に、持ち前の根性で何とか起き上がる。
「う~ん、もう朝か~~」
上体を起こし、身体を捻るように伸びをし、軽く身体をほぐす。
そして頭を軽く振って少し乱れた髪を背中に垂らす。
それからまだ重い瞼を手でこすろうと腕を持ち上げたときだった。
ちょうど壁により掛かって寝ている護熾が目に入った。
「…………護熾」
そういえば時計の表示ではまだ六時前後。
昨日当番だったのも併せていくら何でもこの少年が起きてくる時間ではない。
しかも今はこの部屋では自分と彼しかいない。
ユキナはジッとその姿を見てから、こっそりと音を立てないようにしながらベットから降り、忍び足で近寄る。
そしてすぐ手が届く距離まで近づくと改めてその姿を見下ろす。
眉間にしわを寄せていない穏やかな寝顔。
ユキナはそれを少し眺めてから護熾の横にソッと腰を下ろし、寄り添うように壁に背中をつけると少し寄りかかるようにしてみる。
あったかい、安心する。そして――――このどうしようもない気持ちが渦巻く。
ああ、これが好きってことなのか……
本気で、そう思う。
護熾は思ったより深い眠りなのか、寄りかかられたくらいではまったく応えない。
まあ、ユキナもそれを知っての行動でもあるが。
こうしている間にも、この少年は着々と普通に生きていく人の何倍、何十倍、と早い速度で命を消費しているのだ。
これが正しければ、あと五ヶ月。本当に短い時間なのだ。
それを考えると、自然と両目が潤んで不安げにまた護熾の顔を窺うように覗く。
もういつでもこの気持ちをぶつけたいのに、好きとは逆の恐怖が、喉から出かかっている言葉を押さえつける。
彼女は言いたい気持ちが言えなかった悔しさと、言わなかったことで普通の関係のままでいられることの安心感を毎日持ちながら過ごしてきた。
それはたぶん、あの二人も同じ。
この人のことが好きか? ――うん
この人にすべてを預けられるか? ――うん
この人の隣にいつまでもいたいか? ――うん
この人がお前のすべてを持ってるか? ――うん
この人に今すぐこのどうしようもない気持ちを伝えるか? ――それはまだダメ
最後の自問自答で彼女はあっさりと否定した。
だって、まだあの二人がいるもん。
それが大きな理由であって同時にまだ伝えることができない自分の弱さを隠すための言い訳でもあった。
まだ、時間はある。今は、こうして隣にいたい。
そう思ってから、だらしなく投げ出されている彼の手をソッと握る。
何もかも大きく包んでくれるような、大きな手。
ユキナはわずか三十分の間、早起きは三文の得以上の恩恵を楽しんで過ごした。
今日は月曜日である。
二日間の休息を終えた人々は、仕事場へ、学びの舎へ、足を運ばなければならない。
護熾達も例外ではなく、さっさと身支度をして学校へと向かわなければならない。
ユキナとイアルは現世の危機的状況をいち早く探知するために派遣はされているのだが、一応護熾を守るという名目でも動いているので彼女らも行動を起こす。
だが今日は少し違うのだ。
「……どこへ行こうとしているのだ?」
少しぶっきらぼうに、しかし興味がありそうな意志を瞳に覗かせているシルナは制服へと着替え終わり、もういつでも出発ができる護熾にそう声をかける。
「ああ、学校に行くんだよ」
「学校……?」
「ああ、それとお前ら二人は怪我してるんだから家の中にいろ。もし怪物が現れても俺たちがすぐに駆けつけるから無理して外に出るなよ。お昼は机の上に置いてるからそれを食べてくれ」
「護熾~、置いていくよ~?」
「はいはい」
外からユキナの声が聞こえ、護熾は返事をする。
それから顔を振り向かせ、シルナを見る。
傷など昨日のうちに治ったようで、顔色もずいぶんよくなった。
気力も機能までとは比べものにならないほど増大しており、なるほどこれは確かに目の使い手だと確信させた。
一方シルナというと学校というのは一体どんなのであろうか? こんなに朝から慌ただしく行かなくてはならないのか? まさか軍隊の招集なのか?
そんな様々な疑問が浮かんでくるが、その疑問に応えることもなく護熾は再度念を押すようにシルナにとにかく休んでいろと言い、慌ただしく玄関から出て行ってしまった。
「…………」
「姉さん?」
「ん、カイトか」
後ろで全員が家からいなくなった時を見計らっていたのか、カイトが呼びかけ、シルナもそれに応じて顔を振り向かせるとその表情に少し驚いた。
何か聞きたがっているような、そんな表情。
「"あのとき"傷口を止めたのは……姉さんだよね?」
「……そうだ」
「じゃあ……"あいつ"は?」
あいつ、とは無論あの怪物のことであろう。
シルナはまるで言われるまで忘れてたかのような表情をし、それからすっと息を吐いてゆっくり歩き始め、カイトの横を通り過ぎ、今へと向かう。
カイトもその後に続いて追い、彼が居間に入った沖にはすでに彼女はソファーに座っていた。
「……わからん」
その言葉の意味を理解するのに数秒を要したが彼女があの怪物の生死について答えたのだとわかった。彼はその答えに一瞬息をのむが、すぐに声を出す。
「分からない、というのは……?」
「私の能力は知っているだろ? その力を最大限に振り絞って奴にぶつけたのだ。やったことがないから私も死ぬかと思っていた。だが……何かの拍子でどうやら私たちが思った結末とは違う方向に向かったようだ」
「……ごめんなさい、僕の配慮が甘いせいで、心配をかけさせてしまって……」
「それは、もう昨日のうちに許した。問題は今私たちがいるこの場所、この……時代だ」
「ええ」
薄々二人は気づいていた。
この世界の雰囲気、この世界の技術力。
カイトは病院の施設で、シルナは昨日の夜の町と護熾から聞いた結界という、怪物達の戦いにおいて周りに被害が及ばないようにするカラクリから自分たちが知っている技術とは比べものにならないほど飛躍していることに内心驚いていた。
今だってこの家の中にはそのような見たこともないカラクリがたくさん潜んでいるのだ。
指で壁についている湾曲した四角いボタンを押せば火ではない明かりが灯り、謎の黒い薄い板からは動く絵が写る。
この世界は一体なんなのか、それが今二人にとって一番の疑問だった。
「――とまあ、考えたところで何の解決にもならんがな」
結局、自分たちの考えの及ぶ範囲ではないと判断したシルナはそう呟いてふと、机の上にあるものに目を向ける。
きれいに三角に握り込まれたおむすび。
それが八個ほど皿に盛られ、一つ一つが丁寧にラップで包まれている。
「あの男に"休む"ように言われてるからな」
そしてようやく改めて顔をカイトに向ける。
「ここに住んでいる人たちが戻ったら、何もかも話した方がよさそうだ。どうだカイト?」
「はい、そうだと思います。ここの人たちにはずいぶんお世話になっていますから……姉さん、そういえば何だかうれしそうですね?」
「……そうか?」
不意にそう聞かれたことが意外だったのか、シルナはごく当たり前に答えたが、どうも弟の言っていることがまったく外れではなさそうだ。
そういえば、カイト以外の男の眼の使い手なんて、見たことがなかったな。
そう思ってから、彼女にしては珍しく少しだけ顔を綻ばせた。
七つ橋市という名前には由来がある。
それはこの町が時代の流れに乗って近代化しようとしたとき、資材やら人が行き来するために橋の建設が行われ、その橋の数が全部で七つ建設されたからこのような名前になったという。今は取り壊されたりして五つほどになっているが今でもその橋が使われ、いろんな人が今日も行き交っている。
今、護熾達が学校に行くために渡っている橋もそのうちの一つである。
季節は秋、春とは真逆の、肌寒い空気が体中を包み、密かに冬の到来を伝えるこの時期の中、三人はぞろぞろと並んで歩いていた。
「今日の体育って体育館だっけ?」
「そうみたいね。内容は確かバレーだとか」
「うわ~~、突き指すると包丁握りづらくなるんだよな~」
日本全国でバレーの突き指で家事に支障が出ることを心配しているのはおそらく彼だけであるとは思うが、そんなことは気にせずに学校に向かう歩速は変わらず向かっていく。
その道中ではユキナが時々護熾を突いたりして少しじゃれたり、イアルが『また昨日ギバリがさ~』とF・Gで起こった騒動を話したりとごくごく普通に退屈なく学校の正門までたどり着いた。
護熾、ユキナ、イアルの三人は1-2である。
このうち二人は学校の先生方や教育委員、または生徒の数を突いてこのクラスに滑り込んできたのだがそれは気にせず、上履きに履き替えた三人はその教室の中で今はおとなしくしていた。
教室内は少し暖房が入っており、廊下の温度と綺麗に相殺して快適な環境が生まれており、今すぐにでもまだ身体の奥底に眠っている眠気に身を任せて寝てしまおうという気を起こしてしまいそうになるが今回はぐっと堪えていると教室の引き戸から入ってきた人物が早速三人を見つけて声をかけてきた。
「おーっす海洞、木ノ宮さん、黒崎さん」
「うーっすっ沢木」
教室に入ってきたのは外見も背もまあまあの男子で名を沢木雄一と言う。
中学からの護熾の友人でこのグループの中では副リーダー的な存在である。
そんな彼に続いてヒョコッと開いた引き戸から顔を覗かせ、一人の、椅子に座る我がクラスの妹キャラを見つけ、それから手を振ってこちらに来るは、
「おっは~、今日も冴えない顔の海洞、沢木、黒崎さん、そして我が愛しのユキちゃん~~~~!!」
「あ、近藤さんだ~、うぅ~~~」
ユキナは嬉しそうにそう言い、後からくる抱擁も嬉しそうにする。
次に入ってきたのは女子で、外見は勝ち気、世間で言うところのボーイッシュな外見をもつ少女で名を近藤勇子と言う。
彼女もまた中学から護熾を知るよき理解者(?)で、とある一件(沢木と近藤はそれをチェリー騒動と言う)で仲良くなった一人でグループの中ではその男勝りな性格を発揮してリーダー的な存在となっている。
彼女が人きしりにユキナにハグハグしていると続いて後から男子二人組がやってくる。
「うお~っっすみんなおはよ~~」
「おはよ~みんな。ええと、木ノ宮さん、おはよ」
「あ、おはよう宮崎君、木村君~」
愛嬌のある顔でいかにもスポーツマンな方が宮崎隼人と言い、最近自分だけ"マ行"の所為でみんなから席が遠かったが、最初の席替えで見事みんなが密集する席順になったことを密かに喜んでいたりする。
そしてもう一人、彼が大抵の女子に声をかければホイホイとついて行くような甘いマスクを持つ二枚目だが、護熾達との交友では三枚目も覗かせる少年は木村雄二という名で、ユキナが転校してきた初日からその笑顔に魅せられて、恋心を抱いている。
以上ここまで四人が集結し、三人から七人に大幅に増えたがまだ一人足りない。
そのもう一人は四人が到着してから数分後、静かに引き戸を開けて教室に入ってきた。
控えめな外見であるが、肩で切りそろえられた髪は柔らかそうで、七人を見つけた彼女はホッと誰が見ても穏やかな気持ちにさせられる微笑みを浮かべると七人に近づいて八人となる。
「おはよみんな」
「千鶴~遅かったわね~」
「うん、ちょっと朝練手間取っちゃって」
控えめで地味なタイプ、でも大人しいだけで外見はかわいいの一言に尽くこの少女の名は斉藤千鶴と言う。そんな彼女は改めて七人を見て、その中で護熾を見つけると少しだけ顔を赤くして顔を伏せてしまう。
実は彼女、初夏のとある日に護熾に親切にさせてもらったことがある。
そのときはまだ あ、見た目とは違って優しい人だな、と少し気になる男子くらいだったがある日彼と商店街でばったり会い、そこで身体目当てで襲ってきた不良軍団から彼に護られた時、自分の気持ちにようやく気がつき、以来もじもじとするようになってしまったのだ。
近藤はもちろんそのことを知っているし、ユキナも、イアルも知っている。
知らないのは男子陣だけなのだ。
それと彼女は『意外と着やせするタイプ』でそのあどけない顔立ちとは裏腹に見事なボディを持っているのだ。それは、毎度のごとくユキナの羨望を浴び、近藤にそれを冷やかされたりするのだが。
しかし彼女が持っているのはそれだけではない。
彼女はこの世の中で二人目に―――真実を知った人間でもあるのだ。
「大丈夫? ……もしかして体育館倉庫の裏で、旺盛な男子に押し倒されたりしちゃって――」
「ち、違うよ勇子!?」
「朝っぱらからなんてことを言うんだよ近藤!?」
「ふっ、今世間では草食系男子って嘆かれているこのご時世にちょっとした刺激よ」
「その世間のために友を売るなよ」
「それに草食系男子草食系男子っていうけどじゃあ何がお望みなんだよ?」
草食系男子? っと思ったユキナはややお下劣な発言をした近藤にわいのわいのとやっている沢木、宮崎、木村を見てから宮崎君は違うとして確かに二人はサラダをたくさん食べてそうだと、至極まったく見当違いの結論を出す。
「簡単よ、積極的になればいいのよ女子に対して。人はそれを肉食系っていうのよ」
「えらく簡単に言ってくれるな。それってプレイボーイになれってことか?」
肉食系、と思いつつイアルは護熾にチラッと視線を向ける。
自分が知っていることについてはまた彼も草食系に当てはまるタイプであろう。
しかし、今の彼がその肉食系とやらのタイプに変わったらどうなるだろうかと他愛もない妄想を描いてみる。
夜になると、積極的で、力強く自分を抱いて、『好きだよ』と耳元で囁き、自分もそれに頷いて、いつのまにかベットへ―――って何を考えとるんだ私は!?
っと、風紀委員長でもある彼女は自身が描いた妄想の中で自分を殴りつける思考に切り替えたときに、なにやらさっきの妄想で苦悩している自分を心配そうに見ている眼差しが一つこちらに向けられていることに気がついてそちらに視線を向けた。
「あ、あの黒崎さん大丈夫?」
「え? ええ、ああ、うん、だいじょぶ」
若干背筋が冷える感覚を覚えながらあくまで冷静に言ったイアルは目の前に、近藤と男子三人のやりとりを背にしている千鶴に顔を向ける。
「あの人……シルナさんの具合はどう?」
「うん、さすがは眼の使い手って思うほど一日でもう全快よ。今は家でまだ休むようになってるけど」
「め、眼の使い手!?」
「あ、言ってなかったわね。彼女は間違いないわ。それと昨日、彼女の弟さんが無理矢理私を尾けてこっちに来ちゃったのよ」
「そ、それは大変だったね……」
「そ。だから同じように家の中にいてもらってるけど、長くいさせるのは海洞に悪いからあの二人がこちらを信用してくれたらすぐにでも向こうの病院に移すわよ」
どうやらこの先の措置は考えていたらしく、千鶴もその方がいいと思った。
しかし彼女が眼の使い手だったなんて、確か眼の使い手は八人しかいないって聞いてたけど。
「お二人さんして何の話?」
不意にそんな声が聞こえ、そちらに顔を向けるのと同時に小柄な少女がヒョコッと横から顔を出し、顎を机の上にのせる。
小柄な少女、ユキナがこちらに来たのはおそらくこの"二人"の話している内容が大凡彼のことだろうと予測しての行動であろう。
しかしイアルはそれを見透かしながら、彼女の小さな頭を撫でるようにしながら少し意地悪な口調で言う。
「残念、あんたがお望みの会話じゃないわよ。昨日ウチに来た二人を何とか信用させて向こうに戻すっていうプロセスの話よ。」
「べ、別に護熾の話をしてるのかなって思ってきたわけじゃ……」
「口から思ってることが漏れてるわよ?」
「む、ぐぐっ、しまった」
思っていることがバレたユキナはキョロキョロと誤魔化すように大きな瞳を左右に揺らす。
「本当にユキちゃんって……海洞くんのこと好きなんだね?」
「えっ……それは……うん、好き」
「おそらくこの三人の中じゃあこの子が一番べた惚れよ。まあティアラちゃんには負けるかもしれないけど」
「むぅ~、あの子はまだ14なの! あの子に比べたら私なんてもっともっと――!」
そうムキになって返す彼女の姿は、本当に見た目通りの少女なのだと、思える。
「はいはい、そんな声出すと彼に聞こえるわよ。」
「うっ、む、むう~……」
「あはは、まあ落ち着いてユキちゃん」
イアルにズバズバと言われ、意気消沈したユキナは穴を開けられた風船のようにヘナヘナとまた顎を机に付け、千鶴はその光景をほほえましく思って慰めで頭を撫でる。
そしてふと思う。
確かに彼女はこの中では彼のことを意識している。
ただ、自分たちのことがあるのか、それとも責任があるのか、そのまっすぐな気持ちが彼には伝わっていないのだ。まだ伝わっていないことに少し安心した自分に気がつき、少し呆れる。
少し前のあの日、彼は大怪我をして、身体が小さくなった。
何しろ今目の前にいる少女、イアルを助け出そうとして相打った結果でそうなったのだから。
その時の彼は本当に可愛く、本当に弱かった。
全身包帯だらけで傷だらけで、見るからに痛々しかったが、それでも闘志の灯いた両眼は今でも覚えている。
それから自分は、話を聞いて、護られているだけの自分に嫌悪した。
同じ年なのにその許容量を超えた使命を背負っている彼がかわいそうで、泣きながら思わず彼を抱きしめ、自分の気持ちを伝えた。
しかし彼はすでにご就寝だったので今にして思えば幸いだと思い出して勝手に顔を赤くした。
「さて、時間だからもう戻った方がいいかもね」
「そだね」
「え? ああうん」
「ん? どうしたの? ってか何で顔赤いの!?」
「え? あ、違うの違うの!」
ユキナにそう聞かれ手振り身振りで誤魔化す千鶴はそう答えるがこの二人には誤魔化しようがないであろう。
「んっふふ~ん。分かってるわよ斉藤さん。そう慌てなくても」
「う、く、黒崎さんの意地悪~」
「ま、でも彼は元気よ。ほら今だって――」
イアルはそう愁いを帯びた表情でソッと、彼が、護熾がいる席に顔を向けると――
「ガツンとしなさいガツンと! 草食系男子代表の海洞!」
「何でそうなってんだよ!? いつから巻き込まれた俺は! えぇ!?」
近藤の草食系男子論に巻き込まれたのか、彼女のヘッドロックを喰らってぺしぺしとギブアップ宣言をしている護熾の姿が今はクラスの光景となっていた。
そんなこんなで普通に一時限目を終了し、二時限目との合間の十分休憩。
護熾は椅子に座って入り浸り、ユキナは恒例のあんパン買いからすでに帰ってきており、四つくらい入ったパン袋を横にハムハムと幸せそうにあんパンを頬張っていた。
それと余談だが、あんパンが入った以外の袋も数個あり、それぞれ甘い系の菓子パンがずらりと並んでいる。普通は小柄な少女が食べきれない量だが生憎彼女は眼の使い手だ。
いざ戦闘となれば消費するエネルギーなど馬鹿にならない。
が、
「――にしたってよく食うよなこいつは」
ジッと目の前にある小さな背中を見ながらそう呟くと、小さな頭がこちらに振り向く。パンは咥えたままだ。
「……あげないからね?」
「そんなの期待してねえよ」
バッと袋抱え、本能に従っている少女に護熾はそう答える。
今はこの二人以外の六人はトイレや飲み物やパンを買いに出かけていたりしている。
それと同時にクラス内の人も疎らであり、若干寂しい雰囲気だった。
なのでとりあえず暇な護熾は頬杖を付いて窓の外の景色を見る。
もう冬間近の10月下旬。
申し訳程度に付いた葉っぱが風に何度もさらわれそうになっている。
それとは裏腹に、穏やかな日差しが今見ている世界を明るく染めている。
いつもの光景だ。本当にこの世界が驚異に晒されているのが微塵も感じられない。
「外はなかなか賑やかだな」
「ああ」
自分のすぐそばで誰かが言ったのでそれに頷いて返事をする。
「どうも寒くても元気な奴らが多くてよ、俺は寒いの好きじゃねえからいつもここにいるんだけどな」
「確かに、寒いと身体の機動が削がれ、集中力も鈍くなる」
「そうそう、たまに暖房が効きすぎて眠くなることだって多くなるし」
「それは根性で立て直すしかないであろう」
「まあそうなんだけど……んっ?……ちょっと待てよ―――?」
ようやく違和感に気がついたのか、さっきから自分と会話をしている人物に顔を向けるととたん、表情が固まった。
七つ橋高校特有の藍色と水色のラインが入った女子生徒専用の冬服。
やや長めのスカートにネックの赤いリボンが印象的だ。
だが問題は制服ではない、着ている人物の方だ。
仏頂面で胸の前で腕を組み、気の強そうな整った顔でやや赤めの長い髪をポニーテールにしてそれを二つに分けている珍しい髪型。
護熾は確かにその人物を知っていた。それよかつい一時間前に会ったのだ。
護熾が何かを言い出す前に、怪訝そうな表情をしている少女は言った。
「結界とやらの使い方を教えてくれ、護熾殿」
シルナは至極当たり前そうに目の前で固まっている少年にそういった。
どうも、一ヶ月近く書けないとは運命の悪戯というのはほんと怖いですね。
さてさてこの物語もこの話をいれて5話で一旦停止です。
停止予定ですが新連載が始まったらちびちび書くつもりなのでもしこれの続きを楽しみにしているかたがおりましたら、まあ新連載の方にも目を通しつつこの更新も楽しんでいただけたら、最高ですね、自分としては(笑)。
じゃ、次回もまた!