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七周日目    動く気配



 







「ふぐぉっ! …………何じゃこりゃぁ、もぉ……!」



 ワイト中央付属病院の特殊治療室のドアのすぐ側の椅子に、何かしらの力に対抗するように全身を力ませていながらも床にへばり付いているラルモは悪戦苦闘中であった。

 

 事態は五分前。椅子に座りながら今日の開眼の調子や護熾達のことやカイトの言った言葉などを独自に考え、現世にいると言われるもう一人の少女について関連性を一通り考えてから、よしアルティに会いに行こっと、と踏ん切りが付いたところで背後から気配もなく突然力が掛かり、今に至るわけである。



「ふんっ…………! …………ああ~、ダメだこりゃっ」

 

 

 気合いを込めた声を出すものの、すぐに電池が切れたかのように力を抜いてしまう。

 いくら力を入れても体力を消費するだけだと考えたラルモは一時的にすぐ大人しくしたのだ。

 一応開眼状態でもなればすぐにこんな謎の力に打ち勝てると思ってやってみたが、開眼をするには数秒の集中がいるため、こんな力が断続的に続いている状態でしかも疲れているのでは少し深呼吸が必要となる。

 まあ開眼できない原因の大半としてはラルモが何だ何だと大慌てで藻掻いた所為でもあるが。



「まったくよぉ~、これ絶対カイトの奴だよな~、何が『すいませんラルモさん』だよ~」



 体力回復の目処を立たせるために暫し休憩中のラルモはそう愚痴をこぼす。

 聞き違いでなければこの攻撃を受けた最中、確かに病院服の開眼状態のカイトが済まなそうな顔をしてそう言い、昨日まで重傷だったと思わせない軽快な走りでイアルの行った方向へ行ってしまったのだ。

 おそらくは姉さんとやらに会いに行った。フッ、そんな二人の橋になった俺。

 などと下らないことを考えているとふと、突然背中に掛かっていた圧力が嘘のように消えた。



「あれ……? 何だ急に?」



 両手を床に置き、身体を持ち上げてみるといつものようにスクッと起きあがれた。

 そして立ち上がり、う~んと背伸びをしてから急いでなに不利構わずイアルの方向へと走っていった。








 午後の夕暮れ時。

 秋頃の陽の沈み方は夏より早くなっており、前の暗明が既に過去のものとなるのを感じられた。

 そんな人通りが少なくなる夕日に染まった住宅街のある交差点で、異変が起きていた。

 交差点から約二メートルの宙に、空間の切れ目が生まれ始める。

 そして人一人分が余裕で通れるくらいの大きさになると―――



 ヒュッ  ゴトッ!



「~~~~~~! ~ったた~、何が起こったのよ……?」


 空間の割れ目より背中から落ちてきたイアルは見事に道路のコンクリートに背中を打ち付け、数秒間痛みに打ち震えていたがやがて怪訝そうに起きあがって周りを見渡す。

 視界にはいるのは夕暮れに染まった住宅、夕暮れに染まった道路、夕暮れに染まった道路標識、夕暮れに染まった生け垣、夕暮れに染まった病院服を纏った人間。

 イアルは病院服を纏った人間のところで見渡すのを止め、視線を注ぎ始める。



「ここは……さっきの場所とまったく違いますね……」



 そんな冷静な言葉。さっきまでいた場所と雰囲気の違いには十分驚いているようではあるが。

 イアルは暫し目の前にいたこの少年に対して驚きの表情を隠せなかったが、やがて何故自分がこんな目に遭っているのとこの少年が目の前にいる理由を思い始めるとプルプルと拳が唸りを始める。

 そして殴ろうかどうか考えたが仮にも怪我人なので何とか衝動を抑え、スーッと軽く吸うと、



「なっ、ん……ってことしてんのよ!!」

「おおっと! す、すいません。お怪我はありませんか?」

「背中を打っただけよ、でも別に何とも……ってあんた自分がしたこと分かってるの!?」



 軽く別の話題になりそうになったのを感じ取ったので、イアルは思いっきり病院服の胸ぐらを掴んで引き寄せて叫ぶ。

 此処に彼はいると言うことは、病室から抜け出した、怪我はまだ完治していない、などなどの問題が起こっているということだ。

 しかし当の本人はことの重大さが理解できていない。



「確かに僕は、勝手に抜け出してきた身です。ですが…………」



 そう言って胸ぐらを掴まれながらも、顔を右に向けてジッとその方向に向かって目を細める。

 イアルも釣られてその方向に顔を向ける。

 


「あっちの方向に姉さんの気があるんです。僕の探知が間違いないならば……」



 カイトがそう言った途端、イアルはハッとなった表情になる。

 あの方向には、確かに彼の言うとおりシルナがいる。

 顔を向けた方向、その方向には海洞家がちゃんとあるのだ。

 初めて来た場所で、眼の使い手であるがすぐに探知できたというのは正直すごい。



「あそこにいるんですね? 僕の姉さんは」

「え、ええっとうん…………はぁ~、あとで先生に報告しなきゃ……」



 一瞬送り返してやろうとも考えたが、今日はそれはムリである。

 どうやら彼にはシルナを会わせた方が無難なようだ。


 それに今は秋、午後は特に冷えてくるので此処で立ち止まっていても仕方がないので胸倉から手を離すとトボトボと歩き始める。

 無論その方向は海洞家。なのだがカイトはイアルの脱力しきった歩きに少し驚いた様子であったがそれに気が付いたイアルはバッと顔だけ振り向かせて睨み付けると、



「さっさと来なさい! 姉さんに会いたくないの!?」

「え? あ、は、はい!」

 


 般若のような表情で怒っているイアルにそう聞かれ、カイトは慌てながらも裸足でその後を追っていった。








「―――ってことで、ごめん、彼が付いて来ちゃった……」



 ゲートが出てきたところから二百メートル先の海洞家に着いたイアルは家に着くなり玄関で丁度買い物から帰ってきた護熾を呼んで、事情を説明していた。

 ユキナは呼んでも来なかったので大方コタツに籠もっているのであろう。千鶴は二人が来る前帰ってしまったらしい。


 話を聞いた護熾はポカンと終始口を開けて驚いたまま固まっていた。

 それからようやく首を動かしてイアルと問題の少年を交互に見る。そしてイアルに視線を固める。

 


「……向こう大変なことになってんじゃねえか?」

「たぶん……油断していた私も悪いけどね」



 ガーディアンとして、風紀員としての自覚を怠っていたことを再認識したイアルは力なく項垂れる。

 護熾はすっかり疲れ切ったご様子のイアルから今度はカイトに視線を移す。

 彼は何故かニコニコでこちらを見ている。



「で、カイトか? お前の姉ってシルナのことだろ? 今寝てるから会わしてやるよ」

「本当ですか!? では早速――――」



 カイトはそう言って上がろうとすると目の前で護熾が制止の手を翳す。

 怪訝そうな表情のカイトに護熾はもう片方の手を差し出した。

 白いハンカチ。それがカイトの前で少し揺れた。



「お前足汚れてるだろ? 拭いてから上がれ」

「あ、すいません……」


 

 此処まで来るのにカイトは芝生やらコンクリートなどを素足で移動してきたため足の裏は真っ黒であった。その足で家に上がり込まれるのはいくら何でも許すわけにはいかない。

 そして足を拭き終えたのを見計らい、ようやく護熾はカイトに付いてくるように言った。






 






 絵里の部屋に入るなり、パジャマ姿のシルナと病院服姿のカイトは、互いに見つめ合って硬直した。




 絵里の部屋に着いたカイトは今にも倒れそうなほど震えた。

 今、ベットには上体を起こしてこちらを見ている少女も同じくこれ以上ないほど驚いていた。


 護熾は二人が目を合わせた途端、硬直したのに驚き、イアルは一瞬で静かになった二人を交互に見て何かが起こるのではと不安がっている。


 五秒ほどして、ようやくカイトは両手を前に伸ばした姿勢のままゆっくりと一歩、また一歩近づいてシルナに歩み寄る。まるでその一歩ごとに、相手の姿を確認しているかのように。


 そして手で触れられる距離まで近づいたとき、二人は同時に思った。

 互いに、もう会えないのかと思っていた。

 どれだけこのときを待ち焦がれたのか。まるで一日が千の時が流れるかのように長く、不安でしょうがなかった。しかし今は、こうして再会が叶ったのだ。



「姉さん…………?」

「か、カイトなのか……? その傷はもう……大丈夫なのか?」

「え、ええ。この人達に、ごくあっさりと見たこともない治療法で……」

「そうか……カイト、こっちへ来い」



 呟くように言い、シルナが手招きをしたので恐る恐る気を使うように近づく。

 そして少し姿勢を落とすように言われたので言われるとおりにその場に座ろうとすると――

 

 シルナはソッとカイトの首に腕を回し、思いっきり抱き締めた。ゆっくりゆっくりと。

 カイトは姉の突発的な行動に一瞬頭を白くするがすぐに背中に手を回し、お返しにと抱き締め返す。

 


「この馬鹿者……! よく、よく生きてた……!」

「姉さん……姉さん!」

「カイト……! カイト…………!!」



 自然と二人の両眼から透明な線が下に向かって流れる。

 それはやがて頬を伝って落ち、ベットの上で弾ける。

 それから二人は懇々と、血の繋がった姉弟との再会を噛みしめるように、傷の痛みなど気にしないで抱擁を続けた。



「ん~? 何かあったの~?」



 部屋の外からそんな声。

 護熾は少し振り返ってみると目を擦って寝ぼけながらやってきたユキナが目に入った。

 おそらく彼女は緊急避難所(人はそれをコタツと呼ぶ)に入っている間大方眠ってしまったのであろう。余談だが千鶴の膝の上で眠ってしまったので大層可愛かったと学校で話されることになる。



「おう、今ちょいと感動のシーンとやらを間近で見ているだけだ」



 そう言って視線を二人に戻し、少し壁により掛かってみせる。

 姉弟に、家族とどうやら再会できたようだ。その世数はこれを見れば一目瞭然だ。

 護熾はそう思い、一種の同情を感じ取りながら、二人の気の済むまで泣くのを静かに見守り続けた。








「え~っと、で、お前らは何者なんだ?」


 

 絵里の一室での騒ぎの後、居間の方に場所を移した一同のうち、護熾は椅子に座りつつ改めて二人を見ながら言った。一樹と絵里には『大人の事情だから少し席を外してくれ』と言い付け、各部屋の戻って貰った後にユキナとイアル、そしてカイトとシルナが向かい合うように座る。


 昨日の騒動といい、その怪我と言い、そして二人が眼の使い手であると言い、ワケの分からないことだらけなのだ。しかしまずは、二人の正体について明かして貰わなければその発端や原因は分からない。大凡答えはしないと予想を持って。

 シルナは護熾の質問に少し顔を俯かせて悩んだ表情になるが、すぐに顔を上げて答えた。

 


「そう、だな」

「姉さん……」

「案ずるな。介抱を受け、その上お前と会わせてくれたのだから彼らは敵ではないし、逆に信用のいく人達だ。それに、こっちも聞きたいことがある」

「でももしというのは?」

「お前は心配性だな。お前は釣った魚の怪我を治してから喰うのか?」



 不安げな視線を向けた弟にシルナは言葉を掛け、そして三人に顔を向ける。

 護熾は意外な返答だったので目を丸くしている。そしてあることに気が付く。

 シルナは今朝に比べてだいぶ顔色は良くなっていた。元々怪我の具合も出血量が多いだけで大したこともなく、また眼の使い手と頷けるような自然治癒能力の高さもそこから窺えた。

 シルナはゆっくりと息を吸い、吐いてから言った。



「改めて言う。私はワイト城直属第一部隊隊長兼眼の使い手のシルナ。与えられし称号は『麟眼』だ」



 いきなり長い単語が発せられたので護熾とユキナは二人揃って『?』を頭に浮かべて首を傾げるが、イアルは何か衝撃を受けたかのように表情を固める。

 カイトはあっさりと正体を言った姉に少々戸惑いながらも頭を下げて改めて自己紹介をする。



「えっと、僕もワイト城直属第二部隊隊長兼眼の使い手のカイトです。与えられた称号は『炯眼』です。」



 そして二人の自己紹介が終わり、護熾は『何だかバルムディアの隊長さん達みたいだな』と軽く思いながらも今度は自分から自己紹介を始める。



「えっと俺は――」

「私は『烈眼』の眼の使い手のユキナと言います。訳あって今この家に居候の身です」



 護熾の言いだしを遮ってユキナが簡単に自己紹介を済ませる。

 護熾はそんなユキナにムッと来たが、すぐにユキナの後に続いて自己紹介を始める。



「えーっと改めて一応この家の家主の海洞護熾だ。一応『翠眼』っていう称号の眼の使い手だ」



 一応という曖昧な表現が続く妙な自己紹介であったが何とか済ませる。

 が、『海洞護熾』という異世界に置いては長い名前に敏感に反応した二人はすぐさま護熾を凝視して驚きのあまり少し身を引いた。



「一度区切りをつけて仰られた名前……まさか貴族の出なのですか!? すいません、つい馴れ馴れしくしてしまったことをお詫びします!」

「だからあんな仕掛け(ゲートのこと)を施していましたか……! 勝手な行動をどうかお許しを……!」



 急に敬語になって頭を下げて護熾に許しを請う二人。

 護熾は唖然とした表情で頭を下げた二人を見ていたが、『ああ、そういえば向こうでは名前が長い奴は貴族しかいないんだっけ』などと思いながら顔を上げるように言い、自分はそんな高等な地位にいる人物じゃなくてただの庶民だと告げると、二人は息ぴったりに安堵の溜息を付く。



「ああ、よかった。まさかと思ったがよくよく考えればこんな小さな家に住んでいるわけがないか」

「……代わりに世の中の広さを教えてやろうか?」



 シルナのよけいな一言に表情を真っ黒にし、拳をボキボキと鳴らす護熾。

 っとまあ冗談はさておき。

 イアルは二人には自己紹介を済ませているのでスルーするとして、この二人がさっき言ったワイト城という単語が気になる。

 二人が現れた服装を見れば、まるで城に使えるような兵士の姿であったがそもそもワイトには城など存在はしない。

 


「と、あと俺には妹の絵里と弟の一樹もいるんでよろしくな……と、その前に」



 少々厄介事になる話は今のところ止めておこうと思い至った護熾は何か思い出したような声で言う。

 それから目の前にいる謎の眼の使い手二人にジロッと視線を注いでから、



「カイトだっけか? で、お前はこれからどうするんだ?」

「え?」



 護熾の質問に一瞬狼狽えを覚えるがすぐにその意味が分かった。

 仮にも、今カイトの目の前にいるのはこの家の家主なのだ。

 ただでさえ、姉のシルナがこの家にお世話になっている身なのにさらに自分までもが入ったら迷惑この上ないであろう。

 しかし、此処に来てしまった以上病院に戻るわけにはいかない。確かにあそこでの治療は素晴らしいものだが姉の安否を考えればここからは動きたくはない。

 なので、無謀を承知で恐る恐る言ってみることにした。



「えっとぉ……行くアテもなく、抜け出した病院に戻るのはイアルさんの話から無理そうなのであの……昨日の無礼や今日の身勝手な行動を許してもらうつもりはありません。ですが、せめて今日一日だけでも……」


 ガタンッ


 突然空気が大きく動き、少し大きな音が立つ。護熾が立ち上がったのだ。

 護熾はそのまま立ち上がると振り返って台所の方へ向かい始める。

 今に残された一同は怪訝そうな表情でその背中を見つめていたが、やがて護熾は振り返るとカイトの方を指さし、



「……昨日、お前がしでかしたことについてユキナに謝ったら何日でも泊めてやるよ。それとその服はあとで洗う卯から俺の服貸してやるよ」



 それからプイッと振り返って台所に入っていってしまった。


 残された一同は茫然と座ったままだったが、やがてシルナは静かに、徐に右拳を持ち上げると間髪入れずパシンッとカイトの頭に拳骨を食らわせた。

 


「痛いっ! 何ですか姉さん!」

「お前治して貰っている身でどうやら悪いことをしでかしたようだな。それならば即刻謝れ。今すぐにだ」

「ゆ、ユキナさん、先日は大変なご無礼を……」

「声が小さい!」

「ユキナさん! 昨日はどうも―――」

「もっと声を張り上げろ! それと口だけではなく行動で示せ!」



 どうやらこの姉は、弟に対しては相当に厳しい性格の持ち主のようだ。

 そんなことを思っていたユキナはふと、護熾が昨日の騒動について自分のことを心配してくれたのではと密かに思った。

 確かに昨日の彼の行動は自分がしても謝らなければならないだろう。

 でも自分はされた側としてはあまり気にしていないのだが、護熾はわざわざ謝れと言ったのだ。

 そういえばカイトが暴れたときに窓を蹴破って最初に来たのは、護熾だったな。

 

 何だか、嬉しい。


 そう、自然と顔が綻ぶと丁度視線がカイトと合う。

 カイトはテーブルに両手をついている状態で座っており、そして勢いよく額でテーブルを割るんじゃないかという勢いで頭を下げ、軽く大きな音を部屋に響かせてから額を付けたまま、



「先日はどうもすいませんでした! 自分は如何なる処分もこの身に受ける覚悟の所存でございます!!」

「え、っとぉ……うん、分かった。許す」

「……ほ、本当ですか?」

「うん、私大して気にしていないし」



 そう告げたユキナの言葉に、ようやく顔を上げたカイトは素直に笑顔になる。

 


「ほれ、お許しが出たんだから感謝の意を言え」



 シルナからそう言われ、カイトはもう一度慌てて頭を下げる。



「あ、ありがとうございます!」



 それからユキナも微笑んで『いえいえ』と言った。

 そんなやり取りは聞き耳を立てて聞いていた護熾はようやくホッとしたかのような溜息を付き、心の中でカイトの居候の許可を出したのであった。


 しかし、本当にあの二人は何者なのだろうか。

 眼の使い手であり、謎の服装、そして大凡人がやったとは思えないような大怪我。


 そういうことは夜にでも聞いてみるか、と決め込んだ護熾は水洗いした野菜を早速手に取った。






 


 それからの事、護熾は早速カイトにズボンやらシャツやらの服を押しつけるように私、洗面台で着替えてくるように言い付け、シルナには絵里の部屋に戻って寝てるよう言う。

 イアルは早速シバやトーマにカイトがこちらに来てしまったため護熾の家で保護していると方向を書き、ユキナは引き続きコタツでゴロゴロとしていた。



 そして夕飯の支度。

 一応、シルナは今日目覚めた身なのでみんなとは少し違う夕食を食べて貰うことにする。

 その点に関してシルナよりよっぽと大怪我をしたカイトの方はまるで何事もなかったかのように平然としていることについて、護熾はミルナの能力のおかげかね、などと思いながら二人分増えた食事を何の気苦労も感じず作り上げる。


 そしてできあがり、皿をテーブルの上に置く。

 夕飯ができたことを告げるとバラバラに散ってた人は一斉に集まり初め、各自コップに茶をついだりお箸やフォークを分けたりとごく当たり前の行動を取る。


 

 食べる準備が整い、いよいよ夕飯。

 呼ばれたカイトとシルナは当然と言えば当然だが、テーブルの上に並べられた料理を怪訝そうに見つめた。こんな料理を見たことがない それに見たこともない道具も並べられている、と思っているのが誰から見ても分かるかのようだった。



「ほれ、別に毒が入ってるわけじゃねえから食いな」



 護熾にそう言われ、それと夕飯の匂いで胃袋が刺激された二人は釣られるように席に着く。

 そして食事の開始の合図を言い、早速食べてみる。

 美味しい、それが最初に出た正直な感想であった。



「……不思議だ、こんなに温かくて美味しい料理、初めて食べた。」



 シルナは驚いた表情でそう言う。

 何しろ、自分達はしばしば遠征やらで携帯食料や野宿で作る投げやりな煮込みスープを食べてきた身だ。それに何だか安心する感じがこの料理、いやこの空間にある。

 カイトもどうやら自分と同じ考えをしているらしく一口食べてピタリと凍ったかのように固まっている。

 

「どうしたの?」


 固まっているカイトのことが心配になったのか、ユキナが覗き込んでそう尋ねる。

 尋ねられたことで我に返ったのか、慌てて笑顔で答える。



「い、いえ! その……こんなに手の込んだ料理は初めて食べましたので……」

「あ~、それ分かるな~。護熾の料理は本当に美味しいからね」



 そんなのんびりとした会話で自分がどんなものを食べていたかについての話し合いが展開される。その様子は本当に昨日、互いに武具を手に持って戦ったとは思えないような光景で、そんな穏かなひとときの中、二人は自然に打ち解けて行ったのが周りから見てよく分かった。






 それからだ。護熾に『フロ』という場所を案内され、そこにあった湯が張られた大きな桶と勢いよく出てくる壁に掛けられていた道具に驚きながらも、軽く湯浴みを済ませ、着替えを手にとって着始めたときだった。

 空気が震えるような感覚が頭を襲ってきたのだ。

 それは、自分達人間にとってこの世で一番の良くない存在の出現の証でもあった。



「……! 何て事だ、此処にも現れるのか……!」



 まさかこんな場所でも、もとい奴らの脅威で此処の住人に危険を晒したくない。

 一瞬、身を強ばらせたシルナは直ぐさま着替えを全部着るとなに不利構わず洗面所から飛び出し、やかましく廊下を駆け抜けると玄関をくぐって外へ飛び出していった。

 頭の中にあるのは奴らの殲滅と隊長としての義務だ。



「あ、姉さん!」



 そして丁度、玄関を潜り抜けて行ってしまった姉を目撃したカイトは声を掛けて止めようとしたが向こうは聞き耳持たず、あっさりとまったく知らない外の世界へと赴いてしまった。

 一応気で大体の位置は感じ取れるがここから離れるスピードがハンパではない。

 どうやら傷や体調などは今日中にほぼ完了はしているようだ。

 だがそんなことを思っている場合ではないのでとりあえずこの家の住民、今二階にいると言われる家主に事情を話すために階段へと向かう。


 

 そして階段を喧しい音を立てながら上り、そして勢いよく開けた先には―――



「ん? どうしたの? 海洞なら怪物退治に出かけたわよ?」

「Zzz…………」



 風が少し入り込んでくる開いた窓と、こちらを怪訝そうな表情で見るイアルと、ベットの上で今起こっている状況がまったく分かっていないように幸せそうな寝顔で寝ているユキナがいた。



「あ、あの姉さんも同じく怪物退治に赴いてしまったもので……」

「……あ~、で、方向は?」

「向こうです」

「あ、じゃあ心配ないわよ。それにしてもシルナさん、すごい回復力。眼の使い手っていうのは色々と驚かされるわ。」



 さすがのイアルももう、この姉弟の突発的な行動に驚き慣れたのか、平然とカイトにそう聞き、指が指された方向を見てそっちの方向に護熾が向かったと言った。

 カイトはこの部屋にある自分の所では有り得ない光景に困惑しながらも『はて?』と小首を傾げて不思議がった。この人達は怪物の脅威を知らないのか、それとももしかしたら―――

 





一方、シルナの方はと言うと自分の知っている世界とは違う街並みや明かりなどに少々驚いていたがそんなのは二の次だ。何しろ怪物の位置をさっきから探っているのにその姿が一向に見えないのだ。

 暗闇による視界の悪さと慣れない環境が主な理由であろう。

 だが彼女だってだてに眼の使い手ではない。

 一度暗闇に染まった道路の上で立ち止まり、もう一度深呼吸をして辺りを見渡す。

 すると頭上の方で激しく動く影が2つ。

 


「いた!」



 そう叫び、跳躍すると足の方に足場となる気を踏み固め、それを蹴って高さを稼ぐ。

 体調は上々。不備はない。そう思って早速開眼状態に入ろうとしたときだった。

 何か妙だな、とシルナは追っている影を見てそう思った。


 追っていた影の内、片方は保護色なのか黒い体色をしているので確認しづらいが、もう一人はどことなくぼんやり光っているようなのだ。それも、鮮やかな緑色に。

 瞬間、そのぼんやりの影から電気を纏った弾丸のような光が発射され、もう片方の影を射抜いた。

 シルナはそれに呆気に取られ、茫然としていたが、射抜かれた影は黒い塵のように風に運ばれていって姿を為さなくなった。そして射抜いた方の影はぼんやり光るのを止めると軽く宙を蹴って下に降りていったので慌てて追いかけるようにその場所へと急行した。







「ふー、何とか飛光をまともな形で撃てたな」



 先程の撃破を振り返りながらそう発言した護熾は道路に降りたって結界から出る。

 すると先程まで静寂無音の世界から解放され、遠くの街や近くを通る車のエンジン音が耳に届き、元の世界に戻って来れたことを実感した。



 さて、ついでだからどっかのコンビニでジュースでも買おうかな。

 そう自分の欲求の手間を省けたと考えているとふと視界の隅に誰かが映る。

 そちらの方に何だ、と顔を振り向かせると驚愕の表情が隠せなかった。



「あ、おまっ、何で此処に!?」

「護熾殿! 怪物を撃破したのはあなたであったか!」



 パジャマ姿で裸足のやや赤色の長い髪をした少女が約一名、道路の上に佇んでこちらを見つめている。

 因みに彼女は護熾のことを『護熾殿』といささか重苦しい呼び名にシフトしたようだ。

 

 護熾はパジャマ&裸足少女の許へ誰かに見られてないか慌てて周りを見ながら側まで駆けつける。



「なっんでお前が此処に来てるんだよ!? 寝なきゃダメだろ!?」

「怪物が現れたのだ。それを殲滅するのが我々眼の使い手の指名であってぬけぬけと見逃すことはできない」

「それでもお前は怪我人だ。変なことをしてまた怪我をしたらどうするんだよ?」

「あれは……護熾殿が倒したような怪物によって付けられた傷では、ない」

「? お、おい」



 護熾が怪訝そうな声で訊くと、シルナは自分の肩を抱くようにして何かを思い出しているようだった。

 そういえば、あの時もこんな夜だった。

 一瞬のようで、でもあの時の死ぬ恐怖はぬぐい去れるモノではない。頭で否定しても身体が覚えてしまっているのだ。



「き、気にするな。さ、さあ帰るぞ」

「おめえが言うなよ」



 このやり取りで護熾は大まか、彼女の評価を変えた。

 最初彼女が目覚めて出会った今朝では警戒心が強く、どこにでもいるか弱そうな女子、とそう思っていたがイアルが連れてきたカイト(事実上、彼の勝手な行動)に対しあれこれ姉としての威厳が炸裂し、そして今度はなに不利構わず一人で怪物退治に出てくる、など勇敢な姿や少々我が儘な発言から彼女のことをユキナやイアルと同じくらい気の強いある意味扱いにくい女子だと判断した。


 そう判断した後の帰り道。

 そういえばこいつ、裸足だったと改めて確認した護熾はまた雑巾か何かで拭かせるか、と考えながら隣を歩いていたがふと立ち止まると、



「あ~、そういえばお前、『結界』というのを知っているか?」

「? 寺院などでお祓いをする場所のことか?」

「あー、やっぱ知らないか、いいか? 結界ってのはな―――」



 護熾は手振り身振りでどうにか彼女が理解できるよう、この世界に張られている結界について淡々と説明をした。










 同じ刻、日本九州地方のある山林の中で、何かが激しく草むらを大きく移動したので寝床に集まっていた鳥たちが驚き、我先と瑠璃色の空に逃げていく。

 そして草むらの中から黒い影、異世界の人間から言わせれば怪物に分類される灰色の毛を纏った人型の狼のような怪物が飛び出して何かに怯えるかのようにその場から離れようと恐怖に満ちた表情でいた。


 だがそれも束の間。

 突然怪物はビクンッと身体を強ばらせると口を開いたままその場に固まってしまった。

 そしてみるみると、体中の水分が奪われるかのように細くなっていき、皮が骨に沿って萎むんでいくとその場にドサッと倒れ、木々の間を駆けめぐる風に灰となって運ばれていった。



 そして何かが引き抜かれるような音がして、それが仕舞い込まれる音も。

 怪物が完全に塵となって消え去った後、林の奥から落ち葉を踏みしめて歩く足音が聞こえ、そしてその姿が先程怪物が居た場所に着き、その場所を見下ろしてから言った。



「此処はどこだ? 先程の人間といい、こいつといい、どうやら俺の知っている環境とは異なるものみたいだな」



 そう、言葉に感情を一切含ませない言動で顔を見渡し、辺りを見渡してから、



「まあいい、大凡の連中の方向は分かった。どうやら遠くのようだな」



 そう言ってその場を跳躍して月明かりが照らされる蒼天に向かって飛び立つ。

 ほとんど一瞬での加速だったので影が動いたようにしか見えず、飛びだった際の風で木々の薄茶色くなった葉が多く地面に舞い降りることになった。


 

 それから影は大凡の方向、朧気ながらも関東地区の方向に進路を決めて遙か上空、雲を見下ろせる地点でを保ちながら勢いよく雲に傷跡を残しながら向かっていった。




ん~、ようやくエンジンが掛かった、気が、する?(笑)

まあとりあえずは自分の山場は超えたかな~?とは思っています。

私って苦手な話の部分を書くと一話で二週間近くも掛かってしまうんです。すいません。じゃあ超えたから更新早くなるかなって思えばそうでもないんですなこれが(泣)

 これから七日間少し忙しくなりますし、何しろまだ本編のリメイクと新連載の準備があります。もう、勘弁してくれ~って感じですね(苦笑)

 と、まあ無駄な私事を話しても仕方がないんで次話も心のどこかでこっそりトイレで読む読書くらいの楽しみを持って待ってて下さいね? では!

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