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五週日目 三人目の居候


 

 

 

 翌日、朝の日の光がだんだん強くなる頃、誰かが廊下を歩く音で目が覚めた。

 陽の光を十分に吸ったシーツが全身を包み、惜しげもない温もりをくれていることに気が付き、それから首を動かして辺りの現状把握をする。

 一言で言えば見知らぬ部屋と言ったところか。

 とりあえず身体を起こすと、脇腹にチクリとした痛みが奔り、見ると包帯が上半身を隠すように綺麗に巻かれていた。



「…………生きてる」



 やや驚いたような口調で第一声を呟く。

 それから一体何があったのかを額に手を当てて思い出すと随分な無茶をしでかしたことを思い出す。 すると壁の向こうからこちらに向かって歩く音が聞こえ、そしてドアが開かれ、明かりが付けられる。


 見たこともない服を着た少年がそこに立っていた。

 背は自分よりも高く、黒髪に眉間にシワを寄せたような不機嫌そうな表情、そして手には何やら湯気が立ったお椀が持たれている。

 


「おっ…………」

「あっ…………」


 

 少年は起きたことに気が付き、少女は驚いたように動きを止めた。



「…………」

「…………」



 見つめ合うこと数秒、まず少年から挨拶する。


「あ、えーと、起きたみてえだな……痛いか? まだ?」

「え? あ? あ、…………だ、大丈夫だ」


 少女は少し慌てた口調でそう返事をし、警戒しているのか、シーツを口元まで上げる仕草をし、ジーッと少年を見つめる。いきなり警戒されたことに少年は仕方がないよな、と思ったかのような表情をし、それから思いついたように口を開けた。


「あっ、自己紹介まだだったな。俺は護熾、この家の……まあ今のところは家主ってとこか」

「ごおき、か? えと私は……シルナ」

「シルナか、傷の方なら大したことはねえ。跡も残らねえし、因みに俺の友達がお前を此処に運んできた上に手当もしてくれたんだ、あとで呼ぶからそん時礼を言えよ」


 絵里の机の上にお粥の入った茶碗を置き、向き直ってシルナにそう説明を付け加える。

 一方、シルナの方はというと、こちらは怪我を負った身でしかも著しい気の消費で疲れがドッとたまった様な状態なので護熾と会話を交わしてみて、この人が敵かどうか判断する必要など無いと思ったのか、溜息を付きながら肩の力を抜いた。

 この人に敵意はない、そう思った。



「あっと、そういえば…………」



 まだ動かないほうがいいぞ、とそう言おうとしたときだった。



 グゴゴゴゴゴゴゴォォォ………………


 

 シルナのお腹が鳴った。


「………………分かった分かった、お前のお腹の方が正直だな」


 顔を赤くしてそっぽを向いたシルナに対し、珍しくニマニマ顔で茶化す護熾。

 彼女の空腹を満たすために、レンゲをさしたお椀を机からとるとそれを渡そうと手を伸ばす。

 シルナはそれに気が付き、そのお椀の中身を見て不思議そうな表情をする。


「別に変なモンじゃねえぞ。これは病人食って言ってな、消化にいいもんが入ってる。」


 そう言いつつ護熾はレンゲで一掬いのお粥を自分の手の平に載せ、それを口に含んで食べてみせる。

 護熾の証明により、シルナは空腹が限界になると奪い取るようにレンゲとお椀を受け取り、そして口にレンゲで一盛りしたお粥を運ぶ。

 口に広がる軽く塩味の柔らかい食感、美味しいと思った。


「護熾~起きた~?」


 ドア越しから声がし、シルナは一瞬だけ警戒態勢に入ったが、ドアから覗いた顔にすぐに解いた。

 護熾に聞いたユキナはお粥を食べている少女が起きていることに気が付くとそのまま部屋に入り、護熾の隣に座って改めて顔を見合わせる。


「……君は?」

「あ、私はユキナ。分け合ってこの家に居候させてもらっています。どう、調子は?」

「おかげさまで…………」


 シルナはそう言って丁寧に頭を下げる。

 そして顔を上げると、二人が必ず聞いて来るであろう予想していた質問が出される。


「ここは、一体どこなんだ?」

「えっとな、此処は七つ橋町って言う場所でな……ああっと、先に言っておくけど別に此処はお前の敵になる人間なんていねえし、むしろ探す方が難しいぞ。」

「ナナツバシチョウ? 聞いたことがない名前だな」


 護熾の付け加えに一応は安心したのか、初めて聞く名前に眼を丸くしながらも納得したシルナはふと、思い出したかのように急に二人に尋ねた。


「そういえば私と同じくらいの歳の男を見なかったか!? あいつは大怪我をしていて――――」


 そう聞かれた護熾とユキナは一旦顔を合わせ、それからシルナの方に向いて言った。


「……カイトのことだな、安心しろ。あいつはワイトで最高の治療を受けてベットの上で寝ているよ」


 護熾はこう答えながら、彼女の身につけていた鎧等なども含め、間違いなくカイトの姉だと確信する。

 ユキナも同じくそう思い、護熾の言ったことを助長するように頷いて見せる。

 それを聞いたシルナは身を乗り出しそうなほどの勢いで言う。


「ほ、本当か!? 本当に!?」

「この状況で嘘言っても仕方ねえし……とりあえず寝とけ。あんただって怪我はあいつに比べれば軽いけど十分ひどいから」

「本当に……本当に……よかった……!」


 弟の安否を聞いたのか、シーツを両手で握り、顔を俯かせて、一筋の線を両眼から零す。

 この人の言っていることは嘘ではない、そう信じた結果の涙だった。

 一方安心して涙を不意に流してしまった少女に二人は大慌てで何か拭うモノを用意し、それを渡そうと手を伸ばすと ありがとう の一言で受け取られ、軽く拭われる。

 しばらくして涙が乾いたシルナはふと、不安げな表情でチラッと護熾の方を見る。


「そ、そういえばこうして助けられた身なのだが……生憎礼ができるモノを持っていないのだが……」

「あ~別に。俺はそんな見返りを求めているわけじゃねえから安心しろ。こっちもこいつとかあいつとか色々あんだよ。それより怪我人の分際なんだから寝な。トイレはこの部屋出てすぐ左にあっからな。じゃ、怪我が治るまでゆっくりと休むといい」

「あ、ありがとう護熾、ユキナ。しばらく世話になる」


 スラスラと長い言葉を言い添えた護熾はユキナも一緒に出るように言い、部屋から出るときは最後にユキナが微笑んで『じゃ、お大事に』と言ってからドアが閉められた。

 シルナはシーツを胸元まで手繰り寄せ、それをギュッと抱き締めてから、いい人達に出会えた、とどこかにいる神様に感謝した。








「……で、海洞はあのシルナって人を家に居させるわけ?」

「当たり前だ怪我人だぞ? それに彼女がカイトとかいう暴れた奴の姉だったなら完全に元気にして二人を合わせればいい」

「そういえば護熾、私達を眼の使い手だって言わなくていいの?」

「それ言うとカイトの二の舞だ。今は伏せとこうぜ」


 居間で合流した三人は昨日から看病しているシルナという少女が目覚めたことと、事情を飲み込んでこっちを信頼しているとのこと、そして至近距離から気を探ってみたところ眼の使い手かどうか怪しいと護熾が言う。


「怪我をしている場合は気力は極端に低くなるの。治癒に力が回るから操気法が下手な護熾には分からないかもね」


 ユキナがそう言い、護熾は少し不機嫌そうな表情になった。



 



 昼過ぎ、シルナはベットの上で聞き知らない玄関のチャイムに驚き、辺りを見渡して警戒したが、どうやら玄関の方で来客があったらしく、護熾の声がした後にこちらに向かって廊下を歩く足音が聞こえ始めた。

 そして足音がこの部屋のドアの前で止まる。ドアの取っ手が捻られる。

 そしてこの部屋に護熾と、初めて見る顔が入ってくる。


「あ、ホントだ。目が覚めたんだ」


 千鶴は少しおどおどしながら昨日介抱した少女が起きていることに素直に喜び、シルナの寝ているベットの前でゆっくりとした動作で正座する。

 シルナはこの家に来た少女を見て、それから護熾の顔をチラッと見て感づいたのか、すぐに軽く礼をしてから、


「じゃあ、あなたが私を助けてくれたという」

「え、あ、はい。えっと私は斉藤といいます。ま、まあ人として当然のことをしただけで……」

「さいとう殿か……私はシルナ。過程がどうあれ、あなたが私を助けてくれなければ此処にいるかどうか分からなかった。……感謝する。」


 シルナはそう言って今度は大きく礼をする。

 人から感謝されることに慣れていない千鶴は逆に慌ててしまい、チラチラと護熾の方にどうすればいいのかの助言を求めてきたので、とりあえず助け船を出してみる。


「ああっとじゃあ、礼も終わったことだからシルナは引き続き休んで、斉藤はウチでユキナとイアルとお茶とお菓子でも食べながら話しな。俺は一樹と絵里と一緒に買い物行くから」

「え? あ、うん。」


 それに従った千鶴は立ち上がり、シルナに『じゃあ、また会いに来るからね』と言ってから部屋を出て行った。そして護熾も出て行こうとするとシルナに声を掛けられる。


「ん? どうした?」

「あの……いや、何でもない」

「そうか」


 そう言い、護熾は買い物のために部屋の外へ出て行った。





 


「あ、あの海洞くん、本当に此処で預かって良かったの?」

「んぁ? あー、大丈夫大丈夫。どうってことねえよ。あと一人くらいシルナ奴みたいなのが来ても余裕だから」

 

 護熾が部屋から出た後、すぐそこで待っていた千鶴から声を掛けられ、緊急事態だったから仕方なかったが、やはり迷惑なのではと懸念して彼女はそう言うが、護熾は逆に飯の作り応えが出るだけだしな、と安心させたいのか平気なのかは分からないがそう言って見せ、そして丁度外へ行こうとしているイアルに目が止まった。

 

「お~い、お前どこ行くんだ?」

「えーっとね、ちょっとカイトの様子見に行ってくる」

「え? おまっ、ちょっ!」


 何気なく言った言葉に護熾は慌てて玄関まで走ってイアルの元に駆けつける。

 イアルは慌ててやってきた護熾に少し驚いたような表情を向けるが、すぐ軽く微笑んでみせる。


「お前昨日どんなのが起こったのか忘れたのか?」

「安心して、二度目だし、それにシルナさんのことがあるから大丈夫だって。それにもし攻撃してきても対抗はできるからさ」

「対抗って……ユキナも連れてったらどうだ?」

「大丈夫大丈夫、心配かけすぎ」


 一般人が故のイアルに対し、護熾は心配そうな表情をするが、そんなことお構いなしでイアルは早速外に赴いていってしまった。その場に残された護熾は一度頭を掻き、それから踵を返して仕方なしに買い物袋を取りに台所へ向かった。



 ポツンと三人が残った家は、少し寂しい雰囲気になった。

 今この家にいるのは自分と、正体が分からない少女、そして自分と同じくあの人に思いを寄せる小さな少女――――


「そういえばユキちゃんはどこかな?」


 この家にいるハズのユキナの姿が此処に来てから見てないと気が付いた千鶴は二階の方にいるかと思ったが気配がないのと足音が聞こえないのでとりあえずコタツのある居間の方へ向かってみる。

 コタツは電源が入っており、温度は微熱。上にはミカンが入った籠が置かれており、風流さを醸し出していた。

 モゾッ

 突然コタツの布がほんの少しだけ動いた。

 一瞬お化けかとも思ったが、護熾のこの前学校で話していたことからすぐに正体が分かるとすぐ側まで行ってしゃがみ込み、そしてゆっくりと布を捲ってみると、


「ん? あ、斉藤さんに見つかっちゃった♪」


 コタツの仲でゴロゴロと引っ繰り返った状態のユキナが覗き込んだ千鶴と目を合わせ、そしてゴロンと腹這いになってモゾモゾと顔をコタツの外に出す。

 何故ユキナがこの中にいるかというと千鶴を驚かせるためではない。

 単純な理由としては彼女は小柄が故に寒がりなので家にいる場合は大抵この中に潜んでいるのである。

 なので護熾が足を入れるとその足に擽ったりと悪戯をしてくると、このまえ学校で話していたのを千鶴は思い出したのである。


「ええ~とユキちゃん、温かい?」

「うん、温かくてとろけそう~」

「じゃ、じゃあ私も失礼するね」


 そう言いつつ千鶴も座り込んでユキナの隣に足を滑り込ませる。

 廊下の冷たい空気で冷やされていた足が、ほのかな温かみで温度が上がる。

 するとユキナが顔だけではなく身体も出し、身を翻して千鶴とぴったり隣り合わせになるとミカンを一房取って皮をあっさりと剥ぎ、それを手で半分に分ける。


「いる?」

「あ、ありがとう」

 

 半分に分けられた蜜柑を受け取った千鶴は早速一粒口に入れる。

 さすが護熾と言ったとこか、それは良い蜜柑で一粒に甘みが凝縮されているようで思わず口が綻ぶ。 隣ではユキナも一粒ずつ食べて口に凍みる甘みを堪能していた。


「さすが海洞くん……美味しい蜜柑だね」

「うん、やぱり護熾は何て言うか、お目が高い人だから」


 そう言いつつユキナは千鶴よりも早く食べ終え、そして顎をコタツの上に載せる。

 そして顔を千鶴の方に向け、ジーッと大きな目で見たため千鶴は何だか恥ずかしくなってしまい、蜜柑が欲しいのかどうかを尋ねようとすると、

 

「……この際だから斉藤さんにも教えとこうか」

「え? 何を?」

「昨日此処に来たあの人と今ワイトで起こっていること」


 ユキナはそう言って順に淡々と話し始める。

 まず昨日、学園祭で誰が一番強い生徒かを決める大会があってそこでイアルが当然の如く優勝を勝ち取ったのだが時間が余ってしまったため思い出作りのつもりなのか、突然護熾に指名が下され、今度は護熾が武器をへし折ったり使えなくしたりして互いに無傷で勝利を決定させた。

 それで何だか羨ましかったから今度は自分が乱入して、第二解放までして大いに暴れた。

 そしたら突然、鎧を付けた男子が二人の間に倒れていたとこまで話した。


「それで、酷い怪我だったからミルナ治して貰ってから意識が醒めるのを待って、それから私一人で尋問をしたんだけど……カイトていう名前を知った途端にね……突然、開眼して襲ってきたんだよ」

「開眼って……じゃあユキちゃん達と同じなの?」

「うん、それでね、『姉さんはどこだ』って叫んで……今はイアルが見に行っているから様子は後で聞くとして、無理に動いた所為で傷口が広がっちゃって……」

「そう…………じゃ、じゃあ今此処にいるあの人は……」

「たぶん、カイトのお姉さんだと思うの」


 異世界でのちょっとした騒動が此処まで来ていることに改めて驚いた千鶴は振り返って絵里の部屋の方向を見つめる。ユキナの情報と信憑性を照らし合わせれば、自分が救ったのは間違いなく異世界の人間なのだ。誰か他の人が見つけていたら、それこそゾッとすることだ。


 千鶴は暫しの間黙りこみ、ユキナも黙り込んで無情に時が過ぎていく。壁の高い位置に掛けている時計の針が不気味に音を刻んできていた。

 

「シルナさんも、眼の使い手だとしたら、一体……それにあの鎧も」


 不意に静寂を切り裂いたのはユキナの方だった。

 その声に気が付いた千鶴は顔を横に向けると、ユキナは拳を顎に押し当てながら悩んだ表情になっていた。


「どうしたのユキちゃん?」

「いや、だって眼の使い手が急に出てくるなんて奇妙だなって思ってさ。それに二人が身に纏っていた鎧も随分旧式だったし……ワイトを知って居るみたいだけどワイト人じゃないかも……」

「じゃあ、カイトさんって人もシルナさんって人も異世界の人間じゃない可能性があるの?」

「たぶん……何の根拠もないけどね。護熾のこともあるし、えへへ」


 護熾の名前を出したことにユキナは照れたのか、頬を朱に染めて微笑む。

 それから急に黙り込んで赤くした顔を隠すように後ろに背ける。


「……最近の海洞くんはどう?」

「ん? ……うん、元気だよ。相変わらず皿洗いの手伝いとかさせられるけどね」

「そっか、よかった」


 ついこの間の話だ。

 二週間ほど前、突然七つ橋高校の全学年の生徒及び職員千名が授業中消息不明になるという怪事件が発生し、そこで残った護熾とユキナが救出をするために他の眼の使い手達と合同で何とか成功したが、まだ生きていた敵の攻撃からユキナを庇って護熾が右胸に大きな穴を空けて、倒れた。

 自分の腕の仲でドンドン低くなる体温。

 最期に、自分に会えたことを嬉しく思い、無事生きることを願いながら息を引き取っていったあの少年の死に様を今でも思い出す。

 

 そして次に、今度は異世界の少年の噂を聞きつけた世界屈指の大国から派遣された隊長達に護熾は拉致され、そして必死に助けに行ってみれば何故か金髪美少女に結婚をせめられていたということは腹立たしくつい握り拳を作ってしまうが、その前に今度は眼の使い手さえ超える力を手に入れ、寿命を半分に減らしていたことが何よりもショックだった。


 千鶴は護熾が拉致られる前のあの辛そうな表情を見なくなったとそうユキナに言った。


「……よく気が付くよね斉藤さんは、そういうの。やっぱ好きだと細かいところもすぐ気が付くんだね」

「え!? いや私はただそういうのを見る機会が多かったのであってしょっちゅう見てるワケじゃあ……」

「んふふ~近藤さんが聞いたら何て言うかな?」

「や、やめて~~ユキちゃん~~~」


 意地悪をしたユキナに千鶴は顔を真っ赤にしながら顔を隠してしまう。

 そんな乙女っぷりをしっかり感応したユキナはニヤニヤした後に視線を落とし、それから少し寂しそうな表情になると、


「ごめんね、もっと私が強かったら、もっと私が気が付けば、護熾はこんな目に遭わず、みんなを悲しませずに済んだのに」

「え……?」


 先程とは態度が変わったユキナに千鶴は恐る恐る顔に置いていた手を退かす。

 見ると、顔を俯かせて分からないが、身体が冷え切っているかのように小刻みに震えているのが分かった。


「私が護熾に庇って貰わなければ、護熾はこの先何十年も生きれたハズだから……そしたら斉藤さんだってイアルだって……ティアラちゃんだって……こんな悲しい気持ちにならないよね?」

「そ、そんなことないよユキちゃん!」


 顔を上げたユキナの両眼からは、涙が溢れていた。

 千鶴は急に泣き出したユキナに大いに驚いたが、すぐにコタツの上にあったティッシュを一枚抜き取ってユキナの両眼を拭う。


「ユキちゃんって……その、一人で抱え込もうとするところが悪いところだよ。私は恨んでないよ。だって海洞くんがユキちゃんを助けなかったら、此処にいないのはユキちゃんだよ?」

「でも……でも」

「私だって……ただ攫われるだけの無力な人間だよ? ユキちゃんや黒崎さんみたいに強くないから……だからせめて、海洞くんが悔いのない生活を送れるように頑張ろうよ!」

「斉藤さん……」


 千鶴の言葉に少しは励まされたのか、涙を流すのをやめたユキナは微笑んでそう返事をした。

 まだまだこれからがある。護熾が救ってくれた命、それを護熾のために尽くしていこう。

 そう改めて思い、涙を指で拭い去ると今度はジーッと千鶴の上半身の方を見つめ始める。


「でも、いろいろと不公平だ~」

「いや、あのユキちゃん?」


 年頃にしては背もあるし胸もある、そんな千鶴にユキナは羨望の眼差しをたっぷりと注ぐのであった。











(半年? 一体…………?)


 丁度その頃、トイレに行くために部屋を出ていたシルナは、家の中を不思議そうに見ながら二人の話声に気が付き、つい立ち聞きをしていた。それこそ初めから終わりまで。

 それからゆっくりと今聞いたことは全部胸にしまってから、歩みを再開した。


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