四週日目 虹の少女推参
太陽、雨、月、流星、―――虹
ああ、私は此処にいる。
太陽によって作り出されるこの橋に、私はいる。
太陽とは反対の方に、私はいる。
この場所は、私が決して望んだ場所ではない。
私の下には、灰と血が浮かんだ地上しかない。
それを私は、仮に世界と呼んでいるのだ。
少し冷たい風が、蒼天から降り注ぐ太陽の光と相殺し、丁度良い温度の流れを町や住宅街に運んでくる。
そしてその住宅街の中、車の通りが少なくなる二時頃、やや長めのショートカットの少女が買い物袋に買ってきた品物を確認しながら住宅の垣根沿いの道を歩いていた。
「ん~、これで間違いないと思うから、大丈夫だよね?」
誰に話すわけでもなく、そう呟き、そして品物の確認を終えた千鶴は袋を閉じて太陽を背に歩く。
今日は土曜日。倹約家の母親に部活から帰ってすぐにお使いを頼まれたのだが、それを快諾して商店街に行き、頼まれたモノを買いに行ってきたとこである。
中身のたくさん入った持参のバックを揺らしながら歩いていると、やがて一軒の家が目に留まり、その玄関門の前で足を止める。
その表札には『"海洞"』と書かれており、数秒後、
「元気でやってるかな?」
そう一言だけ言い、歩みを再開する。
何しろこの家には異世界の人間が二人も居候しているのだ。家族が二人増えて、それを一人で切り盛りしているあの人は、相当すごい。
そんなことを思いながら次の右の曲がり角に足を進め、曲がったところで、それはいた。
道端の方で、誰かが倒れている。
少し離れているのでよく分からないが、やや赤めの長髪と顔立ちから少女だと分かり、鎧のような防具を身につけ、そして全身切り傷などでボロ雑巾のようになっていた。
「……! 大変……!」
直ぐさま千鶴は駆けつけ、少ししゃがんで少女を見る。
少女の足の方には這った跡があり、血が渇いて線になっていた。
千鶴は一度少女に意識があるかどうか顔に触れて起こそうとするが起きず、ならば安全な場所へと脇下に頭を入れて支えながら立ち上がり、買い物袋を支えていない方の手に持つ。
「しっかりして、手当してあげるから」
しかしここからでは自分の家に行くまでに少女を介抱したままいくのは困難だと気が付き、頭の中で混乱したが先程前を通ったあの家なら何とか、いいや絶対入れてくれるだろうと思い、そちらに足を進め始めた。
必死に暗闇の中を逃げていた。
黒い影が後ろに迫ってくるからだ。あれは敵わない、強すぎる。
だから逃げた、血を分けた家族を必死に捜しながら、逃げていた。
ふとした拍子に足を踏み外し、転んでしまう。
ルッ、ルルルルルルルルルルルルルルッ
「うわあああっ!! 来るな!! 来るな!!」
あの無機質な生物とは思えない泣き声がすぐ後ろで響き、すぐその場から逃げるように立ち上がって走り出す。ここが一体どこなのか、分からない。
しかしとにかく、この暗闇から出て行きたかった。
そして前方に光が見え始める。そこへ足が千切れ飛んでもいいくらい、思いっきり速度を上げて地面を踏み込んで走っていった。そしてそこへ飛び込み――――
ゆっくりと意識が浮上し、目が覚める。
そして温かい日差しに包まれたような温もり。身体は何か柔らかいものに乗っかってるような感覚。
目を開けて、ゆっくりと身体を起こす。暖かい、毛布が前へとずり落ちる。
「…………此処は、どこだ? 確か僕は、胸を刺されて……」
ハッキリしない視界の中、首を動かして現状を確認する。
知らない天井、知らない壁、窓、椅子、机、ベット、ドア、簡単に言えば自分は知らない場所で寝かされていると言うことだ。
とりあえずここから降りよう、そう決めて足を動かそうとしたが異様に重い。
何かが両膝の上を押さえつけているような感覚があったので少し驚いてそちらに視線を改めて向ける。
カーテンから差し込む光で、綺麗な黒髪を一層艶出させた可愛い、又は凛々しい顔立ちの小柄な少女が寝ていた―――正確にはヨダレを遠慮無く垂らしながら幸せそうに顔を横に向けて突っ伏し、寝ていた。
「この子は……? いっ…………!」
手を伸ばして起こそうと身体を曲げると、胸に静電気がいくつも奔ったかのような鋭い痛みが襲った。見ると身体に包帯が巻かれており、誰かが手当をしてくれたらしい。
これは、ということはやはりあれは……
あの悪夢は結局本物であり、この胸の傷は何よりの証拠だった。
そういえば姉さんは何処に? その疑問が頭に浮かび、辺りをもう一度見渡そうとすると、突っ伏して寝ていた少女がムックリと無言のまま腕立て伏せで身体を持ち上げるように上半身が十センチベットから離れた。よだれを腕で拭っている。
それから少しキョロキョロと寝ぼけ眼で辺りを見渡すと少女の大きな目の黒い瞳に自分が捉え、そして何故かベットの上をほふく前進でこちらに向かって移動し始める。
「あ、あの君は……誰?」
こちらに向かって身体の上の毛布を這ってこちらに移動してきている少女に少年は尋ねてみるが一向に止まる気配も答える気配もなく、ただゆっくりと移動してくる。
そしてとうとう少年の真ん前に来る。
少年は不思議顔でその少女の顔を見る。
今は寝ぼけているが、改めて見ると何て可愛い顔をしているのだろうか。
そんなことを思いながらふいに身体が押し倒される。
???
この少女が自分を押し倒したのだ。そして、首に手が回され始める。
その突発的な行動に思わず顔を赤くするが、
「え? ちょっと!? 痛い痛い痛い!」
少女の遠慮のない抱擁が自身の胸の傷に響き、気持ちを正直に吐き出し少女の背中をペシペシと叩いてギブアップ宣言を出すが、肝心の相手はそれを聞き入れずギュ~~ッと抱き締めてくる。
「あ、あのつかぬ事をお伺いしますが……離して下さい」
「う~~、ごおき~~、どうしたの~? ……えへへ~」
「あの、言葉分かりますか? …………痛いです」
「ふみゅぅ~~」
謎の甘えた可愛い声で、少女はスリスリと少年の胸に遠慮無く頭を押しつける。
少年にとって痛い以外の何でもなく声にならない叫びがブンブン振られる手が代弁していた。
だが、やがて少女の方も意識がハッキリし始め、徐に頭ゴシゴシ攻撃を止め始めると、
「う~~…………う? …………あれ? …………護熾じゃなかった」
ようやく目を完全に醒まし、そして自分がやったことを思い出すと急に恥ずかしくなったのか怪我人である少年から毛布を剥ぎ取り、それを身体に素早く巻き付け、見事な毛布団子を少年に披露する。
一方、勝手に抱きつき、頭ゴシゴシをやった少女の次から次へと行う行動に口を開けて唖然としており、そしてそのまま暫し動きを止める二人。
「…………」
「…………」
やがて恐る恐る、少女が毛布から顔を出し、少年を見る。
「あ、あの、ごめんね?」
「いいえ、それよりあの~、此処は一体?」
コンコン
「う~っす、目を醒ましたか?」
ドアのノック音が響き、そして別の少年の声がし、ドアが開けられる。
入ってきたのは少女と同じ黒髪で、不自然に眉間にシワを寄せたような表情をしている少年で、二人の姿を見るとその状況にますますシワを寄せた怪訝そうな顔をし、
「何やってんの? ユキナ」
「べ、べ、別に変なことやってないよ護熾!」
毛布団子の状態で一欠片の信憑性のない言葉を言ったユキナが顔を赤らめて、護熾にそう叫ぶように言った。
「で、あなた達は一体…………?」
身体の向きを横にし、ベットに座った少年は顔をゆっくりと右に動かしながら、その場にいる全員に一瞥を向ける。この部屋には先程スタジアムのフィールドに倒れた少年が目を醒ましたとの情報を聞きつけて、眼の使い手全員、及びガーディアン数人を含む人がいた。
少年に質問された全員は互いに顔を見合わせ、代表にシバと休憩の合間に来たトーマがその質問に答える。
「俺たちは眼の使い手だ」
「眼の使い手……!?」
「そうだ……君は?」
「………………」
眼の使い手という言葉に驚いているのか、それとも単にこの場にいる全員を信用できないのか、少年は押し黙ったまま喋ろうとしなかった。
十数秒、進展のない中、
「あ、あの~、傷の方は?」
怪我のことについて気になったのか、ミルナがヒョコッとガシュナの後ろから顔を出し、傷の具合について少年に尋ねる。すると少年はその言葉に反応し、
「ああ、これなら大丈夫です……あなたがしてくれたのですか?」
「え、ええ」
「治療の技術がすごいですね。一体どうやって」
「あ、あのそれは私の治癒の能力でして……」
「治癒? あなたは、眼の使い手ですか?」
「あ、はい」
「簡単に素性を明かすなミルナ、そして得体の知れない、まず、貴様の正体を明かせ」
少年とミルナとのやりとりの間に鋭い声が入り込む。
少年はその声の主に顔を向けるとガシュナが少年の方にこれまた鋭い眼光を向けていた。
「お前は突然、スタジアムの方に現れた。何の拍子もなくな」
「? 突然、現れた?」
「そうだぜっ、俺は間近で見てたから分かるけど、お前突然現れたんだぜ? しかも胸に大怪我背負ってよ。そういえばボロボロになった着替えと鎧みたいな防具はこっちの椅子に置いてあるよ」
ラルモが指を指した方向には確かにイスに掛けられたボロボロの衣服と胸当たりに大きな損傷をした鎧があり、静かにその場に収まっていた。
それを少年は暫しの間見つめ、そして苦しそうに目を細める。
それから、やや睨み付けるような視線になり、その視線を全員に向ける。
静寂の空間が出来上がる中、
「……やっぱ、大人数で此処にいるのは不味いかな。警戒されているようだし」
「……そうだな」
少年の様子からこの部屋に大人数でいるのは不適当だと感じたのか、シバとトーマは周りの人にどうしたいか?という眼差しを向けてみる。
「此処は、一対一の方がいいんじゃねえか?」
護熾からそんな意見。じゃあそれは誰がいいか、ということになると。
「それだったら護熾とガシュナは止めといたほうがいいな。脅迫みたいになるから。なんちゃって!」
ラルモからそんな一撃。
するともの凄い形相で般若のようになった両者が同時にラルモに振り向き、凍てつく波動をプレゼントする。そんな茶番はともかく、アルティは男子に対しては無口になるのである意味拷問になってしまう。ラルモはその逆になるであろう。ミルナは仕事があるし、第一逆にミルナが参ってしまう場合がある。
と、なると護熾、ユキナ、ガシュナ、シバ、トーマ、イアル、リル、ギバリの七人になる。
「あ、じゃあ私が残るよ。さっき迷惑かけちゃったし」
そしてユキナが自ら残ると主張し、とりあえずユキナに任せようということで互いに顔を見合わせ、残りのメンバーは何かあったらすぐ呼ぶようにと言い付けた後、その部屋を後にして二人きりにした。
「えっと、じゃあ自己紹介。私の名前はユキナ。称号"烈眼"を持つ眼の使い手です。」
「…………烈眼のユキナさんですね」
「え~っと、さっきはごめんね。つい寝ちゃって……毛布汚しちゃって……」
「…………大丈夫ですよ。僕は、うん僕なら……」
一人残ったユキナが椅子に座って、ベットの上にいる少年に話をするが、返事はしてくるものの若干曖昧であった。やっぱり私じゃあ話してくれないかな? それとも、舐められているのか?
ユキナはそんなことを思い、う~ん、と頭を少し抱えて悩んだポーズをする。
その仕草に気が付いた少年はユキナをジーッと目の前の少女を見つめる。
思えば、此処で目覚めたとき少女は自分のような見ず知らずの男に対しあまりにも無防備であった。その後に起きた謎のゴシゴシ攻撃は置いといて。
それに有無言わずこうして手当も施してくれた。
敵意はない、むしろ友好的だと判断した少年は肩の力を抜き、目の前にいる少女に向かって言った。
「カイト」
「う~ん……え? 今なんて?」
「カイト、僕の名前だ。」
「カイト? カイトっていうの?」
ようやく名を明かしてくれた少年に、ユキナは満面の笑みで喜ぶ。
太陽のような笑み、カイトはその笑みを見て、驚くと同時に不意に顔が赤くなる。
今まで見てきた少女達に比べ、ダントツにいい笑顔。こうして幼い姿だが、将来はきっと美人に、美人に? そういえばこの子歳いくつくらいだろう?
そんな疑問が頭に浮かんだのでとりあえず恐る恐る訊いてみる。
「あ、あの~」
「ん? 何? カイト」
「と、歳はいくつで?」
「! む~~~、私はこう見えても16才だから~~」
どうやら相手は自分の外見を見て年下だと思ったようでこの質問で顔を膨らませたユキナは拗ねたようにうるうるした瞳で上目遣いで睨むが、寧ろ可愛く見えてしまう。
カイトもカイトの方で歳の割に幼……いや若いことに驚き、さらに機嫌を損ねてしまったこの少女に大いに慌てて別の話題に無理矢理移そうとする。
「え、えっとすいません! 僕と同じ歳ですね。えっと、一番肝心なことを聞き忘れたのですが……――」
「ん~~? 何?」
「此処、どこですか?」
「ああ、此処はね、ワイトの中央病院だよ――――」
「え!? 海洞くんとユキちゃんと黒崎さんは出かけてるの!?」
少し前、道端で怪我をした少女を運んでいた千鶴は海洞家の玄関を尋ね、今護熾の弟の一樹と妹の絵里が護熾達が出かけたことを話していた。
千鶴は本人がいない今、勝手に赤の他人を押しつけるわけにはいかないと思い、困り果てるが、二人は千鶴の困惑振りと怪我をした少女の様子で察しが付いたのか、
「と、とりあえず上がって斉藤さん! 護兄にはあとで何とか言えばいいんだし!」
「あたしのベットにとりあえず寝かせようよ! 救急車とかその後にでも!」
「え? いいの? じゃ、じゃあこの人ベットに寝かせたら私一回家に戻ってからもう一度来るから、ありがとね!」
二人の応対に感謝の微笑みを浮かべた千鶴は、玄関を上がり、絵里の案内で部屋に運び、そしてゆっくりと仰向けに寝かせる。そして鎧のような上半身を覆っている防具の留め金とベルトを外してみると、脇腹当たりが血で滲んでいた。しかし怪我の具合は幸い、出血が少し多い程度で瘡蓋が既にできあがっていたので、軽い消毒とパットを貼り、千鶴は一旦、家に戻った。
「ワイト? ……此処が?」
「うん。結構有名な街なんだけど、知らない?」
「ワイト…………此処が、ワイト」
此処は一対何処だと聞いたカイトはユキナからの返答に目を丸くし、首を回して辺りを見渡す。
自分が知っているワイトにはこんな施設はないし、第一見たことないモノだらけのハズがない。
しかしこの少女が嘘を付く義理もない。
それでも真相が知りたいカイトは一度、ユキナの意に介さず部屋の外を見るためにベットから降り、目を見開いて窓の縁に両手をかけ、身を乗り出すように窓から外を見る。
やはり此処は知らない場所。自分が育ち、身に感じてきた環境は一切、ない。
「ど、どうしたの?」
カイトの突然の行動に驚いたユキナは、恐る恐る訊く。
だが返事はなく、縁にかけた手がフルフルと小刻みに震えるだけであった。
「ここが……」
不意に、呻くような声でカイトは言う。窓の縁がミシッと変な音を立てる。
「ここが、ワイトのハズが……」
そしてユキナに不意に、その表情を見せる。
さっきまでの表情と打って変わり、まるで憎しむばかりのような憤怒の表情でユキナを睨み付ける。
その様子に、思わずユキナは時間が止まったかのように固まってしまう。
「此処がワイトのハズがない……だって僕の知っているワイトは……―――――ここは何処なんだ!?」
怒号のような声がユキナに向かって放たれ、ユキナはビクッとするが、慎重な声で言う。
「わ、私はあなたの言っている意味が分からない……ここはワイトよ?」
「嘘を付くなァ!! 此処はどこだ!? 姉さんも居るはずだ!!」
「姉さん? ねえその姉さんって誰なの?」
完全に不乱に陥ったのか、冷静さを失ったカイトはユキナを敵と見なし、殺気立った感情を容赦なくぶつける。彼の知っているワイトがこんな場所ではないことは本人が一番分かっている。
ならば此処は別の街か敵国なのだ。
いや、正確には他の街は自分達眼の使い手を欲しがるため、自分の街以外では信用が行かないのだ。
「ちょっ、落ち着いて! 私は敵じゃない!」
「口では何とでも言える!! 姉さんを返させて貰うぞ!!」
ユキナの言葉は虚しく聞き入られず、カイトは指をさし、そして身体に力を入れる。
カイトの髪が、金色に変わってオーラを纏い、眼も同時に同じ色になる。
開眼状態。
ユキナはカイトのその姿に驚きを隠せず、目を見開いて見つめる。
「あ、あなた開眼者なの? そんな、私達以外に開眼者なんて……」
「それはこっちの言葉だ! 開眼者は僕と姉さんの二人だけ! 情報を吐き出して貰うぞ!」
カイトは叫ぶように言いながらユキナを睨み付け、そして一度両手を合わせるようにする。
そして両手を離すと手と手の間から金色の気が精製され、そしてそれが火花を撒き散らしながら形が精製されていくと、やがて長さが二メートルほどの槍の穂先に斧頭、その反対側に突起が取り付けられている棒状の武器、ハルバードが片手に収まる。
眼の使い手特有の気からの武具精製。
それに呆気に取られたユキナは、一瞬だけ動揺の表情をとる。
カイトはその隙に負傷させないようにするためにハルバードを回転させて突起の部分をユキナに向け、胸が針を刺すような痛みを伴っても関わらずそれを胸の方に向かって突く。
ユキナは一瞬遅く反応したときには既に突起が胸を突く瞬間であった。
ここで突かれれば小柄な身体は簡単に後ろに吹っ飛び、壁に叩きつけられ、あとはその隙に捕まえてこちらの言うことを聞かせればいい。そう考えていた。
目の前で、突起のついた短い棒が弧を描きながら飛ぶまでは。
「え…………?」
呆気に取られ、世界がゆっくりと流れる中、鮮やかなオレンジ色の髪が、さらりと目の前に流れる。
そして金色の眼に映ったのは、綺麗に短くなったハルバードと、小柄な少女の大きなオレンジの瞳、そして一瞬で横切る銀色の刀身。
……な、何だと
こっちは確実に相手の一瞬を突いて攻撃をした。
それはこの少女が例え眼の使い手であろうと、避けられないハズだった。
しかしこの少女は一瞬で変貌し、一瞬で自分のミスを取り戻すほどの速さで開眼し、抜刀し、難なくとこちらの武具を斬り捨てたのだ。
不意に、ガラスと何かが割れる音。
カイトのハルバードが斬り捨てられ、武具としての形を為さなくなり崩れた瞬間、背中から誰かに押し倒され、そして体重が思い切り乗る。
金色の少年が振り向く前に、両手が床に押さえつけられ、束縛した状態になる。
そして後から、ガラスが床を叩きつけるけたたましい音が鳴り響く。
「念を入れておいて良かった」
「貴様がいなくとも、俺一人で十分だったんだがな」
「やっほーユキナ大丈夫か?」
「ユキナ…………!」
窓のガラスを蹴破って入ってきた開眼状態の護熾、ガシュナ、ラルモ、アルティのうち護熾とガシュナはカイトの両腕を封じ、ラルモは手を軽く振ってカイトの背中に乗って全身を封じ、アルティは珍しく心配そうな表情でユキナに近づいて我が子のように抱擁する。
次々と現れた眼と髪の色がさっきまでとは違う五人を見て、驚いた表情で言う。
「開眼者…………!? 話は、本当だったのか……?」
「それより貴様は何者だ? その姿、開眼そのものではないか?」
「じゃあ此処は……本当に……ワイ……ト」
「ん? おい、こいつ…………」
声が段々と掠れていったカイトに護熾は顔を覗き込ませようとすると、その瞬間、気を失ったかのように床に頭を打ち付けて、髪と瞳を元の色も戻し、そのまま動かなくなる。
見ると、開眼の反動と無理矢理身体を動かしたことが災いしたのか、胸に巻いた包帯から血がにじみ出してきており、それが床を濡らしていた。
「シバさんの言う通りにしていたから、何とか大事には至りませんでした」
「うん、それにしても、この子が眼の使い手だって?」
カイトをもう一度寝かせ、ミルナを呼んで治療の間、眼の使い手だけで集まった病室では先程のこの少年の開眼について話していた。
病室は窓が四人によって破壊されたので別の場所である。
「それで、ユキナは何か聞き出せたのかい?」
「はい、その人の名前はカイトって言って、何だかこの街のことをよく知って居るみたいで……」
「カイト? カイトって言ったのかい?」
「え? あ、はい」
幸い怪我を一切しなかったユキナから聞いたこの少年の名前にシバが目を丸くして驚く。
「どうしたんですか先生。」
「いや……どこかで聞いたことがあるようなんだが……まああとで自分で調べるかトーマに訊いておくよ」
カイトと名乗った少年を寝かせておき、明日にもう一度訊いてみる、大丈夫、俺が見張っておくからいざという時は何とかするよ、っとそう言い、今日は戻ると良いよとシバにそう言われ、ガシュナはもう一度こいつが起きてミルナに被害が及ばないか心配だから一緒に見張り、ラルモとアルティは寮へと戻ることに決めてその場にいる全員に別れの挨拶を告げた。
「んじゃあ、俺たちも一度お前の母ちゃんのとこへ言って、それから帰るか」
「うん、そだね。」
護熾とユキナも一樹達が待つ家に戻るため、シバに挨拶をし、そして病室を後にした。
余談だが、このどさくさに紛れてこの場にいた全員は、この前の学園祭より片付けの量の少なさも相まって今回の大会の片づけに参加しなくて済んだ。
陽が、少し沈もうとしていた。
西の地平線に、完璧な円をつくる光の塊が、あとほんの少しで隠れようとしていた。その右上には、宝石のような小さく赤い粒が輝く。
雲一つ無い空はオレンジから蒼、そして紫へと変化しながら、全天を覆っていた。
「ふ~ん、それは驚きね。あの男子が眼の使い手ね~」
「でしょでしょ? 私達以外にもいた何て驚き!」
異世界から現世へ、降り立った三人はとりあえず海洞家に向かって歩いていた。
今はもう4時半、一樹と絵里に言っておいた大凡の時間より遅れてしまったため言い訳を考えながら玄関の前まで来た。
「う~っす、ただいま一樹、絵里」
「ただいま~」
「ただいま~」
玄関のドアを開けながら、少し大きな声でそう言い、そして靴を脱いで上がる。
一方、その声を聞きつけたのか、廊下の方に慌てた足取りで五月蠅く玄関に向かって走ってくる音がし、三人はほぼ同時にそちらに顔を向ける。
「か、海洞くん! ユキちゃん! 黒崎さん!」
「……? あれ? 斉藤?」
「あ、斉藤さん?」
「あら、斉藤さんだ」
廊下を小走りでやって来たのが千鶴であったことに三人は眼を丸くする。
千鶴はやや遅れてから『あ、お邪魔してるね』とそう言い、それからなに不利構わず護熾の腕を手に取ると、
「海洞くん! 勝手に入れちゃってごめん! でも怪我をしていたから…………!」
「うおーい、一体何があったんだ斉藤!?」
「それは絵里ちゃんの部屋に来たら分かるよ!」
グイグイ引っ張っていき、玄関に二人を置き去りにしながら護熾に急いで来るように叫ぶように言う。
そして絵里の部屋まで強制送還され、そして名前の入った掛札のドアを開けると一樹と絵里が護熾が入ってきたことに気が付いて顔を向ける。
「あ、一樹、絵里、お前ら何でこの部屋に?」
護熾は二人にそう聞き、二人は言葉で返事ではなく、自分達が向けた顔の方向で返事をした。
それに釣られて、顔を絵里のベットの方に向ける。
顔に絆創膏を貼り、気持ちよさそうに寝ているやや赤めの色の長髪をした少女が、そこにいた。
護熾がその光景に固まっている中、あとから来た二人も顔を覗かせ、そしてその少女を発見する。
『"嘘を付くなァ!! 此処はどこだ!? 姉さんも居るはずだ!!"』
怒号のような、カイトの言葉が、ユキナの頭の中で再度繰り返された。