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三週日目 現れた異変






「あれって確かイアルに勝った眼の使い手?」

「再戦? リベンジ?」

「来てたのかあの眼の使い手!?」

「まさかこの場でそんなイベントを行うのか? でも眼の使い手は出られないんじゃ」

「いや、でもあのイアルなら眼の使い手の方が丁度いいハンデなんじゃない?」


 イアルの指さした方向に視線を注目させた観客席の生徒達はかつて学園祭の前に戦闘訓練場でイアルを開眼しながらも打ち負かした少年の姿を発見し、伝言ゲームのように観客席を駆け巡っていった。

 一方、この騒動の中心にいる護熾はたまったものではない。


「あ、あいつこのために俺を呼んだのか!?」


 そしてこの大会に出向いてしまったことを後悔した。

 いや、確かに秋季商店街大安売祭のお米券に釣られてきた自分も悪いけどさ、こんなのは聞いてねェ!! 

 準決勝であの時見せた微笑み、おそらくイアルは昨日誘った時点でこの大会のプログラムが早めに予想し、そして的中通りこうして三十分近くも早めに終わり、しかも生徒達の欲求不満に答えるためにこうしたメインイベント用意していたのだ。

 あの夏の日、初めての眼の使い手との戦いで初めて土を付けたのが護熾本人。

 性格からして負けず嫌いそうなイアルにとって今日この状況は打って付けだった。


「イアルそんなこと考えてたんだ……でっ、護熾どうするの?」

「逃げる!」

 

 ユキナに尋ねられ、即答で返事をした護熾は席を立ち上がり、振り返って急いでこの場から逃げようとする。イアル、残念だけどお前の思い通りには――――そう思いながら早速逃げようとすると、


 ガチャンッ


「すいませんカイドウはん。」


 振り返った瞬間、ギバリの申し訳なさそうな声と共に両手に突然重みと金属音が耳に届く。

 へ? と護熾は気の抜けた声を出し、見下ろして見てみると両手首に銀色に輝く手錠が施され、さらに手錠の鎖には引っ張り連れるために二本ヒモが付いている。

 唖然。

 そして手錠を掛けた張本人ギバリに怪訝そうな顔と一体これはどういうことなの?を混ぜたような表情で説明を求めると、


「いや~、実はイアルにプログラム進行上、必ず時間が空いちゃうから何か無いかと昨日聞いてみたもんよ。」

「そしたら『私に良い案があるから待ってなさい』って返事があってね。そして今日、イアルにカイドウさんが逃げないように見張り兼取り押さえを頼まれて……」

「お前ら! 初めからグルだったのか!?」

「グルというより、被害者と呼んでほしいもんよ」


 ヒモを持った二人からの説明を受けながら、手錠を掛けられた護熾は二人に付き添われながら現行犯のように連行され始める。

 だー! もうっ本当はこんな手錠なんかぶっ壊して逃げたい!

 と、護熾は直ぐさま頭に浮かび上がったが、何というか、今両脇にいる二人からどうか逃げないで欲しいという気持ちがヒモを伝ってヒシヒシと伝わってくる。

 此処で逃げればこの二人が被害に遭う。

 実に良心が痛むことなので自然と逃げようなどと言う考えは融かされていき、観念したようにガックリと肩を落とした。

 

「ごめんなぁ、こうしないとイアルに……」

「はいはい安心しろ。俺は逃げねえよ。……っていうか眼の使い手は出ちゃいけないんじゃ?」

「それだったらイアルは学園長から許可を得ているし、第一カイドウさんは眼の使い手“代行”ですからその点は大丈夫です」

「…………はぁ」


 大きく溜息を一つ。一体どれほど手際と盲点を突いているのだろうか。

 こうして護熾は他の眼の使い手達に背中を見送られながらあっという間に連れて行かれてしまった。




「…………いや、まあ貴重な体験だからいいのかな?」


 ガックリと肩を落として連れて行かれてしまった少年の背中を見ながらシバはそう言い、他の眼の使い手達に顔を向ける。するとミルナが両拳を作ってハキハキと言う。


「だ、大丈夫ですよ護熾さんは、きっと上手い方法で終わらせると思いますよ」

「それは相手があのイアルだと知ってての発言か?」

「え? あ……あゥ~~~」


 ガシュナの注意に思わず顔を赤くして恥ずかしくなるミルナ。

 一方、ユキナはジーッと護熾が出てくると思われるフィールドの出入り口を睨むようにしていた。

 その様子に気が付いたアルティが尋ねてみる。


「どうしたの? ユキナ……」

「うんアルティ……何かさ………」


 ユキナはどこか不満げで、何か嫉妬しているような表情で目の前にある手すりに顎を載せると頬を少しだけ膨らませ、フィールドを見下ろしながらボソッと一言だけアルティにだけ聞こえるように零した。

 

「ずるいって、思うんだよね~」








「あっははは!! 護熾お前災難だな~!」

「うるせえ! だったらお前代わりに出ろよ!」

「お前がご指名だから俺はその傍観者だ。ま、精々気をつけて」


 フィールドの出入り口から出てきた護熾は出てくるなり早速爆笑中のラルモに声を掛けられ、このようなやり取りをするが今回は観戦者だ主張され、元の席に戻られてしまう。

 ラルモが背を向けたときと同時にギバリが手錠が外され、両手が自由になる。

 護熾は軽く両手首を振る。

 そしてギバリとリルからどんな武器がいいのかを聞くと、


「いらねえよ。俺の戦い方は基本を素手だし」

「で、でもそれじゃ不公平じゃあ」

「俺は眼の使い手、全身武器みたいなもんだ。……それに」


 そう言いつつイアルの方に顔を向ける。


「何とか説得してとっとと終わらせたいんで、じゃあな」


 そうして渋々とスタジアムの中心の円に赴いていった。







「よっ、海洞。ご機嫌いかが?」

「……お前それわざと言ってんのか? 斜めだよ。…………このために俺を呼んだのか?」

「まあね、夏の時のリベンジってとこかしら」


 円の縁で互いに向かい合うなり会話をする二人。

 やっぱり、と護熾はそう思い後ろ頭を掻きむしる。


「……だったら何でこんなすんげー人目に付くとこでやんの? 適当な時間見つけてやればいいのに」

「それじゃあ私が勝ったときの保証人はどうなるのよ? 夏の時だって生徒いっぱいいたじゃない。だったらその時と同じ条件で戦いたいの。海洞、準備はいい?」

「へえへえ、説得は無理そうだなこりゃ」


 最早、意気揚々の状態のイアルには説得のせの字も聞き入れないだろうと確信した護熾は軽く溜息をついてそして改めて辺りを丹念に見渡した。

 三階の戦闘訓練場のフェンスで囲まれたフィールドよりは遙かに広い。

 なるほど、眼の使い手の鍛錬場にはもってこいの場所だな。

 そしてアクリル板のドーム、その向こうに試合の開始が今か今かと始まっている観客達。

 その観客達から『眼の使い手はずるいよ!』や『イアルをもう一度倒せ!』や『二人とも良い試合を見せて』などなど様々な思考の言葉が飛び交っていた。


『“ああー、お二人とも準備はいいか?”』

「いつでも」

「とっとと始めてくれ。終わらせたいから」


 スピーカーからラルモに聞かれ、二人ともそれぞれ返事をする。

 二人の返事を受け取ったラルモは一度観客のざわめきを宥めてから、


『“えー長らくお待たせ致しました。時間の都合上、本大会の優勝者イアルとええ~っと、あ、そう呼ばせてんのかあいつ? ごほんっ、眼の使い手のカイドウとの試合が始まります。尚、この試合は学園長から既に許可をとっており、今回だけの試合となっているようだぜ! それでは……試合の合図を”』


 ピーーーーッ!

 その瞬間試合の開始を告げる、笛の音がスピーカーから響いた。

 最初、両者は動かなかった。

 観客達が見ている中、護熾は改めて聞く。


「なあ、やっぱ止めにしね?」

「その言葉、お断り!」


 そしてイアルは猛烈な勢いで背中の折りたたんだ鎌を取り出すとそれを解除しながら護熾に鋭い踏み込みを放つ。一瞬で間合いを詰められた護熾は少し驚いた顔で身を一歩早く引く。

 護熾が身を引いた瞬間に抜刀した鎌の刃先が護熾の額に少し掠る。

 振り抜いたイアルはその場で回転するように遠心力を逃がして直ぐさま体勢を立て直す。

 護熾は後ろに下がりながら、両手を地面についてスピードを殺して止まる。

 そして同じく体勢を戻すとイアルはこちらを指さしていることに気が付く。


「海洞、開眼しなさい。今のあなたの状態では私には絶対勝てない」

「お前、俺が普通の奴に開眼で行くわけねえだろう。前にも言ったよな? 開眼は人を傷つけるものじゃなくて――――」

「分かってるわよ。でもあなたは前回開眼状態で私に勝ったのよ? だから開眼状態で戦わないと私が勝っても意味がないの。」

「お前ホント好戦的だよな~~、……でも確かに開眼状態じゃなきゃお前に勝てなさそうだな。ただ気を高めた状態でも俺気の操作下手くそだからすぐ切れるし…………お前、ホント強いな」

「!! …………バ、バカ、褒めたって何もその……」

「? どした?」

「う、うるさい!! とっと開眼しなさい!!」

「へいへい」


 どうやら前よりもっと腕を上げているのは先程の斬撃と踏み込みから大凡推測した護熾は仕方なしに一度息を吸って、吐く頃には既に姿が変わっていた。

 黒髪と瞳が鮮やかなエメラルドのような翠色に変わり、身体から同じ色のオーラが包み込むように溢れている。観客達はイアルの相手をしている少年の姿は先程と大きく違うことに大いに驚き、目が釘付けになる。イアルは姿の変わった護熾を睨みながら、両手で鎌の柄を握りしめる。


「……ホントになってくれたのね…………これで思う存分、戦える!!」

 

 そして再び踏み込んで鎌を構え、一直線に――――護熾がいきなり目の前に現れた。


「え?」


 まるでテレビの映像が飛んだかのように、鎌の有効範囲よりも内側に既に護熾は来ていた。


「お前さっき対戦者に鎌は間合いが近いと意味がないとか言っていたような。だからそうさせて貰っ……たっと!」


 そして左手で鎌の刃を掴むと語尾を強調しながら一気にガラス細工を握りつぶすかのように砕く。

 鎌の刃の部分は見事に砕け、そして亀裂が後から続いて最早只の鉄の棒となる。

 刃がただの鉄片となり、地面に散って跳ねる光景に観客達はその規格外な行動に思わず感嘆の声を漏らし目を見張る。


「くっ…………!」


 ただの鉄の棒ではこの男には敵わないと思ったイアルはすぐに柄から手を離すと同時に後ろ腰に差している長剣を取り出そうとすぐ手を回して掴み、引き抜くがその鍔の上に刀身は載っていなかった。


「え……何で?」

「ルール上、武器は武器の役目を果たさないとダメなんだよな?」


 護熾がそう言い、右手に根本から折った刀身がつまみ上げられていた。

 その事にイアルは驚愕の表情を隠しきれず、生徒達の方も唖然としてその光景に驚いた。

 開始一分でこの結果。パッパと決着は誰の目でも明らかだった。

 しかも先程までのイアルの対戦者の立場が今度はイアルに降りかかっているのだ。

 護熾は最初から思いっくそ戦おうなんて思っては居ない。

 それは分かっていたことだが以前の護熾にはこんな芸当はできなかった。

 おそらく、死を自らに取り込んだ結果第一解放自体の能力も大幅に向上したのであろう。

 護熾は手に持った刀身を後ろに適当に投げ、投げた刀身は弧を緩やかに描いてそして金属音を立てて静かになる。


「どうする? 降参するか?」

「………………」

(こりゃー、来るかな?)


 前回の夏の時には負けたことが悔しくて自分でそれを認めず素手でまだ来たことがあったので護熾はそれを覚悟しつつ何時来ても大丈夫なように防御の姿勢をとる。

 イアルは折れた剣をジッと見つめたまま顔を俯かせている。

 そしてそれを力なく地面に落とし、護熾は反射的に身構える。

 だが来たのは蹴りでも拳でもなく―――――鼻を擽る甘い香り。


「あっ!」「あっ!」「あっ!」「あっ!」


 不意に生徒達から驚きの声が上がる。

 生徒達の視線の先には――――護熾の胸にイアルの頭が載っている図があった。

 

「な、な、イ、イアル~~」


 時同じくして、その光景に目を奪われたユキナはとうとう我慢できなくなったのか、みんなが釘付けになっている隙にこっそりと席を抜け出した。







「いやあの……どうしたイアル……さん?」

「…………」


 今起こっている状況で観客はもちろん、一番驚いているのは護熾以外の何でもない。

 護熾はコツンと頭を突いたイアルにどう対応すればいいか分からずあたふたと慌てる。

 これは一旦、身体を離した方が良いな。

 そう判断した護熾は肩を掴んで離そうと手を伸ばすとそれと同時にイアルの顔が上がった。


「ふふっ」


 上がった顔には前回のように負けた悔しさでいっぱいの表情ではなく嬉しそうな微笑むだった。

 護熾はその表情を見て、ますます混乱に陥る。

 イアルは護熾の胸板から頭を離すと元の姿勢に戻り、顔を合わせて言った。


「やっぱ負けちゃった。開眼状態のあなたはやっぱ強いね」

「え? え?」

「参りました! 降参!」


 ハキハキとした声で笑顔でそう答えたイアルの言葉に護熾、及び観客の生徒全員が驚愕する。

 あのイアルが降参を申し出た!?

 護熾はしばらくイアルの言葉を信じられなかったが、やがて息を飲み込んでからゆっくり言った。


「……意外だな」

「ま、私だって本当はあなたを追いつめて第二解放まで解放させたかったわよ。でもね、よかった。あなたが強いことを再認識できたから」

「??? それは、どういうことだ?」

「どうにもこうにも言ったまんまよ。それに、自分で言うのも何だけど私だって少しは強くなっているのよ? 分かる?」

「ああ、それはな」


 現世の方で生徒のほとんどが敵の異空間に連れ去られたあの後、此処にいる眼の使い手と一蓮托生の思いで敵を撃破し、連れ去った張本人も撃破したと安堵した瞬間、護熾がユキナに降りかかった閃光から身を張って護り、一度は命を落としたのだ。

 そして護熾は、あまりにも信じられないことだが胸に“真理”という現理に代わる新しいこの世の秩序のおかげで自分を後から追ってきた“死”をも取り込み、寿命半年間しかないという人生を今は送っている。

 だから、だからこそ、彼に護ってもらうなんてことはされたくない。

 護ってもらった結果、この人がもう一度命を落とさないように――――


「その前に海洞、あなたいつまで開眼状態なのよ」

「あ、そういえばそうだった」


 意外な状況に我を忘れていた護熾はまだ開眼を解いていないことを指摘され、気付いたので早速解除をしようと力を抜こうとしたときだった。

 

 耳に届く誰かがこちらに軽快に走ってくる音。

 その音に気が付き振り向いた瞬間、ドーム内に差し込まれた光で反射する一筋の銀色の刀身。

 それを紙一重で横に回避した護熾は直ぐさま体勢を立て直しつついきなり襲ってきた相手を睨む。

 そして、睨み表情から一転して驚きの表情に切り換える。


「ユ、ユキナ!?」


 自分に攻撃を仕掛けた人物―――既に瞳も髪を鮮やかな夕陽を思わせるオレンジ色になった少女ユキナが振り下ろした武具『紅碧鎖情ノ太刀』を戻し、護熾と改めて対峙する。


「ちょっ、ユキナ!? あなた何してるの!?」

「イアルだけずるい! 私にも護熾と戦わせてよ!!」

「なっ、それはちょっと横暴よ!」

「ずるいずるいずるいっ~~~!」


 そう言って刀をブンブン振って頬を膨らませてイアルに返事をする。

 それから、イアルにしか聞こえない声で話し始める。


「…………私だって、イアルと同じように護熾に思い出あげたいもん。そのためにこんなイベント用意したんでしょ?」


 残り半年の寿命ならば、自分も同じように思い出を作ってあげたい。

 ユキナにとって、護熾は大切な人。

 なので今回のこの大会が護熾とイアルだけの思い出になるというのは無性に歯痒く居ても立っても居られなくなる気持ちになるのだ。だからこそ半ば強引にイアルにそう申し出る。

 一方、いいところを邪魔されたイアルは少し腹が立ったが、彼女もまた自分と同じ“気持ち”の身、それを思うと分からなくはないし、何しろ決着は付いたのだ。

 これ以上自分がこの場を引き受けるわけにはいかないのでゆっくり、ソッと言った。


「……さすがというか、同じ気持ちだと見破られやすいのね」

「だから私も戦いたい。いい?」

「…………急な話ね。でも、確かにこんなに早く決着ついちゃうなんて予想外だったから勝手にすれば? 私じゃ海洞本気にさせられそうにないし……」

「イアル…………」

「ん? 何?」

「その……ありがと」

「お互い様でしょ?」


 そう言い、イアルは護熾を一瞥してから、二人の邪魔にならないようにラルモ達のいる運営放送の持ち場に歩みを向け始めた。

 





「イアル、どうだった? 護熾と戦って」

「ええ、彼は相変わらず強いわ。手も足も出なかった」

「で、ユキナが出てきたけど何て?」

「私にも戦わせろだって。まあ、時間もまだあるし互いに眼の使い手だし、安全対策は万全だから任せたの。ほら、私一応実行委員の一人だから大会を盛り上げなきゃ行けないの。だから放送で言ってあげなさいよ。」

「ああ、ハイハイ ごほんっ『“ええ~、カイドウVSイアルの試合がカイドウの武器破壊によって予想以上に早く終わっちまって、何と代わりにかつて武人と呼ばれた英雄の娘、ユキナが対戦を申しつけてきて、プロローグ通りの時間調整のため、皆様にカイドウVSユキナの試合をしてもいいかと尋ねるが、

どう? みんな?”』


 マイク越しから観客達にそう尋ね、生徒達は互いに顔を見合わせてこの想定外の試合に目を丸くするばかりであった。

 あの英雄の娘が? あの眼の使い手と対決? 

 しかし、眼の使い手同士の戦いはほとんどの生徒は観たことがないので自然とその答えは一向性のモノへと変わっていった。 

 是非見てみたい。

 かつて街を一つ救ったことがあるあの翠の少年と英雄の娘、一体どちらが強いのかを。


「あわわ、ま、まさか護熾さんとユキナが戦うなんて……」

「大丈夫、危なくなったら止めに行けばいいから……」

「はっは、まさかこんな面白い展開になるとはね。楽しみだな」

「シバ先生、随分楽しそうですね」


 絶対に怪我するのではと懸念するミルナはアルティに顔を向けて意見を求めると優しく返事が返ってくる。

 一方珍しく子供のように楽しそうな表情のシバにガシュナがそう訊く。

 

「彼女のなら護熾の本気を出させてくれるかも知れないし、何よりも護熾が第二解放を見せてくれる貴重な場面だ。それにはガシュナ、君も興味あるだろう?」

「…………確かに、さっきまでの此処の生徒達の試合よか、楽しめそうだな」


 そう言って二人に視線を戻す。

 一体あの日、どんな第二解放を発現したのか、あの男が、どうしていとも簡単に対怪物最終奥義の領域を踏み越え、さらにユキナの話によるとあまつさえ、それすらを超える力を持っているというのだ。

 それはおそらく解放させないだろう、だからとくと見せてもらおう。

 そう思い、イスを座り直した。







「あの~~~俺もう帰りたいんだけど……」

「ダメダメ、許可も下りたし、第一進行上ここで時間潰さないといけないらしいから」

「そこでお前が出てこなくても……あ~もうっ」


 イアルの次に現れたユキナにげんなりとした護熾が言う。

 しかしユキナは闘気満々で軽く準備運動なんかを始めちゃっている。

 

「で、何でお前なんだそういえば? お祭で気分で火がついたのか?」

「う、ま、まあそんなとこ。それに……護熾の本気が見たいしその……」

「その?」

「い、いいのいいの! ほら行くよ!!」

「って、ちょっ、おまっ!」


 始まりの合図の前に、ユキナが武具を携えて前に飛び出し、護熾がそれに気が付いてしゃがんだときには頭上を銀色の刀身が横薙ぎで通っていく。

 髪の毛が数本、切られて翠色から元の黒髪に戻って、地面に落ちる。

 ユキナは右手で振った刀を今度は左手に持ち替えてそのまま護熾に向かって振り下ろす。

 護熾はそれにもすぐに対応して後ろ向きにその場から飛び出す。

 すると先程まで居た場所にユキナの一撃が繰り出され、刹那、爆音と共に土煙がその場を支配した。

 生徒達はその光景に口を開けてポカンとし、騒然とした。


「おお、すっげ! 大丈夫かな護熾」

「平気でしょ、彼なら。」

「おおっと、イアル、少し引っ込んだ方がいいぞ」

「? どうして?」

「まあまあ、俺の言うこと聞いてくれ」


 不思議顔のイアルの背中を押しながらラルモは非難させるようにベンチの方へ移動していった。

 そして顔だけ振り向かせ、もくもくと立ち上る土煙を見る。

 一瞬だけ、土煙が赤く光った。





「ごほっ、あのヤロ。マジで殺す気かよ!?」


 土煙の中で咳き込んでいた護熾は目に入った砂を指で拭いながら周囲を警戒する。

 周囲は赤茶色の空気がその場を支配し、目を細めて集中力を増す。

 今は土煙で互いに見えない、ハズ。

 そして――――見つけた。


「おいユキナ! てめえ怪我したらどうすんだ!!」


 気力探知で大凡の方角を割り出した護熾はその方角に向かって指をビシッとさし、大声でクレームを叫ぶがとうの相手からは返事はなく、そのまま数秒が経つ。

 そして数秒後、何かが猛烈な勢いこちらに向かって来ていることに気が付き、何だ何だと指を指したまま土煙を睨む。

 そして――――

 







 挿絵(By みてみん)




 






 突如斜め上から二連撃の紅と蒼の“疾火しっか”が周りの土煙を巻き込みながら護熾に向かって飛び出し、護熾は唖然としたままその爆発に巻き込まれた。

 突然の爆発に観客達は目を見張り、驚愕の表情を隠せずに居られなかった。

 そして、煙が少し晴れた頃、フィールドから10メートル地点に誰かがいることに気が付き、そちらに目線を向ける。

 ギザギザの緋色のコートを羽織り、身体から火花を出し、片手に刀を携えた少女が足から作った気の足場で土煙を見下ろしながら、その場に佇んで浮かんでいた。

 第二解放、二人目の第二解放者。

 時折溢れるオレンジのオーラは見るものを圧倒し、同時に神々しく見える。

 

「…………来る!」


 土煙を見下ろしていたユキナは嬉しそうにそう呟き、そしてそのまま見る。

 すると土煙が巻き上げられるように、渦を作り、そして周辺へとサーッと流れる。

 静かに、ゆっくりと煙は周囲にばらまかれ、そしてその中心にそれはいた。

 

「たくっ、派手な爆発の割りには威力は全然ねえな。まんまとなっちまったよ」


 身体に付いた土を手で払いながら立ち上がり、見上げてユキナの姿を捉える。

 常磐色の袖無しのコートを羽織り、全身から翠色の火花を放ちながら立ち上がった護熾は後ろ頭を掻き、それから丹念に辺りを見渡す。

 そして、観客席の眼の使い手一行を見つける。


「…………よく見ててくれよな」


 そして顔を再びユキナに戻す。


「ユキナ、やってやろうじゃん。ただし試合じゃなくて修行ってことでいいか?」

「いいよ、でも私の方が強いと思うよ? …………準備はいい?」

「…………いつでも、そして改めてよろしく。」

「こっちこそ、よろしく――――」


 観客の生徒達は第二解放状態になったあの少年の姿に驚きの表情を隠せないまま固まっていた。

 まさか、二人目がいたとは。

 どよめきの波が起こる中、ガシュナは護熾の姿をマジマジと見て、少し驚いたように目を細める。


「あれが護熾の第二解放か……すごいもんだな」


 シバがそう呟き、他の眼の使い手の意見を聞くために顔を見る。

 アルティは、いつも通り。ミルナは、素直に驚いて護熾とユキナを交互に見ている。

 すると突如、ドームが揺れた。

 何事かと思い、シバが顔を前に戻すとフィールド内が既に土煙に覆われて見えなくなっており、凄まじい轟音が中で響いていた。



 ダンッと地を蹴り一気に間合いを詰め、護熾の右拳が茶色い風を切って、ユキナの顔に延びる。

 ユキナは護熾をモノともせずにあっさりと体を左に向け、拳がオレンジの髪を掠めたと思ったら護熾の顔面に蹴りが飛んでくる。護熾はそれを両手で受け止め、その衝撃で風が生まれ、煙が吹き飛ぶ。


 ようやく煙の中に姿を現した二人に生徒達が握り拳を作って歓声と共に大騒ぎする。


 こちらが攻撃した瞬間のカウンター、うおっ! と護熾は背中を仰け反って蹴りをギリギリ回避。

 だがこんな程度でユキナの攻撃が終わるはずがない。

 続いてトンと軸足を持ち上げ、蹴り上げた足を軸足にしての続けざまの回転蹴りが護熾を支えている足に延び、見事ヒットして護熾のバランスが崩れる。

 そして速さを生かし、すぐにユキナは後方に高速で移動すると刀を横に構える。

 ユキナから発生したオーラが刃先に集まって超高密度の生体エネルギーが生み出される。

 そしてそれを打ち飛ばすように、横に思いっきり薙ぎながら叫んだ。


「疾火!」

「おっと危ねえ!」


 すぐに護熾は空に手をついて体を無理矢理そちらに転がすように回避し、瞬間、距離を縮めてきていたユキナの蹴りが空間を切り裂く。護熾はそのままバックステップでユキナとの距離を大きく取り、滑りながらやがて止まり、集中を利かせた表情で見据える。

 このやり取りがおこなわれた後、避けた疾火がアクリル板のドームに直撃し、地震のような揺れを観客席にプレゼントしていた。


「……護熾、もう少し本気が見てみたい」


 親しい人間が強くなることはユキナにとってはこの上ない喜びである。

 その表情は誰が見ても嬉しそうで、可愛らしい微笑み。

 護熾は一瞬呆気に取られるが、そのあと楽しそうに笑う。


「まさか、第二解放同士で組み手とは、こりゃいい汗掻けそうだぜ。」


 そして呟いた刹那、さっきと逆の順で今度はユキナが一気に間合いを詰め、鯉口を切って刀身を滑らせ、護熾から一歩手前で踏み込むと一閃の居合い抜きがそこで生まれる。

 護熾も瞬間、腰に差してあった小刀を逆手で途中まで抜き、黒い刀身で斬撃を受け止めると続いてユキナの体を捻っての回転を加えた斬撃。

 生徒達があまりにも人間離れした戦いに言葉を失っていようとも構わず続ける。


「楽しそうね、二人とも」


 イアルが二人の様子を見てそう呟くと同時に護熾も即座に短い刀身で器用に攻撃の矛先を変え、打ち払う。

 しかし直ぐにユキナの剣撃が護熾を襲う。

 何度も何度も、とてもリズミカルに、しかし連撃はどんどん速くなっていく。刀身がぶつかり合い、火花が何度も散って護熾は苦悶の表情になるが心の奥底は決して苦しいなどとは感じない。

 

 …………重い斬撃、相変わらずだ


 ほくそ笑むようにユキナの斬撃を弾いた護熾はユキナに飛び込んでその表情を見せる。

 するとユキナは心を読んだのか、同じく笑ってシュンとその場から残像を残して掻き消えるといつの間にか距離を大きく取って対峙するように刀を持った手をぶら下げて、佇んでいた。


「……護熾、次で決めるよ。」

「…………ああ、いいぜ」


 次に一撃で二人の試合のケリをつける。

 ユキナは片手で振っていた刀を両手で握りしめ、一撃で決める態勢に入る。

 護熾は刀身に手を当てて、ふうと深呼吸をして集中力を高めてから瞼を開け、右足を少し引く。

 剣術ではこちらが上、もしかしたら怪我をさせてしまうかもしれない。

 それでも行こう、良い思い出になるはずだ。

 生徒達が息を呑んで見守る中、覚悟を決めた両者は距離を一気に縮め――――そして土煙が辺りをもう一度覆った。


「どっちだ? どっちが勝ったんだ!?」

「お、俺あの可愛い女の子の方!」


 再び湧き起こった煙が晴れようとしている中、生徒達は各々の勝負の行方を口に出す。

 勝者はあの英雄の娘か、イアルを秒殺したあの少年か。

 そして数十秒掛けて、その答えが見えてきた。

 その答えは―――両者とも立っていることで解った。





 数十秒前、護熾とユキナは互いにぶつかる瞬間、両者とも急ブレーキをして攻撃を中断していた。

 別の気配が、両者の間に突如現れたからだ。

 そして煙が晴れ、二人が突然止まった原因がそこに現れる。


 胸に酷く怪我をした、鎧を身に纏った同じくらいの歳の少年が、無造作にそこに倒れていた。






 







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