表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/30

 魔法少女界のゴミことピコンは『影で見守っている』と言う意思を薊さんに手紙で伝えるため、俺の家のパソコンとプリンターを貸すことになった。


 我が家のノートパソコンとプリンターを持ってきてテーブルに置いた。二つの機械を起動させていると、撫子とピコンは再び言い合いをしていた。

「なんで手紙なのよ。誠意がない」

「手紙でも誠意はいくらでも伝わると思うよ」

「ただ『薊さんに逃げてごめんね』って言えないだけじゃない! これじゃ、ヘタレよ」

「そうだよ! 僕はヘタレさ!」

「うちらにパソコンとプリンターを借りる面の厚さはあるのにね」

「協力、感謝する」

 もう突っ込む気すら起きない俺は黙々と準備をしながら、ぎゃあぎゃあ騒ぐピコンが誰かに似ているなと考えた。


 そうだ、父さんだ。父さんも、不満があるとぎゃあぎゃあ騒ぐのだ。いい大人なのに。

 不意に父さんが単身赴任へ行く前日を思い出してきた。父さんは前日まで単身赴任行くのが嫌で夕飯を食べている時、ぎゃあぎゃあ文句言っていた。

「行きたくない、行きたくないよ!」

「行かなけりゃ、リストラされるよ」

「だから家族一緒に行こうよ!」

「楓は高校入学したし、撫子だって小学校あるんだから、突然学校を変えるのは無理」

 父さんの愚痴を淡々と返す母さん。俺達兄妹は父さんの好きなカレーライスを、無言で食べながら聞いていた。多分、妹はいろいろ突っ込みを言いたいだろうが、母さんのいる前では言わない。言うと母さんが「お父さんにそう言う事を言わないの」と怒るのだ。

「だって、コンビニに菫ちゃんのご飯なんて売っていないじゃないか!」

「売っていないわな、そんなピンポイントな商品」

 カレーがまずくなるような会話の応酬である。ちなみに菫ちゃんは母さんの名前だ。


 母さんは父さんにゆっくりと言い聞かせるように言う。

「あのね、単身赴任だって地球の裏側じゃないんだから大丈夫でしょう。赴任先は自宅から電車で三時間くらいなんだから」

「一人で暮らすなんて無理だ! お化けが出たらどうするんだよ!」

「出たら毅然とした対応をしなさい」

「毅然とした対応って何!」

 父さんのしょうもない悩みもそうだが、母さんの返答も結構おかしい。

「もう! なんて冷たい家族なんだ! こうなったら赴任先で不倫してやる!」


「おい、それ、マジで言ってんのか?」


 ぞくっとするような底冷えする母さんの言葉に、父さんは一秒にも満たない素早さでテーブルにおでこをつけて「すいませんでした! 一瞬の、一瞬の気の迷いでしたあああ!」と謝罪した。本当に星の瞬きのような一瞬だった……。


 だがこの言葉に母さんも思う所があり週に一度、様子を見に行くことにした。

「あんなヘタレだから不倫はあり得ないだろうけど、変な女に騙されたらまずいから日曜日に様子を見に行くわ。だから二人とも留守番頼むね」

「わかった」

 父さんは会社ではどうなのかわからないが、うちにいる間は母さんに甘えて泣き言やヘタレな事をばかり言っている。

 わが親だが、これ以上のヘタレなんていないだろう。今日までそう思っていた。




 だが俺の想像をはるかに上回るヘタレが人外で存在していたとは……。そう思っているとパソコンとプリンターが起動した。

「ピコン、パソコンの準備ができたよ。さっさと薊さんに伝えたい思いをぶちまけろ」

「わかった」

「ちょっと待って、お兄ちゃん。私がタイピングする」

 撫子は俺を押しのけるようにパソコンの前に座った。俺は「出来るのか?」と聞くと、「馬鹿にしないで」と澄ました顔でパソコンの画面を見る。

「小学校でパソコンの授業をやっているもの」

「じゃあ、ゆっくり言うからね」

 そう言ってピコンは目をつぶって精神を整えていた。


 テーブルの上で気を引き締めて背筋を伸ばしたピコンは「薊さんへ」と続けた。

「薊さん、お元気ですか? あの戦闘で負傷していないでしょうか? もし負傷していたら、僕はとても心が痛いです」


 なんか白々しいな、ピコンの言葉。そう思いながら、そっと撫子の後ろからパソコンの画面を見ると『薊さん、お元気ですか? 僕は君が一人で戦ってくれたおかげで、ケガもなく元気です』と明らかに違う言葉を打ち込んでいた。


「僕はあの戦闘で心身を負傷してしまい君の前に出る事が資格はないと思い、君の前から姿を消しました」


 哀愁漂う表情を浮かべて語るピコン。一方、冷めた顔して撫子は『僕はあの戦闘でめっちゃ怖くて逃げ出し、もう戦いたくないと生存本能の赴くまま君の前から姿を消しました』の文章を打った。


「でも僕は君と一緒にいられないけど、ちゃんと近くで見守っているよ!」


 ピコンは感情込めて言うも、撫子は『でも僕は安全な場所で君を見守っているよ!』と打ち込んだ。全文読むとピコンが言った内容はほとんど打ち込まれていない。でもピコンの反応が気になるので、撫子に指摘しなかった。


 思いのたけをすべて伝えて晴れやかな顔をするピコンは「以上だ。出来た?」と撫子に聞く。撫子も「うん、完璧」と言って、ピコンの方にパソコンの画面を見せた。


 晴れやかな顔で読んでいくピコンだったが、みるみる顔が歪んできた。

「ちょっと! 文章がおかしいんだけど!」

「手が滑ったり、なんか乗り移って勝手に打ち込んでいったのよ。でもさ、客観的に見ればそうじゃないかな?」

「客観的なんて必要性はないんだ! 今は彼女が傷つかない文章が必要なんだ!」

「お前の心が傷つかない文章でしょ」

 ピコンは「もう僕が打つ!」と言って、器用にキーボードの前に出た。時折、ワードのわからないところを聞きながら、小さな手で素早く打っていった。それを見て撫子は小さな声で「自分で直接に言えばいいのに」と言った。


 やがてピコンは大層な事をやり遂げたように、フウと一息して「出来た」と言った。

「じゃあ、これを印刷するよ」

「ありがとう、君がいなかったら僕は何にも出来なかったよ」

 撫子は「本当だよ」と冷たく返すが、ピコンは聞いていないようでプリンターの前で印刷されるのを待った。出てきた紙にピコンは「おお!」と目を輝かせて興奮した。

「わあ、すごい!」


 ピコンは当然と言った感じで「はい、これ」と印刷した手紙を俺の方に差し出した。


「はあ?」

「はあ? じゃないよ。薊さんに渡して」

「え?」

「……あの、僕言ったよね、薊さんに会わす顔がないって。だから代わりに渡して」


 俺達は全員、宇宙に放り出された猫のように目を見開いてピコンを見た。

 ドン引きして、言葉も出ない。ここまで清々しいヘタレは見たことねえ……! いや、ヘタレと言う言葉を凌駕しすぎている気がする。

 なんなんだ、こいつ!


 撫子も絶句していたが、やがて怒りで体を震わせて口を開いた。

「お前は魔法少女界の燃えないゴミだ」

「何言ってんだ! こんなにキュートで愛らしい僕が萌えないだと!」

 お互い『もえ』の意味を食い違っている。俺が指摘しようとする前に二人の言い合いは加熱する。


「君たちの目は節穴だ!」

「無責任でヘタレでクズでナルシストの奴に燃えてたまるか! もう! ピコンなんて不燃ごみの日に出してやる!」

「だめだよ! 撫子!」


 俺が大きい声を出したから撫子はちょっと驚いた顔をし、ピコンはすがるような目で見ていた。俺は撫子にまっすぐ見て、言い聞かせるように言った。


「ピコンは生き物だ。ゴミに出してはいけない」

「春宮、さすが君は僕が見込んだ……」


「保健所に突き出した方がいい!」


 だってゴミに出したら、ゴミ収集の人に迷惑かけてしまう。だったら保健所に出した方がいいだろう。撫子は「確かにそうね」と頷き、ネットで近くの保健所を検索する。

「お兄ちゃん。保健所って終了時間が五時半なんだって」

「過ぎているな。残念だったな、ピコン」

「何がだ! 春宮がこんなに残酷な奴とは思わなかった!」

 ピコンは「出て行く!」と宣言して手紙を握りしめてスタスタと去って行こうとする。それを俺達兄妹は黙って見つめていた。このまま、去るのかと思っているとくるっと振り向く。


「出て行くんだけど」

「引き留めると思ったの?」


 撫子が冷徹にそう言うとピコンが「うわああああああん」と叫んで走って去った。リビングに嵐が去ったような静けさが訪れた。この使い魔、ヘタレと言う言葉で言い表していいのだろうか? と思った。

「ねえ、お兄ちゃん」

 撫子が呆れた顔でパソコンの画面を指差していた。見るとピコンが打った文章だ。読んでみると、とんでもねえ事が書かれていた。

「はあ? 『春宮もぜひ戦いたいと名乗り上げた』って……え? 俺、そんなこと言ってないぞ!」

「……さっさと不燃ごみに出せばよかった、あいつ。かわいそうだよ、薊さんが」


 撫子の言葉に「そうだな」と素直に答えた。使い魔がトンズラって前代未聞だ。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ