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前回までのあらすじ。
勇気と根性の魔法少女 薊さんとその使い魔代理の俺は何とかして自宅の庭にいた巨大なヘビを倒した。
だが俺の妹 撫子に一部始終も目撃された。
「……え? え? 魔法少女?」
「……え? あ。は、はい、そうですよ。撫子ちゃん」
一瞬慌てた薊さんだったが、すぐににっこり笑って答える。白状してよかったのだろうかと思っていると、薊さんは「咲き誇れ!」と言って百花杖を振るうと一輪のナデシコが出て手に収まった。そして凛々しい感じで撫子に花を差し出す。
「あなたを襲おうとしていた邪悪な果実は、私が花葬したよ。だから安心してね」
何言ってんだ、薊さん。呆然としていた俺は撫子の方を見た。花を受け取り薊さんの顔をぽうっと見て、撫子はおもちゃのように首をコクコク動かして頷いた。いつも生意気で冷めた妹はじっと薊さんを見ている。その目に蔑みはなかった。
「それじゃ、またね」
薊さんは手を振ってダサいピンクのコスチュームをなびかせて去っていき、俺達春宮兄妹だけが残されていた。自転車を走らせる音が遠ざかるのを聞きながら。
恐る恐る撫子を見ると呆けたような顔をしている。いや、妹の両目は未だ見たことがないくらいに輝いていた。
三歳の時、保育園のクリスマス会で「あのサンタ、園長先生だよ」と冷静に言っていた撫子が、アニメ映画で号泣する父を氷点下のような冷たさで見ている撫子が、「は、友情も努力も勝利もくだらないよ。お兄ちゃん」と漫画を読んでいる俺をディスっていた撫子が……。
「魔法少女に、お花もらった」
めっちゃ、心を奪われている!
「お母さん、用事があるから、先に夕飯食べていてって。冷蔵庫にコロッケがあるからって」
「了解、撫子」
自宅に入り夕飯の準備をする。と言ってもご飯を炊いて、コロッケを温めるくらいだが。夕飯の準備が整うと撫子はテーブルの真ん中に薊さんからもらったナデシコの花が入っている小さな花瓶を置いた。
……え? 飾るの? その花?
「いただきます」をして夕飯を食べながら撫子を見ると、あまり食べず薊さんからもらった花を眺めている。
「ちゃんと食えよ、撫子」
「うん」
適当に返事して、ナデシコの花を眺めながらちびりちびりと夕飯を食べた。こんな妹、初めて見たな。
かつて妹はキラキラのイケメンの絵で有名声優の声でかっこいいセリフを言っている乙女ゲームアプリのCMを見て「こういうのが好きな人って、きっと私達の視界と違うんだろうな。きっとキャラの周りがキラキラしているんだろうな」と馬鹿にしたように言っていた。だがまさか自分がそうなるとは思っていなかっただろう。
今の撫子の脳内で薊さんの背景はキラキラしているのだろうと思う。
撫子はこの先、素直になれず生意気に毒舌を吐いていくんだろうと思っていたが、まさか魔法少女 薊さんに心を奪われるとは……人生何が起こるか、わからない。
片づけが終了したら、部屋に行くかパソコンで動画サイトを見ている。だが今日は席についてテーブルに飾ったナデシコを見ていた。
「ねえ、お兄ちゃん」
今から声をかけようとしていた所で撫子に呼ばれて若干ビビった。
「魔法少女とどういう関係なの?」
「えー……、クラスメイト」
「はああ? なんでお兄ちゃんのクラスメイトに魔法少女にいるのよ!」と突っ込む妹の幻聴が聞こえてきた。普段の妹ならこんな感じで怒涛の突っ込みを言うのだが、今の妹は「そう」としか答えなかった。大丈夫か?
「ところで撫子、どこから見ていたんだ? 薊さんの戦い」
「えっと魔法少女が巨大蛇を消した所から」
そう答えて、察しのいい撫子は「へえ、薊さんって言うんだ」とつぶやいた。
やべ、俺、普通に名前だしちゃったよ! あたふたしつつも俺は言わねばいけない事を言う。
「とにかく、俺は魔法少女のお手伝いをしているんだ。で、頼みがあるけど薊さんが魔法少女って事をみんなに言わないでほしいんだ」
「わかった」
非現実的な話をしているのにも関わらず、妹はあっさりと了承してくれた。夢心地のような目でナデシコの花びらを突っつきつつ、口を開いた。
「薊さんってかっこいいよね」
俺は思わず「はあ?」と言ってしまい、撫子が睨んできた。
「かっこいいでしょう! あんなに巨大蛇を退治できるんだから!」
「うん、まあ、そうだけど……。かっこいいより、かわいいと言った方がいいような」
「そうよ! かわいくて、かっこよくて、優しくて、素敵じゃない!」
「うん。たとえ、ダサいコスチュームを着ていても健気に戦ってすごいよな!」
「はあ? 上から目線で何、言ってんのよ! 腰抜かしていたくせに!」
「腰を抜かしていないぞ! お前が見る前に俺は蛇に猛然と立ち向かったんだぞ! あの大きなヘビをホースと思い込んで気丈に立ち向かったんだ!」
撫子は信じられないような顔をする。確かに最初は腰を抜かしていたけど、ちゃんと戦っただぞ!
「薊さん、お兄ちゃんが一緒で大丈夫なのかな? そう言えばどうしてお兄ちゃんはキャラメル色のウサギのような生き物になったの?」
「その説明、僕がする!」
突然、俺でも妹でもない声が聞こえてきょとんとした。声の方に目を向けるとベージュ色の使い魔、ピコンがテーブルに座っていた。その双眸は覚悟を決めたように力が宿っている、気がした。
「僕の名前はピコンだ。僕は春宮に頼んで薊さんのサポートをお願いしたんだ」
「あのさ、君、あの巨大蛇の戦いの時にいた?」
撫子の目はキラキラ輝く薊さんを思っている目ではなかった。現実を直視する冷静かつ鋭い目をピコンに向けていた。
「……、それは置いておいて、どうして……」
ピコンはごにょごにょと言葉を発し、撫子と目を合わせようとしない。
畳みかけるように撫子は質問ラッシュをかける。
「と言うか、どうしてお兄ちゃんに使い魔を頼むのよ。普通は自分でやるでしょう?」
「撫子、ピコンは薊さんに会わせる顔がないんだって」
「どういう意味?」
俺の答えにわけがわからないとばかりに、撫子は目を見開いて首を傾げる。俺も確かによくわからない。どういう事情なのかとピコンの方に目を向けると、ピコンは俯いていた。
「ドン引きしないで、聞いてくれ。あの戦闘で僕のみ戦略的撤退をしたんだ」
「……戦略的撤退って逃げたって事?」
小学生の割に撫子は難しい言葉を知っている。まあ、俺が読んでいる少年・青年漫画を読んでいるからかもしれない。
ピコンは「いや、逃げたんじゃない」と目をそらすが、撫子は鋭い視線でピコンを尋問する。その姿は純粋な小学生とは思えない。
「というか僕のみって、薊さんを置いて逃げたって事?」
「いや、そうじゃなくて……」
「薊さんに戦略的撤退してって命令をしたけど、無視して戦い続けたの?」
「いや、……命令もしていない」
ピコンの声がどんどんと小さくなっていくと同時に、体もどんどん縮こまっていった。それを厳しい目で見る撫子は「どういう事?」と身を乗り出す。
「だから、その……僕だけ戦略的撤退をしたんだ」
「戦略的撤退ってあたかも立派に言っているけど、ようは逃走したって事でしょ? しかも仲間を置いて」
「……悪く言えばそう言えるかもしれない」
「どう言おうと、そうじゃない!」
ピコンの小さな声をかき消すように撫子は怒鳴ってテーブルを叩く。
「聞いたことないよ! 魔法少女の使い魔が逃げ出すなんて! 前代未聞よ!」
「だって僕はあまりにも小さいし、あの巨大鼠は君達よりデカかったんだ! 比率で言えばゴジラ対人間並みだろう! ゴジラが現れたら普通に人間は逃げるだろう! そう言う事なんだよ! 怖かったんだよ!」
「何が怖かったのよ! 仲間を置いて逃げて! 薊さんもお兄ちゃんも逃げずにやっていたのに!」
「ぼ、僕は生存本能が強いんだ! 本能なら、仕方がない事だ!」
「戦闘本能はないんだね」
ピコンは頭を抱えてうなだれる。なんだかかわいそうになってきた。
撫子が何か言う前に俺はなるべく穏やかに、ある事を聞いた。
「なあ、ピコン。なんで薊さんを魔法少女にして、俺を使い魔にしたんだ?」
ピコンは「それは、……」と言いかけ黙った。そして目を明後日の方向に向けて、ばつが悪そうに黙った。
「それは、何だよ?」
「……秘密」
思わぬ言葉に言葉を失う。撫子を見ると驚愕のあまり目を見開いている。
「とにかく一般市民を巻き込みたくないんだ」
もう巻き込まれていると思うけど、と言おうとする前に撫子が絶対零度の瞳でピコンを見て口を開いた。
「何が一般市民を巻き込みたくないのよ。すでに薊さんとお兄ちゃんを巻き込んでんじゃん!」
「き、君は随分と偉そうな事を言うな。僕達の非情な戦いのすべてを知らないくせに」
「仲間を置いて逃げたくせに、偉そうな事言うのね」
「逃げたんじゃない!」
「じゃあ、何だよ!」
「戦略的撤退だああああああ!」
「だから逃亡でしょ」
ピコンと撫子は無言でにらみ合う。拮抗状態となった所で俺はすかさずコップと皿を持って冷蔵庫に行き、麦茶を注いだ。とりあえず麦茶を飲んで落ち着いてもらおう。
お皿に麦茶を注いでピコンの前に出すとお礼を言って猫のように顔を突っ込んで飲んでくれた。撫子にも麦茶を渡すと「ありがと」と言って飲む。
「なあ、ピコン。薊さん、お前の事を心配して、探しているんだぞ」
おいしそうに飲んでいたピコンが驚き、顔をあげた。
「会わせる顔がないって言うけど、薊さんは心配しているんだから。会って『大丈夫』って言ってやれよ」
「君から『ピコンは陰で見守っている』って言ってくれないか?」
「自分で言いなさいよ」
麦茶を飲みながら、撫子はバッサリと言い放つ。
ピコンは眉間に指を当てて真剣な面持ちで考えていた。きっと今、ピコンの中のプライドと生存本能と保身などなどの気持ちに決着をつけようとしている。
俺達はあえて黙り、ピコンを見下ろす。薊さんの所へ帰ると言うのを待った。
やがてピコンは顔を上げて、俺達の顔を見た。
「手紙で伝える」
誠実な面構えでピコンは斜め上の決断を下した。撫子を見ると蔑むような目で「お前は魔法少女界のゴミだ」と小さな声で吐き捨てた。