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前回のあらすじ。俺の自宅の庭に魔物が出ると言う事を薊さんに知らせて、羞恥心溢れる魔法少女の変身を見て、俺の心が落ち着かせた。
俺の道案内で自宅まで走る薊さん。ゆっくり走ってくれるので、振動もなく俺は安心して乗っていられる。
「ところで薊さんってお家、どこ?」
「山の方だよ。家の周り田んぼなんだ。ここら辺はいいね、都会っぽくて。自分の家からここまで来るのに二十分くらいかかったよ。」
ここ葉月市は結構な広さがあるが、実を言うと駅周辺しか栄えていない。ほとんどは田畑と山である。
数年前、ここは元々いくつかの村や町だったが合併をして市となっているって聞いた。
「市になったら結構栄えるかなって小学生の時、思っていたな。でも変わっても田んぼも山もずっとそこにあって落胆したよ」
「ふうん。俺は中学入学で転校してこっちの市に来たからなあ」
なんとなく小学生の時の友達や先生を思い出す。彼らとは全く連絡は取りあっていない。スマホやラインとかあるけれど、やっぱり直接会わなければ続かないもんだ。
そうしているうちに、俺の家の屋根が見えてきた。
「ああ、あそこの赤茶色の屋根が俺の家」
「わかった!」
薊さんは少しスピードを上げ、ちょっとかごの中で振動が激しくなった。
「そう言えば、春宮君。邪悪な果実が取りつかれた魔物ってどんな生き物? ピコン曰く、邪悪な果実は地球の動植物の毛とか皮膚の一部を取り込んで生き物をコピーして巨大化して狂暴になるから」
「あれ? なんて言っていたっけ?」
動物の名前を言っていた気がするけど、自分の姿が使い魔姿になってパニックなって頭が真っ白になり忘れてしまった。何の動物だって?
思い出そうとしているうちに、俺の家に着いた。
「ごめん、薊さん。ピコンは言ったと思うけど、それどころじゃなかったから」
「そうだよね、いきなりピコンみたいな姿になったら、驚くよね」
「本当にどこにいっちゃったんだろう? ピコン」と薊さんは首を傾げる。こんなに心配しているのに、ピコンはどうして姿を現さないんだろう?
玄関の表札に小さな蝶がとまっていた。珍しいな、住宅街ではあまり蝶を見かけないのに、とじっと観察しようとしたらすぐに飛んでいった。
「でも大丈夫だよ! ちゃんと花葬するから」
意気揚々と俺の庭に薊さんは入って行った。やる気一杯で足取りも軽やかだ。その姿を見ていると、俺も大丈夫かもって思った。
だがすぐにその自信は真っ白い巨大な縄を見た瞬間、消え失せた。
縄じゃない。真っ白く手足はない細長い巨体。光の加減でキラッと怪しげに光る鱗。元の姿でも血の気が引く生き物。
「へ、へ、蛇」
俺、こういう生き物、嫌い、キモ過ぎる。全身の震えが、マジで、止まらない。巨大蛇はちゅるると細い舌を出して、俺と目があった。「ひいい!」と情けない悲鳴が出て、毛が逆立った。まさにヘビに睨まれたカエルだ。
大丈夫かよ、と薊さんの方を見ると「百花杖!」と叫ぶと右手をあげると手のひらに花が付いたピンク色の杖が現れた。
「春宮君、隠れて!」
一歩前に出て勇ましく薊さんは杖を両手で構えた。いや、俺も戦うと思うがやっぱりこの小さな使い魔姿だと腰が引ける。そして犬のように無意識に尻尾が後ろ足の間に隠れた。
「邪悪な果実! 私が相手だ!」
さっと杖を振りかぶって「咲き誇れ!」と叫ぶと蛇の頭上に大量の花が降り注いだ。淡いピンク色の桜、カラフルなチューリップ、大輪のヒマワリ、真っ白な百合、あでやかな色をした椿、様々な花が蛇の頭上に降り注ぐ。突然の花攻撃に巨大蛇もうざそうに首を振って花を振り払う。
花に気をとられている蛇をしり目に、薊さんは杖を地面に突き立てて今度は「咲き誇れ!」と叫ぶ。座り込んでいた俺の尻に微かな振動が感じられた。なんだ? なんだ? とパニックになっていると地面から白い花を咲かせた蔦が生え、蛇に巻き付いた。
すげえ。蛇を拘束して動きを封じている!
薊さんは「あああああああああ!」と叫んで、蛇に百花杖を思いっきり突き付けた!
「邪悪なる果実よ、ここに花……」
決め技を言って、巨大蛇は消えるはずだった。
だが巨大蛇は体を大きく体を震わせると蔦が消え、薊さんを吹っ飛ばした。
「薊さん!」
俺はすぐさま駆け寄った。うちの庭は芝生で柔らかいだろうけど、それでも痛いだろう。目線をあげて蛇を見る。蔦に解放された巨大蛇は尻餅ついた薊さんをゾッとするくらい恐ろしい目で見下ろしていた。
男、春宮楓よ。こんなんでいいのか?
確かにこの小ささで何にも出来やしないだろう。
だがアニメを見ているような気分……ではないけど魔法少女の戦闘を、固唾を飲んで見ているだけでいいのか?
傍観していて、いいのだろうか。
いつだって覚悟を決めるのは一秒も満たない。
俺は勇気を振り絞って蛇を睨みつけて念じる。
あれはホース、真っ白なホース、自由自在に動かせる次世代系ホース、かなり極太なので一キロ先だってと届きます、そして滝のごとくお水が出せて超便利、こんなに便利なのにこのお値段、税抜き1990円、今ならなんと二個つけも税抜き価格1990円、大変お買い得な……ホーーーーーーースーーーーーーーーだあああああああああ!
「とう!」
使い魔姿によって運動神経が上がり、大ジャンプで薊さんの二倍の大きさの大蛇の頭に張り付くことができた。
うっざったい鼠のような存在の俺を蛇は頭を振って振り払おうとする。最凶と謳っているジェットコースターと比べ物にならないくらい揺さぶられているが、俺は離さない。絶対に離すもんか!
「薊さん、早く、魔法を!」
「え? あ、咲き誇れ!」
再び蔦が蔓延り蛇を捕縛。俺が蛇から飛び降りるとすぐに百花杖を突き付けた。
「邪悪な果実よ、ここに花葬する!」
ピンクの光を発行させて魔方陣が展開する。よく見るとピンク色の光る花が舞い散り、幻想的で美しい光景に見えた。
巨大蛇はピンクの光に照らされて、消えていった。
「あ、春宮君。元に戻っているよ」
いつも見慣れた自分の肌色の手があった。目線をあげると小柄な薊さんが見下ろしていた。よかった、元に戻った……。俺はホッとして芝生に寝っ転がった。
「何とか倒せて、よかったよ。薊さん」
「ありがとう。春宮君がいなかったら、私絶対に無理だった」
柔らかな笑みを浮かびて、薊さんは手を差し伸べる。俺もにっこり笑ってその手を握って、お互い健闘をたたえるように満足した笑みで立ち上がった。なんだか、漫画みたいだな。ジャンルは少年漫画っぽいけど。
その直後、窓が開ける音が聞こえてきた。
「撫子……」
撫子は庭に出るドア窓を開けて立ちつしていた。
大きく見開いた瞳とぽかんと開けられた口。生意気に毒舌を吐く妹の撫子がこんな表情をするとは思いもよらなかった。
「……え? え? 魔法少女?」
妹の撫子に薊さんが魔法少女ってバレちゃった!