22
前回のあらすじ。巨大化したウサギが襲い掛かってきて、薊さんは百花杖を落としてしまった。大ピンチの中、巨大ウサギが襲い掛かってきた。
だが巨大ウサギは百花杖を踏むと消えてしまった。
呪文を言っていないし、薊さんが持っていないのに。
ピンクな光が消える頃、視界の変化に気づいた。自分の掌を見るといつもの肌色の五本指があり、どうやら元に戻ったらしい。だがそれどころではなかった。頭の中はおもちゃ箱をひっくり返したようにゴチャゴチャで混乱していた。
「春宮君、大丈夫?」
脱ぎ捨てた靴をもって、薊さんが駆け寄ってきた。近くで見るとかなりボロボロで、彼女の方が大丈夫か? と思った。
「なんでウサギが消えたんだろう?
「あらら、気がついちゃった?」
底抜けに明るいラパンの俺と薊さんは振り向く。
ラパンは手を後ろにして、少々気取ったポーズをしていた。
「その杖。誰でも使えるのよ」
「……へ?」
「別に特別な人間が使わなくても、誰でも邪悪な果実を消せるのよ。もちろんいちいちあなたが言っている呪文なんて言わなくたっていい。その花の部分を魔物に当て続ければ消えるのよ」
「……」
「マジになっていたの? 自分は特別な人間って思っていたの? 残念! 誰でもなれるのよ、杖さえあれば魔法少女に。でもちゃんとした魔法少女にふさわしい子は、きっとこんなにボロボロにならず、華やかに倒せると思うわ」
ラパンの馬鹿にした笑いが小さな山に響く。薊さんは俯き、何も言わなかった。そして俺も何も言えなかった。
ひとしきり笑った後、ラパンはすっと真顔になった。
「魔法少女 薊。もう一度宣言するわ。あなたは魔法少女としてふさわしくないわ。だってこんなにボロボロで、せこくて、無様で、必死過ぎる。あんたを私の敵と思いたくもないわ! さっさとやめて!」
もはや悪口でしかない言葉を吐いたラパンは、踵返し消えていった。
しばらくの間、俺と薊さんはその場に立ち尽くしていた。だが薊さんは微かに笑って「帰ろうか」と呟いて、踵返して山を下りて行った。でも俺はなぜかその場に止まって、ぼんやりしていた。
「春宮君」
薊さんの声で俺は振り向いた。彼女はなんであんな事を言われたのに何事もなかったかのように微笑んでいるんだろうか。
「帰ろうよ」
「……うん」
俺も彼女の後追い、山を下りた。
「あ、そう言えば春宮君、靴がなかったね」
使い魔姿に変身する前、家の中だったから靴を履いていなかったからだ。この山の中で靴はいていない状況はきつい。いや、待て。このままだと家まで靴なしで帰る事になる。まずい。
「家、近いから私のおじいちゃんの靴でよければ貸すよ」
「すいません、貸してください。使い魔になったら、靴をもっていかないといけないな」
俺がそう言うと薊さんは何にも答えなかった。俯いて暗い顔をして何を考えているかわからなかった。
「薊さんも靴を脱いで戦っていたね」
「あー……、靴擦れが痛くてね。ついに血が出ちゃったの」
苦笑気味にそう言って、薊さんは山を下りていく。彼女が山を下りている所を見ると、痛みをこらえて恐る恐る進んでいる。
「次は靴擦れしない靴で戦わないとね」
俺がそう言ったが彼女は答えなかった。まるで次の戦いはないって言っているように。
それからしばらく黙って歩いていた。決して高い山ではないが道なき道をひたすら下り、落ち葉や雑草を踏みながら進む。俺は靴下なので慎重に歩くため、いつもより遅かった。薊さんも俺の歩調に合わせていた。
ようやく山のふもとまで降りる頃、薊さんはポツリと「私、調子乗っていたな」と呟いた。
「なんか自分、張り切っていたな。誰でも出来るって言われてちょっと恥ずかしいっていうか、バカみたいだったね。私」
くるっと振り返った薊さんは寂し気な顔を浮かべて、両手をあげた。掌には水ぶくれや皮が剥けた跡があった。
「杖も振っていると、結構痛いね。水ぶくれが出来ちゃった」
「うわ、大丈夫?」
「知らなかったな、戦う事がこんなに痛いなんて」
再び前を向くと薊さんは「私以外の子がやったら、もっとうまくやっていたのかな?」と言い、山を下りるため歩き出した。俺は「そんなことないよ」と言ったが薊さんは返事をしてくれなかった。
「そうだ。谷野にもらったテーピングを巻こう。まだ使っていないはず」
「もういいよ。戦いは終わったんだから」
明らかに薊さんの表情は暗く、どこか投げやりな口調だった。落ち込んでいるのは明らかだ。俺は何も言えず、彼女の後を追う。
薊さんにもっと励ます言葉を探していると「春宮、春宮」と懐かしきむかつく声が聞こえてきた。声のする方を見ると木の影に隠れたピコンがいた。
「春宮、ちょっと話がある」
ちょうどいい。俺もピコンに話したいことがある。それに薊さんもピコンに会いたがっていたし。