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 前回のあらすじ。谷野とその妹と別れて、ラパンが用意した次なる邪悪な果実に取り込まれた魔物を倒すため魔法少女 薊さんと俺は自転車で向かう。


 庭と聞いて梅の木と花壇が並んでベンチがあるようなイメージだったが、実際見ると本格的な日本庭園で驚いた。

 見事な松の木が庭の前に堂々とあり、道には白い玉砂利が敷き詰められ、進むと満開の桜があったり、まだ青々とした紅葉の木があったりなど知らない木々が植えられて、池には鯉が泳いでいた。

「すげえ、定年退職後の趣味を超えている。あ、池にあれがあるよ。竹で作ったカポーンって音する奴!」

「あれ、ししおどしって言うんだよ」

 池を眺めながら梅の木まで俺と薊さんは歩く。なんだか心が落ち着くな。ここ最近、ストレスが溜まって疲れていたから、この静かで落ち着いた園庭を歩いているとすべてを忘れそうになる。

「あ! 泥棒!」

 心穏やかに歩いていたのに、どこからか叫び声が聞こえて、振り向くと猛ダッシュで俺達の方に向かってくる子供が向かってきた。

「あ、クレアちゃん」

 薊さんがきょとんとしながらも、「こんにちは」と手を振るも無視して突撃しているクレアちゃん。それにしても見る限りクレアと言う名前からほど遠い子だった。


 真っ黒な髪はベリーショートで勝気な釣り目、まだ肌寒いのに半袖とハーフパンツを着て、手には何故か虫取り網を持っている。なんだか典型的な虫取り少年である。ポケモンで見たことがあるな。

 そんなクレアは一瞬にして俺の方にやって来て、虫取り網を振りかぶった。

「貴様! また権十郎の餌を盗みに来たな!」

「え? うわ!」

 クレアは俺に虫取り網を掛けようとしたため、俺は慌てて後ろに下がって避けた。するとクレアは鋭い目つきで俺を見てまた虫取り網を振り回して俺を捕まえようとする。上下左右にひゅんひゅんと音を鳴らして網を振り回すクレアに俺は必死で逃げる。

「ちょっと待って、クレアちゃん」

 慌てて止めに入る薊さんだが、クレアはそれを無視して虫取り網を振り回して俺を捕まえようとする。

「ちょっと! 待った! やめてくれ! ぎゃ!」

 虫取り網を必死で避けていたらザバーンと冷たい水しぶきをあげて池に落ちた。


 人間の姿だったら浅いだろうが今の俺は使い魔姿だ。足がつかず、必死で岸に上がろうとするが、クレアが更に虫取り網で俺を突っつき上がるのを阻止する。やめろ! 溺れる!

「ああ、春宮君! クレアちゃん、やめて!」

「なんでだよ! 華子ちゃん、こいつ権十郎の餌を盗んだよ!」

「春宮君はそんなことしないよ」

「するよ! ちょっと待って、今、証拠を見せるから」

 そう言ってクレアは虫取り網で突っつくのをやめて、どこかに去って行った。俺は一心不乱に犬かきで岸に上がった。満身創痍で岸に上がり、身震いをして水を落とす。池の中は氷水のように冷たく、くしゃみが出た。

「大丈夫? 春宮君」

「全然大丈夫じゃない。あいつ、誰なの?」

「西クレアちゃん。ここのお家のお孫さんで中学一年生の女の子」

 あの子、中一なのか……。半袖で虫取り網を振り回すなんて、中一の男子でもやらねえよ。寒さでガタガタ震えながら、そう思った。


 薊さんは慌ててハンドタオルで俺を拭いていると、「お姉ちゃん! アイパッド貸して!」とクレアの叫び声が聞こえ、「ヤダ! まだゲームやっているもん!」とのんびりした声が聞こえた。

「クレアちゃんには、マリンさんって言う十歳年上のお姉さんがいるの」

 随分とハイカラな名前だな。こんな立派な日本庭園があるお家なのに。ちょっと前は心穏やかになる静寂があったが、国際的な名前が飛び交う兄弟げんかが響き渡っている。

 そんなドタバタの中、庭園に一匹の黒ぶちの太めの猫が悠然と歩いてきた。

「あ、権十郎だ」

 薊さんが黒ぶちの猫を見て、そう言って手を振った。クレアが言っていた権十郎ってあの猫か。この日本庭園に合っている名前だ。少なくとも、この姉妹からしたら。あと俺は猫の餌なんて食わねえよ。

 権十郎はどっしりとした体で、目つきは鋭く、「この街のボス猫だよ」と薊さんが言っても納得しそうな大物の雰囲気を醸し出していた。


 すると権十郎が俺達に気が付いて、俺達の方にやってきた。

「春宮君、せっかく使い魔姿だから遊んだら」

「嫌だね」

「あはは、あれ?」

 軽やかに笑っていた薊さんの顔が急に険しくなった。


 権十郎は俺達の前にちょこんと座って後ろ足で首をかく。その時、権十郎から飴玉の大きさの虫がぴょーんと飛んできた。

 薊さんの表情が一気に血の気が引いた。今までの狂暴化した獣も虫も平然していた薊さんが顔を真っ青にしている。


「ぎゃあああああ! ノミ! ノミ! でっかいノミ!」


 突如、薊さんは百花杖を出して振り回して後ずさりをする。すでに周りに飴玉のような虫がぴょんぴょんと飛んでいた。よく見ると小学生の時にルーペで観察した茶色のノミだった。いつになく薊さんがテンパっている。

「いやああ! 私、刺されやすいのに!」

 刺されやすいからかなり慌てているのか、薊さん。いつもより慌てた声で「咲き誇れ」と言い、無数の花が舞い落ちた。だがノミに一切のダメージを与えていない。そもそも桜吹雪を出しても、ノミは一切効くわけがない。薊さんは更にパニックを起こしている。


マイペースな権十郎を見ると、後ろ足で体を掻くたびにノミがぴょんぴょんと飛んでいる。ぎゃあああ、気持ち悪い! 俺の全身の毛がスタンディングオベーションしている!

「確か、ノミはミントとかレモンとかに臭いが嫌いだから……」

 テンパりつつも迫りくるとノミに対して「咲き誇れ!」と言って、よくわからない葉を大量に出てきた。え? 雑草?

「……何出したの? 薊さん」

「レモングラスの葉だよ、春宮君! レモンの香りがするの! ノミはレモンの香りを嫌うから」

 確かに葉を一枚、臭いを嗅ぐとレモンの香りがした。へえ、これがレモングラスか。ハーブとかの植物なんだろう。


 いや、感心している場合ではない。

「全然、効いていない」

この大量のレモングラスの葉にノミたちに全然効かず、相変わらず飛び跳ねている。

「うわあ、来るな、来るな!」

「うああああ、やめて!」

 でかいノミたちは俺に気が付いて大挙になって押し寄せてきた。俺達はすぐに退避して、薊さんは百花杖を振り回してノミたちをけん制する。だがノミたちの勢い止まらない。


 半泣きになっている薊さんは「ああ、もう!」と言って、権十郎に百花杖をやけくそで突き付けた。

「邪悪な果実よ……って、うわあああああ!」

「うおおおおお!」

 今度は突き付けた百花杖にノミが引っ付いた。気色の悪い茶色の実ようにつけている上に、ゴワゴワと動いていてかなりキモイ。それを上下に振って、ノミを振り落とす薊さん。


 いや、待て! これじゃ被害が拡大する!


 薊さんや俺にくっつくだろうと思いきやノミは宙に浮いた瞬間、消えていった。あれ? なんでだ?

 俺は権十郎をよく観察してみると、首元がちょっと膨らんでいるのが見えた。

「薊さん、権十郎の首元にもっと大きなノミがある」

 薊さんは大人しく座る権十郎を百花杖で恐る恐る撫でる。すると饅頭くらいの大きさのノミがへばりついていた。見ているだけで、毛が逆立ってくる。ひえええ!

「……うわ、キモイ。でもこれが親玉かな?」

 そう言って薊さんは嫌そうな顔で饅頭並みのノミに百花杖を突き付けて、花葬した。


 権十郎の体はノミがいなくなり、ちょこんと座ったまま薊さんを見上げていた。それにしてもこの猫、めちゃくちゃ落ち着いている。体に巨大ノミが体に蠢いていた上に、薊さんが百花杖を振り回したり突然ピンクの光が発光しても微動だにしていなかった。

「お前、結構大物だな」

 俺がそう言うと権十郎は鷹揚な歩みで俺の方に近づいた。目つきは悪いが口角が上がっていて、権十郎は不敵な笑みを俺に浮かべた。何だろう、猫の挨拶だろうか?

 訝し気に権十郎の顔を見ていると一瞬にして、権十郎は飛びかかり俺の耳を噛んだ。瞬殺だった。


「いったあああい!」


 叫びながら首を振って、権十郎から逃れようとするが全然離れない。痛みとパニックの中、権十郎を見ると目が据わっていた。……殺される! 死への恐怖が襲った。こいつの眼、やばいよ。「権十郎は確実に素早く獲物を仕留めるの。もう何人もやられているんだ」と薊さんに教えられても俺は驚かない。

「あああ、だめだよ。権十郎!」

 薊さんは慌てて引き離そうとするも、権十郎は電光石火の猫パンチを放ってひるんでしまった。

 なんで噛むんだ? 俺が「大物」って生意気なことを言ったからなのか?


 痛すぎてどうしていいのかわからすにいる、ドタバタとクレアが走ってきた。よく見ると後ろに眼鏡をかけてジャージを着た年上の女性がのんびり歩いてきた。お姉さんのマリンさんだろうか。

「権十郎! 自分で犯人を仕留めたんだね。偉いよ!」

「違うよ、クレアちゃん! 春宮君は猫の餌は食べないよ」

「ちょっと待って、クレア。この子は犯人じゃないわ」

 お姉さんは権十郎の尻を軽く叩くとパッと、権十郎は俺の耳をさっさと放してくれた。

「犯人はもう少し色が薄かったはず。この子はキャラメル色よ」

 そう言って持ってきたアイパッドを操作して、僕らに見せた。それは動画だった。

「権十郎は夕方、お庭を散歩してからご飯を食べるの。それで外に置いておいた用意しておいた餌のカリカリがなくなる事があってアイパッドを動画撮影で隠しておいたの。そしたらこいつが映っていたの」

 すぐさまクレアはアイパットを操作して薊さんに見せ、俺も覗き込んで見た。映像には外に用意されていた餌の器が置かれて、数秒経つとあのベージュ色のあいつがこそこそと出てきて素早くカリカリを食べる所が映っていた。


「あ、ピコン!」


 見た瞬間、驚き思わず口に出してしまった。クレアとマリアさんは目を丸くして俺を見ていた。

「え? この子、しゃべるの?」

 クレアは俺の頬を引っ張って凝視する。まずいと思って、目を逸らして逃げようとするも頬を掴まれて動けない。


 助けてくれと薊さんの方を見るとクレアが詰め寄って質問攻めをするので慌てていた。

「なんでそんなかわいい服着ているの? というか、なんで杖を持っているの?」

「あ、いやあ……」

「さっきのピンクの光が見えたけど。というかこの猫はしゃべったよね」

「えっと……」

 しどろもどろになった薊さんは観念して「実は魔法少女をやっています」と白状した。

「この街に蔓延る邪悪な果実に取りつかれた魔物を花葬しています」

「ごっこ遊びじゃなくて?」

 クレアの言葉に薊さんは赤面する。高一で魔法少女ごっこはなかなかの痛い。

 クレアは明らかに馬鹿にしたような目で薊さんを眺めている。谷野ももちゃんと違って、クレアは現実を知っている中学生。そういう目で見るのは当然だ。


 薊さんは気まずそうに笑って、百花杖を見せた。

「じゃあ、クレアちゃん。好きな花は?」

「うーん、ヒマワリかな」

 クレアがそう答えると薊さんは「咲き誇れ」と言ってポンッとヒマワリを出した。クレアは目を輝かせて、ヒマワリをキャッチすると「すごい」と漏らした。

「姉ちゃん! 今の写真撮った! すごいよ! マジックじゃないよね、あれ! 本当に魔法少女だ! 華子ちゃん! もう一回、やって」

「ごめん、クレアちゃん。写真は撮らないで」

「そうよ! クレア! 安易にSNSとかに流してはいけないよ、これは!」

 マリンさんはビシッと言って、「クレア、その子の頬をつねらないの」と叱った。


 いきなり怒られてクレアは驚き、不貞腐れたが俺の頬を放した。そして入れ替わりにマリンさんはしゃがんで俺と目をあわせた。

「君は華子ちゃんの使い魔なんだよね」

「うん、まあ、そういうもんだけど」

俺がそう答えるとマリンさんは身を乗り出して、真剣な顔で「お願い!」と手をあわせて言った。

「私を魔法少女にして!」

 タイミングよくカポーンっとししおどしの音が鳴り、庭に響き渡った。それくらい俺達はマリンさんの言葉に絶句していたのだ。

「出来ない?」

「出来るわけないじゃん!」

 俺が言う前にクレアが大声でそう言った。

「お姉ちゃんは大人じゃん! 魔法少女は大人がなれるわけないよ!」

「大丈夫だよ、クレア。お姉ちゃんの心はいつまでも少女だよ」

「タバコを吸ってお酒飲んで、ずっと家にいてゲームをやって男同士が抱き合っている漫画読んでいる腐女子のお姉ちゃんの心が少女なわけないよ!」

 ここまで言うのかと思うくらい姉の恥部をさらすクレアにマリンさんは華麗に無視した。そしてニコニコと顔を近づけて俺を凝視する。だぼだぼなジャージを着て、眼鏡をつけて無造作に髪の毛を束ねたマリンさんは真顔で「出来るよね」と優しい声音で言う。


 だがあまりに真剣な目でマリンさんは俺を見ているので何にも言えない。それを見かねて薊さんが控えめに「あの、マリンさん」と呼びかける。

「この子、春宮君って言って元々人間なんです」

「え? 何それ?」

「元々私を魔法少女にした使い魔は別にいて、春宮君はそのお手伝いをしているんです」

「なんで使い魔が、人間を使い魔にするの?」

 マリンさんは「で、その使い魔は?」とすぐさま尋ねた。答えるのが恥ずかしいが、意を決して言った。

「権十郎の餌を盗った犯人です」

「え? この子?」

 マリンさんはそう言ってすぐさまアイパッドでピコンの映像を再生する。監視カメラを一切気が付かないようで周囲を気にしてこそこそと食べる姿に情けない気持ちになった。


 しばらくじっと見ていたマリアさんはポツリと「きっと、私を魔法少女にするために来たんだ」と呟く。

「そんなわけ無いじゃん!」

 俺達が言いたいことを身内のクレアがスバッと突っ込んでくれた。

 この光景を権十郎は欠伸をしながら見ていた。なんてしょうもない茶番なんだろうと思っているのだろう。




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