12
前回のあらすじ。予定時間を超えても邪悪な果実に取りつかれた魔物は現れず、代わりに『茶道室に急げ』と言う紙があった。そしてシルフからも茶道室に来てと言うメールが来ていた。
すぐさま俺と薊さんは茶道室へ向かった。
茶道室の前にはシルフが三角座りで膝に顔をうずめていた。俺達が来た事に気が付くと「薊いいいい」と駆け寄り、薊さんに抱きついた。シルフは微かに震えている。
薊さんは驚きつつも「どうしたの?」と尋ねる。シルフはガバッと顔をあげて、必死な形相で訴えた。もはや気取った言動は見られない。
「巨大な、巨大な、虫が! いるのよおおおお」
薊さんは俺の顔を見て頷いた。シルフの言う情報は少ないけど、絶対に邪悪な果実に取りつかれた魔物がいる事は間違いない。
「シルフちゃん、待っていて。今すぐ花葬するから」
抱きつき震えるシルフを頼もしくそう言って薊さんは茶道室のドアに手をかけた。
薊さんは「せーのっで、開けるね」と不安になっているシルフに聞かれないように小さく俺に言った。俺も頷いて身構える。
「せーの!」
引き戸のドアをガラッと開けた瞬間、俺は一気に身長が縮んだ。使い魔姿になり、見るものすべてが大きく見える。ダサいえんじ色のジャージ姿で杖を構える薊さんが見えている先には、邪悪な果実に取りつかれた魔物が鎮座していた。
細長いシルエットに半透明で時折虹色に輝く四枚の羽、六本の細く鋭い足で畳の上に止まり、そしてプロテクトアーマーのような目が薊さんをとらえる。
巨大なトンボ……。いや、こういう古代生物がいたよな……。
目をそらしたらヤバイかもと俺は勝手に思い、トンボと目をずっと合わせていた。一方、薊さんはスタスタと近づいて、巨大トンボのプロテクトアーマーのような目に杖を構える。本当にこの子は恐れを知らない。
それを冷たいロボットのような目の巨大トンボ。今は俺達を観察するようにとまって見ているが、こいつは空を飛んで素早い生き物だ。どうやって倒すんだ?
俺が思案している間に、薊さんはトンボの目の前で杖をくるくると弧を描いた。
「え?」
子供の頃にそれやったらトンボが目を回して捕れるよって聞いたことがあるが、まさかそれをやっているのか……。
ある程度、回しきり薊さんはトンボの翅に杖をつけて「邪悪な果実よ。ここに花葬する」と言うと、巨大トンボは消えた。
魔法を一切使わずに倒しちゃったよ、この子。
くるっと薊さんが俺の方を振り向いて笑顔になった。
「春宮君、元に戻っているよ」
「あ、本当だ」
俺、何もやっていなかったな。あっけなさ過ぎて、どういう反応すればいいかわからない。元に戻った俺は両手を見ながら、そう思った。
「シルフちゃん! もう大丈夫だよ」
薊さんがそう言うとドアを勢いよく開いた。シルフは俺なんて眼中に納めず、「薊!」と言って薊さんを抱きついた。
「あんな恐ろしい敵に立ち向かうなんて、すごいよ。薊」
「いや、そんな事ないって」
「そんな事はあるよ。俺、結局何もしていなかったし」
俺がそう言うとシルフは「そうでしょうね」と冷たく返した。本当のことだが、そう言われるとモヤモヤする。
「薊、あのトンボを倒したなんて……。すごいわ。薊はこの街のナウシカよ!」
「大げさだな、シルフちゃんは」
こうなると俺はもはやカヤの外だ。いや、全宇宙独りぼっち状態だ。
だが倒したと言うのに、シルフは悲痛であまりに泣きそうな顔をしていた。ニコニコ笑う薊さんはそれに気が付いて、心配そうな顔になった。
「シルフちゃん? なんで泣きそうな顔をしているの? まさか、ケガとか!」
「ううん、違うの」
「じゃあ、どうしたの?」
「薊がこんなダサい姿で戦っていた事が悲しすぎて」
確かに学校内でダサい、昭和のデザイン、小豆の化身かよ、と不評なうちの学校のジャージ。それで戦っていたのが、シルフは泣きたいくらい辛かったようだ。いや、ダサいけどさ、泣きたくなるレベルじゃないだろ。
「凛々しく、強かに、恐ろしい敵と戦ったのに。こんなダサいジャージで戦うなんて、不憫すぎる!」
「園芸部の活動の途中だったんだから」
「とにかく早急に魔法少女の衣装を作るからね! もうこんな高校指定のダサいジャージで戦わせない!」
「ありがとう、シルフちゃん。あ、まずい! 私、部活を抜けてきたんだった!」
そう言って薊さんは「もう行くね」と言って、杖を消して茶道室を慌ただしく出て行った。しかも途中でドアの所で転んでいて大丈夫かなと思った。この子、あの巨大トンボを倒した子なんだよなと思うと、不思議な気分だ。
薊さんが見えなくなると「はあ、早く衣装を作らなければ」と言ってシルフは茶道室の隅に置かれたポーチを手に取った。
「よかった、ここにあったか」
「それ何?」
「ソーイングセットよ。これがなくなったから、もしかして茶道室にあるかなっと思って、ここに来たらあった」
シルフはソーイングセットをカバンにしまいながら、「でもおかしいわね」と言った。
「私、茶道室にこのソーイングセットを出していないのにどうしてここにあるのかな」
「……もしかして、誰かが盗ってここに置いた?」
「そうして茶道室の魔物を見つけさせて、薊を呼んで誘導させようとした」
「俺の自転車に『茶道室に急げ』って書かれた紙が貼られていたな。人がいたから別の場所に変えたのかな」
最初は駐輪場って言っていたのに変更していた。先輩が立ち話しているからか?
「薊はピコンから、動植物の一部を邪悪な果実な果実が取り込んで、魔物ができるって言っていたわ。でも邪悪な果実は何なのか、いつ魔物が現れるのか、よくわからないんでしょう?」
「ピコンは関係ない人は巻き込みたくないとか、戻れなくなるって言わないんだよ」
「その使い魔、本当に味方なの」
シルフは鋭い眼差しを向けた。まるで下々の者を見下すような顔である。先ほど薊さんにしがみついて怖がっていた女の子とは思えない。
「最近の魔法少女で、使い魔本人が黒幕だったりするからね」
「結構えぐいな、最近の魔法少女は」
シルフは「メタな事、言わないで」と言って、茶道室を華麗に去って行った。自分もメタな事言ったじゃん。やれやれと思いつつ俺も帰るかとシルフが出た後、すぐに茶道室を出て駐輪場に向かった。
駐輪場では茶道室に向かう前からいた先輩たちがまだしゃべっていた。平和だな、もしかしたらここに巨大トンボが現れていたかもしれなかったのに。
だが最初に来た時よりも人が少なくなり静かだった。それに代わって近くにある道場から竹刀の高い音と床を踏み込む鈍い音が聞こえてきた。懐かしい音だが、後ろめたさもある。俺は急いで自転車に乗って家に帰った。