10
魔法少女になるたびに着実に一人は正体がバレる薊さん。未だかつて、そんな魔法少女っていただろうか?
そんな事を考えつつ、俺は薊さん、そして俺達の正体を見たシルフと一緒に校舎に入って茶道室に入った。
「いつも茶道部の先輩たちはサボっているから誰もいないわ」
シルフは座布団を置いて俺達に「どうぞ」と言って勧める。俺と薊さんは恐る恐る座った。それを見て満足そうにシルフはほほ笑んだ。
「ところで薊、いつから害虫駆除をしているの?」
「害虫駆除と言うか、魔法少女をしているの。えっと三日前から」
「あら、結構最近ね」
薊さんは恥ずかしそうに俯きながら、「いつから見ていたの?」と消えそうな声で聞いた。
「薊と別れた後、やっぱり不安になって後を追っかけたの。そしたら用具入れの中に入ったから、まずいと思ったの」
「なんでまずいと思ったの?」
「男は狼よ、薊。この男があーんな事やこーんな事とかイチャコラ……」
「俺はそんな事しねえって!」
なんて失礼な事を言うんだ! だが睨んでいる俺を涼しい顔してシルフは受け流し、一方の薊さんは意味が分からず「どういう事?」と尋ねていた。
薊さんの質問に答えないでシルフは「続きを話すわ」と何事もなかったかのように説明した。
「用具入れの小窓から覘いたら光を浴びて薊がピンクの服を着て、茶色のウサギのような生き物と一緒に巨大バッタと戦っていた。あの茶色のウサギって春宮なの?」
俺は力なく「そう」と頷いた。誤魔化すことが出来ないくらいシルフは全部見ている。
「そう。薊は魔法少女になって、春宮はパシリの獣なるのね」
「ちょっと、パシリの獣って……」
「あ、あのね、シルフちゃん! みんなには……」
薊さんは例の言葉を言おうとしていた。だがシルフはすべてを知っているとばかりに微笑み、薊さんの口元に人差し指をつけてこれからいうセリフを制した。
「大丈夫。これはすべての理、永久不滅の不文律、あまねく者が知っている暗黙のルール。薊、あなたの言いたいことはちゃんとわかっている。みんなに内緒にするわ」
仰々しく言わなくてもよかったのでは? と呆れる俺だが、薊さんは「ありがとう!」と素直にお礼を言った。
「ところで薊。あのピンクのコスチュームで戦っているのね」
「うん、そうだよ」
「私から見て、そのコスチュームは控えめに言って、ものすごくダサいわ」
優雅な笑顔をたたえたまま、バッサリと言い捨てるシルフの言葉に目を見開き驚く薊さん。ダサいって自覚がなかったんだ……、この子。この事自体が衝撃だ。
「こんなんじゃ、笑われてしまう! 薊、私が衣装を作ってあげるわ」
「で、でも……、シルフちゃんに悪いし」
「ガチでファッションピンクのしょうもない長袖のTシャツと安っぽいチュールのスカートを着て戦っているの見て何もできずにいる事が拷問よ。数千円で買えそうな衣装じゃない。そんな変身してまで着たいと思いたくないわ。頼まれたって、絶対着ない! 見ていて、胸が苦しくなって死にたくなる! その衣装で戦うのをただ見ているだけなんて、私には出来ない! お願い、作らせて!」
シルフは薊さんの両肩を手で抑えて、顔を近づけて有無を言わせないような威圧をかけて頼み込む。もはや勝手に作りそうな勢いだ。だが俺もこの提案は大賛成だ。俺も薊さんの衣装を見ていてなぜか心が苦しくなる。
シルフの素晴らしい大提案に、薊さんはなぜか「でもね」と不安そうな顔で言った。
「シルフちゃん、変身しないと魔法少女じゃないと思うの……。アニメとかの魔法少女って変身するでしょ? だから変身をしないといけないと思って……」
「違うわ、薊」
両肩を抑えていた手を離して薊さんの手を握って、シルフは迷える子羊を救うシスターのような表情でこう言った。
「別に変身しなくても魔法少女になっている子なんてよくいるわ」
シルフの言葉に「え、そうなんだ」と思わず言った。俺も魔法少女は変身は必ずするもんだと思った。世の中にはいろんな魔法少女がいるもんだ。
そしてシルフは薊さんに言い聞かすように言う。
「恐ろしい魔物を倒したじゃない。それこそがあなたは立派な魔法少女の証よ。変身云々の概念なんて捨てなさい。変身しなくても、あなたは魔法少女よ」
「シルフちゃん!」
「私はちゃんと見ていたわ。巨大バッタに恐れず勇気と気丈に立ち向かうあなたを。衣装について散々文句を言ってきたけど、あなたの姿は間違いなく魔法少女だったわ」
「ありがとう、シルフちゃん。そう言ってもらえると嬉しい」
「だから変身なんてよして、私が作った服を着なさい!」
薊さんは「迷惑じゃない?」と心配そうに言うが「全然」と答える。シルフは誇りと使命を持った職人のような顔をしてこう言った。
「魔法少女の衣装を作れること自体が最高の名誉よ! むしろ作らせて!」
「うん、私もシルフちゃんの服で戦いたいな」
「ありがとう! 今まで培った技術のすべてを使って作るわ!」
「いやいや、私がありがとうだよ。シルフちゃん」
手を握り合い、目を輝かせてシルフと薊さんは見つめ合っている。俺にはこの二人の周りに花が咲いているように見えてきた。素晴らしい女の友情だ。
それをどう反応すればいいのかよくわからず、ただ俺は見ているだけだった。完璧なカヤの外だ。二人は俺と言う存在を忘れている。
「それにあの変身は問題があるからね」
「ん? 問題? どういう事、シルフちゃん?」
「えっと……」
そう言って目を伏せるシルフ。おいおい、あれを言っちゃうのか? まさか?
じっと薊さんは「教えてよ」とせがむ。シルフは悲しそうな目で、「聞きたいの? 薊」と確認する。やめろよ、シルフ。人間、知らない事があってもいいじゃないか。
「あの変身、一秒満たないけど、一瞬だけ半裸になるのよ」
この事実に薊さんは、ぽかんと口を開けていたが徐々に意味が分かり、顔が真っ赤になった。残像が残るくらい素早く振り向いて「春宮君は知っていたの?」と俺に詰め寄った。俺はすぐに首を無我夢中で振った。
「いや、見ていないよ! すぐに目を瞑っていたから」
「そうね。小窓で見た時、すぐに彼は背を向けて目を瞑っていたわ」
シルフの言葉に薊さんもホッとした顔になった。よかった、見ていたなんて言ったら俺は変態になってしまう。
「そう言えば、どうして春宮は使い魔になっているの? 平々凡々の男子高校生と思っていたけどあの魔物を倒すために普通の女の子を魔法少女にする変態的な能力を持っているの、春宮?」
「一切持っていないよ、そんな能力。俺は薊さんの使い魔の代わりに一緒に戦っている」
シルフは「え? どういう事?」と首をひねる。確かに俺ですら理解が出来ない。
「使い魔のピコンはちょっと問題があって、薊さんの前に出られないんだ」
事情はピコンが説明する役目なので俺は言わない。
「それって黒いウサギと関係があるのかしら?」
「そうかもしれないな。あの黒いウサギはピコンと色は違うけど、姿は似ていた」
やっぱり薊さんも気が付いていたか。
薊さんとシルフのメルアドを教えてもらい、俺達はそのまま茶道室でおしゃべりしていた。ほとんど薊さんとシルフがしゃべり、俺は聞き役になっていた。
「シルフちゃん、茶道部も入ったんだね。手芸部と掛け持ちだ」
「手芸部と茶道部を掛け持ちしている先輩に頼まれたのよ。ただのお付き合いよ。薊は園芸部?」
薊さんは「うん、そう」と答えた。へえ、薊さんは園芸部か。
「あ、そうだ。薊も入りなよ、茶道部。先輩はほとんど来ないから、ここの部屋で魔法少女の作戦を立てられるわ」
「ああ、それいいかもね。春宮君も入る?」
どうしようかな? 先輩って言っても女だらけだしなあ。すぐには答えず「考えるよ」と答えを保留にした。
魔法少女の事を話していたが、薊さんがお手洗いに行くと言って茶道室に出て行った。その瞬間、沈黙が生まれる。ちょっと気まずい。今までシルフと薊さんが主に話していたので、薊さんが出て行ったら俺は何にも話せない。
「ところで春宮」
静かで不気味なシルフの声が茶道室に響いた。いきなり呼び捨て……。まあ、いいけど。
「薊が話していた通り、君は最初の戦いをたまたま目撃した」
「そう」
「だとしたら、薊の変身シーンは見たの?」
「いやあ、見ていないよ。変身後だった」
「じゃあその後の二回目、君は使い魔姿で戦いに参戦した。その時、変身シーンは……」
「見ていない。偶然、目をそらしていて見ていないんだよ!」
はい、大嘘です。ばっちり見ています。
「だからあの変身シーンがその、青少年育成法に触れそうな問題シーンだったなんで知らなかったなあ……」
「あら、そうなの」
シルフは納得したような顔で答えた。俺は軽く笑った。よかった、疑惑は晴れたようだ。
「まあ、いいわ。これから私が衣装を作れば、変身もしなくて済むから大丈夫ね。そう言えば、薊は何色の光で変身していたかしら? 一応イメージカラーってあるだろうから、なんだったかしら? 春宮」
俺は思わず「ピンクだよ」と答えた。
その瞬間、シルフはずいっと俺の顔を近づけた。
「春宮、目を瞑っていたり、そらしていたのに、どうして光の色を答えられるの?」
頭が真っ白になった。シルフの射抜くような視線が俺を貫く。
「初めからおかしいと思っていたのよ。変身時、あなたは薊に背を向け、目を瞑った上に手で目を隠していた。しかも薊が変身する前にそれをやっていた。はっきり言ってあの変身の光の度合いはそこまで眩しくないはず。それなのにあなたは厳重に目を隠していた。それは青少年育成法に触れそうなシーンだから、目を隠したのでは」
まるで探偵か刑事のように畳みかけるかの如く説明するシルフ。それに追い詰められた俺は崖にいるような気がした。そう、刑事が犯人を追い詰めている崖の場面を!
シルフは「どうなの?」と低い声で聞き、答えろとばかりに身を乗り出して、俺を見つめる。もうごまかしはきかない。こうなってしまったら、男らしく答えるしかない。
「すいませんでしたあああ! 嘘をついていましたああああ! 見てましたあああああ!」
正々堂々と白状し土下座もする。意味はないかもしれないが「決して悪気はなかったんです」と弁明も弱弱しく言った。
俺の自白にシルフは「しょうがないな」と言って意外にも怒らなかった。
「薊は抜けているからね。大方、突然薊が変身して何も分からず見ちゃったって感じでしょう?」
「その通りでございます。決して見てやろうと思ったわけではありません」
「それくらいはわかるわ。ちょっとした大事故。薊は知らない方が幸せね。この事は私の胸に留めておいてあげる」
「ありがとうございます」
入学して早々に変態疑惑を持たれたくはない。きっちりと念入りに感謝の意を伝えた。
そんな駆け引きなんて露知らない薊さんが帰ってきた。
「ただいま、シルフちゃん。春宮君と何話していたの?」
「春宮が使い魔になったらリボンとかつけたらいいかなって思って。薊とおそろいの色のリボンを」
「うわあ、かわいいね」
シルフと薊さんのキャッキャウフフな会話を聞いて、どっと疲れが出てきた。
シルフと薊さんは茶道室で会話に花を咲かせている途中で、俺は「用事があるから」と言って帰った。用事はなかったのだが魔法少女と関係ない話を始めたので、もういいかなと思ったのだ。
自転車を走らせて家に帰ると、撫子はいなかった。友達の家にでも行ったのかな?
自分の部屋に入って動きやすい服に着替えてクローゼットに制服を下げる。毎日やっている行動なんだか、いつも苦しくなる。クローゼットの下に黒い大きなカバンが置いてあるのが嫌でも目に付くのだ。
「このまま茶道部にでも入ろうかな?」
ほとんど活動しなくていいのなら、別にやってもいいかもしれない。そういった部活も楽しいかもしれない。
中学時代の部活は結構ハードだった。アザも出来たしマメも多かった。放課後はまっすぐ部活をやっていたし、夏休みと冬休みもほぼ毎日やっていた。楽しい事よりも辛い事の方が多かったが、やめたい気持ちは生まれなかった。でも今、高校で部活をやる気が起きないのだ。
「別にやらなくてもいいからな、実際」
やってもやらなくても何か変わる事なんて一切ないのだ。バイトをしてもいいし、別の部活もしてもいいし、このまま帰宅部でもいいかもしれない。
そんな事を考えながら俺はバックを開けた。するとベージュ色の生き物と目があった。
「あ、ピコン」
「やあ、春宮!」
本日二回目のカバンからの登場だ。ピコンは手をあげてぎこちない笑顔で挨拶をして、周りをきょろきょろと見る。
「君の妹はいるかい?」
「撫子? 家にいないから友達の所に遊びに行ったと思う」
俺がそう言うとピコンは「よかった」と深く息を吐いて安心した。
「君の妹との会話は僕の心をすり減らす。まだあんなに幼いのにまるでハンマーを振り回すような悪口と嫌みと皮肉を言ってくる。将来が末恐ろしいよ」
「撫子はちょっときつい性格をしているからな」
「君もだぞ! 君が保健所に連れて行くって発言した時、僕がどれだけ傷ついたかわかるか? 人の好さそうな顔で殺処分場に連れて行けなんて言うとは!」
目に涙を浮かべるピコンに「悪かったよ」と言うが、心の奥でこんなにひどい事を言った俺にどうして頼って来ているんだろう? と疑問に思った。
「で、春宮。またパソコンとプリンターを借りたいんだ」
「え? なんで? そう言えば、薊さんに手紙を渡せた?」
この質問にピコンは目を逸らして「まだ」と答えた。きっとまだ渡せていないんだろうなとはなんとなく思っていたので驚かなかった。
「実はあの手紙は書き忘れていた内容があるんだ」
「……え? そうなの?」
「だからパソコンとプリンターを貸してくれ!」
カバンから飛び出して、俺に拝みながら迫ってきたピコン。ズダダダッと迫ってきたのでちょっと恐ろしかったので「わかった、持ってくるから」と言って、近づいてくるピコンを止めた。