カドゥルの本心
胸元が大きく開いたもの。
太ももを通り越して、腰まで入っているんじゃないかと思うようなスリット。
ヒップが半分見えてしまいそうなくらい、背中があいているもの。
二階にある「衣装部屋」だと言って通された場所にあったのは、どれもこれも「おいおい」と言いたくなるデザインのドレスばかりだ。
しかも、何となく予想はしていたが、全部金色。どれだけこの色が好きなんだ、と言いたい。
スタイルのいいリーフィンとレイハなら、これくらいのデザインのドレスなどいくらでも着こなせる。しかし、フリルやリボン、ドレープといったものがほとんどなく、きわどく、かつシンプルなものしかないので、はっきり言えば面白味がない。
どれでも好きなものを、とカドゥルから言われたが、サイズすらもあまり種類がなかった。もしかしたら、若い女性に、と言うより、王好みのスタイルの女性にだけプレゼントされるのかも知れない。
そうだとすれば、賞賛されるスタイルとは言いにくい、子ども体型のフェンネが連れて来られたのは、リーフィンやレイハのついでみたいなものだ。
女性にプレゼント、と言っておきながらフェンネを無視する、ということがカドゥルにできなかったのだろう。
「えっと……あたしはいいや」
どうがんばっても着こなせそうにないドレスを見て、フェンネは辞退した。
「遠慮しなくていいよ。これなんて、どう?」
カドゥルが取り出して見せたのは、ミニスカートのドレス。肩を出すタイプのもので、胸はぎりぎりのライン。動き方によっては、はみ出しかねない。
もっとも、フェンネがそれを着てもはみ出すだけの胸はないし、むしろかぱかぱして落ち着かない。丈が短いスカートなのはいいとしても、小柄で肉のない身体には、ある意味きつい服である。
「いいじゃない、フェンネ。もらっておきなさいよ」
リーフィンはフェンネが勧められたのとは少しタイプが違うが、やはり肩が出ているタイプで丈の短いドレスを選んでいる。踊り子の衣装はかなりきわどいものもあったりするので、そういうデザインでも大して抵抗がないのだろう。
レイハはスカート丈こそ足首まであるが、背中が見事なまでにあいたドレスを選んでいた。
「よかったらそれに着替えて、王のそばで旅の話をしてもらえないかな。色々な村や街の話をお聞きになるのが好きなんだ」
「あら、このドレスで王のおそばなんて、何だか後宮みたいね」
レイハが笑う。
「え、そういう訳じゃ」
カドゥルが口ごもる。
「レイハは冗談で言ってるのよ、カドゥル。話をするくらいならいいけど、着替えは遠慮させてね。今の時間からこの格好だと、ちょっと肌寒くなっちゃいそうだし」
にっこり笑って言われると、カドゥルは戸惑いながらうなずくしかなかった。
確かに春になったとは言っても、夜は冷える。こんな露出の多い服では、風邪をひいてしまいそうだ。
「あたし、アルディアスの所へ戻るね」
衣装部屋を出て王のいる部屋へ向かうとなった時、フェンネは二人にそう告げた。
「そう、気を付けてね」
「好きなもの、食べさせてもらいなさいな。フェンネが甘えれば、いくらでも買ってくれるわよ」
「え、ちょっと、リーフィンってば……」
最近、フェンネがアルディアスを座長という立場以外でも慕っているらしい、と気付いたので、リーフィンはさりげなくからかっているのだ。
「そうね。アルってああ見えて、甘えられると案外弱いのよ。押すなら、そこがポイントかしら」
「もう、レイハまで」
他の座員の誰でもなく「アルディアスの所」と名指しする辺り、無意識にフェンネの正直な気持ちが出ている。そういう部分をつい突っ込みたくなるのだ。
二人は笑いながら、カドゥルが指し示した王がいるという部屋へ向かう。
「どうして王の所へ行かないの?」
カドゥルに言われ、階段へ向かいかけていたフェンネは肩をすくめる。
「あたしは二人みたいに長く旅してる訳じゃないし、そんなに話が上手でもないから」
それにあのドレスを着て王のそばで話をするのであれば、やはり何となく後宮っぽく感じてしまう。着替えは断っていたが、あの二人のスタイルがいいから、余計にそう思うのだ。
もっとも、フェンネは後宮なんてものは、実際のところよくわかっていない。
「あたし、アルディアスや一座のみんな以外、人ってちょっと苦手だし」
以前いたブローズ村では、あまりいい思い出がない。フェンネが村を離れて半年が経ち、踊りを覚えて少しずつ人前に出されるようにはなったものの、仕事の時以外に人と関わるのはまだ少しためらいがある。
「ゴフード王のことは、かっこいいとは思わない? ここに来た人はみんな、素敵だって言ってるよ」
「うん、すごくかっこいい人だとは思う。でも、あたしはアルディアスの方がいいの」
つい本音が出た。ここにリーフィンがいれば「だからぁ、それを本人の前で言いなさいよ」などとあきれそうだ。
「王より、その人が?」
一方で、カドゥルは本気で驚いたような顔をしている。
「あ、カドゥルにとっては、お父さんみたいな人なんだよね。ごめんね、きらいって言ってる訳じゃないよ。あたしにとってはってことだから」
「……その人のどこがいいの?」
「優しいし、あたしを守ってくれる。あ、もちろん、他のみんなも守ってくれるけどね」
後の言葉は付け足しみたいよ、とからかわれそうな気がする。
「守って……」
つぶやくように繰り返すカドゥル。そのことに気付いてないフェンネは続ける。
「あたしもね、カドゥルと同じように、本当の親ではない人に育てられたの。ちゃんと育ててもらったことは、すごく感謝してる。ただ、本当に優しくされたって思えたのは、アルディアスやみんなといる時なの」
養父母は優しい人だった。そうでなければ、捨て子を見付けても放ってその場から立ち去っただろう。
だが、基本的に気弱な人達でもあった。よそ者を嫌う傾向にある村人が冷たい目を向けるため、あくまでも自分達には子どもができないので働き手がほしかった、という体でフェンネに接していたのだ。
貧しいながらも食事や服などはちゃんと与えてもらえたので、その点は本当に感謝している。しかし、温かい家庭で育った、という意識はフェンネの中にない。
そんな環境だったので、本心から迎え入れてくれた一座は居心地がよく、彼らの言葉には温度が感じられるのだ。
歌や踊りの練習をする時のアルディアスは厳しいが、それ以外の時は普通に構ってくれるし、毎日色々なことを教えてくれる。
出会った時からそうだったが、酔っ払いなどに絡まれそうになったりするとさりげなくトラブルから遠ざけるようにしてくれる。
村を出てから今日まで、フェンネは日々楽しくて仕方がない状況だ。
ちなみに、似たような状況になった時は、他の座員も同じようにかばってくれる。が、出会った日のインパクトが大きかったせいか、アルディアスにこうしてもらった、というイメージが強いのは……仕方のないこと。
「優しく……」
「カドゥル? どうかした?」
話を聞くうち、ぼんやりしだしたカドゥルにようやく気付き、フェンネが声をかける。
「ぼくもゴフード王に育ててもらって……感謝してる。だけど、きみが言うように、王に守ってもらってる、と思ったことが……ない」
「あんな優しそうな人なのに?」
フェンネに人の本質は見抜けないが、一見した限りではゴフード王は人当たりがよさそうで優しそうに見えた。
「あのね、カドゥル。あたしが勝手に思っただけかも知れないけど、さっきボルブが一座に入らないかって誘った時、すごく悲しそうに見えた。あれって、行きたいけど行けなくて悲しいって思ったんじゃないの?」
フェンネの言葉に、カドゥルは明らかにどきりとした顔をする。
似た経験を持つフェンネだから、わかる気がした。
ボルブの突然の誘いにびっくりしたが、心のどこかで受け入れられたことに喜びを感じてもいたのだ。
フェンネは村がなくなったこともあって後腐れなく飛び込んで行けたが、カドゥルはそう単純にはいかないらしい。
「ねぇ、この村はカドゥルの手品だけで成り立ってるんじゃないでしょ。実際に村を豊かにしたのは、ゴフード王なんだよね? それなら、協力者が一人抜けたって、いきなり村が廃れたりとかはしないと思う。ちゃんと話してみたら? 旅に出てみたいって」
「え、そんなこと……」
「カドゥルがここにいたいって言うなら、話は別だけど。行きたいけどって言ってたのは、本心でしょ?」
やんわり断るための方便、ということもあるが、そんなふうには見えなかった。たぶん……いや、間違いなくカドゥルは行きたいのだ。
「あたしも一緒に行ってあげるから。村を出る許可をもらえるように、ちゃんと言おうよ。カドゥルにとってのお父さんなんでしょ? 話せばわかってくれるって」
「……」
カドゥルは、ボルブの誘いを断った時のように「ここに残る」とは言わなかった。
恐らくカドゥルの中で、自分の希望をかなえたい気持ちと、それを抑え込もうとする心がせめぎ合っている。
きっぱり断られなかったので、フェンネは彼の手を取った。そのままリーフィンやレイハが向かった先、王がいる部屋へと歩き出す。
「行こう」
カドゥルの事情は詳しく知らない。でも、行きたいと思っているなら、後押ししてあげたい。
フェンネが一座に入って幸せだと感じているように、カドゥルもそんな風に思えるようになってくれれば。
「あ……」
カドゥルは何か言いたそうだったが結局何も言えず、フェンネに引っ張られるまま、王の部屋へと向かった。
☆☆☆
リーフィンとレイハが入った部屋は、これまた金色の調度品に囲まれていた。
壁や天井はもちろん、窓枠やカーテンに至るまで。ゴフード王が座っているソファも、当然金色。
そのソファの大きさ、何なの。
リーフィンが心の中で突っ込んだそのソファはかなり幅があり、ゆるやかに湾曲していた。その中央に王が座っているのだが、彼の両脇にあと三人ずつは座れそうだ。
エントランスや階段と違い、床には部屋全体に薄黄色のジュータンが敷かれている。ソファの周辺にはさらにもう一枚、濃い黄色で毛足の長いジュータンが重ねて敷かれていた。ソファ近くの床にも座れるように、だろう。
今は私達二人しかいないけれど、本当に後宮状態にできそうな部屋ね。
部屋を見たレイハは、心の中で小さく溜め息をついた。
これでは確実に「はべらせる」気でいる、というのがみえみえではないか。複数のイスやソファを置いて対面で話す、という気はなさそうだ。少なくとも、普通の応接室ではない。
最初から、何となく妙な気はしていたのだ。
いくら村が豊かで、客に還元したいという考えであっても、わざわざ個人の屋敷に呼び出すのはどうなのだろう、と。
女性限定サービスというのはよくあるが、こうして男性から完全に遠ざければ怪しい、と思われそうなものだ。何かあっても、状況によってはすぐに逃げられないではないか。
もちろん、レイハはどうにかできるという自信があるから、あえてこうして誘いに乗ってみたのだが。
リーフィンは最初、普通に「ドレスがただでもらえるならラッキー」くらいにしか思っていなかった。
しかし、こうして屋敷へ近付くにつれて「ないな」と考えを改める。現物を見て、さらに「やっぱり、ないな」と思った。
たぶん今までここへ来た女性達も、似たようなことを考えただろう。ただ、物をくれると言っている人の手前、余計はことは口にしなかったと思われる。
ドレスのサイズから推測するに、思ったことをすぐ口にするようなおばさんは来ていないはずだ。
やっぱりドレスは女を釣るエサかぁ、とがっかりした。王の顔はいいのに、ドレスや屋敷、やることのセンスはどうしてこんなにも悪いのだろう。
それだけでなく、二人が同時に違和感を覚えたのは、王の顔を見てどきりとしたことだ。
それは警戒心を伴うものではなく、恋愛感情的なもの。
だが、どこか無理にそう思わされたような感覚があった。
薬を使われたとは思えないし、魔法の類の気配はなかったはず。誰かに感情をコントロールされるとは思えないが、とにかく何か妙だ。
なので、ドレスを着るのは断っておいた。どういう形で「ドレスを受け取っただろう」と言われたり、見返りに何を求められるかが予測できないからだ。
ドレスに細工がされている、という可能性だってある。サービスという言葉も、どこまで信用していいものやら。
何か言われても手に持った状態であれば、叩き付けて返すことは可能だ。
ここへ彼女達を連れて来たカドゥルも、こうなるとどこまで信用していいものだろう。
話せば田舎の素直な少年という雰囲気だが、こうも怪しい王の前に出ては、彼の言動が演技ではない、とは言い切れなくなってきた。