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繰り返す光景

 全部調理されたもの、だな。

 ディアンは一人で、屋台を見て回っていた。

 だが、その目的はボルブ達のように食べるのではなく、座員に食べさせる料理の材料をみつくろうためだ。

 他の座員も一応交代で食事の用意はするものの、マールス一座の料理長はディアン。なので、食材の調達も基本的にはいつも彼がするのだ。一座に入ってからは、ずっとそうしている。

 しかし、こうして回っていても、どの屋台も「料理」を売っていた。

 この村の収穫物や名物が何であれ、すぐそこに海があるのだ。もっと生の魚介類があってもよさそうなのに。

 実際、焼いたり揚げたりした魚や貝を売っている店はたくさんある。だが、魚そのものはない。

 屋台であって、(いち)ではないから……か。生は無理でも、土産用があってもよさげだろ。

「なぁ、ここでは魚そのものってのは売ってないのか?」

 ざっくり見て回ったが目的の店が見付からず、ディアンは串刺しにした焼き魚を売っている店の親父に尋ねた。

「え? あ、ああ……。こうして何かしら手を加えたものを売るのが中心なもんでな。その材料となるものを売ったら、わしらの売るものがなくなっちまうんだよ」

 愛想笑いを顔に張り付けて、親父はそう答えた。

 そういうものか、とディアンも仕方なく納得するしかない。

 本当に親父の言う通りかも知れないし、うがった見方をすれば実は素材そのものの味は大したことがないため、料理でどうにか喜ばれるものにしている、などとも考えられる。もしくは、今は不漁ということも。

 せっかくだから、いくらか魚を買い置きしておきたかったんだがなぁ。

 下ごしらえではなく、完全に調理されたものでは長期保存ができない。できれば、塩漬けか干物がほしいところだ。

 しかし、売ってないものは買えない。

 ディアンはあきらめて、目の前の焼き魚を一本買った。

 予定通りなら、明日には目的地の街に着くだろう。別に、調達を急ぐことはないんだけどな。街で買うより安いはずだから、少しでも欲しかったんだが……。

 歩きながら、ディアンは魚にかぶりつく。

 口を動かしながら、これは何の魚だろう、と考える。大抵の魚は知っているつもりだが、わからない。子どもの絵に描かれるような、これという特徴のない魚だ。

 この辺りだけで捕れる魚……だろうか。魚の口から尾に向かって串を刺し、全体に塩を振って焼いただけの、ごくシンプルな調理法で提供されている。

「……ん?」

 塩焼きだから魚そのものの味に自信があるのだろう、と思った。これなら素材の味がわかりやすいはず。

 しかし、口に入れても味がしない。味がしないと言えば、魚に振られている塩さえも感じられないのだ。

 塩に見えて、実は塩じゃないとか? それに……おれ、今この魚を食ったよな?

 手に持つ魚には、ディアンが食べた跡がある。だが、ディアンの口の中に、魚の存在がない。味を確かめようと食べたのだから、すぐに飲み込んだはずがないのに。

 あれこれ考えながら食べたから、知らずに飲んでしまったのだろうか。いや、しっかり吟味するつもりで食べたものを無意識に飲み込むなんて、自分がそんなヘマともいえることをしてしまうなんてありえない。何も考えられない程の空腹でもないのに。

 だが、現実にディアンの口の中に、魚はもうない。

 仕方なく、もう一口魚をかじってみた。やはり味を感じられない。もちろん、塩味も。

「まさか……おれ、味覚障害になった訳じゃないよな」

 この魚が淡泊すぎるのだろうか。しかし、それならそれなりの味があってしかるべき。それが何もないなど、自分の方に何か問題があるとしか思えない。

 戸惑っていると、ちょうど魚のフライを売っている屋台の前へ来た。ディアンはすぐに一人前を注文する。

 細く切った魚の切り身にパン粉を付けて油で揚げた、ごく一般的なフライだ。揚げたてのあつあつである。

 三角(すい)をさかさにした紙の袋に数本入っているそれを持ち、ディアンは人込みから少し離れた。

 木の陰になっている所へ来ると一本をつまみ、口に放り込む。やはり味がしない。

 それどころか、揚げたてなのに熱くない。そう言えば、さっきの焼き魚も熱くなかったような。

 こうなると、味覚障害どころではない。感覚が完全に麻痺している。これでは、一座の料理番としてやっていけなくなるではないか。

 これまでの経験と感覚で料理をすることは可能だろうが、それはそれ。自分自身でもこれからの人生において、おいしいものを食したい。

 ディアンの味覚がなくなり、もううまい料理が作れないのか、とネオラが涙を浮かべる姿まで頭に浮かんできた。キツネの獣人で騙すことがうまいはずなのに、やけに素直すぎる部分があるので、ディアンが病気だとわかったら絶対に泣く。

 いや、待て。落ち着け、おれ。

 これは何かの間違いだ。この村へ来るまでの食事は、ディアンがちゃんと自分の味付けで料理をしたし、座員達もいつものように「うまい」と言ってくれている。

 自分も食べた。普段と変わらず、うまかった。絶対に昼食までは問題はなかったはず。

 ディアンが味を感じないと思ったのは、ここへ来てからだ。そこに何か事情があるのでは。

 こんな突然に発病するなんて、考えられない、と言うか、考えたくなかった。

 ふと胸ポケット付近に手が触れ、そこに固い物が入っていることに気付く。

 取り出すと、前にいた街で子どもが「面白かった」と言って、くれたアメだ。ポケットに入れたまま、すっかり忘れてしまっていた。

 体温で溶け、包み紙にべったりとくっついている。

 気持ちを落ち着かせようと、ディアンはその溶けかけたアメを、包み紙から歯でこそげ取るようにして口に入れた。

 甘い……。はちみつの香りがする。

 いつものくせで、素材が何かを推測しようとし、気付いた。

 アメはちゃんと味がしている。控えめな甘さを、しっかり認識できているのだ。どこもおかしくはない。

 ほっとしながら、ディアンは残っているフライをもう一度、あえてアメが溶け切っていない口へ放り込む。……やはり味がしない。いや、アメの味だけがしている。

 まさかとは思うが……おかしいのはおれじゃなく、ここの食料? いや、村そのものなのか?

 そう意識した途端、今度はそれまで感じていた屋台の料理の匂いが全く感じられなくなった。唯一の香りは、鼻から抜ける自分の口の中のアメからだけ。

 ボルブ達は、城へ行ったリーフィンやレイハ、フェンネはどうなってる?

 食べ物の味がしなくなった、というくらいならいい。他にそれ以上のことが何か起きていたりはしないだろうか。

 いきなり色々なことが不安になってくる。

 ディアンは座員達を捜しに、急いで走り出した。

☆☆☆

 ボルブ、ネオラ、そしてルノームはお互い付かず離れずな状態で屋台巡りをしていた。

 これと言って、特に目新しいものがある訳ではないが、こういうものは雰囲気が料理をおいしくさせるものだ。

 少ない小遣いだが、あれこれ買い食いするのは楽しい。

「また楽しそうな音楽、やっていますね」

 カドゥルの手品が終わったので、またバンドが生演奏を始めたようだ。

「ルノーム、飛び入りして来いよ」

 ボルブが勧める。

「え、いいでしょうか。他の方達とセッションなんて、久し振りです」

 普段はルノーム一人で、たまにボルブも横笛を吹いたりするが、本格的な合奏というものは長期間していない。

「ここにいる奴ら、ルノームが上手くてきっとびっくりするぞ」

 コットンキャンディをなめながら、ネオラも勧めた。

「ほれはひ、ほほへふいははらひへふ( おれ達、ここで食いながら見てる )」

 魚フライのサンドイッチをほおばるボルブに見送られ、ルノームはさっきカドゥルが手品をしていたステージで音楽を演奏しているバンドメンバーへ近付いた。

 ベーシストに声をかけ、ボルブ達のいる所までは会話が聞こえないが、どうやら飛び入りを歓迎された様子だ。

 ゼルジーがいつも剣を差しているように、ルノームも常にギーターを持っている。ルノームはそのギーターを抱え、ステージに上げてもらって演奏を始めた。

 大勢の人が耳を傾け、曲が終われば拍手が起きる。カドゥルの手品で起きた拍手と引けを取らない。

 聞こえる拍手の音に「そりゃ、うちの自慢の音楽家だからな」とボルブとネオラは満足げだ。

 そのまま数曲が続くかと思いきや、ルノームは一礼してステージを降りた。

 見ていたボルブ達は「あれ?」と思う。一曲だけなら、という条件だったのだろうか。

「ルノーム、もっと一緒にやらせてもらえないのか?」

「え……ええ。やめておきました」

 ネオラに言われ、ルノームは歯切れが悪い返事をする。

「それって、ルノームの方から断ったってことか? どうしてだよ。セッションは久し振りって嬉しそうだったのに」

 ボルブも首をかしげる。

「おれ、よくわかんないけど、あいつら、実はあんまり上手くないのか?」

「いえ、そんなことはありません。お上手ですよ」

 ネオラの言葉に、ルノームは苦笑しながら小さく首を振った。

「ただ……音に熱が感じられないのです」

「熱? 音に熱があるのか?」

「温度という意味ではありませんよ、ボルブ。しゃれた言い方をするなら、魂の響きです。ここの方々は素人でしょうから、あまり深くを求めてはいけないと思います。ですが、飛び入りの私が増えても、音に深みがないように感じました。セッションは、音のコミュニケーションです。それなのに、アドリブでみなさんに誘いかけても全くのってくる気配がなく、まるで人形が演奏しているように思えてしまって」

 聞こえてくる音は、きれいだと思った。だが、一緒に演奏していると、音がきれいなだけで楽しくないのだ。そんなのは「音楽」じゃない。音だ。

「ふーん。よくわかんねぇけど、ルノームも何か食え。そっちで楽しめばいいじゃねぇか」

「ボルブ、まだ食う気か」

 食べることで解決させようとしているボルブに、ネオラがあきれる。

「全然食べた気がしねぇもん」

「さっきからずっと食ってるのに? おれ、もう腹一杯……でもないかな」

 ネオラも、さっきからあれこれ食べていた。普段なら、もう十分満腹になる量だ。それなのに、まだいくらでも入るような気がする。

 元々ボルブは細いくせに大食漢だが、彼に合わせていたら食べ過ぎになってしまう。だが、本当に食べられる気がするのだ。満腹中枢が壊れたのだろうか。

「あれ、あのおっさん、また買ってる」

 ついさっき、ボルブが魚フライのサンドイッチを買った屋台。そこに、見覚えのある中年の男性がいた。

 ボルブの前で先に買っていたから、たまたま覚えている。その男性が、また同じサンドイッチを買っていたのだ。

「よっぽどうまかったのかな」

 普通の味だったような気がするが……いや、本当にそうだったろうか。かなりがつがつしていたから、味なんてしっかり覚えていない。

 だが、ディアンが作ってくれた料理なら、がつがつしていたってちゃんと「うまい」と覚えている気がするのに。

「あれ、あの女の子も」

 ネオラも、似た光景を見付けた。

 コットンキャンディの屋台で、自分の後ろに並んでいた五つくらいの女の子。大きな赤いリボンを付けていたので覚えている。

 その子がまたコットンキャンディを買っているのだ。こういうものは、親が「一つだけ」と言うことが多いが、今日は特別に買ってもらえたのだろうか。

 そう思っていると、ルノームも自分が揚げイモを買った店で、見覚えのある少年がまた同じ商品を買っている、と言い出した。

 さらにまたボルブが別の屋台で、サンドイッチの屋台とは別の見覚えある人が同じ商品を買っているのを見付ける。

「ここ、客の回転率、おかしくねぇか」

 ボルブが首をひねった。

 一人ならまだしも、数人がそれぞれ同じ屋台で同じ商品を買っているのを見る。こういう場では、他の客の購買心をそそるための回し者がよくいるものだ。

 しかし、ここはそんなことをしなくても繁盛しているように思われるのに。こちらが勝手に思うだけで、そういう人間が必要なのだろうか。

「おや……また同じ曲」

 ここへ来た時に流れていた曲が、また始まった。ボルブやネオラは気にしてなかったが、ルノームのように音楽に詳しい人ならすぐに気付くものだ。

 何時間も(もよお)しが続けば、同じ曲が流れることはよくあるだろう。バンドメンバーのレパートリーが少なければ、そうなってしまうのもわかる。

 だが、同じ曲であっても演奏するのは人間だし、長時間の演奏で疲れれば多少の強弱やスピードが微妙に違ってくるもの。

 それが全く同じなのだ。

 ルノームもだてに「音楽家」を名乗っていない。それくらいのことを聞き分ける耳はある。

「この村、ちょっと変かも知れませんよ」

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