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地図にない村

 獅子に化けたネオラを、猛獣使い役のゼルジーが火の輪をくぐらせる。だが、くぐる(たび)に、獅子が小さくなって笑いが起きた。

 ピエロの姿をしたボルブがジャグリングするところへ、通行人役のディアンが邪魔する小芝居。

 ルノームの音楽に合わせて歌いながら踊るリーフィンに拍手がわき、レイハの魔法でステージの環境がめまぐるしく変わって。

 アルディアスの司会で座員達の演目が進行し、観客を喜ばせる。

 そんな興行を街や村で繰り返しながら、一座は旅を続けていた。

 フェンネがマールス一座に入って、およそ半年。

 寒い季節を超え、まだ少し肌寒いこともあるが、次第に暖かい日が増えてくる。

 フェンネは雑用をしながら、少しずつ歌や踊りを披露する回数が増えてきた。今までの村での生活がうそのように、座員との仲も良好だ。決して裕福ではないが、毎日がとても楽しい。

「よぉ、アル」

 手綱を握るディアンが、荷台の方へ声をかけた。

「何だ?」

「この先に村があるみたいだけど、どうする?」

「村?」

 一座はある街へ向かうため、南へと移動していた。あと一日もすれば目的地へ到着の予定だったが、その途中で村が見えたのだ。

「今は……この辺りだな。ん? 村はないようだが」

 アルディアスが荷台の隅に転がっていた地図を拾い、広げて確認する。しかし、ディアンの言う村は、地図のどこにも書き記されていない。

 アルディアスは、荷台の方から御者台に顔を出した。ディアンが進行方向を指し示す。

「ほら、あそこだ」

「確かに村のようだな」

 この辺りは進行方向の右手に海、左手に山がある。と言うことは、前方にかすんで見える集落らしきものは漁村、だろうか。

 海の幸山の幸を得られて栄えそうではあるが、この辺りに村があった、という記憶がアルディアスにはない。

 興行する場所はいつも新規開拓という訳ではなく、感触のよかった街へまた行くこともある。その際、通ったことのある道をまた通ることは当然あり、数年に一回くらいだが、この辺りはこれまでにも通ったことがあるのに。

 自分達が通り過ぎた後、誰かが村を(おこ)して急激に発展したのだろうか。そういうことでもなければ、そう辺鄙(へんぴ)な場所でもないのに地図に載っていない、というのは妙だ。

 地図に載ってるのに現実にない、というのであれば、何らかの事情で村がなくなってしまった、ということも考えられる。だが、いきなり現れる、というのはあまり聞かない。

「アルディ、レイハから通信が入ってますよ」

 御者台に顔を出しているアルディアスの肩をルノームが叩き、木彫りの小鳥を渡した。

 彼は三十を超えているのでこの一座では最年長なのだが、アルディアスに限らず誰に対してもこの口調で話す。貴族出身の育ちのよさが、垣間見える部分だ。

 アルディアスは、ルノームから小鳥を受け取った。後ろに続く馬車に乗る座員がいちいち降りて来なくてもアルディアス達と連絡が取れるよう、レイハが魔法で作った遠隔会話装置である。

 シンプルな木彫り風にしたのは、もし泥棒が来てもありふれた物に見せかけ、持って行かれないようにするためだ。

 もっとも、彼らの馬車を引いているのは、レイハが呼び出した炎馬(えんば)という魔獣。相手が普通の人間であれば、楽勝で追い返せる。そこに魔法使いがいたとしても、簡単にやられることはない。

 一座にあの悲劇が二度と起きないよう、レイハが勉強した結果だ。

「どうした?」

「ネオラがね、何か音楽みたいなのが聞こえるって言うの」

 まるでレイハが話しているかのように、小鳥の口から声が発せられる。その内容に、座員達が「え?」と聞き返した。

「音楽ということは、間違いなく人がいる、ということですね」

 音楽家のルノームとしては、興味をそそられる情報だ。

「歌じゃなく音楽だってんなら、そうなるな」

 眠っていると思っていたゼルジーがつぶやく。

 歌なら人間の声に似た動物の声、というのもありだろう。音楽ということは、楽器が使われているということ。

 どんなに調教された動物でも、楽器演奏はなかなか難しいだろう。

 現在位置では、村の存在がわかっても人影が見えるような距離ではない。音楽が聞こえたのは、人間より耳のいいネオラだったことと、風向きのおかげだろう。

「だとすると、これまで見落としていた村、ということか。この地図に関しては、記載ミスということになるんだろうが……」

 見落としてしまうような、わかりにくい場所ではない。やはり、最近できた新しい村、だろうか。

「音楽が流れているのなら、何か催し物があるのでしょうね」

「アル、行こうっ、あの村! もうすぐ晩メシの時間だろ。何かうまいもんがあるかも知れねぇしな」

 ボルブが目を輝かす。珍しく、ルノームもその気のようだ。

 確かに、陽が落ちる時間が近付きつつある。たとえあの村に宿屋がなくても、吹きさらしの浜辺や獣の咆吼に眠りを妨げられることのない場所でゆっくり休めればありがたい。

「寄ってみるか」

 一座の馬車は、そのまま村へと進んだ。

☆☆☆

 近付くにつれ、人間の耳でも確かに音楽が聞こえるようになってくる。人のざわめきや、笑い声なども。

 やがて、一行は村に着いた。村を囲う柵や門などはなく、開放的だ。

 村の入口付近となる場所に馬車を駐め、座員達が村の中へ向かうと、音楽はどんどん大きくなる。

 同時に、何やらおいしそうな匂いも漂ってきた。

「夕飯の準備、と言うには強い匂いね」

 レイハが周囲を見回した。

 煙突から立ち上る煙や窓から匂いが漂う、と言うよりは、外で調理しているような匂いがしている。

「地図にないの? そういうのってありかしら。余程の辺境なら、そういうのもありえなくはないと思うんだけど」

 リーフィンはアルディアスから聞いた「地図の記載ミス」という言葉に首をかしげながらも、みんなと一緒に音楽が聞こえる方へと歩く。

「お、やっぱ祭りかぁ?」

 ボルブの目が輝く。たくさんの屋台が並んでいる場所へ出たのだ。

 あちこちにカラフルな提灯(ちょうちん)が飾られて周囲を照らし、訪れた人々と商いに精を出す人々の活気にあふれていた。

 この場だけを切り取れば、それなりに大きな街のようにも見える。

 さらに進んだ所には広場があるようで、音楽はそこから流れていた。生バンドの演奏がなされているようだ。

「何かうまそーなもんがいっぱいある!」

 ますます目を輝かせながら、細身のくせに大食漢のボルブは忙しく周囲を見回した。どれから手を出すか、数が多くて迷うところだ。

「おれ達、たまたまこの近くを通って来たんだが、ここは何て所なんだ?」

 魚のフライを提供している屋台の親父に、ディアンが尋ねた。

「ここは、パルドム王国ってんだ」

「王国? ってことは、ここに王様がいるってこと?」

 横にいたリーフィンが、思わず聞き返した。

 王様がいる国を描きもらす地図なんて、絶対にありえない。

「まぁ、王国って言っても、わしらが勝手に言ってるのさ」

 頭を光らせた親父が、豪快に笑う。

「何だ、そういうこと……」

 真相を聞いて、拍子抜けする。

「元々、ここは人の少ないパルドムって村だったんだ。それをゴフード王が……王って呼んでるが、わしらと同じ村民だがな。その人が観光客を呼んでくれるようになって、今じゃこうやって賑やかな村になったって訳さ。毎日が祭りみたいなもんだな。おかげで、わしらもいい暮らしをさせてもらってるよ」

 パルドム王国、という名を誰も聞いたことがなかったが、どうやら王国のように豊かな暮らしをしている村、ということのようだ。いわゆる「自称」である。

 それにしても、村から王国とは、ずいぶん格が上がったものだ。

 王国だから、一番村に貢献している人を「王」と呼んでいるらしい。村長ではないそうだが、肩書きだけでも王と言えば、本人も気分がいいだろう。

 村の事情はともかく、活気があるのは悪いことじゃない。人が多ければ、何か新しい情報が得られることもある。これだけいい匂いが漂うということは、食料も豊富にあるのだろう。

 偶然とは言え、せっかく来たのだ。楽しまない手はない。

「あんた達、いい時に来たよ。もうすぐカドゥルの手品が始まるから」

 その言葉に、ネオラが目を輝かせた。

「おれ、手品見たい!」

 手品の出し物は、さっきまで生バンドが演奏していた場所でやるようだ。村祭りの出し物なら、街でやっている大道芸とそう変わらないか少し劣るだろう。

 それでも、こういう場で見る余興だってそれなりに楽しい。すぐそこでやるなら「ちょっと見てみようか」という気になる。

 同じく手品が目当てらしい大勢の観光客が流れる方へ向かうと、広場へ出た。

 その中心に円形の、ほんのわずかな段があるというだけのステージが設置されている。楽器を持ったバンドメンバーが五名いたらちょっときつい、という程度の広さしかない、本当に小さなステージだ。

 今はそこに楽器が置かれているだけでメンバーはおらず、代わりに短い銀の髪に青い瞳の少年が一人立っていた。細身で、背は高くもないが、低くもない。

 見たところ、フェンネと年齢はそう変わらないか、少し上くらいだろう。白いタキシードを着て、少し気障(きざ)な雰囲気を出している。

 そんな彼とステージを、ぐるりと観客が囲んでいた。

「みなさん、パルドム王国へようこそ。カドゥルの手品と変化(へんげ)、とくと御覧あれ」

 そう言うと、少年は手始めにジャグリングを始める。

 丸く大きなオーレンジ三つを放り投げては受け、といたって普通……かと思いきや、よく見るとカドゥルはオーレンジを触っていない。触っているように見えているだけで、オーレンジは宙を舞っているのだ。

 やがて、オーレンジは完全にカドゥルから離れ、彼の頭上で円を描く。群衆からどよめきと拍手がわいた。

 ボルブ達も、目を丸くしてその光景を見ている。

 カドゥルはレンゴやリモン、さらには大きなソイカまでも同じようにジャグリングしていると見せ掛けて、全てを自分の周囲で踊らせた。

「レイハ、あれってどうやってるのかしら」

「すごいわね。手品は後ろが壁になっていることが多いけれど、円形ステージだから後ろも丸見え。それなのに、まるでタネがわからないわね」

 レイハなら魔法で手品っぽいことをするくらい簡単だが、あの少年から魔法の気配は感じられない。

 カドゥルは観客のどよめきが消えてしまわないうちに、指を鳴らすだけでそれらのフルーツを消してしまう。

 観客から借りたハンカチを振るとたくさんのねこが現れ、観客の足下をすり抜けて行った。

 ステージの真ん中に置いた小さな帽子から、一気に木が生えたかと思うと薄桃色の花が満開になる。花吹雪が舞った、と思った次の瞬間には木が消えた。

 白いタキシードだったカドゥルは、赤のタキシードに衣装をチェンジしている。いつの間に変わったのか、気付かなかった。

 そのタキシードを脱いで空へ放ると、赤いドラゴンになる。人間の大人くらいのサイズはあるだろう。

 ドラゴンは観客達の頭上を旋回(せんかい)し、空へ向かって火を吐いた。あちこちで観客達の悲鳴が上がる。

「おっと、悪いドラゴンを呼び出してしまった」

 カドゥルはそう言うと、軽く一回転する。今度は青のタキシード姿になり、さらには彼自身が青いドラゴンへと姿を変えた。

「わ……アルディアス、あの人、ドラゴンになったよ」

 大きな目をさらに大きく見開き、フェンネは隣りにいたアルディアスの袖を引っ張りながら空を指差す。

 フェンネも座員が色々と芸をするのは見てきているはずなのだが、初めてのものはやはりびっくりするし、面白い。

 カドゥルが何かする(たび)に、他の観客と同じように騒いでいた。

 これまでに見たことがない手品だな。こんな街から離れている場所で、ここまでの演技をする人間がいるとは……。

 冷静にカドゥルのステージを見ていたアルディアスは、世の中にはまだまだ逸材が眠っていることを知る。

 他にもカドゥルは色々な動物に変身してみせ、拍手喝采の中でステージは終了した。

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