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村の少女

 細いが、きれいな歌声だ。

 やがて見えたのは、一人の小柄な少女が歌いながら踊っているところだった。川べりは砂地で動きにくいがそんなことを気にする様子もなく、跳ねたり足を高く上げたりしている。

「へぇ。あの子、リーフィンと一緒に踊ったら、いい感じになるんじゃないか?」

「動きは雑だが、練習次第で出せそうだな」

 ボルブの感想に、アルディアスもうなずく。

 (ゆる)いくせのある黒髪は肩ではね、観客はいないが楽しそうな雰囲気が感じられる。見たところでは、十五、六歳といったところか。

 薄汚れた綿だか麻だかの服を見る限り、そう裕福ではなさそうだ。

「なぁ、なぁ。ちょっといいか」

 ボルブが手を振りながら、声をかけた。

 声をかけられた少女はびくっとし、当然ながら歌声も消える。

「突然すまない。俺達はマールスという旅の一座で、近くまで来たんだ。俺は座長のアルディアス。きみはブローズ村の子か?」

「うん……」

 少女は驚いた様子だったが、その頬は少し赤い。

 動いていたせいもあるだろうが、誰もいないと思って歌い踊っていたのを見られ、恥ずかしくなっているようだ。

 ボルブとネオラも名乗り、少女はフェンネと名乗った。

「フェンネ、村で祭りとかあるのか? その時に踊る練習をしてたとか?」

 アルディアスより先に、ボルブが尋ねる。

「祭り? あ、ううん。祭りはもう終わったよ」

「えー、終わったのか。ちぇ、一歩遅かったな」

 ボルブはがっくりと肩を落とす。

「じゃあ、どうしてこんな所で踊ったり歌ったりしてるんだ?」

 ボルブが落胆している横で、ネオラが尋ねる。

「えっと……」

 フェンネの頬がまた赤くなる。

「その祭りの時にね、あなた達みたいな旅の一座が来たの。その中に歌いながら踊ってるお姉さんがいて、きれいだなって」

 フェンネは練習ではなく、その時の記憶を元に自分で再現していたのだ。

「歌姫で踊り子なら、うちにもいるぞ。きれいかどうかは、見た奴によるけど」

 ボルブが言いながら笑う。

 そこはきれいと言っておきなさいよっ、とリーフィンが横にいたら怒鳴っているところ。たまに手も飛んでくる。

「祭りはもう終わった、か。素通りするしかないな」

 宿泊するなら別だが、仕事をするために村へ行っても、先に興行をされていたなら、あなた達もしてください、とはならない。

 金がある街ならともかく、小さな村でそんな贅沢はできないはず。申し込んだところで、結構です、と言われるだろう。

 ブローズ村は休憩を一応の目的にしていたが、うまくいけば……という目論見(もくろみ)は外れてしまった。

 続けて仕事を逃すことになったのは痛いが、これが初めてではない。水商売の宿命でもあるので、仕方がなかった。

 そんなことをつらつらと考えていたアルディアスだが、ふとフェンネの右手の甲に目が止まる。

 白い手に、赤黒いあざがあった。見たところ、内出血しているようだ。小さな手の甲の半分近くを占めている。

「フェンネ、その手はどうしたんだ?」

「え? あ、これは……何でもないの」

 どこか慌てるような素振りで、フェンネは首を横に振る。その動きで髪が揺れ、似たようなあざが彼女の右耳の下辺りにもあるのが見えた。

「耳の下にもあるようだが」

「あの……転んだの」

 アルディアスから視線を外しながら、フェンネは答えた。

 しかし、泳ぐ視線とその表情を見ていると、本当のことを話している、とはとても思えない。何気なく聞いてみたことだったが、訳ありのようだ。

「どう転んだら、耳の下が内出血するようなことになるんだ」

「えっと……」

 フェンネが口ごもる。その様子を、ボルブやネオラが不思議そうに見ていた。

「何か投げられたのか」

 無意識に耳の下のあざを手で隠そうとしたフェンネを見て、アルディアスが尋ねる。

 彼女の仕草を見て、顔や頭をかばおうとして手に何かが当たった、という光景が見えた気がしたのだ。

 複数投げられたうちの、二つが当たった結果の内出血。

 コントロールの良し悪しはともかく、自分に向かって何かが飛んで来るとわかれば、防御しようとするのが本能的な反応。

 にも関わらず、耳の下という部分にあざがあるということは、フェンネが完全に無防備な時に投げられたのだ。手に当たったのは、その後。

 何らかの事故であれば、フェンネもそう話すだろう。

 だが、彼女は話すことをためらった。ごまかそうとした。

 誰かが意図的にやったことであり、フェンネはそれをしたのが誰なのかをわかっている。

 そう推測するのは容易だ。

「村の奴にやられたのか」

 アルディアスの言葉は、疑問と言うよりは確認だった。

「あ……あは、ちょっとふざけて」

「少しずれただけで、目や額に当たったかも知れない。最悪だと失明するぞ。悪ふざけで終わるようなことじゃない」

 アルディアスの言葉に、さっきまで赤かったフェンネの顔は次第に青ざめてくる。

 そのアルディアスの横では、ネオラが眉をひそめて鼻をならした。

 今は隠れて見えないだけで、髪をかき分ければ別の傷があるのではないか。傷がなかったとしても、頭や顔に向けて物を投げるのは、明らかな悪意だ。

 見透かされたように言われたからか、フェンネはぽつぽつしゃべる。

「あたし……捨て子なの。最近、育ててくれた両親が続けて病気で亡くなって、それがお前のせいだって」

「は? どうしてそうなるんだよっ」

 聞いていたボルブが怒る。

 捨て子を育てた人が病気になったらその子のせい、なんて訳がわからない。どこからそんな考えが出てくるのか。

「閉鎖的な集落は、出自がはっきりしないというだけで毛嫌いする所もある。それで、石でも投げられたか」

 アルディアスの言葉にどきっとしたような表情になったフェンネを見て、図星のようだと誰もが確信する。石ではないとしても、それに準ずる重量のある何かだ。

「両親が生きてる時は冷たい目で見られるくらいだったんだけど、亡くなったのはお前を拾ったからだって言われて」

 フェンネは淋しげな笑みを浮かべ、肩をすくめる。

「人が一カ所に複数集まれば、くだらないことで弱い者を(しいた)げる奴は必ず現れる。それにしても、最低な奴らだな」

「アル、奴らって……一人じゃないのか?」

 ネオラがアルディアスを見上げる。

「少なくとも、二人以上だろう。こういうことをする(やから)は、一人では大抵何もできない。数に頼って強気に出る」

 ひっでぇな、とボルブやネオラが怒り、フェンネは驚いたようにアルディアスを見ていた。

 言葉にしなくても、どうしてわかるの、と言っているのがわかる。

「これくらいなら、放っておいてもそのうち治るだろうが」

 言いながら、アルディアスはフェンネの首へと手を伸ばす。あざになっている部分に、その指先を当てた。フェンネは触れられた部分が温かくなるのを感じる。

「あ、消えた」

 位置的に自分では見えないが、ボルブがそう言ったことでフェンネは傷が治されたらしい、と知る。

 気が付けば次に右手を取られ、アルディアスがあざの部分に触れるとまた温かさを感じた。彼の手が離れると、赤黒くなっていたあざが消えている。

「え、治して……くれたの? でも、どうやって?」

「アルは少しだけ魔法が使えるんだ」

 本人の代わりにネオラが説明する。

「え、あなた、魔法使いなの?」

 田舎では話に聞いていても、魔法使いを直接見ることなどそうそうない。フェンネが驚くのも、アルディアスにとってはごく普通に見掛ける反応だ。

「基本的なものが少しできる程度だ。女性の傷に気付いて、見て見ぬ振りはできないからな」

「あ、ありがとう」

 青ざめていた顔が、また赤みを取り戻した。彼女が話す環境にずっといたのなら、たぶん「女性扱い」されたのは、初めてだろう。

「まだ村にいるつもりか?」

「え?」

「育ての親がいなくなって、後は(しいた)げる奴しかいない。余計なお世話だろうが、村に残る理由がないならさっさと出た方がいい。増長した奴らに、いつか殺されかねないぞ」

 少なくともアルディアスには、フェンネがこれから先もその村で静かに暮らせる、とは思えなかった。暮らせたとしても、決して「幸せ」とは言えないだろう。

「だけど、よそへ行くなんて、今まで考えたこともないし」

 村しか知らない田舎者の少女にとって、自分が育った場所からよそへ移り住むことなど、浮かびもしないのだろう。

「だったら、うちの一座に入れよ」

「え、一座って……」

 フェンネは目を丸くし、何か臭うのか周囲を見回しながら鼻を動かしていたネオラも、びっくりしてこちらを向いた。

「ボルブ、いつも言ってるが、勝手に勧誘するな」

 訳がありそうか面白そうと思った人間に、ボルブはよく声をかける。

 現在の一座では、アルディアスとレイハ、ルノーム以外、ボルブが最初に声をかけ、結果的に座員となった。つまり、座員の半分がボルブの勧誘の「成果」だ。

「いいじゃん。記憶を頼りに一人で演じるくらい、歌と踊りが好きなんだろ。そんな奴なら大歓迎じゃんか。アルだってさっき、少し練習したら出せそうだって言ってたしさ」

 余計なことを言った、と少し後悔するアルディアス。さっきは単に、流れで感想を口にしただけだったのに。

 一方、いきなりそういう提案をされても、フェンネとしては困惑するばかり。

 どう答えればいいかと視線をずらしたが、その視線が止まった。

「え、何、あの煙……」

 自分達がいる川のそばには、森の木々が立ち並ぶ。その上方に、煙が立ち上っているのが見えたのだ。

「煙? やっぱり何か燃えてたんだ。さっきから何か臭ってたんだけど、こっちが風上になってるから、よくわかんなくて」

「さっきから鼻を動かしていたのは、そのせいか」

 人間よりずっと鼻が利くネオラが近くにいれば、森や山の獣が近付いて来ることが前もってわかることも多い。

 村へ続く道が伸びているとは言え、森の近くだから周辺に獣くらいはいるだろう、くらいにアルディアスは考えていた。

「村の方だわ。もしかして、村が火事とか」

 言いながら、フェンネは走り出した。

「あ、おい、フェンネ」

 ボルブが後ろ姿に声をかけたが、フェンネが止まることはなかった。

「アル、臭いの中に煙じゃないものもあるんだ」

 ネオラが慌てて付け足す。

「煙以外で?」

「血の臭い。かすかだけど」

 それを聞いて、アルディアスはフェンネが走った方を見る。

 少女の姿は森の中へ入り、もう見えなくなっていた。

 煙は何本も立ち上っている。そんな中で血の臭いが感じられるということは、量がそれなりに多いはず。

「ボルブ、馬車へ戻ってすぐ出られるように待機しておけ」

「わかった」

「ネオラ、来い」

「うん」

 二手に分かれ、それぞれが走り出した。

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