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マールス一座の不思議譚  作者: 碧衣 奈美


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12/12

本当のカドゥル

 水平線の彼方から、静かに朝日が姿を現し始める。

 来る時に海は見えていたし、さざ波の音が聞こえていたので疑わなかったが、海は本物だったようだ。

 そんなに長い時間のようには思わなかったものの、どうやら一晩村にいたらしい。

 時間の感覚がおかしくなるのも、ずっと化かされていたためだろうか。

「ディアン、メシ作ってくれー! 幻なら食った気がしねぇの、当たり前だよな」

 一つとして、あの村に本物はなかった。誰も食事はしていないし、まともな休憩を取れていないのだ。

 一晩中起きて単にうろうろしていたのなら、朝食が終わった後は全員が疲れて昏睡しかねない。今日の出発は遅れそうだ。

「アルディアス、どうしたの? 難しい顔して」

 普段からどちらかと言えば仏頂面な男の表情を見分けるあたり、フェンネもすっかりマールス一座になじんだと言える。

「いや……まだちょっとすっきりしないだけだ」

 王国もとい、パルドム村については、カドゥルの話を信用するとして。だいたいのことは、もうわかったはずだ。

 結局、ボルブに半ばごり押しされて、カドゥルはこれからマールス一座と行動を共にする、と決まった。

 なのに、何がまだすっきりしないのだろう。

「お、おい、お前、身体が透けてねぇか?」

「え?」

 ふとカドゥルの方を見たゼルジーが、その光景に目を見張る。食事の用意を始めようとしたディアンも含め、座員の目がカドゥルに集中した。

 確かにカドゥルの身体が透けて、彼の向こうにある景色が見えている。彼自身も驚き、放心したように自分の手を見ていた。

「カドゥル、いきなり手品しなくていいぞ。あ、でも、いきなりやったらびっくりして、それも面白ぇかもな」

 サプライズと思ったボルブだが、カドゥルにそんなつもりはなかった。

「違うよ、ぼく、何もしてない」

 そう言ってから、カドゥルは空を見上げる。

「ああ、そうか。そうだったんだ……」

「何だ? そうだったって、何が」

 ネオラに問われ、カドゥルがこちらに向き直る。

 そして、とんでもないことを言い出した。

「ぼく、もう死んでるんだ」

「はぁっ?」

 全員の口から、それぞれ驚きの声が上がる。

「朝からそんな冗談……じゃあなさそうですね、その表情だと」

 穏やかな顔のカドゥル。笑いながら「冗談だよ」と言い出しそうには……見えなかった。

「いつ死んだのか、覚えてる?」

 レイハに言われ、カドゥルは静かに答える。

「ゴフード王が殺された後。目の前で起きたことに驚いて、ぼくはキツネになって脅かすことも、その場からすぐに逃げることもできなかった。それで……そのまま盗賊に殺されたんだ」

 ゴフードが命を奪われるところを目の当たりにし、恐怖とショックでカドゥルは動けなくなってしまった。ゴフードを殺した盗賊は、そのままカドゥルにもその凶刃を向けたのだ。

「やっぱりそうだったのね」

「レ、レイハ、やっぱりって何だよ。こいつ、またおれ達を化かしてるだけなんじゃないのか」

 ディアンは青ざめ、ネオラは呆然となっている。

「薄々だけど、どこか不自然な気がしていたもの」

 アルディアスも小さくうなずく。

「村のあんな状態で、ひとり生きていくのは難しいだろう。化けの皮がはがれた後の村は、完全に焼け野原だったからな」

 アルディアスがすっきりしなかった理由が、これでわかった。

 カドゥルが無傷で、やせこけてもいずに生きている。言ってみれば、カドゥルの存在そのものだったのだ。

 盗賊に襲われて村が滅んだのに、カドゥルの見た目は健康そうだった。村がどれくらい前に滅んだかにもよるが、普通は食糧難とショックでもっと憔悴しそうなものである。

 なぜ一人になってからも、村が賑わっていた頃の幻をいまだに出さなくてはならなかったのか。

 その点でも、突き詰めて考えていくと疑問が残るのだ。

 村人と、村へ来た人達をだまし続ける。

 恐らく死んだ後もその強迫観念が残り、カドゥルの心に染みついていたのだ。

 これまで近くを通っていたのにアルディアス達が気付かず、今回気付いたのはカドゥルと一座の波長が合ったのか、何かの小さなきっかけで見えたのか。

 真相は不明だが、何かしらの条件が重なったのだろう。

「もうだまさなくていいってわかって、満足できたんだ。だからぼくは……」

 自分の姿と最期を認識したカドゥルは、最初こそ驚いたようだったが、今はもう落ち着いている。嬉しそうに、笑みさえ浮かべていた。

「ありがとう。きみ達が村から連れ出そうとしてくれたから、ぼくはもう逝けるよ」

 あの事件がいつ起きたか、知りようがない。だが、カドゥルの時間はそれからずっと、この村で止まっていたのだ。

 ここは賑やかな場所で、たくさんの人が来る所だと思わせるようにしなければ、という意識だけが残って。

 一座が来るまでにどれだけの人達がここを通っていたとしても、これまでと同じようにだまされ、何事もなく去って行ったのだろう。

 だから、カドゥルも同じように止まったまま。

 マールス一座がおかしいと気付いてくれたおかげで、ようやく彼の時間も動き出した。

「そっか。もっと見たかったけど……面白かったぞ、お前の手品」

 ボルブの言葉を聞いて、嬉しそうな表情を見せるカドゥル。

 これまでも、何度となく言われていたに違いない。

 だが、化かされていたと知ってなお、そう言ってほめてくれるボルブの言葉が、カドゥルは本当に嬉しかったのだろう。

「なぁ、カドゥル。あの手品、おれがやってもいいか? お前よりうまくできるように、うんと練習するから」

 あのパフォーマンスがキツネの獣人としての能力だとわかり、ネオラはかなり刺激を受けた。自分にもできるのならやってみたい。

「うん、いいよ」

「よしっ。お前の技はおれが継ぐ」

 拳を握るネオラを見て、カドゥルはうなずく。

「……フェンネ」

「え?」

「背中を押してくれて、ありがとう」

「背中? あ、旅に出たいってことを言おうってあれ?」

 ゴフードを怒らせる結果になったが、あれで化かしの術が完全に揺らいだ。座員達の気付きもだが、あのことでカドゥルの力が解放されたようなもの。

 そして、彼は今から旅出つ。ずっと望んでいた、村からの出発だ。

「本当に……ありがとう」

 礼を言うカドゥルの声が次第に薄れ、その姿がゆっくりと消えた。

 後は、静かに朝日が世界を照らすだけ。

「彼が生きていた時代……もしかすると、ものすごーく昔だったのかも知れないわね」

 レイハがアルディアスを見る。

「ああ。だから、地図にこの村が載ってなかったんだ」

 それなら納得できる。

 惨劇が起きた場所でまた村を(おこ)そうとする者はなく、街から街へと続く街道だけになって、地図からパルドム村は消えたのだ、と。

「強い想いって、本当に残るんですねぇ」

 半日にも満たないが、知り合いになった少年の旅立ちにしんみりとなった時。

 突然、妙な音が響く。ボルブの腹の音が、盛大に鳴ったのだ。

「ディアン、朝メシ!」

「ったく、ひとりの願いが満たされた余韻もなしか」

 遠慮のない食欲に、ディアンはため息をつく。

「カドゥルは満たされたんだろ。次はおれの腹を満たしてくれっ」

「へいへい」

「あんたねぇ。ちょっとは空気を読みなさいよ」

「……間違いなく現実が戻って来たな」

 アルディアスが苦笑し、座員はいつものようにディアンを中心にして食事の用意を始める。

「ねぇ、アルディアス」

 フェンネがアルディアスの袖を軽く引っ張った。

「何だ」

「あたし……生きててよかった」

 フェンネも運が悪ければ、盗賊に殺されていたかも知れない。

 でも、アルディアスに助けられ、こうして旅ができている。

「ああ。そうだな」

 嬉しそうなフェンネの頭にぽんっと手を置き、アルディアスはわずかに笑みを浮かべた。

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