化かされた村
ゴフードがリーフィンとレイハに話した通り、カドゥルは五歳くらいの時、乗っていた船が難破して死にかけたところを助けられた。
それは事実。
その後のことをゴフードは詳しく話していなかったが、助けたという恩を着せてカドゥルを働かせていたのだ。育てたというより、奴隷に近い扱いである。
カドゥルは、キツネの獣人だった。子どもの時に商人に捕まり、売られるはずだった。しかし、輸送中の船が難破して助かったのだ。
とは言うものの、売られるという手順が省略されただけで、彼にとっての状況は変わっていない。結局は誰かに使われる、という状況はそのままだ。
カドゥルがキツネの獣人としてその能力を使えるようになってくると、ゴフードはまずパルドム村の住人を化かすように命令する。
ゴフードは才能のある人間で、村を発展させる重要人物だと思わせろ、と。
実際のパルドム村は、特にこれといった名産のない所である。この辺りは比較的気候が温暖なので、食料となる穀物や野菜などは豊かに育ち、魚も村人だけで消費するよりは多く捕れる程度。
ゴフードは、それで一儲けする計画を立てた。
つまり、わずかな材料を使って作った料理をカドゥルの能力で美味なものに思わせ、それが絶品だ、という噂を流すのだ。
悲しいかな、カドゥルの力はかなりレベルが高かった。それをゴフードによって、とことん悪用されたのだ。
噂を聞きつけ、まず目新しいものが好きな人間が暇つぶしに訪れる。
そんな彼らを化かし、粗末な料理をごちそうに思わせ、あばら屋を高級宿屋に思わせ、帰ったらとても素晴らしい場所だ、と宣伝してもらう。
ディアンが食材を探してもなかったのは、客達がおいしいからと持ち帰ってしまえば普通の農作物だとばれてしまいかねない。そうならないよう、隠していたのである。
ずっとだまされ続けてくれればいいが、化かしの力がどれくらいの時間と距離までは有効か、ということが、ゴフードはもちろん、カドゥル自身にもわからなかったから。
なので、ディアンが屋台で聞いたように、料理に使う分だけでぎりぎりだ、ということにしておいた。あくまでも、地産地消という形にして。
化かしの事業は、面白いようにうまくいった。噂が噂を呼んで人は次々に訪れるようになり、村人も半分化かされている状態ではあるが、実際に忙しくなって懸命に働き、確かに豊かになってゆく。
もっとも、本当に豊かになったのはゴフードだけだ。儲けの十割を取ってしまうと村人の生活が立ちゆかなくなり、事業が続けられなくなるので、そこはちょっと考えて七割をもらっておく。
それでも、海で魚を捕り、細々と暮らしていただけの村人だった男にすれば、巨額の金。
村人にとっても、これまでの収入と比べものにならなかった。
しかし、金が動けば、悪人も動く。
村の状況を知った盗賊が、ゴフードの財産を狙って現れるようになる。その時はカドゥルが巨大なキツネになり、脅して追い払った。
キツネは盗賊の前でしか現れなかったが、話はどこからともなく流れるもので、パルドム村には守りギツネがいる、などと言われるようになる。
そのおかげで、盗賊が来ても大丈夫だ、という噂になり、また客が増えるようになった。うまく転んでくれたものである。
しかし、カドゥルもずっと気を張っていられる訳ではない。
ある日、化かして追い返す前に、盗賊が村へとうとう侵入して来た。むしろ、今までよく守り切れたものだ。
そして、さっき一座が見たような光景が起き、あっという間に村は壊滅。完全に廃れてしまった。
「おれが海岸を歩いていたら、妙な奴らにそちらへ行くなと止められた。そいつらをまいて先へ行ってみたら、あばら屋がいくつもあったが……それがあの男にやらされた高級宿屋の正体か」
アルディアスの問いに、カドゥルは小さくうなずいた。
穴だらけの廃屋の中にゴザを数枚敷いただけの、粗末という言葉さえも申し訳ない程のひどい宿泊施設。
だが、カドゥルの能力で、ここに来た人達はみんな、こんな美しい宿は見たことがない、と言うのだ。
だが、どこでばれるかはわからないので、宿泊客以外は宿の近くに来ないように見張りをたてていた。カドゥルの分身のようなもので、だから抵抗した時に男達が化け物のようになったのだ。化けギツネになって、追い返す訳である。
そんなことをすれば、おかしな噂がたちそうなものだが……。その場では恐怖を覚えて逃げても、化かされているからすぐに記憶はあいまいになるのだ。
多少姿は変わっても分身だから、アルディアスがカドゥルに似ていると思うのも当然だった。
「ぼく、この村へ来てから他の場所へ行ったことがないんだ。どういう形にすればきれいに思われるかっていうのは、本や聞いた話で作ってた。あとは、化かされる人が勝手に想像してくれるから」
「キツネの獣人って、あんなすごいことができるのか? すっげぇ。おれもできるようになるかな」
同じ種族と知り、ネオラの目が輝く。
今までは自分が別の動物になったり、身体の大きさを変える程度。話を聞いていると、スケールが全然違う。相当な能力だ。
「もしかして、お城にあったドレスはカドゥルの想像? ドレスっていうのはこういうものらしいって感じで見せていたとか」
リーフィンに聞かれ、カドゥルはうなずいた。
「参考にしたものが悪かったのかも知れないけど……あんた、デザイナーになるのはちょっと難しいかもね」
「あら、都会で本物に触れれば、案外才能を発揮するかも知れないわ」
彼の才能の有無はさておき。
リーフィンやレイハが考えたように、ドレスは女を吊るエサだ。ゴフードはカドゥルの能力で自分の姿を女性うけするように変え、さらに自分を見た女が彼に言い寄りたくなるようにさせた。
そうやって、一晩を共にした女性は数知れず。だが、化かされているので、女性達は一夜の恋をしたように思わされている。海岸で脅された人と同じだ。
だから、訴えられることもない。村を離れても、その記憶は思い出になるだけ。
「何なのよ、それぇ」
「女の敵、という言葉では足りないわね」
リーフィンとレイハはその感情が妙に思えたから、化かされずに済んだ。冷静な部分が残っていたのだろう。
この村で本物は、ゴフードのいる「城」くらい。村人や観光客をだましても、自分は確実な本物を手にしたかったのだ。
いわゆる成金なので、金が一番だと思ったゴフードは、全てを金色にした家を建てて喜んでいた。
そこに奴隷扱いのカドゥルは、育ての親であってもゴフードと一緒に暮らすことなどできない。すぐに駆け付けられるよう、裏手の「離れ」と呼ばれる小屋に住まわされていた。
リーフィン達には「自分の部屋がいいんだろう」などと言い訳していたが、よくもまあ言えたものだ。
「でもよ、どうしておれ達は完全に化かされなかったんだ?」
お腹いっぱい食べたはずなのに、満足できない。味がしない。
ボルブ達はそう思った訳だが、今までの客にそう感じた人はいなかったはず。感じられてしまったら、盗賊が来る前に怪しいとばれていただろう。
ばれれば人は来なくなるが、実際にそうはならなかった。
なぜ座員達は、完全にだまされなかったのか。
「たぶん、どこかでほころびが出て来てるんだ。少しでもおかしいと思う人がいたら、他の人にそれを話して、どんどんうそがばれていったんだと思う」
いわゆる「化けの皮」が少しずつはがれていった状態。催眠が少しずつ解け、疑問が疑問を呼んでおかしい、となるのだ。
そして、アルディアス達も村へ入ってからの自分達がおかしかった、と今ならはっきりわかる。
こんな祭りのような賑やかな場所へ来て、誰一人としてここで商売をしようと動かなかった。
いつもなら、たとえ村の隅っこででもいい、短い見世物でも構わないからさせてもらえないか、と村長なり催しの責任者に掛け合おうとするのに。
座員の誰も、そうしようと言い出すことがなかった。完全に客の立場になって、楽しんで。
あの手品にしてもそうだ。田舎の少年がどうやって、もしくは誰に教わってできるようになったのか。
いつもならよそで見た出し物をただ「すごいなー」と喜ぶだけで終わらず、トリックを尋ねたり、教えてもらえなくてもタネのヒントになりそうな部分を探そうとするのに。
みんなで見てるだけ。何もしなかったし、考えなかった。こんなことがあるはずがない。
「ぼく、もう誰かをだますことがいやになって……。だけど、ゴフード王には逆らえなくて。こんなことをさせられても、子どもの時に助けられたってことは事実だしね」
最初は、命を助けられたことを言われた。ゴフードはカドゥルに過剰すぎる恩を着せたのだ。
村人を化かし、来る人達を化かして次第に村が豊かになってくると、今やめたら村人の生活が成り立たなくなる、と脅しのように何度も言われた。
そうなると、言うことを聞かない訳にはいかなくなる。
他の村や街のことを知らないということもあり、勝手に出て行く、という考えにも及ばなかった。その気持ちは、フェンネにもよくわかる。
ゼルジーが海岸近くのエリアで見ていた火事などの光景は、さっきここで起きたことの延長みたいなもの。化かすことに疲れながらも続けていたカドゥルの記憶と能力が混乱したため、そういう幻が現れたのだろう。
ゴフードが殺されたさっきのシーンは、カドゥルの記憶だ。
うまく村を助けられなかったことを理不尽に責められていた時、逃げ損ねた盗賊にゴフードは斬られた。
それで最後。村の終わり。
だから、全てが消えた。
「今はこの村で一人なのか?」
アルディアスの問いに、カドゥルは小さくうなずき、うつむく。
「たぶん、他の人はみんな盗賊に殺されてるから。生きてるとしても、どこかへ逃げただろうし」
「じゃ、おれ達の一座に入れよ」
ボルブの言葉に、カドゥルは顔を上げて目を見開く。
「え、だって……ぼくは今までずっと、人をだましてきたんだよ。それなのに」
「それはあのおっさんに言われて、仕方なくやらされてたんだろ。さっき見せてくれた手品、また見せてくれよ」
ボルブがにっと笑った。カドゥルの頬がどんどん濡れていく。
「ボルブ、今の話が本当だという保証はないんだぞ」
アルディアスが言い、他の座員も今回ばかりはすぐに賛成の声をあげられないでいる。
全てはカドゥルの話だけ。今まで見せられていたものも、聞いた話も、カドゥルが彼らをだましてそう思い込ませている、という疑いは晴らせない。
少なくとも、この村へ来てから今まで、全員がだまされていたのだから。
アルディアスは今までネオラ以外にもキツネの獣人を見てきたが、これだけ大掛かりな化かしの力は見たことがなかった。相当な能力だから魅力的ではあるが、それは同時に危険と紙一重だ。
「こいつは今一人なんだろ。あんなおっさんと違って、おれ達は他の奴をだませなんて言わないから問題ないぞ。いいじゃん、キツネの獣人が増えるくらい」
アルディアスの許可も得ないまま、ボルブはカドゥルの方を向いて言った。
「な、行こうぜ」
「……うん」
涙を拭くことも忘れ、カドゥルは大きくうなずいた。





