囚われの姫君
世界は月に閉ざされていた。
ただまるい、淡い光が微かに周囲を満たすだけの、常闇のように静かな空間。
手を伸ばしても、指先に触れるものは固く冷え。
なぞりあげれば、それはただおのれを囲むかのように、まるく閉ざされるばかり。
たとえば、死んで入る棺の中は、こんなさみしいところだろうか。
音もなく、だれもいない。
せめて花でもあればいいのに。
この空間を埋めつくす、私を葬る大量の花が。
………………ピピピピ
ピピピピ
ピピピピ
………
…………………
……………………………
重く沈殿していた意識が浮遊しはじめる頃合いを見計らうように、目覚まし時計の音が鳴った。
起きなくては、という思いとはうらはらに、まぶたはなかなか動こうとはしない。
あと少し。
もう少し。
そう思いながら、みじろぐように軽く寝返りをうった。
何もかも忘れて、このままずっと寝ていられたらいいのに。
叶わないことを承知しつつ、贅沢すぎる願いに身も心も寄せてしまう。
「ふわあぁ」
酸素を取り込むように、何度か大きくあくびをした。
少しずつ、現実世界に足をつけはじめる。
あくびが十を数えるくらいに、両目ははっきり自室の壁を捉えていた。
ただ白一色の、ポスターも何もない無機質な壁だ。
いつでもゼロに戻せるように、愛着も執着も持たないように、始めから用意されたもの以外は一切家には持ち込まなかった。
この家ですら、与えられた箱庭にすぎない。
自分のものは何ひとつない。
服も下着も鞄もノートもシャンプーですら支給品だ。
食費だけはカードを与えられたが、明細は全て持ち主に筒抜けにされているため、お菓子などの嗜好品は口に入れたことがない。
米は届くので、買うのは肉と魚、野菜ばかりだった。
自分一人では肉はそうそう口にしないが、年頃の男の子が家にいるので、そうも言っていられない。
せめて年相応の食生活をさせてあげたい。私がいなくなった時に、自分の足で立派に立っていけるように。
小柄な子供が、大人の体になれるように。
……とは言っても、私が生んだ子供ではない。
世界で一番大切な、大切なたった一人の弟だ。