私史上最悪な1日 ②
『で、今に至ると?』
(コクッ)
私の話しを聞き終えた、恵の顔には怒りが滲み出ている。
長年親友をしてきた私でさえ、なかなか見る機会のない彼女の怒りに身が竦む。
彼女―――恵の唯一の欠点は、酒癖が悪いところである。
『本当にもうっ。月華は本当にもうっっっ』
『ごめんね恵………』
『月華は謝らなくても良い。人を好きになったら、歯止めが効かなくなるのは分かるし、月華の好きになる人がダメダメなタイプってことも理解しているつもり。私は相手にキレてるの』
『はい』
早口に捲し立てる親友に、私は敬語で接する羽目になる。
『なんで?こんな可愛い彼女が居て普通浮気する?こんなパチクリお目目に可愛い鼻と口。おっぱいはCカップだけど………髪は長くて綺麗でサラサラ。スタイル良くて料理もできて、面倒見がいい美人が彼女なのに、引きこもりニートが浮気する?有り得ないわ』
『………………………………………』
何故か、私の容姿を事細かに説明した上で怒っている彼女。
胸の事は気にしているから言わないで欲しかった…………
泣いてないよ?
『月華はこれからどうするの?実家に帰れるの?』
彼女の表情から怒りは消え、心配そうにこちらを覗き込む。
何というか…呼び出してなんだが、ジェットコースターみたいで疲れて来た。
『帰れないんだよね……この前"今の彼氏と別れるようなことがあるなら、母の言うお見合いをしてやる"って啖呵切ったばかりなの……』
『………………………………………』
『とりあえず、今日はホテルとかに泊まる予定だから心配しないでっ』
『それなら良いけど…ごめんね?私の家に呼びたいのだけれど……』
彼女は心から私のことを想ってくれていると、ちゃんと理解できる。
『私なら大丈夫。何とかするよっ』
両の拳を胸の前で握ると、彼女が安心したかのように顔を緩める。
『月華、今日は飲みまくりましょう。私が奢るわっ』
『やったーーー飲もっ』
私たちは思う存分アルコールに浸る。
学生時代の話を。私の恋愛遍歴を。彼女の子供達のことを。色々なことを酒の肴に気が済むまで飲んでいった。
『んーーーーーー最っっっ高。こんなに飲んだの久しぶりっ』
支払いを終えて、外へ出て来た彼女は身体を伸ばす。
大人の色気とでも言うのだろうか……見てると変な気分になってしまう。
『ごちそうさまでした。それと今日は本当にありがとう。スッキリしたっ』
『いえいえ。私の方こそ月華と話せて楽しかった。また飲みに行きましょう?』
何だろう。
同い年の筈なのに、彼女の方がずっと大人びている気がする………
『だね〜。また飲もうねっ』
私が伝えると、恵が呼んでいたタクシーが到着し、彼女は乗り込む。
『月華。次に彼氏は私の審査を通すのよ?』
『…………お願いしようかな』
『楽しみにしてる。またね』
彼女を乗せたタクシーは走り去って行く。
今この世で最も寂しい人間である私を、この場に置いて――――――――
恵と別れたのは22時だった。
それからの私は、途中に寄ったコンビニで買ったストゼロロング缶を抱えて彷徨い続けた。
どれくらい歩いただろうか、足が疲れたきた頃に、幼い頃よく遊んでいた公園へと来ていた。
(懐かしいな………あの頃は幸せだった……)
幼き頃の記憶が蘇り、つい感傷に浸ってしまう。
小学生の頃の私が、今の私を見たら何と言うだろうか――――何も言ってくれないだろう。
呆れ、嫌い、言葉すら送ってくれない姿が目に浮かんでくる――
『ぐすっ、なんでっ、なんで私がこんな目に』
涙がボロボロとこぼれ落ちる。
それが嫌で、醜くて、悔しくて私は空を見る。
月すら出て居ない。"月"のない空を――
どれくらい泣いただろうか。
すっかり涙は枯れ果て、私は時間感覚のないまま一人公園のベンチに座っている。
『あーーーーもうっ。泣いたら無性にイライラして来たーーーーー』
誰も居ない夜の公園で叫ぶ、痛いアラサー。
私は本当に何をしているのだろうか…………
『誰か、私をお持ち帰りしてくれーーーーー』
『お姉さん?私がお持ち帰りしましょうか?』
『………えぇぇぇぇえっ?どちら様で?』
突然、女性の声が聞こえたと思ったら、美少女がこちらに向かって歩いてきている。
20代前半くらいだろうか……暗いから定かでは無いが、これだけはハッキリと言える――――美少女だ。
『私は如月乃亜、20歳です。お姉さんは?』
私の目の前まで来た美少女は微笑む。
それが私には救いに感じた。
寂しいアラサーの元に訪れた美少女。
どちらかと言えば、美少年が良かったな……なんて思ってしまう私はもう、手遅れなのかもしれない。
『私の名前は月島月華。24歳です………』
『月華さん。可愛いお名前ですね』
つい、自らの行動を思い出してしまい、実年齢をサバ読んでしまった。
仕方ないだろう。アラサーが深夜の公園で『誰か、私をお持ち帰りしてくれーーーーー』なんて叫んでいるところを見られたのだ。
どうせ今後会うこともない。それならサバ読む。誰でもサバ読むと私は思う。
『それで……お姉さん、帰るとこないの?』
私の葛藤なんて知らない彼女―――乃亜は首を傾げ、問いかけてくる。
なんて言うか……ずるい。"美少女のこの顔はずるい"って無性に叫びたくなってしまう。
私の内心はグチャグチャだ。
未だに色んなことを引きずっている。
それでも彼女に応えなければいけないから、大人って面倒くさい。
『さっきはつい、あんなこと叫んじゃったけどね………ホテルに行こうと思ってるよ』
『もう深夜1時を回っているのに?』
『……………………………………』
時間の感覚が無く、確認するつもりも無かったのが仇になった。
深夜1時にチェックイン出来るホテルは"ラブホテル"ぐらいだろう―――
『いや……その、ネカフェとかカラオケもあるしね?』
『その荷物を持って行くんです?』
『……………………………………』
私はどうやら自分が思って居たよりも、大分ポンコツのようだ。
20歳の少女に追い詰められるアラサー……今の私より滑稽な人間居るのだろうか……
『私の家、すぐそこなの。月華さんが良ければ来なよっ』
『その……流石に悪いし………』
私の言葉を受けた乃亜はニカッと笑い、口を開く。
『対価はしっかりもらうから気にしないでっ』
対価…この場合は金銭の事だろう。
いくらかは手持ちがあるので、金銭面での不安はない…が、それ以外が不安すぎる。
『その…‥私を連れ帰る事に対して、不安とかないの?』
私は自らの不安を押し付けるように彼女に言うが、どうにも気にも留めてもらえなかったようだ。
『ないよっ。私絶対月華さんより強いしっ』
『そか………』
彼女と話している間もアルコールがどんどんと、眠気を駆り立てる。
私は正常じゃなかった。正常な判断が出来るわけがなかった。
もし、普段の私だったら絶対に言わなかっただろうことを、この時の私は口にしてしまった。
『その…一晩だけお願いします………』
『はいっ。お願いされます』
私は正常じゃなかった。
正常であれば、気付けたかもしれない――――乃亜の仮面の下に隠された本性に―――
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