私史上最悪な1日 ①
『月華ちゃん、震えてるよ?かわいっ』
耳に届く、甘い囁き。
今彼女はどんな表情をしているのだろうか。
楽しそうに笑っているのか。
幸せそうにニヤけているのか。
それとも…緊張に、恐怖に震える私を見て嗤っているのか。
目を閉じている私には分からない。
『月華ちゃんの唇美味しそう…キスしていい?』
(フルフル)
甘く、コチラの脳を溶かす彼女の声。
彼女を拒絶したい私は、なんとか首を横に振り応える。
『まぁ、ダメって言われても、しちゃうけどねっ』
『ん、んうっ』
先程見た、リップに彩られた瑞々しい唇。見た目通りの柔らかさのそれは、私の口に押し当てられた。
『ふふ、かわいっ。ほら、力抜いて?今度はもっと堪能させてもらうねっ』
『いやっ、ん、んん、ん』
啄むようにキスする彼女を拒絶しようと抵抗を試みるも、首に腕を回され、口を塞がれた私に成す術はない。
『舌入れちゃうね♡』
『やめっ………-』
だめだ。拒絶できない。
私は犯される。彼女の舌が口の中に入って来て、私の何かを絡めとる。
それは、理性なのか、他の何かなのか。ただ目を閉じ震えている私には分からない。
『私無しでは生きていけなくなっちゃえ♡』
彼女の言葉に驚き、目を見開いてしまう。
彼女は嗤っていた。私を見下ろしながら。
彼女はニヤけていた。これからすることへの興奮を抑えきれずに。
彼女は笑っていた。まるで幼い少女のような表情で――――
『月華ちゃんっ、服脱ごっか♡』
6月中旬。世間の男女が、やれジューンブライドだの、やれ結婚がどうだの言っているだろう日。
仕事と住む家を失った私、月島月華は目の前の少女――――如月乃亜の手によって、ノーマルとして過ごして来た日常も奪われてしまった。
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私、月島 月華は自他共に認める"ダメ男ホイホイ"だ。
『ほんっと有り得ない。セクハラと浮気で仕事と家を失う?こんな馬鹿げた話が他にある?』
バイボールの入った大ジョッキを手に取り、体内へ流し込むが、怒りは治まってくれない。
『月華飲み過ぎ。それに私言ったよね?あの男はやめなさいって』
怒り心頭の私を嗜めるのは、高校からの親友である篠原 恵だ。
そんな彼女に私は返事をしない―――いや、出来ない。
恵は、コチラが返事をしない事を予想していたのだろう、続けて口を開く。
『それにしても…"学園のアイドル"なんて言われていた月華が、28にもなってこの有様とはね』
彼女の目は私を見ていない。
どこか遠くを―――それこそ過去の私を見るかのような目だをしていた。
『それで?月華に何があったのか教えてくれる?』
彼女は優しい瞳を私に向ける――――まるで、我が子を見るかのように。
それを受けた私の胸に罪悪感が湧いてくる。
彼女は既に結婚し、二児の母である。
私が電話したら旦那さんに子供を預け、駆けつけてくれたのだった。
『少し長くなるけど…聞いてくれる?』
『ええ、10時までならいくらでも付き合うわよ』
ニッコリと微笑む彼女に感謝を告げ、私の身に起こった悲劇を話し始めた――――
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私は"あなたの人生で一番辛い日はいつですか?"と聞かれたら間違い無く、今日だと答えるだろう。
今日私は出勤早々、直属の上司である田中(48歳)の顔に辞表を叩き込んだ。
比喩などではない。言葉の通りに叩き込んだ。
『貴様、何をするんだっっっ』
田中は私を睨み付け喚き散らす。
まるで自分は何も悪い事をしていないと思っているように――――
『過去10年に亘るセクハラの代償なら安いものじゃないですか?それとも…上の者に伝えて来ましょうか?私が直々に』
私は怯まず、立ち向かう。
周りの同僚達は私の味方だ。今この場に田中の味方は誰一人として居ない。
彼が私にしたセクハラの概要を伝えてあげる。
毎朝出勤時の挨拶は、ボディタッチを添えて。
毎日勤務時間に話すときには全身をまじまじと視姦する。
毎日退勤時には挨拶と共に『今日飲み行かないか?』の誘い。
これが私が入社してからの10年間毎日だ。
耐えられると思うか?否。耐えられる筈が無いだろう。
ついに、やってやった。
私は達成感に浸りながら、私物を片付けすぐに退社。
これから数週間は華の"有給消化"期間だ。
でも、これは悲劇ではない。
本当の悲劇はこの後、私に襲い掛かる――――
会社を出たのが9時半、それから私は買い物に行き、有名レストランのランチを食べ、帰宅する――――付き合って一年半の彼氏と同棲している自宅へと。
自宅のアパートへ着き、時刻を確認すると13時半。
玄関を開けた瞬間に私は全てを悟った。
入ってすぐ目についたのは、現在家に居る彼の普段靴であるナイキのスニーカーと"ヒールのあるサンダル"だった。
勿論このサンダルは私のモノではない。
私以外の誰か――――彼の浮気相手のモノだ。
(また………か)
私は慌てない。慣れているから。
私の過去の恋愛遍歴は悲惨だ。
初めて付き合った彼は三股男。次はDV男にヤク中に売れないバンドマン。
過去に付き合った8人――その全てがどうしようもないダメ男達だった。
帰宅早々に彼の浮気を悟った私は、寝室の扉に耳を当てる。
(あっ、あんっ、きもちっ、修斗…気持ちいよ)
私の心は乱れない。
ゆっくりと、足音をたてずにリビングへ行き、瞬間接着剤と強力なテープを手に戻ってくる。
まずは、ドアのふちに接着剤を流し込み、少し置いたらテープを何重にも重ねていく。
この時、テープを少しずつずらしながら10回ほど重ねるのがコツ。
これで、外開きのドアは開かなくなる。
(ふぅ、家を出る支度しよ…)
私は感情の乱れが一切無いままに、スーツケースと、大きめのリュックに荷物を詰め込んで行った。
突然、寝室の方から大きな物音がしてくる。
時計を見やると17時。
私の定時1時間前になってようやく、彼らは異変に気が付いたようだ。
家を出る支度を終えた私は、軽い足取りで寝室の前へと向かい、声をかける。
『修斗さーん。私お昼から帰ってたけど、何して居たのー?』
扉に声をかけるが、返事はない。
『ニートの貴方には申し訳ないけど出て行きます。さようならー』
『待て、待ってくれ。ここから出れないんだ…俺が悪かった。助けてくれ』
『死ぬまでエッチしてればいいんじゃ無い?お猿さん♡』
彼らが寝室からへ出れないのは想定済みだ。
3階にある私達の家の寝室はベランダと繋がって居ない。
出るには扉を蹴破るか、管理会社に助けを求めるしか無いだろう。
浮気して居た彼が管理会社に助けを求めるかは知らないし、どうでもいい。
『私が悪かったですっ。お願いっ。助けてっ。私には家族がいるのっ』
泣いてるだろう浮気相手の言葉が聞こえて来たところで、ようやく怒りが湧いてくる――――
私は返事をせずに、家を後にする。
ニートの彼がどうなろうと知ったことか。
家族のいる彼女がどうなろうと知ったことか。
浮気、不倫はそれほどまでに重い罪だ。
その後、私は電車を乗り継ぐこと1時間半。地元である埼玉県へ帰ってきて、親友である恵を呼び出した。
実家へ帰れない私は、ひとまず彼女に話しを聞いてもらいたくて仕方なかった。
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