前編
私、ヴァイオレット・シュワルツ伯爵令嬢の朝は早い。
5:00
起床。運動を行いやすい格好に着替える
5:30
日課のストレッチから始め、走り込み、筋トレを行う。
7:00
お風呂に入り、汗を流して、身だしなみを整える。
お父様は宮廷で泊まり込みの仕事をしているため、一人で朝食を取ります。
お母さまは有名な音楽家のため、国中だけでなく国外でもコンサートを行っているため、基本不在です。
朝食を取りながら、数多くの新聞に目を通します。貴族御用達の新聞には、昨日あったリック王子の王位継承権剥奪が大きく載っています。つい、鼻で笑ってしまいます。
反対の紙面には笑顔のリリーの姿が載っています。
8:00
馬車に乗り学園へ向かいます。
8:30
学園へ到着
「あら、ヴァイオレットおはよう」
エントランスで馬車を降りると、丁度、王家の紋章を付けた馬車からリリー次期王女が降りてきました。
エントランスにいた生徒たちはリリーのために道を開けます。
どの生徒もリリーの顔色を窺っています。それも仕方ありません。
先日、正式にリリーが女王になることが正式に発表されました。少しでも、リリーに無礼を行ったら、首が文字通り飛ぶかもしれません。
まったく、生徒の皆さんはリリーをなんだと思っているのでしょう。ちょっとくらいの無礼なら笑って許してくれます。それに、リリーが笑って許せない無礼は、リリーで直接手を下すわけあるはずありません。その時は、私「シュワルツ」が処理するに決まっているではありませんか。
「リリー、ヴァイオレット。おはよう」
「二人ともおはよう。昨日は大変だったわね。」
みんながリリーに遠慮している中、編み込みを施した亜麻色の髪をしたメグが、後ろからリリーに抱き着きます。そんなメグに苦笑しながら、ローズは私に挨拶しながら横に並びました。
「それじゃ、今日は自分のクラスへ行くね。食堂で会いましょう」
四人で他愛のない話をあと、メグはちらりと時計を見ました。メグは男爵家の娘となっているため、エントラスから離れた子爵以下の者たちが勉強するための棟にあるクラスへ行かなければなりません。
ここは学園と言っても貴族社会の縮小図です。伯爵以上のものと、子爵以下のもとの間には越えられない壁があります。
しかし、交通の便と学生同士の交流のためエントラスと食堂は同じ場所を使う規則となっております。
メグは軽く、私たちに別れの挨拶をして足早に、教室へ向かいました。メグも見送ってから、私たちも自分たちのクラスへ向かいます。
私たち……リリーの後に伯爵家以上の令息・令嬢達は続きます。先ほどのメグ達とのやり取りで場が和んだこともあり、みんなリリーと少しでも繋がりを持ちたいのでしょう。
「ムッ……」
そんな中に、一人不愉快は人物がいました。あのリック王子です。
王位継承権をはく奪されても、腐っても鯛。王子の身分だけは健在です。
きっと、リリーともう一度婚約関係を結んで王位継承者に返り咲きたいと虎視眈々と狙っているのでしょう。
「……」
「ヒッ!!」
わかりやすく、殺気を込めて睨むと王子は腰を抜かしてしまいました。
「ヴァイオレット、あんなの気にしちゃだめよ」
そんな私をリリーは軽く苦笑しながらたしなめます。
13:00
「どうしたの?ヴァイオレット?」
「眉間に皺寄っているわよ?」
心配そうに、ローズは私の顔を覗き込み、メグはグリグリと私の眉間に寄った皺を伸ばしています。
午後は珍しく、全階級参加の授業、夜会の授業です。夜会のため階級の下の者から上の者へ話しかけては行けません。しかし、メグは現在学園編み込みの施されたプラチナブロンドの鬘を着けて、プラチナブロンドの髪の毛のままのローズの隣に立っています。こういう時は、暗黙の了解として二人を侯爵令嬢として扱うことが決まっています。
「視線を感じる」
「視線?」
私の独り言に、リリーは反応します。そして、私同様険しい表情をします。
「リリー、そんな険しい表情しないで、リリーに向けられている視線じゃないから」
「あらそうなの?」
次期女王となったリリーは味方も多いが敵も多い。そのため、リリーは自分に向けられた視線だと思ったみたいだ。
「私に向けられている視線なのだけど……」
視線を辿るが、そこには誰もいない
「……」
何度も視線を感じ、視線を感じる方にさりげなく顔を向けるが、毎回誰もいない。
何回見ても誰もいない
「…………」
『暗殺貴族』として悪名高いシュワルツの跡取りに姿を見せないとは
「チッ」
「ヴァイオレット、舌打ちは止めましょう」
思わず舌打ちをしてしまい、リリーに注意をされてしまいました。
15:00
放課後、私はリリーと一緒に王宮へ向かいます。
リリーは女王教育のために、父への差し入れのためです。
私の父は歴代最高の財務大臣と名高いです。不正を一切見逃さないため、数多くの貴族達は戦々恐々としています。
王宮の入り口でリリーと別れ、私は父のもとへ向かいます。
「ヴァイオレット、これからは兄さんの所に行くのか?生憎だか、とある貴族のもとへ乗り込んで行ったぞ」
途中で、ロータス叔父様に会い、お父様がガサ入れのため大臣室にいないことを聞きました。そのため、お父様の補佐をしている叔父様へお母様からの手紙を渡しました。叔父様に渡せばきちんとお父様に届けてもらえます。
シュワルツ伯爵は代々財務大臣を歴任している家です。本人の知らないとこ頃で、脱税の証拠を調べあげ、あっという間に無一文にしてしまうため、とある貴族達から『暗殺貴族』などと呼ばれています。
「……」
屋敷に帰ろうと馬車に乗ると、学園で感じた視線をまた感じました。
そのため、行き先を屋敷から町外れに変更します。
行き先が変更になったことに、気づいているのでしょう。視線から楽しそうな感情を感じとることができます。
「…チッ」
忌々しくて、つい舌打ちをしてしまいました。
馬車が停まったのは、町外れの寂れた広場。
「ふっ」
「っ!!」
馬車から降りた瞬間、私は隠し持っていた十本のナイフを馬車後方に投げます。
視線の主は、慌てた様子で金属製の武器で弾き飛ばします。私は、間髪いれず広場に無造作に落ちていた鉈を投げます。
覗き魔はそれを難なくと避けますが、急に顔をしかめました。覗き魔が避けた場所には大量の礫が敷いてあるからです。
枯れた噴水から短剣を取り出し、一気に攻撃を覗き魔にたたきこみます。
相手が誰であろうと関係ありません。
「シュワルツ家」が「探れない相手」と言うだけで、この国の脅威です。
「ちょっと待ってくれ!!」
覗き魔が慌てて私に声をかけます。
しかし、問答無用です。情け無用です。
「俺は、恭国からの留学生だ」
覗き魔のその一言で私の動きは止まりました。
『留学生』とは他国が公費を使い、この国の文化や技術を学ぶ存在です。
しかも「恭国」からの留学生です。「恭国」我が国と同様に長い歴史を持ち、そして強固な同盟関係を結んでいる友好国です。
国にとっては、大切なお客様です。
大抵は、技術職や下級生官僚が『留学生』と言う名で実際の業務を学びます。しかし、覗き魔は私と同じ学園の制服を着ています。この若さで留学生として学んでいるなら、きっと前途有望なのでしょう。
「初めて御目にかかります。シュワルツ伯爵が娘ヴァイオレット・シュワルツと申します」
淑女らしく、とりあえずカーテシーで挨拶をします。
留学生なら仕方ありません。今回の処分は見送りましょう。
「初めて、会うかたにこんなにお願いをするのは心苦しいのですが、先ほどの淑女らしからぬ行動を見なかったことにしていただきたいのですか……」
だけど、きっちり釘は刺します。誰だって、殺気を込められ睨まれれば察することは出来るでしょう。
「分かりました、シュワルツ伯爵令嬢。名乗り遅れ申し訳ありません。俺は恭国のシンと申します。恭国第二皇子ロンユエ様の護衛を兼ねて、こちらで学ばせて頂いています」
シンと名乗った男子生徒は、「恭国」独特のおじきで私に謝罪してきました。
私はシンが頭を下げているうちに、シンのこと観察します。
細身ながらしっかりとした筋肉。頭を下げながら私のことはもちろん周りを警戒している。
脅したとは言え、シュワルツについて何も聞こうとせず、素直に自分の非を認める姿に好感度が高いです。流石、第二皇子の護衛のだけあります。
「先ほどは驚きました、一目見たときから普通の令嬢ではないと思っていましたが……
流石「シュワルツ」です。「暗殺貴族」と言われるだけありますね。表からだけでなく、裏からも貴族を抹殺する術を身に着けているとは……恐れ入りました」
「殺す!!」
訂正です。
証拠を残さず。抹殺することに決めました。ここは、シュワルツ家の私有地で訓練場でもあります。こんな寂れた場所に好き好んでくる人もいないため、目撃者はゼロです。もちろん御者は我が家の家業を知っていますし、私にだいぶ劣るものの暗殺の心得があります。1対2です。地の利もあり圧倒的に私たちが有利です。
私は、御者に目配せをします。御者は微かに頷きました。御者と呼吸を合わせて攻撃しようとしたその時、
「ヴァイオレット!!!ストッーーーーーーープ」
リリー様に止められてしましました。
「どうしてここにリリーがいるの?」
確かリリーは次期女王教育で忙しいはず。
「叔父様から聞いたのよ。つい・うっかり・シュワルツ家の家業について恭国の第二皇子に話してしまったと。きっと恭国のものが、ヴァイオレットにちょっかいをかけると思うから止めてきて、と頼まれたの」
「……」
あまりのことに眩暈がしました。いくら友好国と言っても国の暗部をペラペラとしゃべるのではありません。
私は国王を尊敬していますが、いまそれが揺らぎましたよ?
「申し訳ない。昨日国王から国一番の最強の一族と聞いて手合わせをしたくなり挑発をしてしまいました。約束通り、今回のことはお互いになかったことにしましょう。」
眩暈を起こしている私とは反対に、考えが読み取れない晴れやかな表情で、改めて謝罪をしているシン。
「そのように、お願いします。リリー私疲れたら帰るね」
何もかもめんどくさくなり、シンの言葉に頷き、リリーに軽く挨拶をして帰ることにしました。
もちろん、空気を読んでシンはもう着いてきません。
18:00
今日は本当に色々あり疲れたので、寝間着に着替えて寝ることにしました。今まで生きてきた中で、一番疲れました。
「……」
ベッドに入り目を瞑りますが、なかなか眠れません。そこで、改めて我が家の二つ名のことを考えることにします。
平時は、財務大臣として国に税を納めず、私腹を肥やす貴族を貴族社会から追い出し、戦時には、各内外問わず王家の敵となるものや邪魔になるものを者世から抹殺する。表も裏も貴族……人の嫌な部分を見る仕事です。
シュワルツ家のものは生まれてから少しずつ色々な訓練をします。暗殺者になるための訓練でもありますが、代々財務大臣をしていると色んな所から恨みを買います。何代か前はワインに毒を仕込まれ死にそうになり、資産取り押さえのときに激怒した貴族に、ナイフで胸を刺されたこともあります。シュワルツ家の訓練は、表の世界でも裏の世界でも生き残るために行われるものです。
それに、全てのシュワルツ家のものが暗殺者になるわけではありません。どうしても性格的に向き不向きがあります。父の補佐をしている叔父は絶望的に暗殺者に向いていなかったそうです。
私はどちらかと言えば、暗殺者に向いています。まだ人を殺したことなどありませんが、きっとそのうち極悪非道な死刑囚を使って人を殺す練習をするのでしょう。
そんなことを考えているうちに眠たくなってきました。眠りに入りそうになった瞬間挑発をしてしまいました。
『挑発をしてしまいました。』
「チッ」
あのいけ好かない覗き魔シンの顔が浮かび思わず舌打ちをしてしましました。
結局、シンのことが頭から離れず一睡もすることができませんでした。