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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第五章:“星”の欠片
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決戦

「……あれ?」


 一人、事務所から窓の外を眺めると妙なものが目に入った。城門に人が集まっている。遠くて詳しくはわからないが、馬車一つを相手にして結構な騎士様が出払っていた。いったいどんなお客さんなんだろう?


「リオ!」


 そのとき、なにやら緊迫感を纏ったイアンさんが事務所に入ってきた。彼がこんなに焦っているなんて、本当になにがあったんだろう?


「どうしたんですか? 下、なんか騒がしいですけど」


「伯爵が来た! 芸能活動の責任者を出せって!」


「……はぇ? ええっ!? もう来たの!?」


 思わず敬語が抜けてしまうが、仕方なくない? だって話したのついさっきだよ!? 展開早すぎるよ! まだ準備整ってないのに!


 どうしよう……いや、ここまで来て逃げられない。飛び降りるわけにもいかないし。待て待て、忘れるな。お尻をしばいたのはついさっきのことだ。


 やってやる。絶対にアーサーを加入させてやる。ケセラセラ、思い出せ。何年営業やってたと思ってる? 約十年だ。そんじょそこらの市民とはわけが違う。簡単に丸め込めると思うなよ、伯爵。


 頬を叩き、深呼吸。


「……行きましょう」


「俺もついていく。不穏な展開になったら口を挟むからな」


「わかりました。ですが、責任者は私です。矢面に立つのも私。本当に危険な状況になったら助けてください。信じてますよ」


「わかった。……リオ」


 神妙な面持ちのイアンさん。なんだろう、初めて見る気がする。彼は私の肩を掴み、真っ直ぐに視線を交えてきた。怖い顔だと思っていたけど、顔立ち自体は整ってるんだな……不覚にも鼓動が早まった。


「お前は俺が守ってやる、絶対に」


 その声に、言葉以上の感情が込められている。そんな気がした。普段のイアンさんからは想像がつかないほどの真っ直ぐさを感じる。それはきっと“私”じゃなくて“リオ”へ向けた言葉なんだと思う。


 応えてあげられないのが申し訳ない。でも、彼の思いは間違いなく本物だ。“私”でも、ちゃんと受け取らなきゃ。


「信じてます」


「……ありがとな。おし、行くぞ。腹括れ」


 イアンさんに連れられ、城門へ向かう。すれ違う侍女たちも不安そうだ。私が()いた種だから、私が摘まないと。すぐに終わらせますからね。


 そうして、渦中に飛び込む。そこにいたのは鬼の形相を浮かべるランドルフ伯爵。馬車の中に視線をやれば、アーサーと目が合った。申し訳なさそうな顔をしている。


 大丈夫だよ。ちゃんと伝えたからこうなってるんだよね。あとは任せて。


「こんばんは、伯爵」


「……お前が責任者か」


 イアンさんよりも凄みがあった。怒り心頭とはまさにこのこと。信頼の厚い人を敵に回すと足が竦みそうになる。生前の記憶が蘇るが、咳払いで掻き消す。まずは挨拶、社会人の基本です。


「申し遅れました。私、文化開発庁補佐官のリオと申します。帝国の印象を塗り替えるプロジェクトを検討しています」


「そのような胡散臭い話にアーサーを加担させると?」


「ええ、そのつもりです。アーサー様のご協力なくしてプロジェクトは成り立ちません。それに、これは私からの要請ではなくアーサー様ご自身の意志でもあります」


「お前が奴を(たぶら)かしたんだろう」


「いいえ。と言っても信じていただけないとは思います。ですが、アーサー様が自らの意志で志願したのは事実です」


 伯爵の顔には猜疑心が映っている。そう簡単に信じてくれるとは思っていなかったが、私の言葉でいくらか冷静になったらしい。ため息を一つ。これで商談が始められる……か?


 黙っていても進展しない。ここは一息に攻めてみてもいいだろう。アーサーだってアレンくん同様、親御さんの承諾が必要なのだ。私から言わなければ交渉にも至らない。


 ひとまず私も呼吸を整える。意を決して伯爵を見つめた。


「順序が異なってしまいましたが、責任者である私から改めて交渉させていただきます。プロジェクト成功のために、アーサー様のお力が必要です。彼の芸能活動を許可していただきたいです」


「ならん。ランドルフ家の跡取りが見世物になるだと? そのようなことはあってはならんのだ」


 そっか、アイドルって見世物なんだ。アーサーがそう言ったのかな? 遠からず、だと思うけど……そんな愉快で滑稽なものではない。自然と、力が入った。


「お言葉ですが、伯爵は芸能活動についてどこまで伺っていますか?」


「どこまで聞いていようと関係ない、アーサーの芸能活動は許可できん」


 ここまで頑なになるのは理由があるはずだ。考えろ、考えろ。ランドルフ家は民からの信頼を積み重ねてきた。賞賛の言葉しか見つからないくらいだ、余程昔から帝国に尽くしてきたのだと思う。


 だからこそ、この人は“ランドルフ家”の在り方に固執している。貴族として民に尽くすこと。民を喜ばせることだけを考えているのだ。


 それは素晴らしいことだと思う。けれど、全ての笑顔が貴族の事業に帰結するわけではない。ならば、頭ごなしに否定するのは勿体ないと思わせるのが吉か。


「民の笑顔に繋がるとしても許可できませんか?」


「見世物で生まれる笑顔になんの意味がある? アーサーに玉乗りでもさせるつもりか? ランドルフ家の跡取りが笑い者にされるなどあってはならん」


「ご安心ください、玉乗りも火の輪潜りもさせません。アーサー様には帝国の光になってもらいます。民に幸せをもたらす目映い星――即ち、アイドルです」


 伯爵、ぽかーん。まあ想像はしてたけどね! アイドルって単語がない世界観だもんね! みんな受け入れてくれてたから懐かしい反応だなこれ!


 だが、いまが好機か? 少しでもアイドルを想像しようとしているなら、心象のいいものとして刷り込める気がする。行け、押せ!


「アイドルとは私の故郷で人気を博した存在です。洗練された歌とダンスで人々を魅了し、真っ直ぐでひた向きな心で笑顔を生み出すグループを指します」


「……聞き覚えのない言葉だ」


「当然です。私の故郷は帝国からとても遠いところにあります。加えて、とても小さな国でした。独自の文化が築かれていてもおかしくはないと思いませんか?」


 実際、日本は小さな島国だしね。嘘は吐いてない。それに、めちゃくちゃ遠い。私もどうやって帰ればいいのかわからないもの。帰ったところで私の肉体は灰になっていると思うけど。


 伯爵は唸る。この人はただ頑固なだけではない、聡明な人なのだろう。だから信頼を築けた。脳死で否定するような馬鹿ではないはずなのだ。うちの上司と来たら部下全員から嫌われていたし、この人を見習うために一回死んでみるべきだと思う。


「……百歩譲って、その存在が確かなものだとしよう」


 アイドルを認識した。もう少し上手くやれば、検討させるところまで行ける。勢いも流れも私にある。これなら――


「だが、リスクが大きい。アーサーはいずれランドルフ家の象徴となるのだ。失敗したときのことを考えるならば、そちらにも相応のリスクを背負ってもらわね納得がいかん」


「我々が背負うリスク……例えば?」


「そうだな。アーサーが懇意にしている少年がいたな? 確か名前は……アレン・ケネットと言ったか」


 背筋が粟立つ。ここでアレンくんの――いや、ケネット家の名前が出てきたということは? 悪い予感は得てして当たるもの。馬車の中のアーサーも身を乗り出した。考えていることは同じだろう、黙っていられないはず。


 緊迫した空気の中、伯爵は続ける。


「アーサーを加担させるなら、ケネット商店を(しち)にする。アイドルとやらが成功しなければ、援助を断つ。それに加えて、ケネット商店へ印象操作を施す。無論、経営が立ち行かなくなるような、な」

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