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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第五章:“星”の欠片
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★牙を剥け

 アレンたちと別れ、一人。部屋で天井を見つめる。自然とため息が漏れた。


 あの顔ぶれで父上と出くわしたのは不運だったのではないか、と思う。なにか感づいているかもしれない。問い詰められたらどうする? 正直に伝えるべきか? はぐらかしたとしても、いずれはわかることだ。だが――本当にそれでいいのか、迷いもある。


 この期に及んでまだ迷うのか。自分の臆病さに辟易する。こんな小心者はアレンの隣に立つ資格なんてない。わかっているのに、あと一歩が踏み出せない。


「……僕、弱いのか」


 一人ではなにもできない。己の弱さと向き合うことなんてしてこなかった。ずっと、伯爵子息という肩書に隠れて自分から目を背けていたのだ。


 強くなりたい、そう思う。だが、疑念もある。本気で頑張りたいとアレンには言った。その場の流れ……ではない。そう信じたい。僕は本気で、あいつの隣に立ちたい。だからこそ、いまの僕に出来ることは――


 そのとき、部屋の扉が叩かれる。どうせ父上だろう。呼び込もうとしたが、思い止まる。


 ――この機会を逃してはいけない。


 直感、なんて不確かなもの。だが、揺れる。いま言わなければ――いや、言えなければ。きっと一生言えない。不安や焦りが正しい呼吸を奪う。なにに怯えているんだ。


「……どうぞ」


 意を決し、呼び込む。動かなければなにも変わらない。いまここで僕の意志を貫けなければ、きっと夢を叶えるスタート地点にすら立てない。僕は、歩き出したい。


 アレンと共に夢を見たい。そのためには、あいつの隣に立たなければならないんだ。牙を剥け、爪を立てろ。弱者でもいい、抗え。僕を頭から押さえつける手に噛みつくんだ。


 部屋を訪れたのは、父上。いままで以上に警戒心が強い、すぐにわかった。


「御用は?」


「……なぜ、彼といた?」


 案の定だ。彼、とはイアンさんのことだろう。ごまかすことは容易い。だが、それでは意味がない。伝えなければならないんだ、僕の気持ちを。わかっているのに、心が強張る。


「言えんのか」


「……っ」


 父上の目が険しくなる。ああ、やはり駄目なのか? 僕は弱者、強者の元でしか生きられないような、力のない生き物なのか? 父上の機嫌を取るのを選ぶのか、それとも、僕自身を選ぶのか。選べないのは子供の証、リオはそう言った。


 ――その後、リオはなんて言った?


『迷いが生まれるのは、選択肢が多いから。いまのアーサー様には数えきれないほどの未来がある。無数の可能性から一つを選別することなんて、いまのアーサー様にできるはずがありません』


 僕には可能性――数えきれないほどの未来がある。一つを選ぶことなど出来はしない。


 ならば、僕が選ぶのは? 選ぶべきものは……?


 この答えは効率的ではない。僕らしくない。だが、それでいい。そうでなくては意味がないんだ。真っ直ぐに父上を見据える。気付いただろう、僕の異変に。


「……夢を叶えるため、彼に話をしに行ってきました」


「夢……?」


「僕には夢があります。友が行く道を、隣に立って歩きたい。そのためにイアン様と会う必要がありました」


 不愉快そうに表情を歪める父上。そうなるのは仕方がない。わかっているが、体が震える。怯えるな、睨み付けろ。僕は弱い、だけど――諦められない夢があるんだ。


「僕は、見世物になります。芸能活動を始めたいんです」


「……見世物になるだと? どの口が言っている!」


 ここまで激高した父上は初めて見る。呼吸が止まるが、意識的に吐き出し思考を保つ。親子喧嘩などしたことはないが、これもいい機会だ。分かり合えないなら、分かるまで噛み付けばいい。僕は絶対譲らない。もう決めた。


「他でもない、僕の口が言っています。絶対に譲りません。無論、貴族としての務めも果たします。どちらにも本気で在りたいんです」


「黙れ! 認めんぞ! お前は我が家の跡取りとしてだけ生きていればいいのだ!」


「……っ! 僕は! 人形じゃない! 僕は! 歩いていきたいんだ! あなたには用意できない、自分の道を!」


 怒鳴る僕も初めて見ただろう、父上は一瞬怯んだようだった。僕への教育に隙はなかった。そう思っていたからだ。伯爵子息としての僕は、父上に理想に近かったのだと思う。


 だからこそ、目の届かないところでの出会いは考慮できなかったのだ。リオと会い、アレンと話し――多くの人との出会いが“僕”を形作った。勢いを損なうな、続けろ。


「僕はアレンの夢が叶うのを一番近くで見ていたい! なにも捨てることなく! 全部を選ぶ! 絶対に手は抜かない! だから……!」


「もういい」


 父上の声は低く、冷めていた。心が急速に温度を下げる。感情的になり過ぎたか? なにを考えているだろう、なにを言われるだろう。熱で溶けた恐怖が徐々に形を定めていく。


 深く、長いため息が聞こえた。諦めた――のなら、認めてくれるのか? そんな淡い期待、抱く方が間違いだったんだ。


「責任者のところへ連れて行け」


「は……?」


「私が直々に話をつける」


「父上!」


「すぐに支度をしろ。お前に拒否する権利はない」


 それだけ残して、父上は部屋を出て行った。責任者――リオ、か。商談になると言っていたが、準備は出来ているのか? いいや、整っているわけがない。あまりにも急過ぎる。


 だが、こうなった以上抵抗するのは悪手だ。素直にリオのところへ行くべきだろう。事前に連絡が出来ればいいが――そんな都合のいい代物はない。


 ――僕は、このまま、我を通せるのか……?


 不安が胸を掻き(むし)る。なんにせよ、身支度を整えなければ。僕の命運は彼女に託された。厚かましいとは思うが――僕を、アイドルにしてほしい。そう願ってしまう。


 =====


 今日は嬉しいことがあった。アーサーが頑張りたいって言ってくれた。なんであんなに捻くれた言い方するんだろう。バカな奴。


 あいつの気持ちを再認識したせいか、浮足立ってるのがわかる。居ても立ってもいられず街へ出ていた。ミカエリア市内は夕飯時でも人が絶えない。繁華街へ繰り出す人もいれば、帰宅の途中でくつろぐ人もいる。


 この人たちを笑顔にできるようなアイドルになれたらな。アーサーと一緒に、それを叶えていきたいと思う。なんとなく、鼻歌を歌ってみる。いままでは即興の歌詞だったけど、これからは決められた歌詞を歌うことになるんだ。ちょっと、わくわくする。


「……うん?」


 視界の端、荒々しく走る馬車が見えた。城の方へ向かっているみたいだけど……っていうか、あの馬、見たことある。見間違えるもんか。あれはランドルフ家の馬車だ。アーサー、伯爵に話したのかな?


 ――でも、あんな急いで走るか? アーサーが一人で走らせているとも思えない。


 悪い方向に話が進んだんだろう。直感だけど、そう感じた。ランドルフ伯爵は市民からの信頼も厚い。そんな人が、平時であれだけ乱暴に馬車を走らせるはずがない。なにかあったと考えるのが妥当だ。


「……っ、間に合うかな?」


 自然と、馬車を追っていた。アーサーの行く手を遮ることはオレの邪魔をするのと同じ。伯爵だって、うちの店を援助していたって関係ない。


 オレたちの夢を邪魔させるもんか。相手が伯爵だとしても、牙を剥いてやる。

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