心をしばく
「……つまり、ネイトさんは人間らしく在りたいと」
「相違ありません」
「そのために、アイドルに勧誘したと」
「相違ない……」
イアンさんを正座させ、問い質すこと一時間。大方の事情は把握した。ネイトさんが“自分”を知りたいと零したことで、イアンさんが一つの提案としてアイドルを勧めた。確約でこそなかったが、ネイトさんはイアンさんがそれを伝えているものだと解釈していたようだ。
やれやれ、元宰相ともあろうお方がホウレンソウすらままならないとは。先が思いやられると頭を抱える。
「イアンさん、あなたには上司として“ホウレンソウ”を叩き込みます。社会人の基本です」
「“ホウレンソウ”……」
その顔を見るに、やはり知らないな。まったく、宰相なんてワンマンでこなせるような仕事じゃないだろうに。他所との連携あってこそでは? いったいどんな政治体制で回っていたんだこの国は。
新入社員を諭すように、それでいて毅然と伝える。懐かしいなぁこれ。
「報告、連絡、相談の三拍子のことです。仕事をする上で必ず必要な力になります。あなたは一人で仕事をすることに慣れ過ぎているんです。だからこんなことになりました。ご理解いただけていますね?」
「はい、しっかりと……」
「あなたは一人じゃない。私がいます。だから、今後は徹底してください。いいですね、二度は言いませんよ」
「肝に銘じます……」
しゅん、と俯くイアンさん。うーん、ちょっと凹みすぎかな? 厳しすぎた? いや、なんかさっきナイーブになってたし、そういう時期なんだろう。女の子の日があるように、男の子の日もあるって同僚が言ってた。でも人によると思う。
ひとまず、ネイトさんに意志確認をしなければ。本当にやる気があるのかどうか。
「えーっと……ネイトさん、アイドルってどのようなものか、ご存知で?」
「無論知りません」
清々しいくらいバッサリ言い切ったな。まあ想像の範疇ど真ん中だから逆に助かる。
「……アイドルというのは、人々を笑顔にさせるエンターテイナーです。歌とダンスを主な活動としています。その……ネイトさん、念のためちょっと“視”させていただきますね……」
「はい?」
「“スキャン”」
そう言えば久し振りに使った気がする。ネイトさんの持ちうる能力、可能性が表される。ボーカルB、ダンスB+、パフォーマンスA、ビジュアルA、カリスマB。見たところ、卒なくこなせるタイプと見た。
けど、パフォーマンスがA? すごく高いのでは? いったいこの人のどこにそんな可能性があるんだろう。全然想像つかない。“データベース”、とうとうバグった?
「如何されましたか?」
「あ、いえ……なんていうか、ネイトさん、まとまってますね……」
「見てわかるもんなんだな」
「あは……目が肥えてるので……」
能力のことは明かせないので適当に言ってはみたが、実際目が肥えてるのは事実か。アイドル……っていうか、輝ける男性を見る目は養われているはずだ。ネイトさんのことは見抜けなかったけど。
「リオ様、正直にお答えください。私は、アイドル足り得る人材でしょうか」
「う、ううううんん……」
現状、私の目ではネイトさんに適性は見出せない。ただ、“データベース”の評価に狂いがないのであれば素質はある。どちらを信じるべきだ……自分自身の目か、それとも授かった異能か。
――これ、すごく迷うな……いまは保留にしておこうかな? アーサーの勧誘が失敗したときの保険として考えておけばいい……って、私また妥協しようとしてる……。
そうして、思い出す。現状確定しているメンバーは皆、自らアイドルを志願してきた。私から声をかけもしたけど、一度断った上でだ。
私はそれらを無碍にするようなことはしなかった。なぜなら全員から「なにかを成し遂げたい」という想いを感じたから。
なにかを為したい。それはネイトさんも一緒だ。彼だって「自分を知りたい」と願っている。その想いを理解しておいて、切り捨てるようなことはしたくない。
「……アイドルの仕事は、いままでのあなたじゃ務まりません。あなたは“騎士”ではなく“アイドル”にならなければなりません。きっと、簡単なことじゃないです。すごく苦しくて、すごくつらいと思います。それでも……アイドルになりたいですか?」
「それも含めて、アイドルになりたいと思います。苦しい、つらい、そんな当たり前の感情すら忘れてしまった。だから、それらも知りたい。そして、もう二度と折れません。全身全霊を尽くします、そう誓いました」
「誰に……?」
「イアン様と、私自身にです」
なぜここでイアンさんの名前が? 一瞥すると、彼は肩を跳ねさせ俯いた。私のことどう見えてるんですか? 化け物にでも見えますか? ほら、よく見てごらん。可憐な美少女ですよ。怖くない、怖くない。
「……わかりました。ただ、答えは少し待っていてほしいです」
「と言いますと?」
「実はもう一人、勧誘しなければならない方がいまして……その方との交渉が済み次第、正式に迎えさせていただきます」
「かしこまりました。お待ちしております」
「一つ、いいっすか……」
恐る恐る手を挙げるイアンさん。なんだその締まりのない声は。いつもの粗暴さが口だけじゃないですか。
「どうしました? あと、もう怒ってませんからいつも通りでいてください」
「あ、ああ……センターを据えたいって言ってたが、アーサーとネイトを加入させたら、六人になっちまわないかと思って……」
「そこはご心配なく。六人集まれば、最終手段に手を伸ばすだけです」
にっこり、笑ってみせる。この笑顔の裏になにを隠しているか、この眼差しがなにを見ているか。あなたにはわからないでしょうねぇ。
「そ、それならいいんだが……じゃあやっぱ、目下の目標は伯爵との商談か……」
「ええ、手強い相手だと思います。ですが、必ず勝ち星を上げてみせます。やると言ったらやるんですよ、私」
不敵に笑う。これは虚勢だ。震える心をしばくための強がり。アーサーを獲得して、ネイトさんも引き入れて、イアンさんには責任を取らせる。
強気で在れ、全ては私の掌の上。それくらいの気持ちで臨めば、まあなんとかなるさ。
苦しいときも、ピンチでも、魔法の言葉“ケセラセラ”。年季の入ったブラック営業は諦めが悪いんです。