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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第五章:“星”の欠片
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今生のベスト

「ただいま戻りました」


「おう、おかえり。ほら、手前(てめぇ)で挨拶しろ」


 私を迎えるイアンさんにお尻を叩かれ、出てきたのはやっぱりアーサーだった。私にとっては好都合だけど、本人たちとしてはどうなんだろう……?


 アーサーは少し照れ臭そうに視線を落とした。なんだその仕草は。伯爵子息とはいえ所詮はティーンエイジャー。可愛い奴め。


「……まあ、なんだ。我儘を、通しに来た」


「ふふ、そうですか。じゃあ、私も頑張らないといけませんね」


 笑ってみせてはいるが、この後のことを考えるととんでもなく気が重い。アーサーがやる気を出したってことは、つまり私は戦地に赴かねばならないということだ。丸腰で。


 さて、私はランドルフ伯爵に勝つことができるのだろうか。気持ちは既に白旗だ。派手に振り回している。ただ、アーサーがここに来たのは覚悟を決めたからだろう。私が気遅れしていてどうする。


「アーサー・ランドルフさん。あなたをアイドルにするために手を尽くします。やれるだけのことはやります。ただ、確約できないことだけはご了承ください」


「ああ、わかっている。僕も頭を下げる。親への初めてのお願いが、初めての反抗になるわけだが……僕は、頑張りたい」


 真っ直ぐに私を見つめるアーサー。目に映る光はまだ淡い。けれど、消えないと思わされた。彼もまた変わっている。なにがきっかけかはわからない。大事なのは、いまこの瞬間だ。


 ――これなら、大丈夫そうかな。


「頑張りたいってさ。聞いた?」


「は?」


 困惑するアーサーを他所に、アレンくんを部屋に呼び込む。きみはどうしてそんなに仏頂面なんだ。素直になれないのはきみもか。まったく、揃いも揃ってお年頃め。


「……頑張りたいんだ? へぇー……」


「あ、いや、えっと……いや、いやじゃなくて、頑張りたい。本心だ」


「なんでどもってるんだ、ハッキリしろよな。いまのお前、すごくダサい」


 そう告げるアレンくん。こんなに当たりの強い彼は初めて見た。しどろもどろなアーサーも。過去にどんな関係だったかはわからないけど、まあ突然離れ離れになって、再会できたと思ったら高慢ちきな貴族だったもんね。そりゃ距離感わからないよね。


 イアンさんを一瞥すれば、はらはらしているのが目に見えた。あなた、意外と動揺しますよね。動じなさそうな貫禄あるのに。


 妙な沈黙が続いたが、アレンくんがため息を漏らす。


「頑張りたいんだろ?」


「あ、ああ……嘘はない」


「だったら、まずは親御さん説得できるように考えるぞ。いろいろ」


 頭を掻きながら、視線を外すアレンくん。アーサーはやっぱり戸惑っているようだった。耐えかねたのか、唸り声をあげる。


「……オレだって、お前と一緒に頑張りたいんだよ。なんでわかんないんだ、バカ野郎」


「バ、バカ野郎……!?」


「バカ野郎だよ。オレに構ってほしくて店に意地悪したんだろ? じゃあバカ野郎じゃん、間違ってるか?」


「違っ……! あれは! どんな顔で会えばいいかわからなくてだな……!」


「そこで意地悪するのがバカの証拠だろ!? 頭もバカなのかお前は!?」


「僕にそんな口を利けるのはお前くらいのものだ! お前だって身の程知らずのバカじゃないか!」


 ぎゃあぎゃあ。アレンくんとアーサーの舌戦が繰り広げられる中、置いてけぼりの私とイアンさん。なんかいいなぁ、こういうの。どっちも相手を貶してるけど、聞いてて不安は感じない。男の子のじゃれ合いみたいなものだろう。高校生を見てるみたいで心が和む。


 だからイアンさん、そんなに私の様子を窺わないで。ビビり過ぎです。


「ほら、二人とも。イアンさんが怖がってるからその辺にしてください」


「怖がってねぇよ! 適当なこと言うんじゃねぇ!」


「えっ、あ……すみません、イアンさん」


「気が回りませんでした……申し訳ございません」


「やめろ! 気を遣うな! 怖がってねぇから!」


 なんとなく空気も和んだわけだし、私は私のやるべきことに注力しないと。

そのためには“データベース”を起動する必要がある。となれば、彼らと離れなければ……確実に遠ざける策はある。


「イアンさん、二人を家まで送ってください」


「は? 馬車を手配すりゃいいだろ」


「いえ、帰り道になにが起こるかわかりません。ましてやアーサー様は貴族です。あなたが守ってあげてください」


「それならネイトを……」


「……ははーん? さては、また喧嘩が始まるのが怖いんですね?」


 ギルさんの真似をして、意地悪そうに笑う。イアンさんのこめかみがぴくりと動いた。やば、怒らせた? いや、でもそれくらいでいいか。構わず続ける。


「私の上司が子供の送迎もままならないなんて……悲しいです。アレンくん、アーサー様、私が送りますので、行きましょう」


「ちょっと待て」


 ――よし、釣れた。


「黙って聞いてりゃ舐めたこと言いやがって……ガキのお守りくらい余裕でこなせるわ。あとビビッてねぇから」


「ではお願いしますね、頼れる上司のイアンさん」


 満面の笑み。釣られたことに気付いただろう、彼の顔に青筋が浮かぶ。これ、大丈夫かな……後が怖い。私、売り飛ばされたりしないよね? 筋者を敵に回したことがないからわからない。


 ちょっと待って、イアンさんは自由業のお兄さんじゃない。顔がそれっぽいだけだ。彼はやれやれとため息を吐く。


「……ほら、行くぞガキ共」


「は、はい……それじゃあまたね、リオ」


「礼を言う。詳細はまた後日、手紙を送ってくれ」


「はい、アレンくんもアーサー様もお気をつけて」


 二人を見送り、イアンさんが最後に出る。彼は振り返り、口だけを動かした。


 お、ぼ、え、て……ろ?


 あ、死ぬ。殺される。だからなんだ、ケセラセラ。売り飛ばされようが殺されようがなるようになる。何語だこれ。


 ひとまず、これで人払いは済んだ。現状の問題について考える。悩みの種は、ランドルフ伯爵だ。アーサーを迎えるにしても、彼をどうにかしなければ叶わない。


 二人の意志を尊重したい。私に出来ることはしたい。ただ、向こうも貴族。間違いなく“商談”になるだろう。アーサーの加入を許可する代わりに、なにかしらの条件を提示してくるはずだ。伯爵が私に持ち掛ける取引……いったいなにを望むだろう。


 体……は考えにくい。それこそスキャンダルだ。ランドルフ家にとって不利になることはしないはず。となれば、アーサーの加入を諦めさせるための理不尽な要求。


 私についての情報はないだろうから、例えば私やアーサーに親しい人物――アレンくん、ひいてはケネット商店を盾にした取引を持ち掛けてくるのが妥当だろう。


 そうなったとき、私は契約を取れるのだろうか。ケネット商店を(しち)にしてアーサーを得たとして――必ず成果を挙げられる確信があるか。軽々しく頷けるほど愚かな営業ではない。


「……もう少し、調べてみないと。伯爵の弱点、つけ入る隙はあるか……」


 しばらく眠れなさそうだけど、夢見る二人の少年には報われてほしい。仮に契約が取れなかったら、精一杯謝ろう。伯爵との商談に今生のベストを尽くす。それは私の誠意であり、義務だから。

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