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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第五章:“星”の欠片
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★我儘と責任

 城を出て、東側。そこはアンジェ騎士団の訓練場になっている。近くには宿舎もあり、新人はそこで暮らしている場合も多い。時刻はまだ午後四時。ネイトのことだ、エリオットと別れてからも訓練しているだろう。


 すれ違う騎士たちは俺に敬礼する。その都度「気を遣うな」と言うのも疲れてきた。俺はもう宰相じゃない。騎士団とは関係がないんだ。わざわざ礼を払う必要はない。


 そう説明したところで、若い騎士は揃いも揃って敬意を払ってきやがる。なにを考えている? 解任された俺への皮肉か? 疑ってもキリがない。適当にあしらっておく。


 訓練場は広く、新人と思しき騎士たちが素振りや体力トレーニングに精を出している。ここまで熱心に取り組んでいるのはイザード家のおかげだろう。


 ネイトは若くして隊長の座に就いており、教育係であるブライアン・イザードはフィンマ騎士団の頃から数多くの武勇を打ち立てた騎士だ。半端な覚悟でいれば、ブライアンから喝が飛んでくる。それを恐れる、ある意味で正しい感性を持った騎士たちが後の精鋭になるんだ。


 さて、ネイトはどこにいるのか。見渡してみても姿がない。ってことは更衣室か? そう思い、扉を開けてもネイトはいなかった。まさかもう帰ったのか? 機械人形みたいな奴だと思っていたが、本当に変わったのか?


「閣下!? お疲れ様です、いかがなさいましたか!?」


「ああ、ご苦労さん。ネイト見なかったか?」


「隊長でしたら今日はこちらにいらしてませんが……」


 本当に帰ったのか。いったいエリオットとなにがあったんだ?


 感情のない機械人形、それに心が宿ればどうなるのか。読み物だと反旗を翻したりするもんだが、想像はしづらい。


 騎士としてのあいつは確かに感情に乏しかったが、民を想う気持ちは本物だ。感情が芽生え始めたいま、あいつに起こり得ることは――。


「……アイドル、か?」


「は?」


「ああいや、なんでもねぇよ。邪魔したな、これからも頑張ってくれよ」


 敬礼を背に、訓練場を後にする。そうなると、今度はあいつの家に直接行った方が良さそうだ。イザード邸は城を出て少し歩けば着く。ネイトが帰宅してるなら都合がいい、じっくり腰を据えて話せる。


 歩きながら考える。仮に、俺の想像通りネイトがアイドルを志願してきたなら? リオはそれを想定しているか? 人間らしくなりつつあるとはいえ、これまで加入した面々を考えるとネイトにアイドルは荷が重いように思える。


 リオにとっての障害は可能な限り排除しておきたい。ネイトが暴走しそうなら俺がブレーキにならなきゃいけない。衝動的に動かないよう、釘を刺しておかねぇと……。


「イアン様」


「うおおっ!? って、ネイト……!?」


 背後からかけられた声に振り返る。ネイトだ。てっきり家にいるもんだと思っていたから驚いた。手に持っている串にも驚いた。焼き鳥だ。ネイトが焼き鳥を持っている。焼き鳥……? あまりにも不自然な組み合わせに言葉を失ってしまう。


「こんにちは。どちらへ?」


「ああ、いや……お前を探してて……っつーか、焼き鳥、なんで……?」


「露店で購入したものです。買い食い、と言うそうですよ。エリオット様が教えてくださいました」


 買い食い。ネイトの口から、買い食い。どうした、マジで意味がわからん。滅茶苦茶人間してんじゃねぇか。本当にどうしちまったんだ、こいつ。


「それより、私にご用件ですか?」


「そうだった……ああ、エリオットと出掛けてどうだったか聞きたくてよ。あいつ、すげぇ機嫌良さそうだったから」


「なるほど。そういうことでしたら我が家へお越しください」


 話が早くて助かる。ひとまずはネイトの主導で自宅へ向かうことになった。


 ……しかし、焼き鳥頬張って歩くネイトには違和感しかねぇな……。


 =====


「どうぞ、ルーカスには劣りますが」


「悪いな、茶まで用意させて」


「いえ。客人をもてなすのは当然です」


 そう語るネイトの顔に違和感を覚える。表情はほぼ変わっていない、が、どことなく雰囲気が違う。無機質な冷たさは残っているが、それと共存するように仄かな温かさも感じる。機械に血が通ったような不自然さは拭えない。


 ルーカス……イザード家の使用人に劣るとは言うが、飲んでみればなんの不満も出てこない。嗜み程度でこれなら十分すぎる腕前だ。


「――それで、私の話を?」


「ああ。さっき会って猶更(なおさら)気になった。変わったのが目に見えてわかるんだよ。俺が知ってる“ネイト・イザード”がどっかに消えた。そう思うくらいいまのお前は別人だ。エリオットと外出して、なにがあった?」


 問いかけてはみる。まともな答えが返ってくるとは思っていない。きっとネイト自身も上手く言葉にできないだろう。自分の変化に戸惑う部分もあるはずだ。


 ……いや、どうだ? 人間エンジョイしてたように見えるが……。


 ネイトは俯く。昔なら、真っ直ぐ目を見て淡々と語っていたはずだ。人間らしくなっている、直感がそう告げた。


「……エリオット様は、私に笑顔と感情を教えてくれました」


 訥々(とつとつ)と語るネイト。教えてくれた、という言葉が出た時点で、無感情な人形を卒業しているようにも思える。してくれた、という言葉は、感謝がなければ出てこないはずだから。


「嬉しいも、楽しいも、私は思い出したいと思えた。そのために騎士の務めを疎かにするつもりはありません。ただ――私は、なんの変哲もない、普通の人間である“私”を知りたい。そう思うのは我儘(わがまま)なのでしょうか」


 ネイトの口から出たとは思えない言葉だ。エリオットの、ある種献身的な関わりが功を奏したと見ていいだろう。


 しかし、我儘かどうか。馬鹿な話だ、我儘だからなんだってんだ? なにが我儘かなんて誰にも決められやしねぇんだ。たとえカインが我儘だと告げたって、それは正解じゃない。不正解でもない。


 俺は知っている。我儘に生きて、責めてくる奴の方がお門違いなんだ。責任は手前(てめぇ)で負うものだから。


「我儘でいいんじゃねぇか」


「……何故ですか」


「したいことがある、ってのは人間の特権だからだよ。そいつは心があってこその衝動だ。自分を知りたいと思う人形がいるか?」


 至極真面目な表情で考え込むネイト。考えるような例え話でもなかったと思うがな……?


 やがて、ネイトは重々しく口を開いた。


「……いるならば、怪談ですね」


「だろ? だからいいんだよ、人間だってんなら我儘を通せ。その代わり両立しろ、騎士も自分探しも。騎士を辞める気はねぇんだろ?」


「勿論です」


「なら、騎士の務めと同じくらい本気で取り組め。そのための手助けはしてやる」


 ネイトは驚いたように言葉を詰まらせた。少しずつ、人間らしくなっている。なら、俺に出来る手助けは一つだけ。リオに申し訳なく思いながら、続けた。


「お前――アイドルにならねぇか?」

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