★過去を捨てず
イヤリングから音が消える。レッドフォード帝国の技術力は大したもんだ。いずれはこれを普及させてもいいかもしれない。とは思うが、生憎俺はもう宰相じゃない。国のあれこれを動かす力はない。
いや、待て。ここは文化開発庁、俺は長官だ。国に新しい風を吹かせる目的で設立されたもんなんだから、打診くらいはしてもいいか……?
なんて考えて、苦笑する。出自はどうあれ、国のことを考えるような人間になれたみたいだ。らしくもない。
「リオはなんて?」
「直に戻ってくる。少し待ってろ」
「すみません、ご足労いただいて」
「気にすんな、仕事のうちだ」
改めて、客人に向き直る。いつだったかリオの部屋に侵入した美形のエルフと、手品師ギル・ミラーだった。オルフェと名乗ったエルフは楽器の弦を弾いて微笑む。
「僕だけじゃなく、ギルもいるのが意外だね」
「うるせーよ……俺だって考え抜いた上でここに来てんだ。つーかそれ、あんたにも言えることだっつーの」
「ならばきみの言葉を借りよう。考え抜いた結果、僕はここにいる」
「んっとに口が減らねぇな、この男前は……」
「この口で日銭を稼いでいたからね、減らしたら食事もままならないよ」
「へいへい、わかったわかった。俺が悪かったよ。好きに喋ってくれや」
こいつら、同じグループにしていいのか……? 険悪、とまではいかねぇが、相性悪そうに見えるぞ……。
オルフェはエルフということもあり長命だ。何歳かは知らないが、人生経験はギルの比じゃないはず。若者の憎まれ口なんて軽くあしらえるということか。
ギルも手品のときとは打って変わって子供っぽさが見える。反抗期みたいなものか。大人が周りにいなかったと捉えていいのか、それとも子供のまま大人になった類か。
――だとしたら、似たようなもんか。
「それで、イアン。現状、確定しているメンバーは?」
不意にオルフェが尋ねてくる。そうか、こいつらは知らないんだ。話をろくに聞こうとしなかったのだろう。ギルは最初から突っ撥ねていたし、オルフェもまともに聞いていなかったはずだ。
……それはリオの口説き文句にも問題があったとは思うが。
「二人だな。商家の息子のアレン、もう一人はエリオット。お前ら、面識は?」
「エリオット? あの子かな、会うのが楽しみだ」
「アレンは知ってます。つーか、あいつも誘われてたのか……」
それぞれ顔見知りではあるようだ。上手いことそいつらとつるんで、こいつらは距離を置いてほしいもんだ。せっかくグループ結成したのに喧嘩別れで脱退はリオの精神的にもきついだろう。
それと同じくらい、気がかりなことがある。ギルだ。リオのいないうちに聞き出しておいた方がいいだろう。
「ギル、お前に聞きたいことがある。どういう心境の変化だ?」
その質問が不都合だったのか、ギルは視線を落とした。なにか企んでるのか? 警戒心を募らせるが、聞こえてきたのは乾いた笑いだった。
「……リオちゃんに本音を引き出されたんです。なにが正しいのかもわからなくなってたところを、こいつに唆されて……」
「唆すなんてひどい言い方だ、背中を押したと言ってほしいな」
「へいへい……こいつに背中を押されて、正しいかどうかは後で決めりゃあいいかなって。そっから考えて、考えて……リオちゃんが俺を必要としてくれてるなら、応えてやろうって思ったんです」
口車に乗せられた……ようには見えない。ギルは、自身の意志でここにいる。背中を押されたってのは本当だろう。ただ、ここにいるのは流されたというわけじゃない。
足首を掴むような重たいなにか。それを引き摺りながら、一歩踏み出そうとしている。周りに言われたからではなく、自ら変わろうと決めた。背中を押されたって、動けない奴はいる。
――羨ましい、と、思っちまう。
「けど、アイドルって仕事に対して思い入れはないです。中途半端と言われればそれまでですけど……リオちゃんの期待には応えたい、って、思ってます」
「……そうか」
期待に応えたい。そう思えるまで、どんな葛藤があったのだろう。こいつみたいに、悩んで、苦しんで、その先に辿り着くにはどうしたらいい?
――考えるのは止めだ。見ない振りをしろ。
「……で、オルフェ。お前はどうしてだ? 一度断ったんだろ?」
「リオは変わった子だから。興味が湧いた、それだけさ」
「そうかい、エルフの考えることはわからねーな。長命故の道楽気分かね」
「道楽だなんて言い方は止めてほしいな。エルフが人の世で生きることは、相応の覚悟がいるから。その上で、彼女に惹かれた。絆されたと言ってもいいかもしれないね」
微笑むオルフェ。愉快なわけではない、笑みの奥になにかが隠れている。そう思わされた。
エルフの血は俺たち人間とは異なる。特に、時間。俺たちの十年とエルフの十年じゃ重みが違う。人間の方がずっと重い。十年経てば、エリオットは大人になる。だがオルフェはそうじゃない。十年そこらじゃ、肉体の変化はほとんどないはずだ。
だからこそ、人間と共に在るという選択は本来選べないのだろう。幾ら世の中が平和だろうと、エルフの血が流れる以上人間と共には逝けない。その虚しさを考慮した上で、リオの力になることを選んだ。
――わからない。こいつらのことが。
ギルも、オルフェも、過去になにかあったのは間違いない。過去を捨てていない。それなのに、どうしていまを生きられるんだ? 人生に影響を与えるような……ある種の忌まわしさすら纏う過去のはずだ。どうしてそれを捨てずに生きられる?
俺との決定的な差。それをなんて言うのかはわからない。だが、こいつらにあって、俺にないものが確かにある。それがなんなのか、知りたいとは思った。
『――もしもし、イアンさん? 聞こえますか?』
イヤリングからリオの声がする。そろそろ到着するとのことだ。軽く返事をして、接続を切る。
「リオが着いたみたいだ。ちゃんと伝えろよ」
二人は頷く。その顔も、リオが浮かべるであろう表情も、俺の胸を引っ掻いて傷をつけた。
寂しさ? 妬み? どっちにしろくだらない感情だ。リオが戻ったら煙草を吸おう。煙と一緒に、この不快感も吐き出せるはずだ。