顔合わせ
ケネット商店に到着したが、現在時刻は正午を少し過ぎた頃。ピーク真っ只中だ。店の中を覗くと、ケネット家の皆さんが忙しなく動いている。お客様も多い。アレンくんに抜けてもらうのは難しそうだ。
「エリオットくん、ちょっと待っててね」
「はい。でも、お話しできる状況じゃないですけど……」
「手伝ってくる。そうしたら、ちょっと早く終わるしね」
そう告げて、店内に入る。私にも気づかないくらいてんやわんやだ。お客様の間を縫ってカウンターに近づく。
「おはようございます、手伝います!」
「リオ!? ありがとう、会計手伝って!」
アレンくんに声をかけ、すぐさま二階へ駆け上がる。私の部屋にかかった制服に手早く袖を通し、階段を飛ぶように降りる。そのまま彼の会計の補助に回った。袋詰め、カウンターフードの注文の対応、釣り銭の用意……あれ、意外と仕事できるじゃん、私。
お客様も私の顔を覚えていてくれたようで、久し振りね、お休みだったの? なんて声をかけてくれる。ゆっくりお話ししたいのはやまやまですが、忙しい時間ですのでまたの機会に! 愛想のいい笑顔で流して、次から次へと捌いていく。
そうして粗方お客様を片付けたところ、背中を叩かれた。バーバラさんだ。いつもの豪快な笑顔を見せている。旦那様も深い息を吐いているし、アレンくんが手を握ってくれた。
「びっくりしたけど助かった! ありがとね、リオ!」
「いえ、忙しいのは見てわかったのでお手伝いしなきゃって……」
「あはは、仕事熱心だなぁ。それで、急にどうしたの?」
「あ、そうだった。バーバラさん、旦那様。アレンくん借りて大丈夫ですか? 会ってほしい子がいまして」
バーバラさんも旦那様も快く頷いてくれる。アレンくんはなんのことやら、ぽかんとしていた。彼を店の外に連れ出すと、エリオットくんが待ちくたびれたと笑った。
うーん。アレンくんも犬みたいだと思っていたけど、素直な反応という点ではエリオットくんの方が近いのかもしれない。耳と尻尾があってもおかしくないくらいわかりやすい子だ。
「リオさん、おかえりなさい!」
「ごめんね、待たせちゃって」
「えっと、どちら様? リオの友達?」
やはり状況が掴めていないアレンくん。そう、説明してあげないとね。そのためにエリオットくんを連れてきたんだから。
「この子はエリオット・リデルくん。アレンくんと同じ、アイドルグループのメンバーだよ」
「あ、そういうことか。挨拶に来てくれたんだね」
納得した様子のアレンくんはエリオットくんと向かい合う。こうしてみると、アレンくんの方がお兄ちゃんっぽく見えるなぁ。年齢差はそこまでないと思うけど。
「初めまして、オレはアレン・ケネットです。これからよろしくね、エリオット」
「はいっ! 初めまして! エリオット・リデルです! よろしくお願いします、アレンさん!」
「アレンさん……」
ぽつりと呟くアレンくん。そっか、ケネット商店のお客様は年配の方が多いし、さん付けされる機会もそれほど多くなかったんだろうな。
アレンくんは口を固く結んでいる。でも口の端がぴくぴく動いてる。ひょっとすると恥ずかしいのかもしれない。年上っぽく扱われるの、慣れてないんだろうな。
「さん付け、慣れない?」
「慣れない……子供扱いされることの方が多かったから……」
「アレンさん、年上かなって思ったので! ……止めた方がいいですか?」
この子は本当に弟属性を地で行くなぁ。アレンくんはともかく、そこら辺のお姉さんならイチコロの愛嬌がある。身長もそう高くないし、乞うような声音と視線はあまりにもマッチし過ぎている。
可愛い路線よりも小悪魔系で攻めさせた方がいいか……? いやでも根が素直だから良心咎めそう……それに彼のお姉さんが見たらどう思われるか……離れ離れになった弟が年上キラーみたいに育ったら気が気でないのでは……。
「リオ、リオ? 大丈夫?」
アレンくんの声で視界の解像度が戻った。いけない、また思考の淵に落ちていたみたい。エリオットくんの売り出し方は後で考えよう。可愛い元気っ子か、はたまた年上キラーか……後者は、うん、他に思いつかなかったらかな……。
「うん、大丈夫。ごめんね、またぼーっとしてた」
「大丈夫ならいいけど……」
「なにか悩んでるんですか?」
悩んでいるよ、まさにきみのことで。
適当に笑ってごまかしておく。深くは触れようとしないのがこの子たちのいいところ。社会に出るとプライバシーもへったくれもない輩ばっかりだからね。きみたちはそのままでいてね。
若い子の人柄に感激していると、アレンくんが「そうだ」と声を上げた。
「エリオットはどこに住んでるの?」
「いまはリオさんやイアンさんと同じで、お城で暮らしてます」
「リオと同じところなんだ。じゃあこの子のことよろしくね」
「へ? 私?」
よろしくされたみたい。この子は私のなんなんだ、保護者かな? それとも旦那? アレンくん、結構家庭的だもんなぁ。おいしいお茶も淹れてくれるし、家事も一通りこなせるし。いい旦那さんになりそう。十七歳の少年に抱く感想じゃないなこれ。
エリオットくんも元気よく頷いている。たぶんあんまり意味はわかってない。この子は発展途上の男の子って感じが強いなぁ。これから出会う人や経験次第で白にも黒にもなりそう。私はこの子のなんなんだ、保護者かな?
「リオさんのことは任せてください! ぼく、頑張ります!」
「ちゃんと守ってあげてね、女の子だから」
「勿論です!」
なんだこの状況。一回り近く年下の男の子が、私を女の子として扱っている。ごめんね、可憐な美少女の肉体だけど中身は三十手前のバリキャリ女なの。気持ちは嬉しいよ、本当だよ。
それからアレンくんとは別れ、エリオットくんと共に城へ戻ることにした。そういえばセンターの話はしてなかったけど、挨拶の場を設けただけでも良しとしよう。
――そのとき、イヤリングが音を立てた。
『――オ、リオ。聞こえるか? いまどこにいる?』
「……? イアンさん?」
イアンさんからの連絡だ。どこにいるかはわからないけど、遠くまで聞こえるものなんだな。レッドフォード帝国の技術も侮れない。
『客人だ。お前に用があるってよ』
「お客さん……? どなたですか?」
『自分の目で確かめな。小躍りするような客だからよ』
「はい? 私が小躍りって……ちょ、イアンさん? 言いたいことだけ言って切ったな……」
私が小躍りするような客人って誰……? え、まさかイアンさん、美形の男でも捕まえてきた? いやでも私に用があるってどういうことだ? わざわざ城にまで来るような人……。
――まさか、まさかね。
二人分の顔が脳裏を過るが、期待はし過ぎないようにしよう。イアンさんの口振りは気になるところだけど、彼の言う通り自分の目で確かめるのが一番。小走りで、エリオットくんとはぐれないように帰路を辿った。