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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第五章:“星”の欠片
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★今日を命日に

 日も沈み、夜が訪れた街を歩く。一人、リラを片手に。夕暮れにリオと出会ったのはまずかったかもしれない。あの子を侮っていた。胸に突き刺さった棘は小さなものなのに、簡単に抜けることはない。じんわりと、心が痛むのを感じている。


 左胸に手を添える。鼓動はいまも不自然だ。やはり話すべきではなかった。彼女は憶測と言っていたが、ほとんどが事実だったから。


 そう、僕は別れを恐れている。人間とエルフは同じ時間を生きられない。彼らが天寿を全うしても、僕は生き続ける。自ら死を選ばない限り、共に逝くことはできない。彼らだけが老い、衰えていくのに、僕だけが変わらないまま。


 置いていかれるのは嫌だ。けれど僕に流れる血がそれを許さない。人間とは違う、別の生き物であると思い知らされる。この血を憎み、恨んだところで変わりはしない。わかっているのに、幾度となく悩まされた。


 深く繋がれば繋がるほど別れが惜しくなる。だからずっと避けていた。壁を作って、心が触れ合うことを徹底的に拒んだ。だからリオの執念には驚いた。


 僕がどれだけ遠ざけても、彼女はどうしてか僕にこだわる。音楽グループ……アイドルに加入させることを決して諦めなかった。単純に僕と関わりたい、それだけの有象無象とは別な執着を感じた。


 流されたのはそのせいかもしれない。これまで出会った人とは違うなにかを感じたのだろう。多くの人間――特に女性は、僕と愛し合うことが目的のようだった。あまつさえ、自身のステータスにしようとも考えていただろう。大抵は目を見ればわかる。


 しかしリオは違った。どれだけ瞳の奥を覗いても、僕をアイドルにすることしか考えていないようだった。無欲……のように見えるけど、その実とてつもなく強欲なのかもしれない。自身の理想に妥協しないと言えば、その通りかもしれないけれど。


「……僕は、同じ過ちを繰り返すつもりか?」


 独り言ち、立ち止まる。彼女を失ったのは生涯忘れられない痛みだ。それは間違いない。それほどの傷を、また増やすことになりかねない。断ってしまえばいい。根を下ろさないと誓ったのは、自分を守るためだろう。


 その一方で、リオに対する特別な想いもあった。熱烈に、強かに僕を求める人間はいなかった。ほとんどの場合、素っ気ない態度を取れば悪態をついて去っていく。しかし彼女はそうしなかった。尽くす価値はある、そう思わされた。


 リオは異質な人間だ。だからこそ、惹かれてしまう部分もある。異端と詰られた好奇心の強さに苦笑してしまう。


 ――思えば、彼女もそうだった。とにかく変わっていて、放っておけなくて、つい世話を焼いてしまう。そんな女性だった。


 天を仰いでも、無愛想な雲が見下ろすだけ。あの向こうに言葉を贈るなら――微笑みと共に、呟いた。


「……きみも大概、罪な女性だったと思うよ」


 あなたに言われたくないです。なんて、頬を膨らませるんだろう。そんな姿も愛くるしくて、何度も抱き締めた。縋るように空に手を伸ばしたって、もう指は絡められない。やりきれない感情に耐えられず、つい目を伏せる。


 ――意外と繊細な人ですね。


 いまも鼓膜に残る彼女の声。意外なことなんてないよ、僕は弱いんだ。きみのようには生きられない。内心でそう言い返し、顔を上げる。


「あ……よう」


 僕の視界に、一人の男性。気まずそうに会釈するのは若きエンターテイナー、ギル・ミラーだった。


 =====


 リオちゃんと別れてから家に帰ったものの、なんとなく夜風に当たりたくてふらついていた。一人になりたかっただけなのに、一番会いたくない奴に会っちまった。無視するのも気が引けて、軽く頭を下げる。


 オルフェは特に気にした様子もなく、笑顔を向けてくる。顔の良さにものを言わせてるのか。笑えば全部丸く収まるとでも思ってんのか。


「こんばんは、いい夜だね」


「別に……そうでもねーよ」


「そうかい? もうすぐ春も暮れる。暖かさの兆しを感じる夜だと思うけれど」


 あんたに会わなきゃもっといい夜だったよ。


 なんて、子供っぽく毒づく気力もない。頭の中は自分のことでぐちゃぐちゃだから。それすら見透かされたか、オルフェは路傍のベンチに腰掛ける。


「立ち話もなんだ、座ったら?」


「……そうすっか」


 どうしてこいつの提案に乗ったのかはわからない。たぶん、必要だと思ったからだ。一人で考えていても仕方ないし、話を聞いてもらうだけならいいか。また小言を言われなきゃいいけど。


 オルフェの隣に座ったはいいが、お互いに口を開かない。なんで俺も黙っちまってんだ? 聞いてくれよ、って言えばいいのに。そんな簡単なことすら言えない。怖いんだ、建前の裏を見られることが。


「……“ギル”と話はできたかい?」


 不意に、オルフェが尋ねてきた。俺が話そうとしてることすらお見通しなのか? 大した観察眼だ。


「声は何回もかけてる。お前はどうしたい、って。でも答えてくれねーんだ」


「……なぜだろうね」


「たぶん、嘘ばっか吐いて、嘘を本当だって思おうとしてきたから。“俺”はなにが嘘で、なにが本当なのかわからねーんだよ。正解も間違いもわからない。どうすりゃいいのかなんて選べねーよ」


 ずっと自分を騙してきた。それだけは確かだ。正直に生きていたら、いまこんなに悩んでいない。俺がなにをしたいのか、なにが正解なのか。選ぼうとしても、間違いだったとわかるのが怖い。


 それだったら――いっそなにも選ばずのらりくらり生きてればいい。そう思ってしまう。


 けど、このままじゃいけないこともわかってる。道を外れたくない、ちゃんと歩いていたい。俺が行くべき道を真っ直ぐ歩きたい。それは正しい道を選べなきゃ叶わない。慎重になって、うずくまる臆病な自分に嫌気が差す。


 オルフェは静かに息を漏らした。呆れたか、俺の未来も見えてるか? だったら教えてくれよ、俺がどうするべきなのか。


「ギル、僕も同じだよ」


「はあ……? あんたが俺と同じ? なんの冗談だよ」


 その場凌ぎの同情のつもりか? つい睨み付けてしまう。オルフェはというと、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「僕も、正解がわからなくなったんだ。どこにも根を下ろさない……帰る場所も、心の拠り所も作らない。そうやって生きるのが正解だって思っていた。けれど、本当にそうなのかなって思い始めた」


「そりゃまたどういう心境の変化で……?」


「心の底から僕を必要としてくれる人に出会えた。僕の事情を理解した上で、それでも僕が必要だという。そこまで我を通したのはかつて一人しかいない。だから応えてあげるべきなのかって、そう思ったんだ」


「……その判断が間違ってるとは思わねーの?」


 ずっと貫いてきた生き方を変える。それは勇気が要ることだ。最初こそ正しいと信じられるかもしれない。けど、間違いだってわかったときに誰も恨めない。自分の責任だ。怖くないのか。


 オルフェは笑う。余裕なんて感じられない、不安そうな顔だった。


「正しいか、間違いか。そんなこと、始まってもいないいま考えることじゃない。終わったときにわかるんだ。正しかったか、間違いだったのか」


「終わってから……」


「だから、迷わなくていいんだよ。迷ったらコインで決めたっていいんだ。いま持っているかい?」


「コイン……ああ、あるわ」


 ポケットの中に硬貨が一枚だけ入っていた。それをオルフェに手渡すと、空にかざす。


「表か裏かで決めよう。表なら迷うのは終わり。裏ならもう少し考えよう」


 そう告げて、コインを空に放るオルフェ。回転しながら高く飛び、オルフェの手に収まった。表か裏か、当然わからない。手を握ったまま、俺に見せつける。


「どっちだと思う?」


「どっちって……」


「僕は表だと思う」


 嵌めようとしてる……わけでもなさそうか。オルフェがなにを根拠に表だと思ったのかはわからない。だから俺は考える。考えて、考えて、告げる。


「……表」


「そう。なら、表だ」


「は? って、おい! なにすんだよ!?」


 オルフェは俺のポケットに無理矢理手を突っ込んだ。すとん、と微かな重みを感じる。結果を見せずにコインを返してきやがった。どういうつもりだ? 真剣に悩んだってのに。


「表と信じるなら表だよ、実際に表か裏かなんてどうでもいいのさ」


「……んだよその屁理屈」


「口実さ、一歩を踏み出すための。年を重ねると動きが鈍る。だから歩く理由を作るんだ、拙いこじつけでもね」


 得意げに笑うオルフェ。年の功って奴かね、エルフだから何歳かは知らねーけど。自然と、ため息が漏れた。同時に、笑ってしまう。


「……考え込むのも馬鹿らしいってか」


「そういうものさ。それにね、正しい道を選ぶんじゃない。自分が選んだ道を正しいものにしていくんだ。きみにしかできないことだよ、きみの人生なんだから」


「……へいへい、年寄りの言葉はありがたく頂戴しましょうかね」


 こういう憎まれ口が出てくる辺り、俺もまだまだガキってことかね。素直にありがとうって言えばいいのに、これがなかなか難しい。


 オルフェはというと、おかしそうに笑っていた。怒らないのがまた少しだけ腹が立つ。


「年寄りだなんてひどい言い方だな、エルフの中ではまだまだ若造だよ?」


「エルフの中では、だろ。人間から見りゃ立派な年寄りだよ」


「ふふ、それもそうか。それなら年寄りの言葉は素直に受け取ってもらうとしよう」


 それから少しの間、ぼんやりと夜風に当たっていた。オルフェは気が向いたのか、楽器を弾き始める。不思議と、安心する音色だった。


 演奏が終わり、深い息を吐くオルフェ。なにを思ったか、手を差し出してきた。


「いまの自分とは今日でお別れだ。きみも、僕も。だから最後に握手してほしい」


「はあ? なんで?」


「才気溢れるエンターテイナーに敬意を払うのは当然だろう?」


「……勿体ない言葉だよ。でも、受け取っとく」


「故人に供えるために?」


 意地悪な表情と、試すような声。そう、こいつには敵わない。全部見透かされてる。だから笑って向き合った。いまの俺とは今日でさよなら。最後くらい、真っ直ぐ受け取ったっていいだろう。


「あんたが“俺”にくれたからさ」


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