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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第五章:“星”の欠片
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建前の陰

 ギルさんに一日密着……というか、デートの真っ只中。私はいったいなにをしているのだろう。こちらとしてはゆっくり腰を据えて話がしたいところではあるのだが、ギルさんはそうさせてくれなかった。


「ほら見ろよ、あれ。すげぇ手品。大したもんだよなぁ」


 あなたが言うと嫌味に聞こえてしまいますよ、気を付けて。


 ギルさんに連れられたのは、ミカエリア東区。日が傾き始める頃、路上パフォーマンスの熱が辺り一帯に充満していた。


 彼と一緒に眺めるは、手品師。先日の手品師とは別人だったので、内心ほっとしている。じっくりと観察すると、手品師そのものが見えてきた。


 手品の腕前は確かに目を見張るものがある。それに、よく喋る。観客とコミュニケーションを取った上で楽しませるというのは、ある種ギルさんにはない才能なのかもしれない。


 その反面、ギルさんの手品は献身的と言ってもいい。自分ではなく手品そのものに意識を向けさせ、時間を忘れるほど集中させるのは並大抵の努力では到達できない領域のはずだ。


 ――自信を持っていいのに。恥じることなんてないのに。


 いま伝えたところで軽くあしらわれるだけだ。決定打になる状況は必ず訪れる。その機会を虎視眈々と窺う。私は猛禽類か。


 手品が終わったところで、私たちは拍手する。ちらりとギルさんを見れば、彼も私を見ていた。「すげぇだろ?」と目で訴えてくる。あなたの手品の方が魅力的だ、と言いたいが、鼻で笑われるのも嫌だったので曖昧な笑顔で返しておく。


 それからは曲芸、バンド、別な手品やダンスなど……ギルさんに連れられるがまま歩き回っていた。この辺りがギルさんの活動拠点なのかな?


「ギルさんはミカエリアに来てから、こういうところで活動してたんですか?」


「あれ? 俺が他所から来たって言ったっけ?」


 しまった、これは“データベース”で仕入れた情報だ。どうやって調べたのか、不審に思われても困る。申し訳ないけど、アレンくんから聞いた体にしておこう。


「あ、いえ。アレンくんから教えてもらったので」


「あいつめ、人のことべらべら喋んなよな。口軽い男はモテないぞ、っつっといて」


 困ったように笑うギルさん。迂闊な発言は慎もう。“データベース”がある限り、知り過ぎる危険性があることを忘れてはならない。


「それで、ギルさんの主な活動場所ってこういうところなんですか?」


「そーだな、ここでは無名だから人通りの多いとこは狙ってた。いまは専ら孤児院でやってるけど」


「子供たち、楽しそうにしてますもんね」


「そうそう。ああいう楽しそうな顔が欲しいんだよ、大人相手だとそう上手くいかねーからさ」


「……それも“供物”ですか?」


 切り込むのはいまじゃないかもしれない。でも、見過ごせなかった。楽しそうな顔を求めるのは自分のためじゃない、師匠のためだろうと確信していたから。


 ギルさんは目を細める。質問の意図を完全に理解している、そう思わされた。本音を聞けたらいいな、その想いが見透かされている。これじゃあ本音は聞き出せそうにないかな……気が逸ったか。


「――そうだよ。故人が欲しがってたもんだからさ」


「あ……え?」


 ちゃんと答えてくれた……? どうして?


 ギルさんの顔を見ると、思っていたよりも真剣な顔だった。というか、初めて見る。手品を披露するときと同じくらい――下手をすればそれ以上の真剣さが感じられた。


 なにがギルさんをこうさせたんだろう。触れられたくないことじゃなかったのか? いや待て、もう少し様子を見なければ。ギルさんはというと、私の反応に()き出した。


「ちゃんと答えたのにその顔はなくね?」


「あ、ああ……すみません。その、故人はどのような方だったんですか?」


 これは踏み込み過ぎだろうか。それでも聞いてみたい。ギルさんが師匠をどのように思っているのか、師匠の影響を受けて、どう思ったのか。聞いてみたい気持ちは強くなっていくばかり。


 ギルさんは天を仰ぐ。私もそれに倣うが、目に映るのは日の光を通す気もないふてぶてしい雲だけだ。


「なんつーのかなぁ……面白い奴だったよ。喋りも上手くて、一緒にいると時間があっという間でさ。手品も大したもんで、夢見てるみたいな気持ちになったんだ。でも、死んじまったの」


「悲しかったですか?」


「悲しかったし、恨んだよ。俺のこと楽しませてくれてたじゃん、なに勝手にいなくなってんだって。しかも手品の道具は俺にやるってさ、お前がみんなを楽しませてくれって。ありえねーよマジで」


 ギルさんが使っている道具は、師匠から譲り受けたものということか。いわば形見。それを使って手品を披露する以上、賞賛されるべきは自分ではなく持ち主であると。そう思っているわけだ。


「……じゃあ、ギルさんはどうして手品師に?」


「頼まれたから。それ以上でも以下でもねーよ」


「どうして嘘吐くんですか」


 思わず出た声は低く鋭かった。ギルさんが口の端を釣り上げる。間違いなく怒っている。


 頼まれたから。それが本音だとしたら、嘘だと言われて腹が立つのもわかる。けれどそうじゃない。怒りの原因は、彼の本質に手を伸ばしたからだ。


 それでもかろうじて笑顔を繕っているのは、ファンに対して真摯であろうとするからだろう。それはプロ意識に等しい。


 なあなあで続けていたら絶対にそんな顔はできない。私は確信していた。ギルさんは――。


「……失礼だねぇ、人を嘘吐き呼ばわりかい」


「失礼だとは思います。あなたの心に土足で踏み込んだんですから」


「だったらさっさと出て行けよ、不愉快だ」


「それは照れ隠し?」


「そう見えんのか? 幸せな頭してんなぁ」


「つまり、いまのは本音だったと捉えてよろしいですか?」


「……なに? あんたは俺になにを求めてるわけ?」


 険悪な空気にも物怖じしない。私はいま十六歳の可憐な少女じゃない。一年中背水の陣を敷く歴戦の営業だ。十九歳の男の子なんて赤ちゃんみたいなものよ。


「そのまま本音を聞かせてください。頼まれたから、ただそれだけで続けていけるものですか?」


「…………」


「私はそう思いません。それに、みんなを喜ばせているのは“故人の道具”じゃない。“ギル・ミラー”というエンターテイナーです」


 ギルさんは二の句を継げずにいる。私の言葉が彼の本質――建前に隠れた彼自身に触れたからだろう。このまま押せ、主張はしたもん勝ちだ。黙っているなら続けるぞ。


「故人の道具で手品を披露すること、それを後ろめたく思うのは止めません。でも、私たちの言葉を蔑ろにしないで。夢を見せてくれるのは故人でも道具でもない、あなたです。私たちの言葉は、ギルさんに受け取ってほしいんです」


「……俺なんかが受け取っていいもんじゃねーんだよ……」


「いいえ。あなたが受け取るべきものです。あなたのステージで、あなたの手品で私たちは笑顔を貰った。だから私たちの笑顔も貰ってください。それは“ギル・ミラー”の義務だと思います」


 これ以上、私から言うことはない。ギルさんの言葉を待つだけだ。彼は俯いて、拳を握る。殴りかかってくることはない。やりきれない感情を、どう発散していいのかわからずにいるのだ。


 やがて深いため息を漏らすギルさん。視線は落としたまま、掠れた声を出す。


「……わかんねーんだ」


「わからない……?」


「どうして手品師やってんのか。本当に頼まれたからってだけなのか。笑顔も称賛も、俺が受け取っていいものなのか、俺は、俺のことがわからない。どうしたらいいのかも、なにがしたいのかも」


 声の切実さから、それが本音であることはわかった。ギルさんは自分に嘘を吐き続けてきた、だから本当の自分がわからなくなっているんだ。こればかりは、自分自身で本当の気持ちを知る必要がある。


 ――私にできるのは、ここまでみたい。


 なにも知らない私がこれ以上手を貸すべきではない。ギルさんは自分と向き合う必要がある。それを彼自身もわかっているのだろう。彼は踵を返す。


「ワリィね。俺から誘ったけど、今日はこの辺で」


「……そうしましょう。帰り道、お気をつけて」


 ギルさんはなにも言わずに去っていく。私もその背中を見送ってから帰路に着いた。


 ――言いたいことは言った。あとはギルさん次第。次に会ったとき、スカウトしよう。


 駄目だったら、とは考えない。考える必要も感じなかった。自分のことがわからない、そう語るギルさんを見て安心したから。いまの自分に気付けたなら、絶対に変われる。その変化が、スカウトにどう影響するか。


 きっと前を向ける。張りぼての陰に隠れるのは、もう終わりにできるはずだ。

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