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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第五章:“星”の欠片
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“センター”

 空は相変わらずの曇天で、春明後半の暖かさもどこか薄らいでいるように感じる。


 バーバラさんと話をつけ、仕事もひと段落したこともあり、今度はアレンくんと二人で話そうということになった。


 アレンくんからの指定で、以前歌を聞かせてもらった丘で彼を待つ。海の向こう側は晴れ晴れとしており、忘れていた空の青さを思い出させてくれる。


 でも、こんなところに呼び出してなにを話すんだろう?


 青春にはもってこいの絶景。まさか告白? いやいやまさかね……アイドルは恋愛ご法度です。迫られてもちゃんと断ろう、私は大人。肉体は美少女でも心はアラサーなんだから。大人としてきっちり諭してあげなければならない。


「リオ、待たせてごめんね」


 そのとき、背後から可愛い声。アレンくんが来たようだ。仕事着ではない、私服だ。丸首の長袖、前を開けたベスト、カーゴパンツ……のような、丈夫そうなズボンだ。男の子、って感じがする。


「ううん、大丈夫。それで、話って?」


「手紙……っていうか、アーサーのこと」


 吹っ切れたような、晴れやかな顔。アーサーの気持ちは伝わったと捉えていいだろう。そっと胸を撫で下ろす。


「読んでくれたんだ、よかった。彼、すごく心配してたから」


「心配? なんであいつが?」


「『あいつに拒絶されたら僕は生きていけない……』って言ってたよ」


「なんだよ、勝手にビビッてさ。怖かったのはオレも同じなのに」


 笑ってはいるけど、照れ臭そうにしている。年相応の顔だ、これは絶対十七歳の顔だ。可愛いなぁ、若い子。友達のことならこういう顔をするものなんだね、男の子。クラスメートのことは記憶になかったからすごく新鮮。


「それでさ、改めてお礼が言いたいんだ。手紙を渡してくれたのがリオじゃなかったら、きっと捨ててたから。アーサーともちゃんと話せなかったと思うから。ありがとう、リオ」


「改まって言われると恥ずかしいなぁ……お礼を言われるようなことなんてしてないよ、アレンくんが選んだことなんだから」


「そういうものなのかな?」


「そういうものなの」


 笑ってやり過ごす。本当にお礼を言われるようなことはしていないから。ありがとうは、私じゃなくてアーサーに言ってくれればいい。ご両親にもね。


「って、そうだ……バーバラさんから聞いたよ、アイドルの話……」


「あ、うん。その話もしたかったんだ。オレ、アイドルになりたい。歌いたいって、いまは本気で思える。リオさえ良ければ……オレをプロデュースしてください」


 頭を下げるアレンくん。きみが頼む必要なんてないんだよ、元はと言えば私の願望を叩きつけただけだし。でも、最後に意思確認は必要かな。


「私はきみをセンターに立たせたい。グループの真ん中に立つ意味……アレンくんにはわかる?」


「うーんと……一番目立つから、妥協しないってこと?」


「それもあるね。でも、百点じゃない。センターっていうのは、グループの象徴みたいなもの。中途半端な気持ちじゃ他のメンバーに迷惑がかかる。この程度の連中か、って。メンバーまで軽く見られちゃうの」


 脅すような言い方になってしまうが、事実でもある。私が見てきたアイドルのセンターは、グループの名前を背負っていた。誰より一生懸命で、誰よりも強く存在し続けていた。その立場にかかる重圧やストレスは他のメンバーの比じゃないはずだ。


「センターとして居続けたら、苦しいことがたくさんあると思う。でも私は、アレンくんをセンターに立たせたい。わがままを押し付ける形になるけど、どうする?」


 アレンくんに、それだけの覚悟があるのか。回答によっては、考え直す必要もある――と、思っていた。彼は顔を上げ、真っ直ぐに私を見つめる。その瞳に、強い光が宿っているのはすぐにわかった。


「どんな困難も吹き飛ばすよ、オレの歌で」


「歌うことが嫌になるかもしれないよ?」


「そうなっても、また歌いたくなる。そう思わせてくれる人がいる。オレの背中を押してくれる、オレに寄り添ってくれる人がいる。世界中に証明するよ、オレがセンターだって」


 ――要らない心配だったみたい。


 安心してか、頬が緩む。隠そうともせず歩み寄り、アレンくんの手を取った。彼は一瞬戸惑ったような顔をする。その瞳に微笑みかけ、挨拶。


「これからよろしくお願いします、アレン・ケネットさん」


「……! は、はい! よろしくお願いします! オレ、頑張ります!」


 アレンくんも私の手を握り返してくる。よし、これで契約が二件取れた。少しばかり気持ちに余裕が生まれてくる。メンバーは奇数にしたいから、あと三人は欲しいかな……?


 今後のことに頭を働かせていると、アレンくんが水平線に向き合う。なにか歌うのだろうか?


「いま、きっといい歌が歌える。そんな気がするんだ――」


 肺一杯に空気を吸い込むのが背後から見てもわかった。そうして、歌い出すアレンくん。前に聞かせてもらったものとは違う歌だ。この世界のアーティストってどんな人がいるんだろう? それも勉強しておいた方がいいかもしれない。


 アレンくんの歌は相変わらず力強い。海を割るイメージさえ抱かせ、世界の果てまで届いていくと信じさせる圧倒的な歌唱力。


 この子がセンターにいれば、絶対に覚えてもらえる。デビューまでは時間がかかるけれど、それさえ超えればあっという間のはずだ。


 やがて歌が終わる。アレンくんは深い息を吐き、振り返る。どこか恥ずかしそうだ。恥じる必要がどこにあるんだろう、聞き惚れるほど魅力的な歌声なのに。


「あはは……即興で歌うのって、恥ずかしいね。人前だしなおさら」


「は……? 即興? ええっ!? 即興!?」


 歌詞もリズムも音程も、なにもかもオリジナルってこと!? なにそのハイスペック!? 音楽をやるために生まれてきたような感性してるね!? どうしてきみのご両親は接客業なの!? どうしてサラブレッドじゃないの!?


 あまりにも衝撃的な告白に言葉を失ってしまう。私の審美眼、ちょっと肥えすぎてるみたい……。


「リオ……? 大丈夫? もしかして、引いた?」


「少し引いてる……天才じゃん……」


「て、天才? それは褒め過ぎだと思うけど……」


「天才なんてありきたりな言葉でしか言い表せない幼稚な私を罵って……」


「リオ、リオ! 汚れるから顔上げて! ちょ、ちょっと……全然動かないし……!」


「私は……私はなんて学がないんだ……素晴らしいものを目の当たりにして、天才だなんて俗っぽい言葉でしか表現できない……愚かな私は土でも舐めてればいいの……」


「止めてってば! 顔っ、顔上げてって! ああもう! なんでこうなるんだ……!?」


 地面から引き剥がそうとするアレンくんと、岩のごとく動かない私。人目に触れない場所で本当によかった、うちのセンターに恥をかかせるところだった。


 なにはともあれ、信じられない才能を垣間見てしまったのだ。今後の展望が少しだけ明るくなった気がした。

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