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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
第四章:一世一代の商談
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旅路の記録

 文化開発庁に戻ってきた私は、自室のベッドで日記と対峙していた。何気にタイトルが書いてある。“リオメモリア”、そのまんまだ。


 以前さらっと目を通しはしたが、こうして本腰を入れて向き合うのは初めてになる。この日記をつけ始めたのは十二歳の頃。旅人“リオ”の四年間が詰まっている。最初から読み込むなら相当の時間が必要だ。ある程度厳選して読む必要があるかもしれない。


 だとしたら、必要な情報はどれ? 目で追いながらではどっちみち時間はかかる。そのための“データベース”だ。検索ワードは“リオメモリア お別れ”。これで恐らく、私の日記の中でお別れについて記した部分だけが抽出されるはず。


 読みが当たっていたのか、私の日記と思しきものが次々に表示される。日記そのものに向き合っているとは言えないけど、時間効率で考えればこっちの方がいい。もう少し余裕ができたら、ちゃんと触れたいな。


「……写真も添えられてる。でも、だいたい泣いてる……」


 日記自体は十二歳から記していたようだが、いま見ているのは恐らく“私”の両親が記したもの――日記というか、アルバムみたいなものだった。


 幼い私は、旅先で出会った人に撫でられている。私はというと、大きく口を開けて、鼻水と涙でぐしゃぐしゃの顔をしていた。号泣なのは明らか。


 こんなに感受性豊かな子だったんだね。そりゃイアンさんも“リオ”を疑うはずだし、困惑もするよ。ごめんなさい、こんなに落ち着いてしまって。十六歳の貫禄じゃないですよね。魂がアラサーなもので。


 私も別れが惜しいタイプだったみたいだ。旅人の運命を受け入れられなかったのかな。まだ子供だったみたいだし、仕方ないね。どの辺りからお別れで泣かなくなったんだろう。見た感じ、両親がつけたアルバムは七歳から十一歳までのようだが、ほとんど泣いている。


 なんとなくページを遡っていると、八歳頃の記録に妙なものを見つけた。


 お別れ……の写真のようだが、私は笑っている。泣いているのは私と手を繋いだ少年の方だった。


 服はぼろぼろで、肌や髪も清潔とは言い難い、痩せ細った少年。身長は私よりも高く、年上だとは思う。まともな食事にありつけていなかったのか、体はこの上なく貧相だ。


 どうして私は笑顔なんだろう? どうして少年が泣いているんだろう? それにしても、この子、見覚えがあるような……。


 そのとき、部屋の扉が叩かれた。返事をすると、イアンさんが顔を見せた。


「帰ってきてたか」


「はい、オルフェさんをスカウトするための口説き文句を考えるために……」


「天井に向かって指振って思いつくもんなのか?」


 しまった、見られていたか……なんとかごまかさなければ。


「日記に懐かしいものを見つけたから、つい……」


「……そうか。参考になりそうなもんは見つかったのか?」


 イアンさんの表情はどこか複雑そうだった。私が過去を振り返ることに、なにか思うところがあるのかな? もしかして、イアンさんと“私”が過去に会ったこと? 触れられたくないのだろうか、自分から話を振ってきたのに。


「……もう少し集中してみれば、きっと……」


「それなら俺は別に動く。エリオットと一緒にネイトのケアをな」


 ああ、本当に実行するんだ。ネイトさんと友達になろう大作戦。なんとか彼の心を刺激できたらいいんだけど……。


「わかりました。そちらはお願いします」


「悪いな、手伝ってやれなくて」


「いえ、元はと言えば私が我を通した結果ですし……むしろすみません、イアンさんを巻き込んでしまって」


「気にすんな。恩返しみたいなもんだ」


「うん……?」


 それ以上なにも言わず、踵を返すイアンさん。私の中には疑問が残った。


 恩返し? いったい“私”は彼になにをしたんだろう。昔出会ったのは確かなんだろうけど、彼が私にあそこまで尽くしてくれる理由がわからない。過去になにがあった? いま知るべきことではないが、気にはなる。


 ひとまず、いまはオルフェさんだ。彼の不安を拭える――忘れさせられる言葉を導かなければならない。なにか、なにかヒントはあるか……別れを恐れる気持ちを和らげるような言葉……。


 両親が記したリオメモリアを見終わったが、幼い私は終始泣きっぱなしだった。一枚だけ、あの少年と映っているものだけが笑顔だった。


 ここまでの私は別れを惜しんでいる。となれば、私自身が記したリオメモリアにヒントが隠されている可能性に賭けるしかない。検索ワードは……と思ったが、検索ワードはどうしようか。


「“リオメモリア 穹歴一七〇二年から穹歴一七〇六年まで お別れ”」


 先程の検索ワードに加えて、期間を指定してみた。これでもちゃんとその通りに情報を抽出してくれるんだから“データベース”は大したものだと思う。


 十二歳時点では、まだ泣いている。号泣とまではいかないまでも、涙を堪えていてすごい顔だ。十三歳辺りから、涙は流していないものの不貞腐れたような顔をしている。十四歳も同様、斜に構えたような顔。生意気真っ盛りだったんだね。


 そして、十五歳。この頃になって、ようやくお別れの場面で笑顔が増えた。泣き顔が映っていることはほとんどなく、また、写真と共に添えられている文章も落ち着いたものが多かった。なにかヒントはあるかな……。


「……うーん、泣かなくなったきっかけは見当たらないなぁ」


 イアンさんと昔会っていたのであれば、なにか話が聞けるかな。過去に会った“私”は泣いていたのか、笑っていられたのか。ヒントになるかもしれないし、今度探りを入れてみよう。


 笑顔になるための条件……これはネイトさんにも参考になるかもしれない。彼とは共に行動する時間も増えていくだろうし、また悲しまれてはたまったものではない。


「お別れが怖い、悲しい……なんでだろう?」


 セブンスビートにもう会えないと実感したときを思い出す。霊魂案内所で死を理解したあのとき……は、悲しいとは感じなかった。死んだという事実を受け入れることに精一杯だったから。


 でも、彼らの夢を見たとき、激しく取り乱した。会えなくなったという事実を受け止められなかったから。心の拠り所を失ったという現実を認めたくなかったから。


 心の拠り所……オルフェさんの言葉を借りるなら、帰る場所? 帰る場所を失うが怖い? だとしたら、わかる気がする。私にとってセブンスビートは疲れた心身が唯一安らげる存在だった。CDもWeb番組も、なにもかもそう。だからこの世界に来てすぐは、いろいろ考えが荒んでいた。


 じゃあそれを拭うためになにが必要? 私はどうやって心の安寧を得た?


「……アレンくんに会えたからか……」


 そうだ。頼りのない私を救ってくれたのはアレンくんだった。あの子が親切にしてくれたから、私はいまこの世界で生きている。


 オルフェさんに必要なのは、そういう存在なのかもしれない。自分のために一生懸命になってくれる相手。ミランダさんから聞いた話では、オルフェさんが尽くす側だった。


 だったら私が優しくすればいい。力任せのやり方になるけど、絶対にオルフェさんの凍った心を解かしてやる。


 ――でも、明日はケネット商店に顔を出そう。


 恩を仇で返すようなことはしたくない。アレンくんにも、バーバラさんにも、旦那様にも、お世話になったと伝えなきゃいけない。


 ケネット商店の皆さんは、私のやりたいことのために地盤を固めてくれた。ありがとうはちゃんと言う、礼儀を欠いてはならない。私は社会人なのだから。

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